プロローグ


 折角の学生気分をぶちこわしてくれた名簿を閉じ、はあ、とため息をつく。
 上の人たちは、なんでまたこんな大変な任務を押しつけてくれたのか、と頭が痛くなる思いだ。
 学園の目をごまかしながら一般生徒として振る舞うことも大変なのに、
 今現在学園が最も注目している生徒の攻略をしろ、だなんて無茶がすぎる。

 ただ、悲しいかな、俺は潜入工作員。
 牽制程度の小規模ながらも麻帆良学園に対する破壊行為を過去にやった覚えがあり、
 向こうさんに泣きついて、非合法なことをたくらむ組織から保護してもらうことすら出来やしない。
 今のところは上司の指令に背くこともできず、言いなりになっていることしか、生きるすべはない。

「せちがらい世の中だなあ……」

 ぽつりとつぶやく様は、それなりに絵になったことだろう。
 男子中学生が誰もいない公園のベンチで、こんな科白を吐くのだ。
 誰かが見たら、子供ですらこんなことを言うのだから、本当に今の時代はせちがらいに違いない、
 とか考えちゃうかもしれない。

 まあ、殺人とまではいわないが、人の脳みそをくちゅくちゅしたりする潜入工作員が言っても、
 誰にも同情は期待できないかなあ、と思ったりするけれども。

 体に反動を付けて、ベンチからたっと立ち上がる。
 手にした名簿は鞄の中に乱暴につっこんで、そのまま歩き始める。

「ネギ・スプリングフィールドかあ……」

 あいつはいいなあ、と思う。
 過去の情報では、住んでいた村はドラクエの魔王にやられたみたいに滅んでいたけれども、
 進む道は確実に光が差す道だ。
 同じような過去を持ち、彼みたいに才能が無いうえに、
 光の差す道どころか人の道からも外れちゃってる俺は一体どーすりゃいいのか、正直なところわかんね。

 そう考えてみると、なんだか嫉妬パワーが溢れてきて、
 これからやる、ひょっとしたら俺の人生最後の仕事になるかもしれない大仕事に対するモチベーションが
 むくむくとわき上がってきた。





 俺の名前は、春原 タマ。
 冗談のように聞こえるようだが、本当にタマという名前である。
 自己紹介をするたびに、お前は猫か、とか、声優は???なの、とか、火曜日の放送って結局どうなったの?
 とかツッコミを受けるので、出来うることなら春原と呼んで頂けると嬉しい。

 麻帆良学園男子中等部二年で、名前が少し変わっているものの、
 どこにでもいる普通の男子中学生……というのは仮の姿。
 本当は、麻帆良学園と敵対している(らしい)組織の下っ端で、潜入工作員である。

 俺に両親はいない。
 どういう理由でいないのかは知らないが、多分死んだんだと思う。
 まあ、息子にタマなんて名前を付けるくらいだから、俺を捨てて、のうのうと生きているかもしれないが、
 今更親のことなんてどうでもいい。

 孤児になってた俺は、俺を下っ端として使っている組織が拾い、そこで潜入工作員としての教育を受けた。
 魔法も少しだけ習っているが、俺の諜報活動に使うツールは専らアーティファクト。
 俺の教育係として十数年間の付き合いのある、本格的に魔法を扱うおねーさまと仮契約した際に得たものだ。
 本来ならば組織の方も、俺のことを戦闘魔法使いにするつもりだったらしいが、
 このアーティファクトが戦闘よりも諜報に優れたものが出てきちゃったために、急遽教育の方向を変更し、
 潜入工作員として育てられたというわけだ。

 なので、魔法の方はあまり得意ではない。
 それでも数年間スパルタで学ばされたため、一通りの魔法は使えるつもりではある。
 もっとも、魔法なんてものを迂闊に使ったらすぐに気づかれてしまうため、
 使えても使う機会がない、というとても残念な結果になっている。

 俺はいわゆる下っ端なので、俺のことを教育した組織というもののことはあまり知っていない。
 関わりがあるといえば、俺の教育をした教育係兼俺の上司であるおねーさまだけ。
 真のトップが誰なのかは知らされていない。

 勝手な推測をすると、本国で活動しているテロリストだったり、
 あるいは麻帆良学園のトップである近衛さんが影で操っているのかも、とかいう想像を膨らませてはいるが、
 真相を突き止めようとすると、翌日東京湾で浮かんでいるという結果になりそうなので、怖くて何もしていない。

 悲しくとも、生きていくためにはこの若い身空で潜入工作員という仕事をつとめなければならないのだ。
 戦闘魔法使いも死のリスクが高いが、潜入工作員の場合、
 非人道な相手に掴まったら拷問とか受けちゃいそうですんごく怖い。
 ただ、逃げ出したら逃げ出したで、上の方々の派遣した人にとっつかまって、拷問とか受けちゃいそうなので我慢している。
 そんな風に探求心旺盛じゃないせいで、上の人が何をたくらんでいるのかいまいちよくわかんない。
 俺が現在麻帆良学園に潜んで、たまに破壊工作したり、スリーパーを作ってるのに何の意味があるのかすらも知らない。
 一応、これは訓練ではなく正式な任務だ、と言われていたものの、実は実践形式の訓練なんかじゃないか、とすら思っていた。

 そう、『思っていた』のだ。
 その思いこみは、つい先日俺の部屋に置かれていた命令状と名簿が木っ端微塵に打ち砕いてくれた。
 命令状は組織が使っている本物だし、唯一面識のある上司に尋ねてみたら、それが本物であるという保証もしてくれた。
 ただ、書いてあるものがちょっと常軌を逸する内容だった。

『名簿に載っている人間を洗脳しろ』

 要約するとこんな感じ。
 洗脳しろ、とは穏やかではない……といいつつも俺のアーティファクトは洗脳するためのアーティファクトみたいなもんであり、
 洗脳という行為を行ったことは一度や二度どころではない。
 この麻帆良学園の魔法生徒でも、二名、既に洗脳済みである。

 ただ名簿に載っている人物が相当やばかった。

 ネギ・スプリングフィールドのクラスの人間なのである。
 ネギ・スプリングフィールドについての説明は不用だと思われるが、念のためにしておく。
 かの大戦で八面六臂の活躍をした英雄、千の呪文を使いこなす男サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドの忘れ形見だ。
 魔法業界で知らぬ者なし、といわれた英雄の息子……若干九歳だが、魔法学院という教育機関を主席で卒業した若き……いや、幼き天才。
 ついこの間も京都で関西呪術協会の術師とドンパチやったという噂もあり、
 内通者の話によると、なんでもウルトラマンの怪獣としても登場できそうな巨大な鬼と盛大な殴り合いをして、
 最後には上半身と下半身を半分にちぎったんだとか。

 はっきり言って、戦闘能力という面に置いてはそれほど優れていない俺が勝てそうにない相手だ。
 組織の上の人も、そこらへんのことはよくわかっていらっしゃるようで、ネギ君の方は名簿に載っていなかった。
 正直なところ、一生お近づきになりたくない人の付近をうろちょろしなきゃならない、ということで戦々恐々としています。

 名簿には、何がなんでも洗脳しなきゃならない人が五名。
 出来うるならば洗脳する人が四名。
 逆に洗脳してはいけない……というか手を出すな、というのが一名。

 ターゲットの詳細及び戦闘能力などが載せられており、また、必要ならば使うように、と他のクラスメイトの情報も簡易的に載っていた。
 本来ならば潜入工作員である俺が調べるようなことが書かれているのが、この任務の結構なマジげな雰囲気を感じさせる。
 無駄な調査時間を割くくらいならとっとと洗脳しろ、ということだろう。
 名簿を最初に見たときには、さーっと頭から血が引く音がして、貧血でぶっ倒れそうになったほどだ。
 しかも、この名簿に書かれている者だけではなく、今後また増えるかもしれないよ、とかそういう風に書かれていたのが更に絶望感を煽っていた。
 どうすりゃいいんだよ、と思いつつ、どうしようもないか、と諦めた。

 とりあえず、名簿に書かれた人物と、その詳細をここに示しておく。



 < 絶対に落とさなきゃいけない人リスト >

 綾瀬 夕映 危険度:D 戦闘力:D

 一般人。
 こういう人なら洗脳しやすい。

 古菲 危険度:C 戦闘力:C

 色黒中国娘。
 なんか結構有名で、武術とか得意らしい。
 馬鹿っぽいので、洗脳の難易度は低いかも。
 ただ油断してると、ぶん殴られる可能性がある。

 近衛 木乃香 危険度:A 戦闘力:E

 いきなりフィーバー。
 本人の戦闘能力は低いが、背景に存在するパワーが想像を絶する。いわゆるゴッド。
 麻帆良学園の学園長の孫娘にして、関西呪術協会の長の娘。
 つまり、しくじれば、俺は拷問をうけたあげく呪殺される。
 常に護衛としてどこからか観察している桜咲刹那は超強い、俺じゃ勝てない。
 桜咲刹那もリストに載ってるから、そっちから先に洗脳する必要があるのだが、
 最近になって魔法の存在に気づき、修行をし始めているため、持ち前の膨大な魔力をコントロールできるようになったら、
 洗脳難易度が飛躍的に急上昇する。
 だから早めに洗脳したいが、迂闊に手を出すと、桜咲刹那が以下エンドレス。
 自殺したい。
 あるいは、隕石だかなんだかが振ってきて、木乃香死なねーかな、とか思う。
 別に組織の上の人が死んでもいいけどさ。

 桜咲 刹那 危険度:B 戦闘力:B

 マジ強い。
 一度だけ、顔を遠くから見たことがあるが、マジやばかった。
 いつも意味もなく辺りに殺気をばりばり飛ばしてるし、いつも野太刀持ってる。
 抜き身の刃物みたい、とかかっこよくて陳腐な比喩を使っても別に恥ずかしくならないくらいヤバイ。
 しかも烏族のハーフ。つまり半分人間じゃない。烏族ってなんだか知らんけど。
 下手をうつと殺される。下手をうたなくても殺されそう。
 ヤバイけど、近衛さんを洗脳するためには先に洗脳する必要がある。
 さっきも思ったけど、なんなのこのジレンマ。

 宮崎 のどか 危険度:S 戦闘力:E

 一般人とみせかけて、読心術を用いるアーティファクトを持つ魔法関係者。
 いどのえにっき、という名前のアーティファクトらしい。
 なんというか……彼女とは凄い縁を感じたりするが、まあ、それは後においといて……。
 読心術は洗脳を見破られうるため、俺のアーティファクトと非常に相性の悪いアーティファクトを持っている。
 幸い、戦闘力は皆無に近く、アーティファクトさえなければ危険度はEなため、まず最初に洗脳する。
 綾瀬や木乃香と仲がよいらしく、まず最初に洗脳すればきっかけになりそう。
 わざわざ名簿にも、これを最初にやれ、とご丁寧に書いてあるため、まず最初のターゲット。


 以上五名。
 名簿書いたやつは死ね。


 別にそんなに急いで落とさなくてもいい組。


 絡繰茶々丸 危険度:A 戦闘力:Cプラス

 ロボ……?
 ロボをどうやって洗脳しろってんだよ……上の連中は一体何を考えてんだよ……。

 龍宮 真名 危険度:B 戦闘力:C

 はっきりいって興味ないです。
 別に義務じゃないんなら、する必要ないと思うんですよね、僕。

 長瀬 楓 危険度:B 戦闘力:C

 同上。

 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マ グダウェル 
 危険度:本当はノート一杯にS書いても足りなんだけど、わざわざ書くのも面倒なのでSS 戦闘力:危険度と同じく

 死ね!
 この名前を名簿に書いたやつは、自分で肥だめに頭つっこんで、溺死寸前で顔を上げて、
 「ぼくはハトなんです、くるっぽー」と十回言った後、また肥だめに頭つっこんで窒息して死ね!

 以上四名。ノーコメントで。


 そして、絶対に洗脳してはならない……というか手をだしたらお前を殺す、っていう人。

 神楽坂アスナ 危険度:? 戦闘力?

 名前しか書かれてない。
 なんでこの人に手を出しちゃいけないのかもわからない。
 まあ、触らぬ神に祟り無しだよね!


 以上だ。
 なんというか、俺の人生はここでおわってしまった、って感じなんだけど。
 逃げてもおわっちゃうし……。

 まあ、ここまで来ちゃったら、もうやけになって一か八かの確率にかけた方がいいよね、ということで。
 痛む胃を抑えながら、俺は図書館島へと足を向けた。