永世勇者@名無しさん

 俺は勇者だ。
 名前は残念ながら無い。

 大陸の西部に突如現れた魔王が、魔族の軍を率いて大陸を支配しようとしていたとき、
 当時普通の鍛冶屋の息子だった俺は、神によって魔王を討ち滅ぼす『永世勇者』に任命された。
 無限の力と不死身の体を得た俺は、仲間と共に、文庫本で換算すると百二十巻くらいの無駄に長い旅を経て、
 ついに四天王を打ち倒し、魔王城を陥落させ、悪の首魁である魔王を討ち滅ぼすことに成功した。

 名前が無いというのは俺が永世勇者として神の力を得たとき、その代償として名前を失ってしまったからだ。

 魔王を倒したのは、大体四百五十年くらい昔の話。
 その後も、俺は神に引き続き『永世勇者』をやらされて、無限の力と不滅の肉体を今も保持している。
 この不滅の肉体ってのが厄介なもので、心臓を潰そうが頭を潰そうが、溺れようが何しようが全く死ねないのだ。
 俺自身が死のうと思っても死ねなくて、年を取ることもなくなり、勇者になったときの当時の若さを今でも保っている。

 国を救ってみたのはいいものの、時が流れていくうちに知り合いはどんどん死んでいき、
 しかも「化け物だ」などとわけのわからないことを言われて、国から追放される始末。
 追放された後は、周辺諸国を旅してみたり、百年経ったあとこっそり戻ってみたり、
 あっち行ったりこっち行ったりと、様々な紆余曲折を経て、
 今はデルパ山という山に家を造り、そこでひっそりと暮らしている。

「なあ、勇者」

 今声を掛けてきたのは、『永世勇者補佐』に任命されたヤツだ。
 『永世勇者補佐』というのは読んで字の如く、永世勇者の補佐役。
 世界がぶっ壊れても死ねるかどうか最近少し疑問に思えてきた俺の手助けをする、同じく不死身の仲間だ。
 職業は魔法使い。より具体的に言うならば『黒魔術師』

 常に黒い三角帽子と、黒いローブを身に纏っている女。
 家の中でも例外ではなく、夏場は見てるだけでも暑苦しい格好をしている。

「そろそろ側室を持った方がいいと思うんだ」

 何を言うんだろうか、このアホは。
 第一、側室って……正室は誰のことだよ。

「……私だ」

 俺の考えを読んだように黒魔術師は言った。
 まあ、確かに初めて会ってから四百五十年の付き合いで、今も床を同じくしてるし、
 一番最初の魔王討伐の旅で色々あったから、確かに正室というのも間違いではないが……。
 少し性格に難があって、なんか認めるのは嫌なような気がしないでもない。

 それはともかく。

「側室って……一体どーいう風の吹き回しだ?」
「私の負担を減らすためだ」
「負担?」

 首を捻って考えてみる。
 負担、と言っても俺はこいつにそんな負担をかけたような覚えはない。
 家事一般は俺がこなしているし、狩猟だって俺がやっている。
 料理なんかもはや生き甲斐になっているくらい毎日俺が調理している。

 するとそいつは俺がすぐに思いつかなかったことを呆れるようにこっちを見てきた。

「夜の生活のことだ」

 夜の生活……。
 これもまた普通だった。
 一時期SMプレイにはまっていたりしていたものの、最近はやってない。
 ここ数年間は、ごく普通な内容だ。

 変身魔法を使って犬だの馬だのローパーだのになってのエッチもしていないし、
 緊縛プレイも、緊縛放置プレイも、媚薬漬け緊縛放置プレイだってやってない。

 うん、この上なく普通だな。

「別に、普通じゃないか」

 俺がそう返すと、こいつは目を細めて俺を睨んできた。

「ほほう? 日が半ば沈みかけた頃合いから日が半ば昇りかける頃合いまで、
 ぶっ続けで私を面白半分にイカせ続けることが普通だと?
 ならばこの世で普通の性行為を行っているのはお前だけだな」
「いや……まあ、そりゃそうだけど、なんで今更言うんだよ、そんなこと」

 何百年の付き合いなんだから、今の状態よりもっと凄かったときも普通にある。
 そのときに俺が「側室持ちたいなっ」などと言ったなら、まず間違いなくはっ倒されていただろう。
 一体どういう風の吹き回しなんだか。

 そいつは三角帽子のつばをそっと掴み、きゅっと回して被り直した。
 これはいつものクセだ。

「お前のおかげで私は毎日寝不足になっている。
 そのせいで、まるでむきたてのゆでたまごのような肌が荒れ果てて……」
「いや、普通につやつやしてるぞ。俺の精を吸ってるんだから」
「目の下にはクマが出来て、つぶらな瞳は常に充血している。
 ああ、このままでは私が壊されてしまいそう」
「どこにクマが出来て、どこの目が充血してんだよ。お前の顔のどこ見ても両方ともないぞ」
「というわけで、側室を持て」
「無視かよ」

 こういう風になったこいつはもはや俺の言うことなんて絶対に聞かない。
 それで、情けないことだが、こいつは俺よりも精神的に上位に立っており、
 俺自体もこいつに頭が上がらない立場にある。
 まさに女は強し、だ。

「にしても『側室を持て』か。
 別にそのことに対しては異論はないが、なんでまた急にそんなことを言い出したんだ?
 竜人族の集落で楽しくやっていた俺を、眠っている最中に麻袋に突っ込んで、
 拉致ったヤツの口から出るとは正直思わなかったぞ」
「別に勇者が誰と付き合おうと私は構わない。ただ私をおろそかにしたら許さない」

 前半部については「嘘つけよッ!」と突っ込みを入れたかったが、我慢した。
 後半部は実に納得できる事実だ。
 神の力によって不死身で名無しになった俺だが、痛いのが好きってわけでもない。
 こいつはこいつで、怒ると俺の頭蓋骨を平気でたたき割るし、勇者だから死なないとはいえ痛いのは嫌いだ。

 なんだかんだ言って、こいつは一番付き合いが長くて、一番気の合うやつだから、
 今となってはおろそかにするってことは多分ないだろうが。

 竜人族の集落のことは、まあ、あいつ自身が竜人族と馬が合ってなかったみたいだからな。
 でも、たまには顔を出したいよなあ。
 竜人族は長命だから、人間とは違って顔なじみが生きてるし。
 俺の子どもだって何人かいるのに……ただ行くとこいつがものすごく怒るんだよね。
 まあ、こいつが怒るようなことを俺が向こうでしちゃうからなんだけど。

「それはそうと側室って一体どうやって作る気だ?
 ここ数十年人間とも亜人種とも接触してないから、コネとかそういうの全くないぞ。
 第一、あの忌々しい伝説が残ってるせいで、人里に降りても相手にしてくれるかどうか」
「ふふ、その点は心配ゴム用だ。実は既に手配してある」
「ん?」
「さっき、私は山を降りてちょっと王都に行ってきたのは知ってるな」
「まあな」

 ちなみにこいつは魔法使いなので空間転移の魔法を使えるのだ。
 俺も多少は魔法が使えるといえど、流石に高位の魔法は使えず、
 王都にいくには自前の足で行かなければならない。
 ほんの五分だけ買い物を楽しむにしろ、こいつは往復に五秒とかからず、俺は二時間近くかかる。
 それでも、二時間とはいえ俺が勇者でなければ一週間以上かかるので、速いって言えば速いんだが……。
 まあどうせ俺はあんまり王都に行かないんだけれども。

「最近は色々なものが出回っていてな。
 王都でも魔法の実験の材料が容易に手に入るようになった。
 気分良く買い物を済ませた私は、いつもの道から少し外れたところも見ることにした。
 そうしたらどういうことだろう。
 確かにご禁制になっているはずのアイテムがごっそり売られていたのだ。
 実験にどうしても必要な材料だが、販売されていないから涙を飲んで諦めたものが、だ。
 それに気付いた私は気分良く買い込み、ついでに奥へ奥へと入り、ちょっとしたものを買った」
「ちょっとしたもの?」
「ああ、それほど大したものじゃない。奴隷を三匹ばかりだ」

 こいつは入ってこい、とドアに向かって言うと、ドアの外にいた人達が三人入ってきた。
 全員見事な金髪の女の子達だ。
 青色の瞳を振るわせ、震えながらも笑顔を浮かべているのがものすごく痛々しい。

 ……一瞬、腰が抜けるかと思った。
 たまにこいつは何を考えているのかわからないときがあるが、今回ほど驚いたことはそうはない。
 いや、あるかな……五、六回くらい……やっぱり最低でも十回はあったな。

「さあお前達、こいつがお前達のご主人様となるお人だ。挨拶をしごぶっ」

 思わずチョップをかましていた。
 俺はフェミニストなので、頭蓋骨をたたき割るようなことはしない。

「あのな。奴隷なんて買ってくるなよ。
 お互い子どもじゃないんだ、それくらいわかれよ、あぁん?」
「どうしてだ? 別にいいじゃないか。
 三人奴隷がいても、暇だからってやたら増築を重ねたこの家だったら置き場所に困ることはあるまい」
「置き場所の問題だけじゃねーだろーがっ!
 第一、奴隷の所有は法律で禁止されているんじゃなかったか?」
「情報が古いな。十二年前から奴隷制度は復活を遂げている。
 それに、過去あれだけやりたい放題やらかした者が言う台詞ではないな」

 ああっ、こいつはああ言えばこう言いやがって……。
 軽く頭痛を覚えてきたので、こめかみを指で押しながら、あいつの腕を引っ張った。
 俺が大きな声で怒鳴るたびに身を震わせている三人の奴隷には聞こえないよう、あいつの耳元を引き寄せる。

 長く生きているせいで触れられたくない過去が一杯で、その過去を全部余さず知っているヤツがそばにいるのは、
 すっごく気持ち悪いな、今に始まったことじゃないが。
 そしてその上、俺も長い間一緒なのに向こうは弱味が全くない完璧超人だから余計に胸くそ悪い。

 いや、弱味ならあるならあるが、あんまり使いたくないし、使いすぎると頭かち割られる。

「普通の人間と意味もなく関わりを持たないっていう取り決めを忘れてないだろうな?」
「ああ、忘れてなどいない」

 ということは意味がないわけじゃないということか。
 こいつの性格からして奴隷達の世話は俺に全部丸投げにするだろうし、
 俺もついついお人好しだから結局は一番辛い目に合わなきゃならなくなるだろうし。
 なんでこー、四十六年間大人しくしてくれてたかと思うとこんな大それた、その上バカみたいなことをしだすんだろうか。

 やれやれ。

「……じゃ、しょうがないな」

 俺もたいがいお人好しだな。
 定命の人間と一緒にいると色々と疲れるんだけどな、精神的に。
 俺にとっては時間は無限で、その価値はほとんどゼロに近いものの、いちいち気に病むのはばからしいってのに。

 俺は溜息をつきつつ振り返る。
 三人の娘達は、視線を向けられると同時にビクッと身を震わせた。

「名前は?」

 俺がそう尋ねると、大きい方から順に名前を言っていった。

「え、エレノアです」
「ケイト、です」
「キャロル」

 エレノア、ケイト、キャロル、ね。
 それ以上は名乗らなかったので、聞くことはやめておこう。

「ふーん、で、姉妹なの?」
「は、はい」

 エレノアが答えた。
 心なしか妹たちより前に立ち、庇っているように見える。

 にしても、どことなく立ち居振る舞いが垢抜けているような気がする。
 ふむ、あいつが目を付けたんだから、何かしら意味があるんだろう。

「この家は結構広いから、一人一部屋割り当てられるけど。
 姉妹三人一緒の一部屋を使ってもいいぞ」
「え、あ、はい、では三人で……」

 エレノアは意外そうな様子で答えた。
 ふぅむ、奴隷制度が復活していたらしいけど、一般的な奴隷の扱いってどんな感じなんだろうか?
 昔の奴隷はもうちょっとはきはきしていたような気もするが……。

 三人を先導して家の中を歩く。
 さっきあいつが言ったように、俺の家は結構広い。
 暇をもてあまして、俺が増築に増築を重ねたのだ。
 一応、大工の弟子を総計で六十年近くやっていたことがあるので、増築自体に失敗はしなかったが、
 二人暮らしなのにやたら広い家になってしまった。

 おかげで使っていない部屋がたくさんあるし、掃除も面倒になってしまっている。
 まあ、あいつはよい荷物置き場がたくさん出来た、って言って色んなところに色んなものを置いているけどな。

「ここだ。この部屋を自由に使っていいぞ」

 三人一緒なので広めの部屋を選んだ。
 窓が一つあり、カーペットは敷いていないし、ベッドは一つ。
 あとはテーブルと椅子が一個ずつあるだけで、他の家具はない。
 家は増築したものの、家具は本気で必要なかったので作っていなかったのだ。
 他の空き部屋にあるものを持ってきて、どうしても足らないものは作ればいいか。

「悪いな、急な話だから、あんまり用意してなかったんだ。
 ベッドとか、タンスとか、後で適当に運ぶから」
「あ、いえ、ありがとうございます」

 エレノアは恐縮そうに頭を下げた。
 次女のケイトと三女のキャロルは、部屋の様子をうかがいながら、そろそろとした足取りで中に入っていった。

「ちなみに、いくらか聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「なんでしょうか?」
「世間一般における奴隷の扱いって、どんな感じなの?」
「はい?」
「いや……俺って世間に疎くてさ。奴隷って言ってもどういう風なものか正直よく分からないんだ」

 エレノアはきょとんとした目でこちらを見ていた。
 どう反応していいのか分かりかねているらしい。

「あ、その前に聞いておくけど、君ら、ここがどこだか知ってる?」

 今度はエレノアだけでなく、ケイトとキャロルがこちらを見てきた。
 無言で俺のことを見つめている。
 あいつは説明しなかったようだ。

「デルパ山だよ」
「デルパ山……そんな、私たちはさっきまで王都にいたんですよ」
「ああ、空間転移の魔法って知ってるか?
 一瞬で、遠く離れた地点にまで行く魔法なんだけど」
「空間転移の魔法? 知ってますわ。
 ですが、あの魔法は高位の魔法で、宮廷魔術師でも使えるものがごくわずかだとか」

 一番下のキャロルが反応した。
 どうやらキャロルはそっち方面に学があるらしい。
 エレノアもかろうじて名前を聞いたことがあるようで、次女のケイトは知らなさそうだった。

「その宮廷魔術師でさえ、王都からデルパ山まで飛ぶなんてこと……」
「あいつは出来るんだよ。魔法に関して言えばこの世にあいつ以上優れたヤツはいないってくらいな」

 ただでさえ、通常の年齢を重ねていたころに不世出の天才と言われていた人間が、
 何百年も生きて研究を続けているんだから当たり前っちゃ当たり前の結果だ。

 にしても、空間転移の魔法は宮廷魔術師にしか使えないのか。
 もっと昔は普通にいたんだがなあ……なんでそんなに堕落してるんだろ……。

 あ、そうか。
 俺が邪魔な魔術師組織を少し粛正してやったからか。
 特に空間転移の魔法を使ってくるやつはしつこく追いかけてくるから、念入りに消しておいたんだっけ。
 だったら少なくなるはずだな。

「それは、本当ですの?
 ということは、あの方はもしや『東の魔女』ジュセノゥ様ですか?
 数年前から姿を消していたらしいですが、まさかデルパ山に来ているとは……」
「いやいや、違うよ。ジュセノゥって名前じゃない」

 ジュセノゥって誰だろう?
 どっかで聞いたことあるような……。

 んー、まあ、いいか。

「ということは、『サイクロプス』ミッテルノ様?」
「違う」
「そういえばミッテルノ様は隻眼でしたわね。ということは、『破壊の大槌』ボガンノス様?」
「それも違う」
「『爆裂伯爵』ジャーキン……様は、男でしたから違いますし……一体誰ですの?」
「……さあてね。正直なところをあいつの名前は俺も知らないんだ」

 ジュセノゥはどこかで聞いたことあるような気がする名前だったが、
 ミッテルノやボガンノス、ジャーキンは全員聞いたことのなかった。
 最近はそんなヤツがいるのか。

 ……あいつの名前はそもそも『無い』からな。
 俺もそうだが、神から力を得て不死身になった代償として『名前』を失った。
 名前というのはそのものの本質を差す要素だから、名前の無い俺達は本質のない存在。
 つまり『勇者』や『勇者補佐』と肩書きだけの存在なわけだ。
 ちなみに『魔王』もそうらしいが、まあ、それは置いといて。
 俺らは偽名すらも名乗れない。
 まあ、『勇者』とか『彼』とか肩書きや代名詞であればなんら問題がない。
 というかそれすらも出来なくなるとどうしようもなくなる。

 でもまあ、俺もあいつもこんな体になる前には名前があったわけで、
 俺の元の名前は一応知っているが、あいつのは知らない。
 あいつに初めて会ったときは既にあいつは名無しだったからな。

「知らない? ……何故?」
「事情があるんだよ」

 と、言ってみたものの、キャロルはどこか胡散臭そうな目でこちらを見てきた。
 うーん、まあ、普通は名前は知らないってことはないよなぁ。

「あっ」

 キャロルが口に手を当てて、驚いた仕草をしてみせた。
 ……気付かれたか?

「す、すいません。私、ど、奴隷の身分でご主人様に失礼な真似を……」
「ああ、別に気にしてないよ」

 大丈夫だったようだ。
 キャロルはどうやら魔法関連に対しての知識欲が旺盛らしい。
 んなら、あいつの元で勉強させてやるのがいいだろうな。
 あいつも助手がいれば楽になるだろうし。

「んで話は戻るけど、ここはデルパ山。
 麓にはイムイム村っていう、確か特産品が漬け物の村があるけど、
 ここはデルパ山の大体八合目だから、イムイム村との交流は全くない。
 知っているかもしれんが、デルパ山の森は天然のダンジョンみたいに入り組んでいて、
 上級冒険者でないと頂上まで行けないし、行ったところで何もないから滅多に人が入ってこない場所だ。
 この家周辺はモンスターも出ないし、道に迷ってもすぐに助けてやれるが、あんまり下に行くと死ぬから気をつけてくれ」

 えーっと、俺は何の話をしようとしていたんだっけ?
 デルパ山の話になったのは……うーん……ああ、そうか、奴隷の扱いの話か。
 思い出した。

「で、俺らはこんなところに住んでいるから、はっきり言って世間に疎い。
 奴隷っていうものは、知ってはいるが、どういう風に扱えばいいのかわからないんだ。
 だから、君らに教えて欲しいんだが……」
「……」

 エレノアとケイトの二人はお互い顔を見合わせて目を丸くしていた。
 やっぱりこんな質問をしたらアホに見られるんだろうか?

 キャロルはどこかそわそわしている。
 この子は、さっきからあいつのことが気になってしょうがないようだ。
 俺の話なんてろくに聞いている気配がない。

「えっと……その、私たちは……」

 エレノアは切れ切れに奴隷の扱いについて話をしてくれた。
 嘘も言えたんだろうが、エレノアは正直に、顔を赤らめながら本当のことを言った。

 彼女の話によると、馬や牛なんかと同程度に扱ってくれる主人ならば、奴隷にとってよい主人らしい。
 女奴隷は、主に炊事洗濯掃除と、あとは夜伽。
 三人娘は見目麗しいから、主に使われるのは夜の分野だろうと、そこまで正直に言ってくれた。

 なるほどね。
 最初からわかってたけど、必要ないな、こいつら。

 洗濯や掃除はともかく、料理は俺の趣味だ。
 勇者が料理の趣味を持っているというのは変だが、長く生きていても料理は飽きない。
 勇者になった故に敏感になった味覚と、不死身になった故に蓄積された知識を集結させて、思いっきり上手いものを作る。
 うまいものを作れれば、俺も嬉しいし、あいつも喜ぶ。
 どうせ他にやることもないのだから、生き甲斐といってもいいくらいのものになっている。
 その生き甲斐を他人にやらせるつもりは毛頭ない。

 夜伽も、いらない。
 俺にはあいつがいるし、そもそも我慢しようと思えばいくらでも我慢出来る。
 エレノアは18、ケイトは16、キャロルは15……俺の好みから言っても年が少なすぎるし。

 じゃあ、どうすれば役に立つ奴隷なのか、と言われても返答に困る。
 そもそも俺は奴隷なんて必要なくて、あいつが勝手に買ってきたものだ。

「あー……別にいいよ」

 正直なところを言うと、あいつと俺だけの静かな二人暮らしを満喫させて欲しかった。

「洗濯や掃除はちょこっとやってもらうが、他のことは何もしなくてもいいし、求めもしない」
「え?」
「夜伽とかも気にしなくていいよ」
「え、あの……」

 エレノアとケイトは意外だった様子。

「あの……自分で言うのもなんなんですが、その、私たちってそれなりに高かったんですけど……」
「いや、金のことなんて興味ないから。俺のじゃないし、あいつのだってどうせあぶく銭だったんだろ」
「そういう次元の金額じゃ……」

 なんでまたしつこく言うんだろう?
 この子らの脅えっぷりを見れば、そーゆーことはしたくなさそうだったのに。
 長年女性を見続けてきた俺の眼力が確かなら、彼女らは全員処女だ。
 そして、処女を望まぬ相手に献げたがるタイプではない。

「俗世に未練のない老夫婦の養子に入ったとでも思えばいいんだよ。
 とにかく金のことは本気でどうでもいいし、そんな深く考える必要はない」

 ……俗世に未練のない老夫婦、って自分で言っていて嫌な言い回しだな。
 その通りじゃないか、と言われれば否定できないんだが、認めるのも少しアレな気がする。
 今度久々に『生きている』友人の家に尋ねてみようかな。
 俺には若さが足りなくなっているかもしれん。

「じゃ、夕飯になったら呼ぶから、適当にくつろいでいてくれ」

 ぽかんと口を開いて、俺を見ているエレノアとケイトを尻目にドアを閉めた。
 あーあ、これからどうなるのかねえ。
 死ぬまで面倒見なきゃならんのだろうか。
 適当な折り合いを付けて、追っ払うことが出来ればいいんだがなあ。

 と、思っていたら背後でドアの開く音と、ぱたぱたと走ってくる足音を聞いた。

「なんだよ、別に本当に金のことはどうでもいいって」
「あ、あの! さっきのお姉さまの部屋ってどこですか?」

 俺の服の裾を掴んだのはキャロルだった。
 眼をきらきらと輝かせ、なんだか異様に嬉しそうにしている。

 ……この子はマイペースだなあ……あいつみたいな性格にならなきゃいいけどなあ。