番外編 『魔法世界にて、ちう』 前編

 わかりきっていたことだが、やはり現実に目の前にそびえ立つ壁を見ると、いらだたしい 気持ちを隠しきれなくなる。
 魔法の才能は常人よりも高いという認識があり、その認識も間違いではなかったということはわかったが、
 俺が乗り越えるべき壁は、俺の自尊心を木っ端微塵に打ち砕くほど高く、分厚かった。
 やはり、手に入れた駒を全て捨てて麻帆良の地を逃げたのは失敗だったと後悔するが、今更悔いてもどうしようもない。
 そもそも駒を持ったまま逃げるのは、あのときには不可能なことだったし。

 尋常な方法で自身を強化したとしても、限界は見えている。
 あの糞どもが行動を開始するタイムリミットは刻一刻と迫っているため、
 仮に強くなる手段を見つけたとしても、それに間に合うかどうか……。

「ふーっ……」

 新世界に来て、どのくらい経っただろうか。
 がむしゃらに行動していたせいで、時間の経過に注意を払わなかった。
 おおよそ二週間弱だとは思うが、正確な時刻ははっきりとわからない。

 辺りを見回してみると、木、木、木だ。
 古代の遺跡がひしめく熱帯雨林……エリジウム大陸ケルベラス大樹林。
 自身の修行のため、と言う目的で、最低限の物資のみを持ち込んで、サバイバル……。
 弱くはないけれども強すぎることのない竜種やらその他の生物を相手に、魔法のみで立ち回り、力をつける。
 しかし、そんな山ごもりも、そろそろ限界を感じていた。

 ここで最も強い竜種に出会ったら、撤退を余儀なくされるし、逆にその他の雑魚には大抵苦労せずに勝ててしまう。
 極めて効率の悪い修行だとわかったからだ。

 だからといって、この世界に伝手があるわけでもなく、俺より遙かに強い師匠に出会うことも出来ずにいる。
 俺の切り札だった、アーティファクトの『エドのいにっき』はもう使えないし。
 もう完全に詰んだんじゃないか、なんて薄々考えつつも、ぐだぐだとジャングルでサバイバルっている。

「エヴァンジェリンなんて贅沢は言わないから、せめて刹那くらいの腕の手駒が来てくれないかね」

 そんな夢物語みたいなことをぶつぶつとつぶやきつつ、体を起こす。
 付近に何かの気配を感じ取った。
 といっても、それほど大型ではない。
 けれども、小型でもなく……率直に言うと人だ。

 ここいらの大樹林は危険であり、当然、人なんか滅多に見かけない。
 ということは、すぐ近くにいる人間は恐らく遺跡を探りにきた冒険者か何かだろう。
 彼、もしくは彼女には悪いが、俺の経験値になってもらう。

 冒険者は、この大樹林にいるどんな動物や竜種などよりも賢く、腕が立つ。
 そいつらを屠ることによって、俺の力は多少なりとも付くわけだ。
 おまけに物資を奪えることができたら、今日の夕飯はいつもより大幅にグレードアップする。

 ただ少し気になったのが、気配がだだ漏れしているところだ。
 普通の冒険者なら、いらぬ戦闘を回避するため、多少なりとも足音を消すなどの処理をする。
 そういったことを、あれはしている様子がない。
 狩りをするための囮としてそういうことをしているとしても、あまりにも露骨すぎて逆に警戒を抱いてしまうほどだ。

 まあ、囮だったら囮だったで、後から来た人間を皆殺しにしてしまえばいいこと。
 ここいらにベースキャンプを張れるような場所はないので、例え大人数を相手しなければならなくなったとしても、
 大樹林という地の利もあって、どうにか逃げることはできるだろう。

 そっと気配を隠したまま、ターゲットに接近していく。

「……」

 ターゲットは見たことのある顔だった。
 いや……しかし、なんでこいつがこんなところに?

「……ま、いっか」

 なんでこいつがこんなところにいるかは、本人に聞けばいいことだ。
 それに、この長くて非効率なサバイバル生活にそろそろ飽き飽きしてきたところ。
 そろそろ街に出てもいい頃合いだ。

 情報収集に出かけて、あの糞どもに繋がる情報があったら、治安部隊にでも密告することによって対処しよう。
 大勢の治安部隊の皆様方の屍の山が築かれるだろうが、彼らはそれが仕事でお給料を貰っているんだから、諦めて貰おう。

 わざと足音をさせながらターゲットに近づく。
 ターゲットは、すぐさま近くにあった岩の影に隠れ、地面と岩の隙間に潜り込んでいった。
 もちろん、俺がそれに気づかないわけもなく、隙間に手を突っ込んで、身に纏っていたコートを思いっきり引っ張った。

「わっ、わわっ! 私は、く、食ってもうまくないぞ!」

 ずりずりと出てきたのは、長谷川 千雨。
 何の因果か、ネギ・スプリングフィールドのクラスの生徒で、ネットアイドルをやっているやつだ。
 本来ならば、日本の麻帆良でぬくぬくと生きているはずで、こんなジャングルでサバイバルをやるはずのない人間である。

 気配丸出しなのも当然と言えば当然の話。
 裏の世界こそ知っているだろうが、一般人以下の戦闘力しかない。
 せいぜい見積もっても、こっちの世界の猫二匹分ってところだろう。
 いや、猫はもうちょっと慎重に歩くから、一匹半ってとこか。

 ただ、本人は自分の脆弱さをちゃんと自覚しているようで、今なお、暴れ回って俺の手から逃れようとしている。
 俺のことを肉食獣だと思っているのか、死にものぐるいだ。
 こういうときの人間の力は結構強いもんだが、
 一応、俺はこのジャングルで弱肉強食の世界に身を投じてきた人間、抵抗なんて無いものと同じだ。

「ちうたまをはなせー」
「わーん、ちう様ー」
「うおっ、なんだこいつら」

 ローブの隙間から、黄色く光るネズミが数匹現れた。
 ピ○チュウか、と思ったが、やたら小さく、そっち方向のデフォルメがされていない。
 電子精霊の類のようだった。

 そういえば、こいつのアーティファクトは、最高性能の電子精霊をコントロールするものだった。
 意識までをネット世界にダイブさせるという、玄人向けの仕様のやつだ。
 意識飛ばすのって相当なリスクがあるから、ちゃんと先人が見ているところでやらないと危ない代物だ。

 ネギはその役目を負わなかったおかげで、俺は楽してズルしておいしい目を見させて貰ったわけだが。

「落ち着けよ。俺の顔を見ろ」

 体から魔力を一瞬だけ放出して、ヤブ蚊のようにたかってくる電子精霊を吹き飛ばし、千雨の顔を無理矢理こっちに向けさせる。

「え……あ、ひ、人、だ。た、助かった……」

 どうやら千雨は、このジャングルに迷い込んだようだった。
 だが、ここは大樹林の奥地だ。
 一番近い入り口からここまで来るのに結構な日にちが必要で、そんな中一人で来られたとは到底考えがたい。
 辺りの気配をざっと探ってみたが、こいつ以外の人間がいないようだ。

「ちうたま、そいつ、危険ですっ!」
「麻帆良学園メインコンピューターに不正アクセスしていた人間と魔力波一致率九十八パーセント以上です。
 工作員ですよ、そいつ」
「このっ、このっ、ちうさまを離せー」

 しかし、うざったいなこの電子精霊どもは。
 そこはまだ明かしちゃいけないところだろう。
 ここぞというところで明かすのが楽しいのにな。

 いっそ消し飛ばしてやろうかとも思ったが、
 ヤブ蚊みたいにちょろちょろ飛んでいるやつをサギタマギカで一匹ずつ撃ち抜くのも面倒だ。
 例え一時的に消滅させても、主となるアーティファクトを破壊しなければ、同型が複製されるだけだろうし。

 もう一度、魔力を体から放出して、腕にかみついてくるやつらをはじき飛ばす。

「つ、つかえねーっ! お前ら、もっと私を守れっ!」
「ああん、ちうたま! でも僕ら電子精霊は情報用の精霊で、戦闘用の精霊じゃないんです」
「僕たちはほとんど質量がないので、僕らに干渉できる魔力波だと木の葉みたいに吹き飛ばされちゃいます」
「それどころか、戦闘用魔法で射抜かれたら、防御障壁も張れないから一発で消し飛んじゃいます」

 二度吹き飛ばされて、ふらふらになった電子精霊がまたよろよろとたかってきた。
 主人にここまで悪態をつかれても、見捨てることをせずになんとか引きはがそうとする姿は健気と言えばいいのか。

 掴んでいたローブを話して、千雨をその場に落とす。
 千雨は俺の手から逃れようと暴れまくっていたせいで、受け身を取れずに顔面から地面に落ちる。
 木の根が剥き出しになっていたところに顔を落ちたせいで、結構痛いだろう。

「っつつつ……」

 逃げ出されても面倒なので、ローブの端を踏みながら、顔を近づける。
 案の定、打った顔をさすったかと思うと逃げだそうとした。
 もちろん、数秒も経たずにそれが無駄だということがわかり、なんとか踏まれているローブを足から引き抜こうと悪戦苦闘している。

「待てよ。なんでこんなところに旧世界の住人がいるんだ?」







 千雨と電子精霊どもは最初は露骨に俺に対しての警戒心を抱いていた。

 電子精霊達は、俺が命を失いかけて、住処を追われる切っ掛けになった麻帆良祭が終わった後、色々と情報収集していたらしい。
 情報収集といっても、大したことじゃなくて、千雨のブログランキングの不正操作する際に、色々な場所を走り回っただけらしいが、
 そのときにケツまくって逃げる俺が、最低限の情報を抹消するために行っていた操作を見ていたらしい。

 見ていたっていっても、実際に俺の姿を見たわけじゃなくて、俺の電子精霊を操作するための魔力波パターンを認識だけで、
 さっき電子精霊を弾くために放った魔力との一致を確認したらしい。

 あんまり警戒心を抱かれたままだと情報を出してくれないだろうから、俺はまず警戒心を解くことにした。

「確かに俺は工作員だったさ。情報操作とか、買収とか、そういったことをやっていた。
 が、今は違う。麻帆良学園のあの騒動の際、俺の組織に切り捨てられた。
 組織の刺客は、俺の親にあたる人を殺して、俺も消されかけた。
 腕一本落とすような大けがを負いながら、なんとか刺客を撃退したが、麻帆良にいたらまた狙われる。
 だから麻帆良学園を抜けて、組織に復讐するためにこっちに来たってわけ」
「……」

 実際には、拉致監禁、更には洗脳に陵辱ということを主にやっていたけれども。
 とにかく嘘は言っていない。

 こんな言葉だけで、千雨の警戒心を解けるとは思っていない。

 ……というか、本当は警戒心を解く必要もない。
 千雨から情報を引き出すための手段は、いくらでもある。

 が、面倒なのは電子精霊どもだ。
 こいつらは半自立的に存在するわけで、千雨をどうこうしたところで変に反逆される可能性がある。
 こいつらを騙すために、一芝居を打つ必要があった。

「とまあ、俺の事情は最低限話した。今度はそっちの事情を話して貰おう。
 工作員として麻帆良学園にいたわけだから、少なからぬ情報は持っている。
 長谷川 千雨、出席番号25番。なんでまた、お前みたいな一般人が、魔法世界に来ている」

 いくつか考えられる答えはある。
 超のヤツがネギにいらぬことを教え込み、糞どもが引き起こすテロを止めに来たとかだ。

 いやいやしかし、それなら好都合だ。
 あのメンバーは俺よりも遙かに超えるポテンシャルを持つ人間がごろごろしている。
 俺だけなら無理でも、あいつらを利用すればもしかしたら、糞どもを抹殺することが出来るかもしれない。

「……」

 千雨は顔をそっぽに向けた。
 どうやら語るつもりはないらしい。
 まあ、今の語りを丸々信じるヤツなんていないか。

「別に言いたくないなら言わなくてもいいさ。
 この森でさまよって、勝手にくたばれよ」

 しばらくその場で座り込む。
 千雨は何かを考えているようだが、俺と目を合わせようとはしない。
 電子精霊は千雨の体に隠れ、こっちの一挙一動に注意を払っている。

「今のところ、お前らに危害を加える気はない。
 前は生きるために麻帆良学園で工作活動をしたが、今やお前らと対立したとしても俺自身に何の得もないからな。
 だが、お前を無償で助けてやるような慈善の心も持ち合わせていない。
 お前が俺の質問に答えてくれたら、その内容によっては助けてやってもいい。
 見たところ、お前はこの大樹林に迷っているようだから、街まで届けてやったり、食料も分けてやろう」

 荷物の一部を解き、水筒や食料を見せつける。
 千雨は、長時間この森をさまよっていたようで、ごくりと微かに喉が鳴る音が聞こえた。

 キッと俺をにらみつける。
 まだ私はお前のことを信頼したわけじゃないぞ、という意思表示か。

「わかった……」

 まだまだ声は鋭く、攻撃的だ。
 だが、一歩前進したことは確かだ。



 千雨がもたらしてくれた情報は俺の想像以上だった。
 まず、千雨がここに来た動機は、ネギの父親探しのため。
 これは正直どうでもいい……が、俺も通ってきたあのゲート……新世界と旧世界を繋ぐ転移門で、あの糞との接触があったらしい。
 転移門は破壊され、共々来た仲間と散り散りになってしまったらしい。
 そして、千雨はこの大樹林のど真ん中に転移され、一人でさまよっていたんだと。

 何人で来て、誰がネギに随伴したのかは教えてくれなかった。
 教えて欲しいなら、千雨をちゃんと街に連れていってから、とのこと。
 ちゃっかりしている、というか、正しい交渉術を使ってきた。

 とにかく、手に入った情報を統括すると、ネギと糞とは俺の望む形で対立してくれたわけだ。
 多分、両陣営とも俺の存在にはまだ気づいていないだろう。
 きっと、そこに付け込む隙があるはずだ。

 楽しいことになってきた。
 俺を切った連中も、鼻持ちならない連中も、まとめて俺に屈服させることができるかもしれない。







 数日、大樹林をさまよって、街に出た。
 道中、千雨が何度もへばって倒れかけたが、そのたびに背負って一日数十キロもの距離を進んだ。

 サバイバル技術も知識も持っていなかった千雨は、必然的に俺に頼らざるを得ず、
 そのおかげか多少の会話程度なら普通に行えるほどの仲になっていた。
 エドのいにっきがあれば、そんな段階など飛ばせるとついつい考えてしまうが、無い物ねだりをしてもしょうがない。

 途中で、発信器と思しきバッヂは使用不可能な形にしておいたので、ネギが追ってくる心配はない、と思う。

「ふーっ、ようやく文明圏に来たか……。
 長かったサバイバル生活とはこれでおさらばだな。
 もうぜってー、森の中にははいんねー」

 千雨はそんな軽口を叩きながら、背中にしょっていた荷物をどかっと下ろした。
 確かにずぶの素人がこの大樹林で生活をしなければならない、となると普通は半日のうちに食われるか発狂するかするだろう。
 今はもう近くに動く電化製品がないため、姿を現していないが、あの電子精霊達が千雨をサポートしていたおかげだろう。

 さて、これからがお楽しみだ。

「あー……なんというか、春原。その、た、助かった。
 あんたに会えなかったら、なんだ……結構ヤバかったかもしれない」

 最初に警戒心をばりばり発していたことが尾に引いているのか、少し照れたように千雨は言った。
 なあに、そんなことは気にすることはない。

 とっと拳を千雨の腹部に当てる。
 千雨は咄嗟のことに反応できず、ゆっくりした動きのそれを受けてしまった。

 悲鳴一つあげることなく、千雨は一瞬で気を失った。



 宿で一室借りて、その中を白い布で覆い込む。
 それぞれ必要な小道具を用意して、気絶させた千雨を椅子に固定する。
 特に頭部は絶対ずれないように、と厳重に拘束した。

 服の上から更に白いポンチョのような衣装を着せる。
 そこで、気付け薬を嗅がせた。

「……ん……」

 最初はどうなっているのかわからないようで、辺りを見回していた。
 が、体が動かないことに気づくと、焦るように体をよじり始める。

「なっ、何だ、これっ! くっ……」

 俺の姿に気づくと、きっとにらみつけてきた。
 まあ、そりゃそうだよな。

「あんたのことを信じた私が馬鹿だった、ってことかよ」
「お前が俺のことを『いい人』と考えるのは勝手だが、俺はお前の評価に合わせてやる必要もないだろう?」
「私を、どうするつもりだ?」

 千雨は動揺するよりも、虚勢を張ることを選択した。
 俺を睨み付け、悪態を付き、徹底的に反抗することによって、恐怖を押さえ込もうとしている。

「俺の欲しい情報を全部引きずりだすつもりだ」
「……こんなことをしなくても、私の知っていることは全部教えてやる」
「俺の欲しい情報は、精度が高く、尚かつ信頼性の高い情報だ。
 嘘が含まれている可能性は排除したいんだよ」
「私を……拷問にでも掛けるつもりか?」
「まさか、そんな七面倒くさい上に、実質信頼性があがるかといわれると別にそうでもない方法を使うつもりはないよ」

 ゴム手袋を嵌め、トレーに入ったメスを一本拾い上げる。

「どんなことをされるのか、知りたいか?」

 千雨の返答はなかった。
 ただただ、おびえの混じった目で俺を睨んでいる。

 ここで用意しておいた3Dプロジェクターを出す。
 ぽちりとスイッチを押すと、今の千雨と同じような拘束をされている人間が映った。

 同時に千雨の電子精霊が出現した。
 3Dプロジェクターは、ほとんど魔法世界の技術によって作られたものだが、一応電化製品にカテゴリーされるらしい。
 出て貰って実に結構だ。
 というか、出て貰わなければ困る。



「ひっ、ひあああああ、ち、ちうたま! せ、精神的、精神的ブラクラですよ、これっ!」
「だ、だめです、ちう様っ! これを見せられるくらいだったら、素直にブログランキングを不正操作していた方がマシですっ!」
「……」

 電子精霊どもは、千雨の影に隠れ、ぶるぶると震えるばかりだった。
 千雨は、頭部を固定されているが故に、嫌が応にも3Dプロジェクターの映す映像を見させられていた。
 プロジェクターの映す映像のリアルさに、顔を真っ青にして、悲鳴すら出せずにいるようだ。

 俺はメスの置かれたトレーの脇に置いておいた電動ドリルを持ち上げた。
 引き金を引いて、ドリルが正常に回転するかをチェックする。
 もちろん、千雨の視線がこちらに向いた。

 ちょうどいい頃合いを見計らって、3Dプロジェクターのスイッチを消す。

「どういうことをされるのか、よくわかったろ。
 実に画期的な尋問方法だと思うだろ?
 欠点は、尋問の後に対象が死ぬことだが、得られた情報の信頼度は抜群に高い。
 何せ、情報の元から引きずりだすんだからな」

 骨切断用の大型のハサミと、鋸を互いに見比べる。
 どちらも余計な汚れや、不備はない。

 最後に、情報を引きずり出すための鉄の棒だ。
 俺の電子精霊をこの棒で直接注入し、神経ネットワークに侵入させて、情報をはき出させる仕組みになっている。

 先端の方はより隙間に滑りこませやすく、それでいて患部に直接触れることができるように曲がっている。
 さっきの3Dプロジェクターでも同じものを使っていたので、千雨はドリルや鋸を見た時以上に恐怖におののいた。

「や、やめ……やめろ」

 抗議の言葉。
 声は小さいし、口調も丁寧ではないが、今まで千雨が生きていた中で最も濃密な言葉だろう。
 まあ、俺は、その全身全霊の言葉を無視するわけだが。

「心配するな、患部は痛覚神経が通ってないから、本番が始まってからは痛くないぞ。
 ただ、俺が今まで処置してきたやつらの言葉だと、
 『痛くはないが異物が入っているのは感じるから死にたくなる』んだそうだ。
 そいつらは、何日か放置してみたり、花を植えてみたりして遊んだけど、お前は処置が終わったら速やかに殺してやる。
 長いこと苦しむことない分、お得だな」

 あとはペンとバリカンだ。
 やっぱり毛は邪魔だから、処置する前に全て剃る必要がある。
 ペンは、ちゃんとマークを書いておかないと、開頭のとき、位置がわからなくなってしまう可能性がある。

「じょ、冗談だろ……う、嘘は言わない……言わないから、や、やめろ……い、いや、やめてください」

 今、本気の命乞いというものを見た。
 少し苦笑いを浮かべて、マスクを付ける。

「いつも同じことを言われるよ。
 でも、俺にとってはお前の言葉を聞くのと、お前の頭に直接聞くのと……どっちでも構わないんだよ」

 ペンで、千雨の左右のこめかみに印を付ける。
 同じように、額の中央と後頭部の中央にも同じ印を付ける。
 千雨は必死になって拘束を解こうと暴れ始めたが、今更遅い。

 電動ドリルを持ち出し、引き金を引く。



 ぶぅぃぃぃぃーーん、と空気を振るわす振動音が響き、それと同時にアンモニア臭が僅かに香った。

 わずかにちらりと見える千雨の足に、液体が伝っている。
 何、失禁するのは悪いことじゃない。
 こんな目に直面したら、誰だって同じようなことになる。

「や、やめろやめろやめろやめろ……やめて、やめて、お願い、お願い、何でもする、やめてやめて!」

 ついに涙が溢れ、鼻水まで漏れ始めた。
 あの気の強い千雨という女の子が、生命の危機に瀕するとここまで変わるのか、といった感慨が胸の中に産まれる。

 ドリル片手にアルコールを含ませた脱脂綿を千雨の頭の印をつけた部位に押しつける。
 まるで、予防接種をするかのような気軽さで、鼻歌交じりに処理をする。

「ちうたまーっ!」
「ちう様ーっ!」

 ドリルが動いたことにより、再び現れた電子精霊達が一斉に俺に飛びかかろうとした。
 もちろん、俺は前回のことで学習していたので、一定の魔力を放出して、電子精霊達を寄らせない。

「邪魔するなよ。
 下手に手が狂ったら、お前らの主人は余計な痛みを感じることになるんだぞ」

 電子精霊達は自分の力以上のものを発揮して、俺の魔力をかいくぐろうとしていた。
 主人の一大事なのだから、そりゃ必死になるだろう。

 それでいい、それでいいんだ。

「ぼ、僕達が、何でもするから、ちう様を殺さないでー」

 よし、言質を取った。
 発していた魔力の質を変え、精霊のような非物質の魔力体に対して粘着性のある魔力を放つ。
 ネズミ取りのように、電子精霊達は俺の振り下ろした腕に張り付いた。

「はい、ご苦労さん。
 お前らの一部マスター権限はいただいた。
 出力を逆入力して、大元のアーティファクトのマスターデータを書き換えてこい」

 電子精霊達は返事することもなく、消えた。

 やれやれ、これでようやく一つ片づいた。



 電子精霊というのは、扱いが面倒だ。
 知性らしきものを持ち合わせているが、精神構造その他は人間とは大きく違う。
 だから、俺のお得意のエドのいにっきは効かず、その他の精神魔法は効いたとしても大幅に威力が減退してしまう。
 まあ、元々エドのいにっきは持っていなかったから、あんまり関係ないけれども。

 付け込む隙を作る必要があった。
 精霊というのは契約というものに極めて厳格だ。
 というより、元々不定形の気や魔力の流れを、契約という器の中にいれて、型をとったものだから、
 むしろ、使役精霊というのは契約そのものとすら言ってもいい。

 だから精霊達は、契約や約束といったものに対しては極めて慎重に対処する性格を持っている。
 あとはもうわかるように、恫喝を使って、適当な契約をさせて、支配したというわけだ。

 千雨は、泡を吹いて気絶していた。
 あまりの恐怖に心が耐えきれなくなったんだろう。

 白目を剥いたまま気絶していたので、そっとまぶたを閉じてやる。
 電子精霊がマスターデータを書き換えるまで、少し時間が必要だ。

 俺も一休みするか、とどっかとソファーに座り込んだ。
 体に付けていた白衣やマスクなんかを脱ぎ捨てる。
 たまたま、脱ぎ捨てたところに3Dプロジェクターがあり、拍子にスイッチが入った。

 ちょうど、3Dプロジェクターはクライマックスのシーンを映していて、くちゅくちゅという音が部屋の中にいやらしく響いた。