エムの使い魔

 やあ、俺の名前は平賀才人。
 なんだかよくわからない世界に拉致されて、ルイズとかいう女の子の使い魔というのにさせられてしまった現代っ子だ。
 地球とは全く異なるハルケギニアという名前の異世界は、魔法使いやらドラゴンがひしめくファンタジー世界だった。
 しかもここはただのファンタジーではなく、いささか理不尽なものだった。
 この世界での神様みたいな存在……始祖ブリミルだかなんだかいう聖人はよほどのへそ曲がりだったんだと思う。

「……この、使い魔……ッ、鞭が……ッ、鞭が全然痛く無いじゃないのッ!!」

 なんで俺、使い魔なのにご主人様を鞭打たなきゃならんのさ?



      エムの使い魔



 使い魔とその主人は主従関係が強制的に結ばれる。
 ……が、なんでかどーしてか、使い魔の方が主、主人の方が従ということになっている。
 なにやら幻獣や聖獣と比較して人間は劣っているから、服従するべし、という理屈らしい。
 俺は何故か地球からこの世界……ハルケギニアにサモンマスターという召喚魔法で持って連れてこられちゃったわけで、
 別に幻獣でも聖獣でもない一般市民……魔法使いである貴族曰く『平民』とカテゴリされる人間だ。
 それだったら、別に従う必要もないような気もするが、伝統的に呼びだされた使い魔はどんな種族であっても主人にするべき、
 という過去からの因習によって、このちょっとタカビーな貴族の女の子、ルイズの主人になったというわけだ。

 このルイズっていう子は、中々かわいくて、イギリス新国旗案でワイバーンの上に乗っちゃうようなそんな華のある子だ。
 転校生だったらまず間違いなく、食パンを加えている最中に角でぶつかるような……そんな感じ。
 頭がよくて真面目だけれども、魔法が下手くそでいつも失敗ばかり、それ故についたあだ名が『ゼロのルイズ』

 人前では使い魔、つまり主人である俺にツンツンした態度をとる。
 グズだの間抜けだの、まさにごもっともなことを平然と言って、周りの人間を呆れさせている。
 食事だって、他の学院の生徒達は自分の使い魔が豪華な食事をしている横で、
 質素で粗末な食べ物を地べたに座ってもそもそ食べているというのに、
 ルイズは俺と同じテーブルに座り、俺よりも少し立派な食事をとっている。
 この世界に置いてそんなことをする人は、かなりの変わり者らしい。
 まあ、ルイズが俺の足もとでもそもそ硬いパンと薄いスープ食っている方が、なんか嫌なので助かってはいるが。

 そんなルイズも、俺と二人っきりで同じ部屋にいると本性を現す。
 乗馬用の鞭をいきなりむんずと取り出し、カワイイ顔に井桁マークを浮かばせて、息が顔に吹きかかるほどぐっと迫ってくる。
 まさかぶたれる、と身構えるも、ルイズは手に持った鞭を俺の手に握らせ、自分は床に四つんばいになった。

「む、鞭でぶちなさいよッ! ご、誤解しないでよねっ、つ、使い魔に逆らったんだから当然のことなんだからッ!」

 ルイズ先生曰く……だ。
 自らを鞭で打擲するように言っておきながら、何が誤解しないでよね、なんだろうか。
 この世界、ハルケギニアの道徳観というか倫理観というか……そういうのは今でもうまく理解できない。
 ……一応、地球で培った道徳観及び倫理観があるので、鞭打ちの刑を執行官として勤めることは拒否しようとした。
 が、ルイズは鞭によほどこだわっているようで、一歩も譲らない。
 いかに自分が無礼な振る舞いをとったのかを、拳に力を入れて熱弁し、ぶってぶってと虎退治の人のようにねだってくる。
 人前とそこでの態度の変化についていけず、思わず引け腰になってしまうが、ルイズは更にずずいっと距離を詰める。
 最初はやんわり断っていたけれども、段々ヒートアップしてきて、
 売り言葉に買い言葉というありがちな展開で叩かねばならなくなってしまった。

 乗馬用の鞭は実にしっかりしたもので、二、三度振り回すと、ひゅっひゅと空気の切れる音が小気味よく鳴る。
 よくしなるし、丈夫で、思いっきり床にたたきつけても折れそうにない感じだ。
 ぺちぺちと軽く頬を叩いてみると、冷たい鞭の先が、痺れるような小さな痛みをもたらした。
 俺が手の中で鞭を遊ばせているのを、ちらちらと見ているルイズはこれまたなんとも破廉恥な格好をしていた。
 全裸……ではない、流石に……だが、上半身は何も来ていないし、下半身はパンツとニーソックスを履いているだけだ。
 カーペットもなにも敷いていない冷たい床に四つんばいになり、耳を真っ赤にして鞭打ちされることを期待している。

 なんともまあ……異世界くんだりにまで来てSMプレイをしなきゃならないなんて、妙な巡り合わせなことで……。
 ところで、鞭を持った瞬間から左手の使い魔の刻印とかいうのが燦然と輝きだしたんだが、一体なんなんだろう?
 放射能とかをうけてやばい状態になっちゃっているんだろうか?
 別に痛いとかそういうのはないし、光っていても困ることはない。
 むしろ、夜の光源はランプしかない、薄暗い世界で左手が光ってると明るくて便利だけど……やっぱり普通じゃないよな。
 まあ、気にしたところでどうしようもないし、心配したところで胃に負担をかけるだけなので、考えるのはやめよう。
 うん、それがいいな。

 嫌なことからは全力で目をそらすというダメ人間っぷりだが、ルイズがそろそろ本格的にぶってとうるさくなった。
 四つんばいになった半裸の美少女を鞭でぶつなんて男としてどーよ、というか、
 人間としてどーよ、というレベルの行為をしなくてはならないというのは、
 正直なところかなり心苦しいことだったが……本人のご所望なのでいかんしも難い。

 ぶってぶってとルイズ様は餌をねだる小鳥のように鞭を要求してきてはいるものの、
 いきなり全力でぶったたくような鬼畜性はあいにくのこと持ち合わせてはいない。
 まず最初は鞭の先端が、ルイズの背中の薄皮一枚をかするように振るった。
 俺の予想に反して、音は案外大きく、ルイズの反応も劇的だった。
 鞭を振り切った直後に、ルイズは大きく背中をのけぞらせ、押し殺した悲鳴を漏らした。
 ルイズの背中には、斜めに赤い線が走っていた。
 力加減がうまくいったのか、はたまた打った直後だからか、みみず腫れにはなっていない。
 血も出ておらず、新雪のような肌に赤い線が入っているのは、美しく見えた……ような気がした。

 俺としてはこれで大満足……というか、最初からお腹一杯だったため、続けて欲しくなかったのだが、
 ルイズはまだまだ納得いくところではなかったらしい。
 肩と腰がふるふると震えているにもかかわらず、まだ足りない、とのたまい申した。
 もういやだよ、俺、と言ってみても、ルイズはにべもなく却下した。
 やる気もなく、ただ鞭でぺちぺちルイズの背中を叩いていたら、冒頭のあの台詞に繋がる。

 どうやらそれなりに力を入れたものを何回かやらなければ、どうしてもルイズは納得してくれないようだった。
 ので、しょうがなく、そうした。
 何度も何度も鞭をふるい、その度にルイズの背中に赤い線が走る。
 打ったところは皮がむけ、肉が裂かれ、鮮やかな血の球体がぷくぷくと浮き出ている。
 この状況を苦痛としか受け取れないことを幸いと見るか、それとも不幸とみるか。
 段々とルイズを鞭打っている間によくわからなくなっていた。

 あまりに常軌を逸した状況に長時間晒されたためか、目の前に靄がかかったかのようになっていた。
 酷く現実感のない世界で、ほとんど機械的な動作で鞭をふるっていた。
 最初の時の遠慮などは消し飛んで、今ではかなり強い力でルイズの体に痛みを刻み込んでいる。
 何発、何十発も打ってようやく、ルイズは黙った。
 ただ鞭でその柔肌を傷つけられた瞬間だけ、切れ切れの呼吸音に混じってかすれたうめき声を漏らしているだけだ。

 最後に一度、ぱん、とひっぱたいてから手を止めた。
 ルイズは手に力が入らないのか、両手を折って突っ伏した。
 膝を立てたまま前に倒れたため、わずかな布地に包まれたお尻が高く上がる格好になる。
 乗馬鞭を床に放り投げると、同時に、目の前の靄がすっと晴れたかのように、意識がはっきりしてきた。

 改めてルイズの背中を見ると、惨憺たるものになっていた。
 幾多もの直線的な赤い線が互いに交わり、離れ、ルイズの背中に走っている。
 全ての赤い線にそって、肉が不自然なほど膨れ、その頭頂からはビーズ玉ほどの大きさの赤い血の珠が点々と浮かんでいる。
 鞭を握っていたときは、それなりに『美しい』と感じていたものの今はただ「痛そう」という感想しかない。

「く、薬……塗って……」

 ルイズは息も絶え絶えに言った。
 薬とはルイズから事前に説明されていたものだ。
 ガラスの小瓶に入れられた透明の液体で、傷に良く効くらしい。
 水魔法がどうのこうの言っていたが、よくわからない。
 用法は傷口に直接塗り込むこと、だそうだ。

 ガラスの小瓶の蓋を外し、中の液体を掌に落とす。
 粘度はあるが、それほどでもなく、薄くのばした後、ルイズの背中に触れた。

「んっ……あっ……」

 ルイズは色っぽい声を上げてのけぞった。
 鞭で叩かれたときとはまた別の理由で体を震わせ、今にも逃げだそうとしている足を必死に止めていた。
 なんだか前屈みになりそうだが……それはともかく薬の効果は劇的だった。
 薬が傷口に塗られるや否や、白い煙がもうもうと上がり、傷は完全に消失していた。
 オロナイン軟膏なんて目じゃないほど即効だ。
 すげえ、流石ファンタジー。

 水魔法なんとかの薬を一通り塗り終わると、ルイズの背中は再び染み一つない白い背中に戻っていた。
 ただ、この凄い傷薬も副作用というものがあるらしい。
 最初ルイズはもじもじと体を震わせて、ベッドの角に背中をすり寄せていたが、しばらくすると顔を赤くして再び背中を見せてきた。
 治ったからまた鞭でぶって、と言い出すのかと思って身構えしていたが、今度は違う内容だった。

 背中がとてつもなく痒いらしい。
 体内の水の流れが活発になってどうのこうの言っているものの、そんな理由はどうでもよろしい。
 未だパンツ一丁の女の子が、背中掻いてくださいなんて、そりゃ襲ってください、と遠回しにいっているようなもんだ。
 ……が、俺はなんとかその誘惑に耐えきった。

 昔、田舎の村では、客に生娘を差し出して歓迎する、という風習があったところもあったらしい。
 ただやったーと喜んで手を出してしまうと、責任をとるという理由でその村から出られなくなってしまうんだとか。
 所謂ハニートラップ、略してハニトラ、そんなものに引っかかってしまったら大変なことになるのは火を見るより明らかだ。

 心の奥で血の涙を流しながら、下半身のたけりを無理矢理押さえつけた。
 具体的には拳を振り下ろして。

 ……痛いってレベルじゃなかったのう。

 ともあれ、ベッドの上にねそべるルイズの背中を、ぽりぽりと掻いてやった。

「んっ……もっと、上……行きすぎ、行きすぎ……ん、そこ、そこそこ……」

 幸いなことにルイズはそれほど胸が豊富な人間じゃなかったことだ。
 ボリュームが十分にあった場合、ハミ乳なる現象が起きて、俺の劣情が激しく煽られる危険性がある。
 その点に置いてはルイズの貧乳には助けられた。

「そ、そこそこ……い、いいっ、そこ、きもちいいっ……ああっ、今度はもうちょっと右に……ふぅんッ」

 ただこの釘宮ヴォイスはダメだと思う。
 まあ確かに痒かった背中を掻いてもらう気持ちよさは、思わず声に出してしまうほどだとは思うが……しかし。

「あっ、らめぇッ……そ、そんなに強くしたらだめぇ。
 ふぅぅっぁ、や、やめ、やめてぇ、そこばっかやられると頭が変になっちゃぅ!
 ……あっ……な、なんでやめちゃうの……もっと続け、なさいよッ……」

 理性と本能との葛藤の中、今更ながら悟ったことだが、この娘、ド変態だ。
 鞭でぶってと頼んできた時点で変態だと確定していたのだが、何で今まで気づけなかったんだろうか。
 もしかしたら、異世界に連れてこられた、ということで頭がおかしくなっていたのかもしれない。

 今なおたかが背中を掻くだけで、ありえないほど悶え狂ってるし。
 ベッドの上を這って動き回った後に、なんだかシーツが濡れている部分がある。
 考えたくないが、どう見てもバルトリエン氏腺液だろう。
 ちょっと常識的に考えて多すぎるので、背中を掻いてそうなったというより、鞭で叩かれたときにそうなったというべきだろう。

 なんだか、とてつもなくどうしよう?

「ふぁぁぁっ、だめっ、だめっ、もう、もういっちゃう、いっちゃうよぉぉぉ!」

 一際大きな声を上げて、ルイズはくたっと倒れた。
 そしてそのままぴくりとも動かない。

 ……。

 息はしているので、死んではいない。
 目尻には涙が溜まり、口元にはよだれが垂れている。
 所謂、性的(?)絶頂による失神らしい。
 ショーツからは潮らしき液体が吹き出てたし……。
 ……潮って確かおしっこだよなあ……シーツを取り替えるべきだよなあ……。

 ルイズを起こして下着を履き替えらせるべきだと思いつつ、なんだかどっと疲れが出てきてしまった。
 いきなり異世界に召喚されるなんていう三文ファンタジー小説みたいな急展開と、
 鞭でぶってと頼んだり、背中を掻いただけでイってしまうというエロマンガ的な急展開に肉体的にも精神的にもついて行けなかった。
 明日になったら、ベッドが大変なことになってしまうだろうな、と思いつつ、気絶しているルイズに濡れていないシーツを掛け、
 俺は床に横になって、瞼を閉じた。








 変態っぷりを見せたルイズの性癖は、あくまでルイズ個人が持つ特性だと、俺はそのとき思っていた。
 事実はそうではなくて、実はルイズの性癖が、この世界ハルケギニアのデフォルトだということに、
 翌日の昼過ぎ、メイドに絡んでいたキザな男を手に持っていた鞭でぶったたいたときにようやく悟ったのだった。