集まれぼくらの宇宙のパワー

 バイトの帰り道に空を見上げていたら、彗星が頭を直撃した。
 彗星っていっても、それは本当は彗星ではなく、巨大宇宙エネルギーだかなんだからしい。
 その巨大宇宙エネルギーが頭に直撃したせいで、俺は体内に膨大なエネルギーを蓄えることになってしまった。
 それで、なんか超能力とか怪力とかが使えるようになった。

 だからどうというわけではないのだが、俺は今でも元気で暮らしています。

 

「あー、ミカン。ミカン来い、ミカン」

 冬のこたつは気持ちいいよね。
 こたつに入りながらゲームをやりはじめると、もうこたつを出る気が全くしない。
 ゲームの展開もちょうど佳境に入り、一目たりとも見逃すわけにはいかなくなると、いよいよもってこたつから出たくなくなる。

 ただ、少し口寂しくなるので何かつまむものがほしくなる。
 ちょうどミカンを箱で買ったので、ミカンが食べたいんだけれども、ミカンの箱は玄関に置いてある。
 あそこまで取りに行くには、一旦こたつから出なければならないわけだ。

 こたつから出たくはないがミカンは食べたい。
 誰しもが体験したことがあろうジレンマが生じる。

 だがしかし、俺は宇宙エネルギーを獲得した超能力者。
 サイコキネシスでミカン箱からミカンを持ってくることも容易い。

 ふゆふよとミカンが空を飛び、途中でくぱぁと皮が剥ける。
 白い筋までつるりと取れて、実にいい案配だ。
 俺は袋は残しておいた方が好きなので、袋までは除去しない。

 見事なオレンジ色の輝きを放つミカンが、まるで崩壊した原子みたいに八つに分かれ、一列に並ぶ。
 なんとも珍妙な光景に見えるだろうが、俺にとってはもはや見慣れたものだ。

 さて食べるか、と思ったとき、こたつの中から人影が飛び出してきた。
 空飛ぶミカンをひったくり、さながら獲物を仕留めた豹のように貪り食う小さな影。

「おいしーっ! ハヤトお兄ちゃんのミカン、とってもおいしいよ」

 影の正体は、ウチの近所に住むかなこちゃんだ。
 まだ中学生にも上がっていないこの子は、まるで自分の家であるかのようにウチに来てはぬくぬくしている。
 とてもよく懐いている……というか少し懐きすぎてちょっと困ってるくらいだ。

 別に親同士が知り合いでとか、小さい頃から仲良しだったとか、危ないところを助けてあげたとか、そういったエピソードは全くない。
 知り合ったのはつい最近、それも初対面はあまりいい感情を抱かれていなかった。

 

 

「あなたが地球をせいふくしようとしている悪の宇宙人ね!
 そんな悪い人は、この魔法少女マジカルかなこがこらしめてあげるんだからっ!」

 ファーストコンタクトはこんな台詞を投げつけられた。
 確か、バイトの給料が入って、今夜は鍋にするか、と思って買い物をした帰りだった気がする。
 突然、普通の町並みがぐにゃりを歪んだと思ったら不思議空間に閉じこめられて、やたらファンシーな格好をしたかなこちゃんが立っていた。

「え? は?」

 突然のことに戸惑っていると、かなこちゃんの背後からマスコットキャラクターが出てきた。
 白くて小さくて、やたらかわいらしい体を小動物っぽくちょろちょろと動かしながら、かなこちゃんの耳元で囁いていた。

「気をつけて、かなこちゃん!
 あいつは次々惑星を襲って、星の力を奪っていく凶悪なジジリアンなんだよっ!
 宇宙エネルギー攻撃に気をつけて!」
「うん、わかってるよ、ミミコ!
 絶対浄化『マジカル・キューティー・トミーガンバスター』!」

 かなこちゃんは小柄の体格とファンシー格好に似合わず、ごつくて黒光りする短機関銃型魔法スティックを振り回すと、銃口をこちらに向けて、無数の魔法弾を発射してきた。

「ちょ、ちょっ、待って……いでででで……」

 いきなりのことに面食らって、魔法弾を真っ正面に受ける。
 かなこちゃんは、目にもとまらぬ早業で、かたがけしていたネコのプリントされていたミニポシェットを開くと、中からドラム型弾倉を取り出し、玄人顔負けなほど正確で迅速なリロード作業を行い、俺が体勢を整える暇を与えず、連続攻撃を仕掛けてきた。
 十数分間、かなこちゃんは俺に大体一万五千発程度の魔法弾をたたき込み、俺の衣服と卵、しらたき、葱、白菜、春菊、ポン酢、つみれそして何より奮発して買った牛肉をずたずたに引き裂いた。

 一発一発が着弾すると炸裂する魔法弾のせいで、俺の周囲にもうもうと煙が上がり、かなこちゃんは俺が粉々になったと思ったようだった。

「やったね、ミミコ!」
「平和が戻るよ!」

 もちろん、巨大宇宙エネルギーの恩恵を受けた俺にとって、魔法弾など何発食らったとしても意味はない。
 服と将来的に鍋で仲良くぐつぐつ煮られる運命にあった、野菜と豆腐と牛肉なんかが吹っ飛んだだけだった。

 まあ、その後、お話をしあって、本当は、白くて可愛いマスコットキャラクターが悪役だったね、ということで話は落ち着いた。
 それ以降、色々あって懐かれて、放課後や休みの日には俺の家に入り浸るようになったというわけだ。

 

 


「ただいま帰りました」

 かなこちゃんにせがまれて、ミカンの箱からミカンを三つ四つサイコキネシスで持ってきたところで声が聞こえた。
 ミカンを一つ一つかなこちゃんに食べさせていると、玄関に通ずるドアが開き、女性が入ってきた。

「ハヤト様、買い物に行ってきました」
「今日の夕飯は何?」
「牛肉が特売でしたので、お鍋にしようかと」

 それはすばらしい。
 最近、寒い日が続いたから、鍋は格別においしいだろう。

「やったー、今日は鍋だー」
「はいはい、かなこちゃん、お母さんに夕飯はこちらで食べると連絡しておきますからね」

 黒くて長い髪、おしとやかな態度、優しそうな雰囲気とまさに大和撫子と賞するに等しい彼女は、同居人だ。
 ウチの家事を一手に任され、掃除、洗濯、料理にお買い物全般を完璧にこなしてくれている。
 それでいて、男を立てるために控えめで、いつも俺の後ろに立っているような性格で、かなこちゃんに対しての態度からわかるように、子供にも優しい。
 まさしく大和撫子、良妻賢母というべき女性だ。

 良妻賢母とは言った物の、別に妻ではないし、母親でもない。
 所謂言葉の綾ってやつだ。
 大和撫子、というのも同じく言葉の綾で、彼女は日本人じゃない。

 名前は、サーラ……えと、サーラなんとかという長ったらしい名前だ。
 基本、サーラと呼んでいるが。

 サーラは日本人じゃないので、大和撫子じゃないと言ったが、より正確に言うと地球人じゃない。

「あら、ハヤト様、またミカンをサイコキネシスで引き寄せたんですね。
 いくらお休みとはいえ、そんなにだらけていてはいけませんよ」
「俺がミカン食べたんじゃないもーん。かなこちゃんに食べさせただけだもーん」

 口をとんがらせて言う。
 確かに、宇宙エネルギーを手に入れてから、だらけた生活になってしまったような気がする。

 サイコキネシスやテレポートは便利だから、ついついそれに頼ってしまう。
 自分で自分の体を動かさないと不健康だというのはわかっているが、だからといって全く超能力を使わないとなると、それはそれでね。

「お腹すいたー」
「はいはい、かなこちゃん、準備するからちょっと待っててね」

 サーラは買い物袋を降ろし、てきぱきと買ってきたものを片づけていった。
 あくせく動く後ろ姿は中々艶めかしく、つい目で追ってしまう。

 彼女とのファーストコンタクトもまた、あまり好意的でなかったことを思い出した。

 

 


「オーホッホッホ、これで我が偉大なるジジリアンの力を思い知ったかしら」

 以前住んでいた俺の安アパートの瓦礫の上で、サーラは高笑いをしていた。
 一番高い瓦礫の上に立ち、黒色で布面積のすごく低い衣装からちらつく胸から太ももを扇情的に見せつけていた。

「う……いてて……なんだいきなり……」

 瓦礫の下にいた俺は、上に乗っていた瓦礫をどかして這い出ると、ちょうど目の前にサーラがいた。
 サーラは俺の姿を見ると、養豚場にいる豚を見るかのような冷たい瞳で見下ろしてきた。

「あらあら、まだ生きているとは運がよろしいことね。
 いくら高出力ピンポイント照射した主砲とはいえ、ターゲットと同じ建物内にいて、助かるだなんて」
「は?」

 空を見上げると、空を覆い尽くさんばかりの巨大な黒い宇宙船が浮かんでいた。
 辺りにはいつの間にか、自衛隊か米軍かの戦闘機が飛び交い、街の各所でウーウーとサイレンが鳴り響いていた。

 後々知ったことだが、謎の宇宙船が飛来するとすぐに警報が鳴り響き、街一帯から人が避難していたらしい。
 俺はアパートの自室で寝ていたため、何にも気づかずに人っ子一人いない街に残っていた。

「それにしても、呆気ないことね。
 まあ、幾千もの惑星を支配し、この手中に収めてきた我が栄光なるジジリアン人にとって、こんな田舎の星系のちっぽけな惑星の野蛮な文明であれば仕方ないわね」
「あ、あのー……話が良く見えないんですけど……ていうか、ウチのアパート崩壊しちゃってるし……」

 サーラは不快なものを見た、というような表情を浮かべて言った。

「あなたたち地球人類を遙かに凌駕し、偉大なる文明の主人にして全宇宙の支配者。
 ジジリアン人が、地球人類に言葉を授けるわ。即刻、この地球を渡しなさい。
 惑星破砕装置で、我が母艦マザー・ジャスティスがエネルギーに変換し、我が偉大なるジジリアン文明の礎にするわ」
「は、はあ?」

 事態を把握できていなかったのは、寝起きだったから、と思いたい。
 唐突にこんな出来事が起きるとは思わなかったし、混乱するのがむしろ当たり前だというところだろう。

 突然現れたボンテージのような衣装を着たお色気むんむんなお姉さんが、次々と惑星を襲う極悪宇宙人の女帝だと誰が予想できるだろうか。

「これだから頭の悪い生命体は……。
 素直に我がジジリアンに地球を譲渡するのならば、命の保証はしてあげてもいいわよ。
 とはいえ、ジジリアンの女帝『サーラ・デミ・ノスゲール=ジジリアン』が嫌いだから、愚鈍な男と子供は皆殺しにするけど」
「ま、まあ、落ち着いて。まだよく状況がよくわかってないんで、譲渡とかそういうのは……」
「あら? いいのかしら、そのようなことを言って。
 恐らくこの惑星で最も高威力な兵器を破壊したのは、あなたも見たでしょう?
 空に浮かぶ、我がジジリアンの栄光ある母艦『マザー・ジャスティス』の高精度、高出力のレーザー主砲があれば、一晩でこの惑星を焼け野原にすることも出来るのよ?」

 まだ全部状況を飲み込めたわけじゃなかったけど、俺の寝ているところにレーザー撃ち込んで、アパートを崩壊させたのが空に浮かぶ黒い宇宙船で、アパートをぶっ壊すことを命じたのが目の前の女だということはわかった。
 そうなるとなんか腹が立ってくるのが人情ってやつだ。
 特に寝起きの不機嫌なときだったわけで、思わずテレポートした。

「なっ、こ、ここはマザー・ジャスティスの動力炉……いつの間にここに?
 って、あなた、服くらいちゃんと着なさいな! これだから野蛮な生命体はっ!」
「これをぶち壊したら、この宇宙船は墜落するのか?」
「はっ、早く、その粗末なものを隠しなさいっ!
 この動力炉を破壊しても、ワープ航法はできなくなるけど、予備動力炉があるから墜落はしないわよっ!
 それに、この動力炉は超ジジリアン合金製で、例えこのマザー・ジャスティスの主砲の直撃を受けても傷一つつかないわ。
 いいから、もう、そこらへんにあるもので、隠しなさいって!」

 よっこらせ、と拳を大きく振りかざし、俺はマザー・ジャスティスの動力炉を思いっきりぶん殴った。

 一瞬にして、宇宙の支配者だったジジリアン人達は、ワープ航法ができなくなったせいえで、宇宙の漂流者になったわけだ。
 母艦の中にいた三億人のジジリアン人は、国連だかなんだかのお偉いさん達の話し合いの結果、難民として世界各国で受け入れられた。
  高度に発展したテクノロジーを持っていたので世間は沸き立ったらしいが、長い宇宙の旅のせいでせいぜい保守要員程度しかおらず、テクノロジーを使いはする もののどうやって発展させたかは知らないというお粗末な結果になったものの、世界各国に散らばったジジリアン人は割とうまく地球人と折り合いを付けて生き ているらしい。

 その後、政治家の偉い人達と会う前に、「隼人君、英語できる?」と聞かれて、TOEICのスコアを700点超持っていた ので、「出来ます」と答えたせいか通訳を付けて貰えず、本場の英語で何を言っているのかさっぱりわからないまま、固まった笑顔を顔に貼り付けながらひたす ら「イエス オフコース」と答えたら、新しい家を貰えたが、何故かサーラもついてきた。
 英語出来ます、と答えてしまった手前、なんでこの人が同居を? 若い女と若い男が一つ屋根の下って色々まずくないんですか? 異星人同士だけど? とか聞くこともできなかった。

 彼女は俺と一緒にいると非常に脅えたが、相互理解をするための会話を試みたり、色々なことがあって、今のような性格に落ち着いたわけだ。

 

 

「ふぁっ……おはよー、ハヤト」
「おはようっても、もう夕方だけどな」

 どたどたと階段を降りる音がし、居間の扉が開かれると、頭を掻きながら眼鏡をかけた女が入ってきた。
 ぼさぼさの髪は言わずもがな、目の下に隈を作り、甚平を着て、口元には涎の後、目には目やにが浮いて、ぼりぼりとお腹を掻いている姿を見ると、もうなんか女を捨ててるな、と思わされる。

「おー、今日は鍋かあ、いいねえ、最近寒くなってきたから……」
「お行儀悪いですよ、ミーシャさん」

 流石に見かねたサーラがミーシャを注意するものの、ミーシャはにへらっとダメ人間の笑いを浮かべて、生返事をしている。
 あくびをして、俺のすぐわきに座り込むと、テレビに映るゲーム画面を見た。

「これって、こっちの機種で出てたゲームだっけ?」
「別機種でしか出てなかったけど、最近、なんかこっちの機種でも出したんだよ」
「えー、こっちの機種で出さないとかなんとか言ってなかったっけ?」

 ミーシャはダメ人間に相応しく中々のゲーム通だ。
 比較的によく話しが合う。

 ミーシャはテレビをニマニマと見つめながら、なにやらブツブツ呟いている。

「うーん、次出す本はこれをテーマにしようかな?
 光速の異名を持つ警備員がぐっちょんぐっちょんにされちゃうやつ」
「横にプレイしている人がいるんだから、そういった欲望だだ漏れなことを言うなよ」
「いいじゃん。別機種で一回クリアしているんでしょ。
 もう一回やってるのはどうせゲームのやりこみポイントを溜めるためだろうし」
「まあ、確かにそうだけど……」

 それを言われると弱いが、本当はかなこちゃんがいるからなるべくそっち系の話題は出してほしくないなあ、ということだ。
 まだ小学生の子に、ミーシャが描いているエロ同人誌のことを教え込むのは教育によくないだろう。

「あー、そうそう、後でハヤトのちんこ見せて?」

 直接的な物言いに流石にちょっと口をあんぐり開けざるを得なかった。

「いやーはっはっは、自前のはなんとかなるんだけど、流石に私にはちんこついていないからさ。
 芸術作品のためだと思って、お願い」
「この馬鹿たれ! ここにはかなこちゃんもいるんだぞ! 自粛しろ!」

 なんだかさっきからサーラが滅茶苦茶こっちを睨んでいる。
 いや、一方的にミーシャに絡まれているだけなんだが、なんだか俺も同類に見られていそうで甚だ不安だ。

「かなちゃんも私の描いた本の愛読者だし、夏と冬のイベントではコスプレしてもらってるから大丈夫だって」
「あー、ミーシャお姉ちゃんそれ言っちゃだめっていったのにー!」
「おいこら聞き捨てならないぞ、何かなこちゃんに教えてるんだ、このアホが!」

 ミーシャは俺の追求を逃げるようにひょいと身を翻した。
 にひひ、と笑いながら走って逃げる。
 まあ、逃げた先は台所で、そっちには激怒したサーラがいるから、とっつかまってお説教をされるだろう。

「あらあら、どこへ行くのですか、ミーシャさん」
「いたた、ご、ごめんなさいごめんなさい、耳は引っ張らないで……」

 案の定、サーラに、その長い耳を掴まれて捕まっていた。
 必至に謝っているが、かなこちゃんのことを我が子とばかりに可愛がっているサーラのことだから、早々簡単に許してくれないだろう。

 そういえば、このミーシャもまた、初めて会ったときの印象は最悪だったことを思い出した。

 

 

 

「あ、あ、あ、あなたって最低の屑ね!」

 ぷすぷすと煙を立てる自分の服の残骸を引きはがしながら、俺は振り返った。
 偉い人からもらった家で、サーラは買い物へ、かなこちゃんは学校へ、と久しぶりに一人っきりになれたのでお楽しみをしている最中だった。
 パソコンに入ったエッチなあれこれを見ながら、情けないことに自家発電をしている最中だった。

 エロゲーなるものをプレイするために、ヘッドホンを着用していたせいで、背後にまでやってきた人物に気づかなかった。
 立ち上がる煙を吸い込んでけほけほ咳き込みながら、そっと振り返るとそこには豪華な鎧を着込んだ女性が立っていた。

「どこのどなたさん?」

 やっていたパソコンごと燃やされた俺は機嫌が悪くなりながらも、それでも自制心を働かせてそう聞いた。
 彼女は持っていた杖をこちらに向けて、ハァハァと息を荒くしていた。
 が、俺に声を掛けられて気がついたのか、深呼吸を二度三度行って息を整えた。

「こ、こんな人が勇者だなんて……。
 でも、予言は確かだし、感じる力も勇者に間違いない……けどっ、けどッ!」
「えーと、どこのどなたでしょうか?」
「こんな人にエルフェイム王国の命運を任せなければいけないなんて……。
 あんな、あんな……女性の、は、はだ、は……ふしだらな姿を見て欲情している人に……」

 もはや人の話なんて聞いちゃいねえ。
 全く持って話が進みそうになかったので、テレパシーを使って対処することにした。

 魔法やモンスターが実在する異世界のエルフェイム王国の王女様で、ファンタジー小説とかによく出てくるエルフらしい。
 彼女はその中でも魔力の高いハイエルフなんだとか。
 得意な魔法は炎魔法。
 俺とパソコンを焼き尽くしたのは、その炎魔法だった。

「もう、嫌……この人に頼みごとをしたら、絶対、ひ、ひどいことを要求されるに決まっているわ。
 でも、私には王国の危機を救う使命が……」

 蝶よ花よと育てられたのと、彼女の国の国教により、性的なことに関してはラジカルなほど禁忌感を抱いていた。
 なんで、俺の家に来たのかは、彼女の世界に魔王が出現し、王国が滅亡の危機に瀕しているから。
 予言によって選ばれた俺を、自分らの世界に呼ぶために、異世界移動魔法でやってきた。

 大体のことがわかったら、なんだか自分の世界に入って独り言をひたすらぶつぶつ呟いているミーシャを横目に、焦げた服を引きはがし、タンスの中から服を取ってきて着替えた。

 初心な女の子が、エロゲーをやってシコっている男を見たら驚くことはしかりだろう。
 ただ、俺は別に衆人環視のあるところでやったわけじゃなく、自宅の自室でひっそりとやっていただけだ。
 不法侵入してきたのは向こうだし、こっちが燃やされる筋合いは欠片もないはずだ。
 普通なら怒鳴り飛ばしてもいいような気がするんだが、その頃には変な事態に巻き込まれることにいい加減に慣れていた。

 新しい服を着て、別の椅子を引っ張ってきて、それでもまだ尚、彼女は自分の未来の姿を勝手に予想して、涙を流していた。
 ぱん、と手を叩いて気をそらしてやると、ようやく正気に戻ってこっちを見た。

「さて、君が要求していることは、
 『予言された勇者であるこの俺に、エルフェイム王国を襲う魔王を倒す旅に出てほしい』ということで間違いないか?」
「ふぇ? そ、その通りですが、私、説明しましたっけ?」
「よしわかった。俺がなんとか魔王を倒してやる」

 はっきり言って俺にこのハイエルフさんの言うことを聞いてあげなきゃいけない義理は何一つない。
 むしろ、服とパソコンの弁償してほしいとも思っている。

 だけど、だからといって彼女の助けを拒否するのも躊躇われる。

「ありがとうございます、勇者ハヤト。
 それでは、私の力でエルフェイムのある私の世界へと……」
「いや、手を借りるまでもない。自分でやれるから」

 拳を作って、どんと床を叩く。
 初めてやる試みだが、やり方は大体わかっている。
 テレパシーでこのハイエルフの頭の中を盗み見たときに、召喚魔法のやり方をおおよそ習得した。
 それにちょっと手を加えてやれば、世界と世界を繋ぐ穴を作ることなど簡単なこと。

 ぱりーんと音を立てて空間が割れ、穴の向こう側には巨大な魔王が玉座に座っていた。

『ぬう、これは珍妙な……』

 中々貫禄のある低い声で、空間の割れ目を通してこちらを見た魔王。
 ハイエルフは突然の出来事に口をぱくぱくさせていた。

 テレパシーを使っていないから、俺が空間を割ったことに驚いているのか、はたまた魔王を見て驚いているのか知らない。

『これはこれはエルフェイム王国の王女、ミーシャ殿ではないか。
 なるほど、我が魔軍の強大な力を前に勝ち目はないと、降伏をしにきたのか。
 ふわっはっは、余も寛大な心を持ち合わせておる。
 ミーシャ殿を我が妻とし、エルフェイム王国を永遠の属国とすることで、今までの……』
「うるせぇ、死ね」

 右手から宇宙エネルギーのビームを飛ばす。
 魔王はビームに貫かれ、死んだ。

『ぐ、ぐぬぬ、光あるところに闇もまた在り。いつか必ず余はふっか……』

 じゅうと音を立てて、魔王は浄化され、エルフェイム王国に平和が訪れた。
 再び、どん、と床を叩くと、空間の割れ目は閉じた。

「はい、お疲れ様。帰りは自分で帰ってね、召喚魔法で戻れるんでしょ?」

 

 とまあ、こういった顛末があって、異世界のエルフェイム王国の王女であるミーシャさんの世界は救われたわけである。
 帰れ、と言ったんだが、何故かミーシャさんは頑として帰らず、恩を返すため、と俺の家に居座り始めた。

 これがまた……割と早く順応し、最初の頃は拙いものの家事全般を担ってくれたサーラとは違い、本当に純粋培養のお姫様だったので、なんにもしてくれなかった。
 特殊な技能といえば魔法が使えるだけで、なんだかやたら気位が高いので仕事に就くこともなく、ニート生活。
 そのうえ、エルフェイムにはもっといいものがあったなどと不満を垂らす始末。
 じゃあなんでここにいんの!? と言いたくなったことは何度あったか。

 一番困ったことが、俺が自家発電を行おうとすると必ずどこからか現れて、淫らな行為は頭を悪くする云々と言いまくる。
 男性の生理現象すらも理解できず、また立場もわきまえず説教するもんだから大変だった。

 とにかくなんとかしないと、と思って、パソコンを買い与えて、使用方法を教えた。
 特に俺との初対面の時オナニーに使っていたせいか、かなり忌避感強かったが、大人しく従わないと、元の世界へ送り返すと脅してパソコンを使わせた。

 それで、色々とあって、あれほど高貴で、あれほど性的なことを嫌がっていたのに、インターネットを繋げたパソコンを買い与えたら、三ヶ月くらいで今のミーシャに変化した。
 今や何度か参加したエロ同人の祭典で壁際サークルの主催で、無職の癖してウチの中で最も収入の大きい人だ。
 この国の文化汚染度は素直にすげえと思った。

 

 


 サーラはミーシャにお説教をしていたせいで、少し夕飯が遅れそうだ。
 なんとか区切りのいいところまでゲームを進めたいなあ、と思っていたので、ある意味渡りに舟だったと言える。

「かなこちゃん、眠い?」
「……ん、ううん、だいじょーぶ」

 こたつで一緒にゲーム画面を見ていたかなこちゃんが、こくりこくりと船をこいでいたので、声を掛けた。
 まだ日が沈んだばっかりの時間帯だが、こたつの魔力に負けてしまったらしい。
 眠そうに目をこしゅこしゅと擦っている。

 もう少しで鍋だから、眠らせるより頑張って起きて貰っていた方がいい。

 テレビの放つ音と、コントローラーがかちかちと鳴る音、あとサーラが夕飯を用意している音だけが聞こえる。
 宇宙エネルギーを手に入れてから色々大変なこともあったけど、こういう平和な時間があるのっていいなあ、と思う。

 


 ぴぴぴっ、ぴぴぴっ

 

 キッチンタイマーか、と思う音が鳴り響く。
 少しすると、サーラがぱたぱたと台所からやってきて、かなこちゃんをこたつから引き抜いた。

「んー、何ー?」
「ごめんね。でも、マザー・ジャスティスから次元歪曲反応が確認された、って報告があったから」

 なんだそりゃ、と思ったら、テレビの前がぐにゃりと歪んだ。
 ミーシャの世界の魔王を倒したときに開いた異世界への門とどことなく似ている。

 と、思った次の瞬間、歪みががばっと開き、中から緑色のパワードスーツが出てきた。
 パワードスーツはぐしゃっと音を立てて、ちょうど足下にあったゲーム機の上に着地する。
 当然のことながら、ゲーム機はパワードスーツの重量に耐えられるようには出来ていない。

 ばきり、と嫌な音がして、ゲーム機が破損した。
 その中にあるデータと共に、永遠となったのだ。

 コントローラーに取り付けられた異常を知らせるランプが点滅し、俺はそれを見て、ひとしずくだけ涙を流した。
 走馬燈のようにあのゲーム機を買ったときを思い浮かべる。
 わくわくしながら起動して、初期不良で五分もしないうちに故障して、修理工場に送った思い出が蘇る。

『動くな! 我々はこの次元を制圧しにきた者だ。
 君らの文明レベルでは私達の高度に発展した科学技術に対抗出来ない。
 抵抗せず、ただちに降伏しろ』

 どこかで聞いたことあるフレーズを耳にして、ちょっとサーラを見た。
 サーラはもちろん、さっとそっぽを向いた。

「あー、えーと……」

 兎にも角にも話し合いが必要かな、と思って立ち上がろうとしたら目の前が真っ暗になった。
 手も足も動かせず、息も出来ない。

 なんだこりゃ、と思いつつ手足に軽く力を込めたら、ばきばきという音がして外が見えた。

「お、おおう、なんだこれ……」

 俺の周りに黒いものがまとわりついていたようで、力を込めてばりばり砕くと、破片は跡形もなく消えた。

『な、なんだと、重力子弾の束縛を、自力で突破した?
 メタルスーツの支援もなしに?』

 どうやら、かのパワードスーツの仕業だったらしい。
 重力子弾というのがなんなのかわからないが、手に持った拳銃で撃たれると黒いものに閉じこめられるようだ。

「ひゅー、また裸になっちゃったね、ハヤトー。
 次は青く光って見せてよ」
「俺だって毎回毎回、好きに服をダメにしているわけじゃないってーの」

 パワードスーツが会話中に何発か拳銃を撃ってきた。
 俺としては閉じこめられても何ら問題ないのだが、面倒だったので銃弾を手でキャッチした。
 手に着弾すると確かに銃弾から黒い何かが漏れだしてくる。
 勢いはかなりのもので、黒い何かも相当硬かったが、我慢して握りつぶした。

『クソッ、こんな未発達の次元でタキオン粒子弾を使う羽目になるとは……』

 そんなことをパワードスーツが呟いたとき、何故か手の中に弾丸が入った。
 きちんと握りつぶしてから、なんだこれ、と見てみると不思議な感じのする四発の弾丸があった。

『いくら弾丸を見切れても、光速を越え、引き金を引く前に命中する弾丸は受けられまいっ!』

 かちかちかちかち、とパワードスーツは拳銃の引き金を四度絞った。
 なるほど、さっき銃弾が手の中に突然出現したのは、未来からの攻撃だったのか。

 必殺の攻撃が空振りに終わったことを、パワードスーツも理解できたらしい。
 俺が受け止めた弾丸をぽいとパワードスーツの足下に放ってやると、二、三歩後ずさった。

『で、データにはなかったぞ、こんなこと!
 重力子弾を無効化にし、タキオン粒子弾を回避できる装置があるなんて聞いてない!』

 遠目に見ていたサーラやらミーシャやらかなこちゃんなんかはニヤニヤとパワードスーツの狼狽する様を見ていた。
 彼女らは、パワードスーツとやらがいう高度な装置なんてここに一つもないことを知っているからだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、家の同居人達ががやがやと集まってきた。
  地上を侵略しに来た地底人、悪の組織に改造されたメタルヒーロー、超能力が暴走しがちな転校生サイキッカー、マザー・ジャスティスのメインコンピューター に隠れていた物質化能力を備えたコンピューターウィルス、海を汚すふとどきな人類を支配しようという大望を抱いたイカ女に、あと恐竜と戦ったことのあるピ クル……あとその他大勢。
 どれもこれも、初対面は必ず最悪だった人達だ。

 なんだか巨大宇宙エネルギーが偶然手に入ったのはいいものの、それは通常ではありえない出来事を引き寄せてしまうらしい。
 俺の周囲では厄介事が絶えない。
 もっとも、その厄介事は宇宙エネルギーで簡単に片が付いてしまうのだが、根っこの部分は消え去らない。
 根っこの部分ってのは、当人だ。
 どういうことだか、みんな、元の世界や元の住処に帰れない事情があったり、当人が帰りたがらなかったりする。
 健全な魔法少女だったかなこちゃんは例外として、サーラやミーシャなんかが好例だ。

 偉い人達は、厄介事が外に漏れないようにと、なんでもかんでも俺に押しつけてくるから大変だ。
 いつの間にか同居人がぐんと増えて、減る気配がないどころか、今も増殖が止まらない。

「とりあえず、武器は危ないからな……」

 手に持った拳銃をサイコキネシスで取り上げる。
 すると、パワードスーツはいきなり四つん這いになった。

『しまった、関節がロック……クソっ』

 ああ、またやっちまった、とため息をつきながら、四つん這いになったパワードスーツに触れた。
 武器を鹵獲されると安全保持のために爆破する仕組みだったらしい。

 たかだか拳銃一丁で大げさな、と思ったが、このパワードスーツが開発された次元ではそれが普通のようだ。
 とりあえず、自爆装置を破壊しておいた。
 関節のロックも解除したが、パワードスーツで暴れられるのも嫌なので、ついでに着脱システムをオンにしておいた。
 特に駆動音もせずにパワードスーツの背中が割れ、中から銀髪が綺麗な女の人が出てきた。

 これにて一件落着。
 同居人がまた一人増えたが、特に大きな被害が出ることなく、今回も無事解決できた。
 集まったみんなも解散する気配を見せ、俺はトランスポートで引き寄せた新しい服を着た。

 今回の事件で唯一の被害者である、ぐちゃぐちゃに破壊された俺のゲーム機を眺めながら、なんだか少しノスタルジーな気分に浸っていると、台所のサーラが「そろそろ準備できますよー」と声を掛けてきた。

 今まで色々あって、今日もまた色々あった。
 多分、これからも色々あるんだろうなあ、と思いつつ、みんなと鍋をつつくことにした。