第1話 ご主人様はノーコメント


 青い空。
 どこまでもどこまでも澄んだ青い空に、ところどころ白い雲が浮かんでいる。
 そこへぬっと人の顔が現れた。
 空の色によくなじむ水色の髪の毛、白い肌、そして何故か赤縁の眼鏡。

 平賀才人が見た、異世界=ハルケギニアの最初の光景がそれだった。

「……」

 その顔はじっと才人の顔を見据えているだけだった。
 才人ももしこのとき「あんた誰?」とでも問いかけられていれば、リアクションのしようがあっただろう。
 しかし、その声はいつまで経ってもこなかった。
 やがて、才人の目の前に逆さに浮かぶ顔が引っ込んだ。

 顔の持ち主は、才人の顔を見るのをやめ、ゆっくりと中年の男性の元へ近寄っていく。

「ミスタ・コルベール」

 小さな声で控えめに中年の男性=コルベールの名が呼ばれた。
 黒いマントの下に白いブラウス、グレーのプリーツスカートが、体を起こした才人の視界でゆらゆら揺れる。
 辺りを見回すと、同じような格好をした人間が遠巻きに取り囲んでいることがわかった。
 みな小声で話し、物珍しそうな目で才人を見ている。
 年齢は才人とさしてかわらない、少年少女ばかり。
 ただ一人違うのは、頭頂に眩い光を反射しているコルベールのみ。

「サモン・サーヴァント、失敗しました」
「失敗ではない、成功だ。ミス・タバサ」

 蒼い髪の、ハルケギニアで才人が一番最初に見た人物=タバサは、コルベールの顔に目を向ける。
 コルベールの声を聞き、タバサの瞳が一瞬だけ悲しみと絶望の色を見せた。
 直ぐにそれは消え、サファイアのような蒼い、しかし、何の感情も浮かばない色に戻る。

 コルベールはそれに対して目を逸らし、拳を口元に置いて軽く咳払いをした。

「確かに君は『サモン・サーヴァント』の呪文を唱えた。そしてその結果として彼が現れた。
 使い魔としては……まあ、その……一風変わった『種族』が出てきたようだが、
 しかし、ちゃんと彼が出てきた。
 ということはやはりサモン・サーヴァントは成功しているわけだ。
 『春の使い魔召喚の儀式』はトリスティン魔法学院の長い伝統に乗っ取る儀式であるから、
 一度成功したにも関わらず、やり直すということはできないのだよ」

 コルベールは広い額に汗を少し浮かばせながら、もう一度咳払いをした。
 論理性の欠けた、単語の一部を省略した言葉を言っても、タバサには通じない。
 長年トリスティン魔法学院に勤めてきたコルベールでも、目の前にいる人形のような少女の相手は苦手だった。

「こ、これでわかっていただけたかな? ミス・タバサ」

 タバサは軽く頷いた。
 コルベールはほっと息をつく。
 タバサは相変わらずの無表情。
 感情の発露を一切見せず、コルベールに背を向けてタバサは再び才人に近寄っていった。

「な、なんだよ」
「動かないで」

 タバサは座っている才人に詰め寄った。
 才人は座ったまま、近寄ってくるタバサから逃げようとするが、それも虚しくタバサに頭を両手で掴まれる。
 頭を押さえられてしまったら、中々思うように体が動かせなくなる。
 タバサはただ呪文を唱えるためだけの理由で口を動かしていた。

「な、何すんだ……」

 才人はようやく現実味のある恐怖を感じていた。
 目が覚めたら見知らぬ場所、奇妙な格好をした人、理解できぬ言葉……。
 ニュースでその名を聞かない日がないほどの、彼の祖国から近くありながら謎に包まれた国を連想する。
 その次に頭に浮かび上がってくる単語は『拉致』

 しかし才人は、周りにいる人々が一様に朝鮮系にしてはバタ臭い顔をしており、青い髪、赤い髪、果てはピンク色の髪の人がいることに気付いていない。

「や、やめろ」

 一見子どもにしか見えないタバサの顔が迫ってきて、才人はまぶたを閉じた。
 極めて無口で何を考えているのか全くわからない相手に、詰め寄られ、才人はますます恐怖の度合いを強めていた。
 加えて、才人の理解できぬ、なんだかよくわからない言葉を唱えている相手ならば尚更に。
 すっと額に何かが押しつけられる。

 これから何をされるのか?
 不安が才人の心を掻き立てる。
 しかし、顔を寄せてすることなどそう選択肢などない。

 額の感触がなくなったと思うと、唇に何か柔らかい感触を受け、タバサの両手から解放された。

「?」

 才人が目を開けたときには、すでにタバサは立ち上がっていた。
 まるで何もしなかったかのように、タバサは才人など目もくれていない。
 人から例外なく間抜けと評されていた才人だが、目をつぶっている間に何をされたかはわかった。

 子どもにファーストキスを奪われるなんて……。
 男のファーストキスにどれだけの価値があるのかはさておき、才人は無意味な喪失感を味わった。

 才人はなんだか無性に腹が立った。
 周囲はざわついているが、こちらに声をかけようとするものは誰もいない。
 異様な事態に急に陥り、動揺していた才人だが、流石に唇を奪われたことに対しては抗議の意を示そうとした。
 が、その前に、才人の体に異変が起こった。

「『コントラクト・サーヴァント』終わりました」
「うむ、『契約』は一回で成功したようだな」

 タバサが苦手なコルベールは、少し引きつった笑みを浮かべて答えた。
 「平民だから契約できたんだ」「強力な幻獣だったら無理だったね」などという声が周囲から聞こえてくる。
 しかし、タバサは相手にしない。

 そんな中、才人は一人急に立ち上がった。

「ぐぁ! あ、熱いッ!」

 全身を火であぶられているような熱さを感じ、悲鳴を上げる。
 才人が身もだえても、周りの人間は特にリアクションを起こさなかった。
 コルベールを始め、遠巻きはただ視線を才人に向けただけで、人によっては2秒も経たずに横を向いておしゃべりに講じている。
 タバサに至っては、見てすらもいない。

「な、なに、しやがっ……た」

 体に異常な熱を感じながら、才人は言った。

「ああ、君、『使い魔のルーン』を刻んでいるだけだよ。
 心配しなくてもいい、しばらくすれば治るし、後遺症も残らないから」
「き、刻むな、んなも……ッん」

 コルベールの言葉通り、才人の体の異変は収まった。
 その途端、全身から力がぬけ、才人はへなへなとその場で膝をつく。
 コルベールはその様子を見て、ルーンが刻まれたことを確認し、才人に近寄る。
 才人の左手の甲にいつの間にか浮かび上がっていた模様を確認すると、コルベールは小声で「おや」と呟いた。

「珍しいルーンだな……いや、珍しいのはルーンだけではないが」
「なんなんだよ、あんたら!」

 才人は怒鳴るが、もはや誰も相手にしない。
 取り巻きの中では大あくびをしているものもいる。

「さてと、じゃあみんな教室に戻るぞ」

 コルベールがきびすを返すと、そのまま宙に浮いた。
 周りの人々もそれにならって、宙に浮く。
 才人はあんぐりと口を開け、その様子を見上げる。
 あたりはだだっぴろい草原で、クレーン車その他の空中マジックに用いられそうなものは見受けられない。
 ワイヤーらしきものなどどこにもなく、空飛ぶ集団はそのまま城のような石造りの建物の方へと行ってしまった。
 しばらく才人は惚けていたが、ふと一人だけ二本の足で地面を踏みしめている人物がいることに気が付いた。

「おいっ、お前!」

 タバサのみ、自分の足で建物へと進んでいく。
 才人は、自分を全く無視しているその存在に声をかけた。
 しかし、まるで何も聞こえないかのようにタバサは歩みを止めない。

「ちょっと待てってば!」

 才人は近寄って、タバサの小さな肩を掴む。
 タバサは振り返り、才人に目を向ける。
 タバサの瞳を見た才人は、背筋も凍る思いを味わった。

 タバサの瞳は、初めてそれを見る者に、同じ感想を与えるものだ。
 世の中全てにしらけきっているような、そんな印象を受ける。
 光を反射はすれど、そこには何も映っていない。
 生物的な印象は皆無。
 まるで目ではなく、青いガラス玉のような、そんな感じ。

 才人は思った。
 『人形みたい』だ、と。
 比喩ではなく、本物の、魂の存在しない、ただの人型の無機物。
 それに見えた。

 才人は脅えた。
 タバサが人形に見えたのならば、今まで動いていたのは何故なのか。
 ホラーに関して必ずしも得意ではない才人は、思わずタバサの肩に乗せた手を放した。
 タバサはなんのリアクションも起こさずに、才人に背を向け、そのまま建物の方へと歩いていく。

 才人は、そんなタバサが完全に視界からいなくなるまで、ほけっとした顔で見つめたまま立ちつくす他、何もできなかった。







「……あら? あなたは?」

 空は青いなあ、と呆然と立ちつくしていた才人に声をかけてくる人がいた。
 タバサが去ってしまってから半時間の間、とかく才人は無気力に空を見続けていた。
 本来好奇心が強いたちではあるが、異常な状況に適応するには少し時間が必要だったのだ。

 空を見て、頭に新しい情報が入らないようにしてから、考えねばならないことを順序立てて考えていた。

 才人はおもむろに視線を下げて、声のしてきた方を向いた。
 メイドだった。
 この建物で働いている家政婦なんだろうか、と才人は漠然と考える。
 今の今まで様々な方向性にむいた思考をしていたため、通常の思考に戻すには若干の時を要する。
 五秒ほど経ったときに、ようやく才人は口を開いた。

「あの、ここは、一体全体どこなんでしょう?」

 才人は言った。
 今までコルベールやタバサには居丈高な態度で、一体自分を何に巻き込んだのか聞こうとし、ことごとく無視された。
 それがいけなかったのかもしれない、と才人は考えて、今度は丁寧な口調で尋ねた。

「へ?」

 しかしメイドは、じり、と後ずさる。
 見知らぬ格好をした、空を呆けた顔で見つめ続けていた見知らぬ人に声を掛けたことをそのメイドは後悔した。

「いや……なんかいつの間にこんなことに来てて……」

 メイドは二歩後ずさった。
 ここ、ハルケギニアにも心の病は存在する。
 メイドの持っている知識は、たまに過酷な運命に直視したり、不幸な星の元で生まれたりすると、心に病を持つ人間がいるということだった。
 その心の病は、不眠状態になる、記憶が喪失する、常識的思考ができなくなる、その他色々。
 そして加えて、それらの人全てが他に害を与えるものではないというものの、あまり関わりたくはないタイプの人も少なからずいるということだった。

「そ、そんな脅えないでくれ。別に頭がおかしい人じゃない。……いや、多分、だけど……」

 やや自信なさげに才人は言った。
 自分の正気を証明する手段が何もなかったからだ。
 反面、空を飛ぶ人を見た、ということは才人の今までの経験から言うと、狂気の証明に値する。
 才人は頭を抱えた。

 そうか、そうだったのか、俺は狂っちまったのか……才人は落ち込んだ。
 首をがっくりと下げ、その場で体育座りをする。

「あ、あの……」

 メイドは流石に憐れに思った。
 突然、頭を抱え、体育座りをするという、常軌に逸した行動を取られ、やはり予想は当たっていたのか、と思う。
 とはいえ、そのメイドは優しい子であり、多少はおどおどとした態度ではあったけれど、何か力になってあげよう、とゆっくり手をさしのべた。

「な、何かお困りなら、出来る範囲でお助けしましょうか?」

 やや中腰になり、うずくまった才人に手を差し出す。
 抜け目なく『出来る範囲で』と言っておくことを忘れない。

「……」

 才人は陰鬱な表情の顔を上げた。
 メイドの手と顔に交互に視線を向ける。
 メイドはまた一歩後ろに下がりたくなったが、引きつった笑みと膝の裏あたりを痙攣させてなんとか踏みとどまった。

「……ふぇ」

 才人はぼろぼろと涙を流した。
 見知らぬ場所に突然連れてこられ、何がどうなったか聞こうとしてもことごとく無視されて……。
 魔法使いのコスプレみたいな格好している連中達は空を飛び、歩いて移動する奴は人形みたい。
 それでいて気が付けば一人っきり。

 才人は頭の割れるような孤独感を感じ続けていた。
 それをおさえるためにも空を見続け、気を逸らしていたのだ。

 もしもあのとき、プライドが高く、わめきちらして才人に当たる人物がいれば、その孤独は紛れただろう。
 しかし、そんな人はおらず、代わりに無口な少女がいた。

 そんな風に落ち込んでいるところに、メイドがやってきたのである。
 才人と同じく黒髪で黒い瞳。
 そばかすがかわいい、垂れ目のかわいい女の子。

 その子がうずくまった自分に声を掛け、手をさしのべてくれた。

 才人はこの上のない幸福感を感じ、涙をただひたすらに流した。

「だ、大丈夫ですかっ?」

 メイドはものすごく脅えていたけれど、感極まっている才人は気付かない。
 嗚咽混じりに「大丈夫です」といい、思いっきり鼻をすする。

「いや、優しくされることが……こんなに嬉しいことだったとは、思わなくって……」

 パーカーの裾で、汚れた顔を拭き、才人はゆっくり立ち上がった。

「それで……一体、ここはどこなんでしょう? 俺の脳内世界?
 人が空を飛んでるのを見たなんて俺やっぱ絶対頭おかしい……。
 ああ、そういえばかわいいメイドさんが俺に親切にしてくれるなんて、馬鹿みたいな妄想だ」

 しかし、すぐさまネガティブスイッチが入る。
 一瞬明るくなった才人の表情も、みるみるうちに陰がさしていく。

 才人に声をかけたメイドは、そろそろその寛容さの底を見せようとしていた。
 確かに彼女は親切ではあるが、しかし限界が存在するし、あまり厄介ごとを好まない性格でもある。
 引きつった笑顔は、半ば恐怖に歪んでいるようにも見える。

「だ、大丈夫ですか?」

 それでも最後の親切として、落ち込んでいた才人に声をかけた。

「大丈夫です……さっき、ちょっと人が空に飛んでいる幻覚を見ただけで」
「え? いや、飛んでますけど……」

 メイドは首をかしげた。
 トリステイン魔法学院では≪フライ≫の魔法を使い、人が空を飛ぶ光景は日常茶飯事のことである。
 とりたてて不思議なことではない。

 ひょっとしたら……心の病と何かを勘違いしているのかしら、とメイドは思った。

「……え?」
「ほら、あそこを見てください」

 メイドが中空を指さした先には、一人の老人とそれに少し遅れて若い女性が空を飛んでいた。

「……」

 才人は目をこらして、それを見る。
 老人が突然スピードを落とし、若い女性の下に回り込むと、スカートの中を覗こうとしている。
 若い女性は咄嗟に下に回った老人の顔面に蹴りをいれた。
 あーれー、と声をあげ、地面に向かって落ちていく老人。
 しかし、地面に接近していけばいくほど落下速度は落ちていき、何事もなかったかのように着地。
 若い女性に向かって何かを言いながら、再び空を飛んでいった。

「……えっと、見えてる?」
「はい、見えてます」

 才人はメイドに尋ねると、間を二秒と開けずに答えを返した。

「……あは、あははは、なんだ、頭がおかしくなったのかと思った」

 才人は軽く笑うと、頭を掻きながら照れくさそうにメイドを見た。

「俺、平賀才人って言います。危ないところを助けてもらってありがとうございました」

 本当に、才人は危ないところを助けてもらっていた。
 あのままネガティブ思考が続いていれば、自殺をしかねなかった。
 もっとも、根本的に『人が空を飛ぶ』という彼の常識から言う非常識な事実は変わっていないのだが、これ以上混乱しても事態は好転しないので敢えて無視し た。

「あ、私はシエスタと申します。この学院で生徒さん達のお世話をさせてもらっています」

 親切なメイド=シエスタは、ぺこりと頭を下げた。
 落ち着きを取り戻した才人を見て、ほっと息をつき、自然な笑顔を浮かばせる。
 なんだかよくわからなかったが、とにかく勘違いであったことがなんとなく理解できたからだ。

「それで、一体ここはどこなんすか?
 俺、さっきまで秋葉原に居たはずなんすけど、突然こんな見知らぬ土地に……」

 やっぱりシエスタはもう一歩後ずさった。

「なんか、変な連中に取り囲まれてて、『サモン・サーヴァント』だの『契約』だのそんなことを言ってたんですけど」
「……! ああ、なるほど、そういえば今日は春の使い魔召喚の儀式の日でした。
 ひょっとしたら……召喚、されちゃったのではないでしょうか?」
「召喚? 裁判に呼ばれるようなことをした覚えはないよ」
「はい? 裁判? ああ、そっちの意味の召喚ではなくて、貴族の方々が使い魔を呼び出すことの方の召喚です」
「貴族? 使い魔?」

 使い魔召喚魔法『サモン・サーヴァント』は一般的にハルケギニアの幻獣・霊獣を召喚する魔法である。
 平民を呼び出すことは、普通ありえない。
 しかし、才人の話によると『サモン・サーヴァント』で呼び出されたように、シエスタには考えられた。
 才人の格好は、この世界の住人にしては奇抜であるし、目鼻顔立ちも少し変わっている。
 シエスタの頭の中で、そのことはすんなり受け入れられた。
 ふと、何故か祖父のことを思い出したが、すぐにシエスタの頭の中から消え去っていた。

 一方才人は、一人納得しているシエスタを余所に混乱を極めていた。

 『貴族』『使い魔』『召喚』

 確かに全て知っている単語である。
 ゲーム、漫画、映画、小説などで定番とも言えるような単語だらけだ。
 貴族、過去欧州辺りの国々ではそう呼ばれるものが存在していた、しかし現代日本に本物の貴族は存在しない。
 使い魔、大抵しわくちゃな老婆の膝や肩にいる黒猫かカラスであるが、もちろん現代日本には存在しない。
 召喚、ゲームでいうなんだか強い生き物を呼び出すことだ、やっぱり現代日本には存在しない。

 目の前にいる娘が電波なのか、それともやっぱりこの世界が自分の脳内世界なのか。
 才人は戸惑った。
 とりあえず、頬を強くつねってみると、目が覚めるような痛みが走る。
 やはり夢ではないし、痛みを感じられる範囲では正気であることが才人には文字通り痛いほどわかった。

「どなたに召喚なされたんです?」
「ん? いや、よくわからないけど……この世界で一番最初に会ったのが……」

 ふと、才人はあの人形みたいな子を思いだした。
 小さな子どものくせに人のファーストキスを奪った相手だ。
 そして、無機質のような輝きを持つ瞳をもった子だ。

「青い髪の毛をした、ちっちゃい子。なんか人形みたいだった」
「……ああ、なるほど」

 シエスタは才人の断片的な情報ですぐに才人の言う人の姿か脳裏に浮かんだ。

 タバサ。
 二つ名は『ゼロのタバサ』
 ゼロというのは魔法成功率ゼロから。

 トリスティン魔法学院に、普通よりも早く入学した子。
 筆記成績は常にトップを取り、なんとか進級できてはいるが、実地成績はゼロ。
 しかもタバサというこの世界でも、適当過ぎる名前で、おそらくは偽名。
 出身地不明。
 極端に無口。
 才人のようにまるで本物の人形のような印象を受ける。
 いつも本ばかり読んでいる。
 最初の頃はからかわれ、いじめを受けかかっていたけれど、何をされても無関心無表情で、いじめっこからも気味悪がれ、それよりずっと孤立。
 今では話しかける人は誰もいない。
 ずっと行動を見ていると、彼女は本当に生きていることに執着していないかのように思えてくる。

 謎多き少女。
 それならば、平民を召喚しても、さして不思議ではないな、とシエスタは何故かおかしく感じた。

「あなたのご主人様はタバサ様です。二つ名は『ゼロのタバサ』 名字は……」

 ふとシエスタは言葉を詰まらせた。
 なんという名字だったのか、覚えていなかったのだ。
 使用人たるもの、この生徒の顔と名前は覚えているのはたしなみ。
 シエスタもそのたしなみをちゃんと備えているはずなのだが、何故か思い出せない。

 その理由がわかった。
 思い出せないのではなく、元々名簿には書かれていなかったのだ。

「名字は?」
「……何か理由があるのか私には知らされておりません」
「はあ……でも、ゼロって何?」
「それは私の口からは申せません」

 タバサの二つ名の由来は、タバサにとって不名誉なものだ。
 本人が気にするかどうかは……おそらくは何も気にしないだろうが、それでもその由来を勝手にしゃべるのはマナー違反である。
 シエスタは口をつぐんだ。

「で、俺、帰れるのかな?」

 才人の興味はすぐに逸れた。
 元より、それほど気になっていることでもないのだ。
 それよりも、元の日本に戻れるかどうかの方が才人にとって重要だった。

 脳の飽和状態が続いていたために、逆説的ではあるが才人は自分が異世界にいることを理解していた。
 一々考えてもどうせ答えは出ないことがわかり、そもそも考えることが多すぎて、思考することがわずらわしくなってきていたのだ。
 理由はどうあれ、魔法がある世界は自分の世界ではない、故にここは異世界だ、と結論づけ、それを証明するものは何一つないままにそれを信じていた。
 ある意味、突拍子もない仮定を立てておけば、激しい真実にぶち当たっても精神の平静が、何もしなかったときよりも保てるという精神的自衛の意味も含まれ ていたのだが。

 シエスタは才人の質問にやや言葉を詰まらせて答えた。

「あなたのご主人様が許可をしたら帰れるんじゃないんでしょうか?」
「ここは何て国?」
「トリステインです」

 才人の聞いたことのない国だった。
 それはそうだろう、異世界だもの、と、才人は投げ槍に考えた。

「あなたは……サイトさんはどこの国にいたんですか?」
「日本」
「ニッポン……?」
「ニホンとも言う。日本の東京に住んでた」
「ニホン……」

 シエスタは何故か『ニホン』や『ニッポン』という語感に聞き覚えがあった。
 しかしそれがどこだったのか、最近ではなく、シエスタが幼いときに聞いたことのある響きだったのだが。

 再びシエスタは、脳裏に祖父の顔を思い出す。
 もうおぼろげで、細部はぼやけていたが、しわの寄った口がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ニホン、ニホン……」

 シエスタは視線を斜めに落とした。
 確かにニホン、ニッポンという単語を、祖父が言っていた記憶がある。
 単純にニホン、ニッポンではなく前後に他の単語が混じっていたような気がするが、しかし、もはや記憶の彼方にあるもので、中々思い出せない。

「何? 何か言った?」
「い、いえ……別に何も」
「……」

 ふと、才人も気になることがあった。
 目の前のメイド、青い髪の少女、ハゲのおっさん。
 全て日本語で話している。

「って、あんた日本語をしゃべってるじゃないか!」
「ニホンゴ?」
「そうだよ、日本語だよ。普通に発音も正しい日本語をしゃべってるじゃないか」
「いえ、私もサイトさんも標準トリステイン語を喋ってるんですけど……
 サモン・サーヴァントのとき、そうやってサイトさんの知らない言語が理解できる能力が身に付いたんじゃないでしょうか」
「え? あ、そう」

 通常時であれば才人は納得しなかっただろうが、シエスタにあっさりとためらいもせずそう言われ、納得してしまった。
 実際にシエスタの推測はずばり的中していた。

「とりあえず、こちらへ来てください。
 あなたがタバサ様の使い魔であるのならば、私達にはあなたを保護する義務があります」
「え? うん、わかった」

 才人は他に頼れるものもいなかったので、大人しくシエスタの後を付いていくことにした。






「おう、シエスタ……そこのあんちゃんは、誰だ?」
「あ、親方。この方は今日の使い魔召喚の儀式によって呼び出された、平民のヒラガ・サイトさんです」

 シエスタと才人が中庭を歩いていると、白い服をきた割腹のいい男性にでくわした。
 彼はトリスティン魔法学院の厨房のコック長=マルトー親父。
 四十代後半の気っ風のいい男性として、他の使用人達から『親方』と慕われている人物である。
 コック長という立場だけあり、魔法の使えぬ平民とはいえ、貧乏貴族よりも羽振りがいい。
 そして羽振りのいい平民に共通した『魔法・貴族嫌い』の人間でもある。

 メイドのシエスタが『使い魔召喚の儀式』という言葉を聞き、マルトー親父は眉を潜めた。

「あ、ども、平賀才人です。えっと、なんだっけ、たば、タバサ? タバサっていう人の使い魔になっちゃったらしいです」
「タバサぁ?」

 マルトー親父の眉はますます寄っていった。
 才人は心ならずとも焦りを感じた。
 マルトー親父は体格のいい男だ。
 力もありそうで、多くの人に指示を出しているだけあって威厳もある。
 そういった人に気に入られないのは、あまりいいことではない。

 マルトー親父は毛深い腕を上げて、才人の背中を二度と強く叩いた。

「あの嬢ちゃんか。いけすかねぇ貴族だが、あの嬢ちゃんだけは別だ。
 その子の使い魔ってぇなら、邪険に扱えねぇな」
「は、はあ……」
「どいつもこいつも俺が魂を込めて作ったハシバミ草のサラダを残しやがるのに、あの嬢ちゃんだけは全部食ってくれる。
 確かにハシバミ草は苦ぇが、あれは体にもいいし、第一俺の作ったもんだ、苦ぇけどうまい。
 それなのに貴族のお坊ちゃんどもは一口も食いやしねぇ、けど、あの嬢ちゃんだけはうまそうに食ってくれる」

 マルトー親父は、二度頷き、再び才人の背中を叩いた。
 タバサはハシバミ草がたまたま好物だっただけであり、特に喜ばせようとして食べていただけではない。
 実際タバサの味覚ではおいしいと感じてはいるのだが、表情は常に無表情。
 しかし、ハシバミ草を食べているときの手の動きは、とかく速い。
 マルトー親父は、その様子を見て感動を覚え、わざわざハシバミ草を素早く食べていた少女の名を調べたのだ。

「おぅ、サイトとか言ったな。
 使い魔なんだからあの嬢ちゃんをちゃんと守ってやるんだぞ。
 しっかし、あの嬢ちゃん、平民を喚びだすなんて、ますます気にいっちまったぜ」

 マルトー親父は高らかに笑い、上機嫌になってその場から離れていった。
 才人はそんなマルトー親父の背中を見ながら、シエスタに言った。

「豪快な人なんだな」
「ええ、みんな頼りにしています」
「にしても、俺のご主人様だっけ? 好かれてるんだな」
「いえ、多分、あんなに好いているのは親方だけかと……」

 シエスタは言いづらそうに言葉をきって答える。
 才人は猫背の体勢から、顔だけをシエスタに向けた。

「そうなの?」
「タバサ様はとても無口な方で……どうもとっつきにくいようでして」
「あー、わかる。俺もそう思った。というか俺もできればあんまり関わりたくないな」

 才人は、ふと自分がこの世界にやってきた直後のことを思い出した。
 遠巻きに才人を囲んでいた複数の人達と、頭の涼しい人、どれもこれもがタバサを苦手としていそうな態度をしていた。
 そして自分も……あの瞳を再び見ることになるのはよろこばしくなかった。

「ところで、どこに行くんだ?」
「職員室です」
「しょ、職員室?」
「そうです……説明を忘れていましたが、ここはトリスティン魔法学院と呼ばれる施設なんですよ」
「魔法、学院ねぇ……」

 『魔法』
 使い魔だの召喚だの言われ、尚かつこの世界が異世界だということを認めていていた才人ではあったが、魔法と面と向かって言われても釈然としなかった。
 確かに人が空を浮いているのは見たが、それでもやはりすんなり受け入れることはできていない。

「タバサ様は現在授業中と思われますから、直接教室へ向かうより教師の方へ尋ねた方がよろしいでしょう」

 疑問を多く抱えていたが、才人はシエスタの言うとおりにすることにした。
 実際、使い魔になったという実感も理解も才人の中には存在しない。
 ただ現在ここにいることはまぎれもない現実である。
 現実に目を背けつづけていても、しょうがない、と才人はややポジティブに考えていた。

 石造りの建物にはいり、階段を登る。
 階段を登り切り、廊下を一分も歩かないうちに、目的地についた。

 シエスタは戸をノックし、声をかけてから、中に入った。

「失礼します。メイドのシエスタです」

 中には、才人がさっき会った、頭の寒い人=コルベールがいた。
 手にはいくつかの本が抱えられ、ちょうど今どこかへ出かけていくようだった。

「おお、君はタバサ君の使い魔……どうしたんだい?」
「中庭で立ちつくしていたところを保護しました」
「タバサ君は?」

 才人はシエスタが口を開く前に、先にしゃべった。

「俺のことを無視して校舎の中に行っちゃったよ」
「……そうか」
「いきなりこんなところに連れてこられて、どうしようかと思ったよ。
 別に責めるわけじゃありませんが、もうちょっと説明してほしかったです」

 コルベールは寒い頭を掻きながら頭を垂れた。
 貴族が平民に謝ることは、あまりない。
 シエスタはほんの少し目を丸くし、貴族に対し物怖じしない態度で接する才人のことをちょびっとだけ見直した。

 才人はもっと強く言いたかったけれど、恩人であるシエスタの手前、かなり抑えていた。

「いや、すまない。次の授業に遅れそうだったものでね。
 それにいくらタバサ君でも、説明するかと思っていたのだが……」
「すごい、こっちもびっくりするぐらい無視して行っちゃいました」
「うむ……むしろタバサ君だからこそ、説明しなかったのかもしれない。
 まあ、どちらにせよ、私に非がある、悪かったね、えーと……」
「才人です、平賀才人」
「サイト君。君が満足のいくほど説明することで、私の非を帳消しにしてくれないかな?」
「はあ……まあ」

 才人は特に何も考えずに反射的に頷いた。
 強気に出ることができないのは、さっき喚いたときに無視されたことが記憶の片隅に残っているからだった。

「ああ、よかった。ついでに、終わった後に君にも少し付き合ってほしいことがあるのだが……」
「構いませんよ」
「ありがとう、サイト君」

 コルベールは抱えていた本を自分の机に乱雑に置き、予備の椅子を持ってきて才人を座らせた。
 自分もまた用意しておいた椅子に座る。

「それでは、私は失礼します」

 戸の前で立っていたシエスタが丁寧に頭を下げて、後ろを向いてドアを開いた。
 コルベールと才人がシエスタに向かって同時に声をかける。

「うむ、ご苦労様」
「あ、ありがとう。シエスタさん」

 シエスタはくすりと微笑み、ほんの少し開いたドアの隙間から、小声で才人に言葉を返した。

「シエスタで結構ですよ、サイトさん」

 ドアが完全にしまり、シエスタと思われる足音が遠ざかっていく。
 才人はほんの少し顔を赤らめながら、コルベールの方に振り返った。

「では、何から説明した方がいいかな?
 タバサ君には、多分、聞けないだろうから、今のうちに聞けることだけ聞いておいた方がいいよ」
「はい、わかりました……まず……」

 才人が全ての質問を終え、この世界についての知識をあらかた得ると、窓から赤い夕日が差し込む時分になっていた。







「ほえ〜……」

 才人は呆けた顔をして廊下を歩いていた。
 手には小さな羊皮紙に、簡易的な地図がかかれている。

「まっさか、本当にファンタジーの世界にきちまってたとはなあ」

 頭の貧しい人=コルベールから、才人はこの世界のたいていの成り立ちや法則を聞き出した。
 全てが才人にとって信じられないことではあったが、今となってはそれを信じられる心境にある。

 廊下の窓から才人は空を覗く。
 空には赤い月と青い月の二つが大きく浮かび、地上を優しい光で照らしている。
 地球で二つの月が見える地域というのは、いくらなんでも存在しない。
 それを見てしまったので、才人はここが地球ではなく異世界=ハルケギニアということを嫌でも認識せざるを得なかった。

「貴族に……平民ねぇ」

 才人は一人ぼやく。
 酷く現実味のないことに感じられはしたが、これが夢や幻の類だとは思わなかった。
 今日だけに十回以上つねられた頬の赤みが、現実を証明している。

 貴族とは魔法を使う、国に認定された者のこと。
 平民は例外はあるが、魔法を使わない者のこと。

 シエスタ等に平民、と言われていたものの、才人はそれが一種の何かの言い回しかと思って気にしていなかった。
 が、しかし、この世界ではその間にある差はかなり大きなものである。

「全く、けったいな世界に来ちまったもんだ」

 平賀 才人、身分:使い魔。

 左手の甲に浮かび上がった模様『使い魔のルーン』を目を細めて見ながら、才人は呟く。
 コルベールは、このルーンは今まで見たことのないものだと言っていた。
 というよりかは、一度何かの文献では見たことがあったが、実際に見ることは初めてだとか。
 そしてその文献がなんなのか、使い魔のルーンにどういう意味があるかは、覚えておらず、才人達が訪ねてこなければそれを調べに行くところだったらしい。

 この世界の情報を聞き出した才人は、そのルーンについて調べる協力を快諾した。
 コルベールは使い魔のルーンの綿密なスケッチをとり、更に何層にも重ねた≪ディテクトマジック≫探知呪文をかけた。
 これだけあればトリスティン魔法学院に存在する膨大な資料から調べ出すことも、いくらか手間がかからなくなった。
 何にせよ、実物の詳細なデータがあれば、該当する資料を魔法で検索すれば事足りるのだ。
 蔵書数が半端でないために、一晩はかかるが、手探りで探すよりかはずっと時間が短縮できる。
 知的好奇心の強いコルベールにとっては、その程度の労苦はあまり問題にならないが、時間は重要なのだ。

「にしても、複雑だなー、ここ」

 才人はトリスティン魔法学院の学生寮で道に迷っていた。
 見知らぬ地の見知らぬ建物にとまどい、地図を持ってはいれども道を一つ二つ間違えている。
 こりこりと頭を掻きながら、唸りながら道を歩く。

「あんた誰?」

 不意に才人は背後から声をかけられた。
 道を歩いているとしばしば生徒らしき人に出会い、姿格好の特異さからかじろじろ見られていたが、声をかけられたことはなかった。
 才人は才人で、それはそれで面倒がなくて助かった、などと思っている。
 とにかく、声をかけられた以上振り向かなければならない。
 酷く鬱陶しく思いながらも、体の向きを機械的に変えた。

「ん、何?」
「『何?』じゃないわよ。ここは魔法学院の女子寮よ? なんであんたみたいな男が、それも平民がここにいるのよ」

 才人が振り返ると、そこにいたのは女の子だった。
 女子寮であるので女の子なのは当然だが、桃色がかったブロンドの、かわいい子だ。
 タバサ、シエスタの一歩先行く、今まで才人が見たことのないほどの美少女。
 ただ少し気が強そうだな、と才人は思った。
 事実、桃色の髪の子は言葉にも態度にも、才人への侮蔑が含まれている。

「俺、タバサっていう人の使い魔になって……それで、そのご主人様の部屋がどこか探してたんだけど……」
「ああ、あなたね。あのゼロのタバサの平民の使い魔ってのは」

 桃色の髪の子は、才人を人と見ていないような目で見ている。
 才人は、心中でムッとしたが、まだ角を立てる気はない。
 高慢ちきでいけすかなかったが、相手は女の子。
 それも外面はかわいい。
 もしこれが男だったら皮肉の一つでも言っていただろうが、才人は平然とした態度を保とうとした。

「ええまあ……ところで、ゼロってなんなんだ? 誰も教えてくれないんだけど」
「本人に聞けば?」

 桃色の髪の子は才人のことを頭から馬鹿にしていた。
 何故こんな態度をとられるのか、現代日本に生まれた一般家庭の子である才人にとっては、初めての経験だったので、理解ができなかった。
 ただ、桃色の髪の子の侮蔑に対しては思うところがある。

「そっか、そりゃそーだな」

 少し才人は気分を悪くし、ぞんざいに答えた。
 桃色の髪の子も、才人の態度に眉を顰めたが、声には出さない。

「ただ本人が答えてくれるかどうか……話に聞いただけだけど、すっげぇ無口らしいし。
 第一、俺をこんなところに連れてきたときだって、俺のこと完全無視してたしなー」
「そんなこと、私は知らないわよ。とにかく、ここは女子寮。
 あんたみたいな男は入ってきちゃいけないの、男子禁制なのよ?
 貴族だって入るのには手続きが必要なのに、平民のあなたが無断で入ってこれる道理はないわ」
「あ、それのことなら問題ないから」

 才人はコルベールから貰った紙片を取り出した。
 桃色の髪の子はそれをひったくり、紙片に書かれている文字を見る。

 女子寮に住むことを了承する、学院長のサイン入りの許可証だった。
 才人にはなんと書かれているのか全く読めなかったが、誰かに見咎められたときにこれを見せればいい、と言われていた。

「……くっ」

 桃色の髪の子は、才人に紙片を叩き返した。
 手がぷるぷると震え、顔がトマトのように赤くなっていく。

「こんなものを持っているなら最初から出しなさいよ!」
「は?」
「平民のくせにっ」

 才人は理不尽さをかみしめながら、顔を真っ赤にして立ち去っていく桃色の髪の子を見た。
 負けず嫌いの度が過ぎた子なんだなあ、と呆然と才人は思った。
 今日は理不尽なことを立て続けに受けてきたため、もう傍若無人の振る舞いをされても腹も立たなかった。

「変な奴」

 才人はぽつりと独り言を呟き、目的の部屋の探索を再開した。