のどかは俺を信頼し、魔法使いとしての訓練を受けることを同意した。
言われるがままに椅子に深く座り、目を閉じ、呼吸を沈め、ただただ俺の言葉のみに耳を傾ける。
エドのいにっきの暗示、洗脳は信頼値が高くなければ出来ないが、裏道というものは何事にもあるもんだ。
何も洗脳は、エドのいにっきを頼らなければできないわけではない。
最初っからそれをやればいいじゃん、と思われるだろうが、
ここまで持って行くのに、既に十や二十の暗示を密かにのどかに埋め込んでいる。
普通の催眠状態にするのだって、普通以上の技能や手間がかかるものなのだ。
エドのいにっきを用いることで、その手順をすっ飛ばしている。
安定した催眠状態に陥めるための暗示、というのも数多く埋め込んでいるし。
「あなたの手足が段々と熱くなっていきます……ほら、ぽかぽかしてきたでしょう?」
魔力による共感感覚を持たせたまま、普通の言葉で理性という枷から解き放ってやればいい。
剥き出しの本能であれば、思考を書き換えることくらいならいかに信頼値が低くとも容易くできる。
「次は……額が冷たくなっていきます。心地いいくらいにね」
いくらかの催眠導入を行ってやれば、のどかはいとも容易く催眠状態に陥った。
はてさて、ここからが楽しいところ。
のどかの傍らでエドのいにっきを開き、その剥き出しの精神を覗き込む。
人間の本能と呼ばれる部位は、単純そうで実に深かったりする。
エドのいにっきに文字が一斉に氾濫し、あちこちでざわめいている。
「ほいほい、っと」
乱雑に広がった文字を掻き分け、整理する。
指先で文字を押しつけて、脇によせるだけで、だいぶ綺麗になった。
ここからが、洗脳の本格的な開始となる。
外科手術をするかのように、本能に一字一句を埋め込んでいく。
逆に前々から書かれていた文字を消すこともある。
『ネギ先生が好き』
とか書いてある文字のネギってところを消すとかね。
その代わりに俺の名前を書きたいところだが、それは下策。
今回は、ターゲットが数多く、不審なところを見せては俺が死ぬ。
すぐ表に出てしまうような急激な変化は、周りに不信感を与える。
それ故に、どうしても避けられない大きな暗示は、いくつもの発動条件を枷としてかけておかなければならない。
『先生が好き』
あと、片っ端にネギという文字を探しては、その文脈を読んで、必要であれば消していく。
全部を消すと、それは厄介だ。
好意を持っていた相手に突然好意を失うようなことは不自然だからだ。
浮気な人間であれば、それでも問題ないんだろうが、のどかはそうは見えない。
『魔法を教えてくれる先生が好き』
これが最適かな。
『先生が好き』というのは元々のどかが持っていた好意の結晶だ。
ほんの少し軸をずらして、俺に向けてやればいい。
これで、のどかがネギに抱いていた感情をそのまま奪ってやれる。
追加でこんなことも書いておこう。
『ネギ先生は好きだけど、飽くまで友達、先生という関係として』
調節が難しい。
あまり傾けすぎると危なっかしいし、傾けなさすぎると洗脳ができなくなる。
ふと、椅子の上で静かに座るのどかを見た。
意識はないが、完全に眠っているわけではないという半覚醒状態で、呼吸も静かに佇んでいる。
脳みそくちゅくちゅされている、って知ったらどんな表情をするのか、ほんの少しだけ気になった。
気の弱い少女が初めて抱いた恋心や、十数年生きてきて汚れた物に全く触れていなかった無垢な人格が、
本人のあずかり知らぬところで、メチャクチャにされてるんだからなあ。
かわいそうと思わずに、ちょっと楽しいな、とか考えちゃっている俺はちょっと終わってると思う。
けど、テロリスト集団に育てられたんだから、一般常識とか倫理観とか持ってないのはしょうがないよね。
うへへへ……おっと、思わず顔がにやけてしまった。
こんな馬鹿なことを考えずに、早く作業を終わらせないと。
のどかの過去の記憶も呼び出して探り出したところ、のどかはネギに対して告白までしてたらしい。
九歳相手によくやるよ、と思ったけど、向こうの返答は「友達から始めましょう」とのこと。
どう見ても「すいません、告白を受ける気はないんです」と遠回しに言っている台詞だが、
のどかはやや頭の中がお花畑だったせいか、「友達からゆくゆくは恋人へ」みたいなことを考えていた。
まあ、ネギの年齢を考慮すれば、そういうことも大いにあり得ることだが、
そうであろうとそうでなかろうとのどかのこの感情は俺の仕事の邪魔だ。
色んなものをぺっぺと消して、ただ一文を書き込む。
『ネギ先生に告白の結果振られてしまった』
ふと、のどかを見てみると、閉じたまぶたの隙間から、大粒の涙が何滴かこぼれていた。
彼女にとってよほど大切な感情だったのだろう。
記憶操作をすると、稀にこういう現象が起きたりするが、共通して本人にとって譲れない何かを書き換えたときに起こる。
手早く、エドのいにっきに浮かび上がる文字を読む。
彼女は今、半覚醒状態に陥っていて、こういう風に頭をいじられているのはわからないはずだ。
それでも尚、こういう風な反応を見せるからには、何かしら感じるところがあるのかもしれない。
後々のために、一旦手を止めて、エドのいにっきを見るが、特に反応を示さない。
前に見たときと同様、本当に何にも考えていないみたいだ。
その深い心を見つめるのには、やっぱりまだ信頼値が足りないのかもしれない。
ふーむ……のどかを陥落させた後、また同じような現象が起きたら、いどのえにっきの方でも見てみよう。
あっちの方がより深く思考を読めるはずだから、ひょっとしたら何か変化があるかもしれない。
「あっ、やべっ、血がついちまった!」
何気なく手に持っていたハンカチでのどかの涙を拭いたら、さっき拭いた俺の血がのどかの頬に付いてしまった。
くそっ! 余計なことするんじゃなかったッ!
とりあえず、まず初めの洗脳作業は終わりを迎えた。
埋め込んだ暗示は、今のままでも十分役に立つが、一番大切なのは確実性だ。
いざというときに信頼値が下がって、暗示がうまく効きませんでした、ということになったら冗談ではすまなくなってしまう。
ここからは、完全に除去できないレベルの、心そのものに刻む催眠をかけなければならない。
心そのものに刻む催眠というのは、残念ながら今ののどかの状態ではかけることが出来ない。
彼女が理性と意識をはっきり持っている状態で尚、
俺に向かって最大限に心を開いたときのみ、かの催眠はかけることが出来る。
のどかの催眠特性は「恋愛」だから、つまるところすっごいラブラブになればいいってことだ。
まあ、「恋愛」だろうが「屈辱」だろうが「友愛」だろうがそれ以外だろうが、
やること自体はそれほど変わらないんだけどな!
とりあえず、必要なことは全て済ませた。
深い催眠に陥らせるための催眠は、漏れなく設定できたし、図書館島の入り口には探知結界を張った。
邪魔者が外から入ってこようとしたらすぐにわかる。
一つ深呼吸をし、ゆっくり大きな素振りで、手を叩いた。
のどかは途端にぱっと目を開き、びくんと椅子の上で反応をした。
「気分はどう? 今、のどかちゃんの体のオド……つまり魔力をエネルギーに変換する感覚を解き放ったんだけど」
別段、俺は催眠以上のことはしちゃいない。
のどかにはある程度魔法を教えはするが、それは催眠をちゃんと仕組んだ後だ。
今、魔力の流れなんかを感じられるようになったら色々と不都合がある。
素人がそんなすぐにできるようなもんじゃないけど。
オド云々も口から出任せだ。
「だから、今、ひょっとしたら普通の五感も凄く敏感かもしれない。ほらね」
「ひゃっ、ひゃああああああ!」
ちょん、とのどかの手の甲に触れただけで、素っ頓狂な声を上げてのどかはのけぞった。
ふむ、催眠は順調にかかっているようだ。
疑っていたわけじゃないが、ごく稀に身体関係の催眠にはかかりづらい体質の人間がいる。
幸いのどかの催眠に対する抵抗は一般の人間より低い。
内向的で且つ、猜疑心が少ない人間ってのは、催眠のかかりやすい人間の最たるものだ。
のどかは顔を真っ赤にさせ、潤んだ瞳で息を切らせている。
性感が高ぶり、意識が若干朦朧としているのだろう。
「大丈夫?」
「ら、らいじょーぶ、れふ……」
息するのも苦しそうに、はふはふ口から息を吐き出している。
効かないというか、若干効き過ぎたきらいがある。
少し落ち着くのを待つ必要があるかな。
それまで、軽く会話をしておこう。
「のどかちゃんは、どんな魔法を使いたいの? 魔法と一口で言っても、色々あるけど」
「あ、はひ……みんなが、ひあわせになれるまほーれす〜」
幸せになる魔法かー。
そんなこと考えたことないな。
一番手っ取り早くみんなが幸せになれる魔法なら、感覚系統に影響を与える魔法かな?
適当に脳の中で作用するものを操作すれば、それだけで簡単に幸せになれる。
でもそんな魔法を覚えるくらいなら、クスリに頼った方が手っ取り早い。
クスリじゃ得られない細かな内容を取るなら、魔法の方が便利だけども。
まあ、当然のことながらのどかはそんなタイプの魔法を学びたいとは思っていないだろう。
かといって、みんなが幸せになれる魔法、とはまた抽象的な……。
目指すべき目標がマギステル・マギならそれでも問題ないけど。
「そっか。魔法を志す人間には、その魔法を極めたい人が多くいるよ。
そういうことなら、僕も出来うる限り、力を尽くしてのどかちゃんに魔法を教えるよ」
「ありがとうございまふ〜」
さて、そろそろのどかの顔色も良くなってきた。
とはいえ、意識はまだはっきりしていないだろうし、前もって埋め込んでいた暗示も効いているはずだ。
昨日徹夜で考えていた洗脳チャート通り、手順を進めよう。
「じゃあ、ちょっと、その机の上に座ってくれないかな。
体に力が入らないっていうのなら、手を貸すよ」
「あ、お願いします〜……ひゃっ!」
手を差し出してのどかが立つのを手伝ってやった。
のどかの手は、汗でじめっとしており、指の先まで真っ赤であることが納得できるほど熱かった。
柔らかく、細いその手を掴んだとき、のどかは体を震わせた。
「……っと」
のどかは足下がおぼつかない状態で立ったせいか、勢いで俺の方へと倒れ込んできた。
俺はそれを軽く受け止める。
「あ……」
一方のどかは自分の陥った状況を認識するために若干の時間を要した。
俺は体で、のどかを支えているだけだが、第三者視点で見ると抱き合っているように見える体勢だ。
のどかは、ひょこっと顔を上げた。
前髪が乱れて、隠れた瞳で、俺のことを見上げてくる。
ぴこぴこ、と音がするくらいのまばたきをしたかと思うと、バネが弾けるみたいに動いた。
「ああっ、す、すすす、すみません〜」
のどかはオーバーなくらい頭を下げて謝った。
普通の男なら、かわいい女の子に抱きつかれてむしろ喜ぶところだが、
決して鼻の下は伸ばさず、大丈夫だよ、と好青年アピール。
のどかをそのまま机の上に座らせ、口を開く。
「今、のどかちゃんの体には魔力が駆けめぐっている。
魔法を理解することは、それすなわち、魔力の流れを理解すること。
魔力の感じ方はごくごく簡単なんだけど、魔法の存在を知らない人は、この感じ方を知らない人なんだ。
さっき、僕がのどかちゃんにやったことは、その魔力の感じ方を教えてあげたんだ」
魔法の基本だ。
ただ、今感じている魔力は空気中に存在する魔力ではなく、俺の魔力であるってだけで。
「魔法……魔力によって一定の現象を起こす技は、まず魔力になじむことから始まる。
本当は、魔力とは何か、とか、自分と自分以外の世界の定義っていう座学をとことんやる必要があるんだけど、
幸運なことに、僕と君とは読心術師。
ちょっと魔力の共感をすれば、概念を言葉に変換することなく理解できるようになるのさ」
のどかは再び息も絶え絶えになっていった。
俺の周りに渦巻く魔力が、のどかの体の中に入り込む。
のどかの体内に存在する魔力を感知する器官がめまぐるしく動き、皮膚の下で蠢く感覚を生み出している。
魔力に無防備な人間ってのは御しやすいから助かる。
のどかが生まれつき持つ魔力限界値は一般人のそれとほぼ変わらない。
思春期の女の子で、更に処女ということを考えても、俺にとっては驚異ではない。
……ああ、そういえば木乃香はどうしようかな……。
あのサラブレット魔力クリーチャーと比べれば、俺なんて木っ葉って感じだからなあ。
今やってるように、魔力でごり押しして混乱させることなんて出来ない。
というか、逆にやられそうで怖い。
魔法を介在しない、単純な魔力だけで人が殺せる量とか、正直人間としてどうなのよ?
「どう? どんな感じがする?」
「ひゃっ……そ、その……なんだか、体がむずがゆい感じがします……」
「そうそう、始めはそんな感じ。そのうち段々慣れてくるから。
怖いとか、そういう感情はある?」
「す、少しだけ……」
のどかの様子を見れば、少しだけ、なんて言葉に落ち着く感じじゃなかった。
あまり強引に魔力をねじ込んでしまうと、精神や肉体にダメージを追う確率が高くなってしまう。
魔力の受け入れやすさってのは相性がある。
エドのいにっきである程度その相性をカバーできるとはいえ、無理は禁物だ。
「まあ、誰でもはじめはそんな感じなんだけど……『恐縮だが』これは受け入れてくれ」
「んっ……くぅぅ……」
のどかが苦しそうに顔をゆがめる。
口が半開きになり、よだれが口の端からとめどなく溢れている。
のどかが抵抗をやめ、体に流れる俺の魔力になすがままの状態でいる。
苦悶の表情は急激になじみ始め、体が先ほど以上に感じ始めた結果だろう。
『恐縮だが』はキーワードだ。
その後に繋がる言葉に、有無も言わさずに従えるための暗示が、のどかの心の奥底に書き込まれている。
もちろん、本人の生命に関わることなどの非常に重要なことには通用しないが。
さて、そろそろ、恋愛感情を高める作業に入るか。
「不安だったら、俺が手を握っていてあげるから」
肉体的接触……チープではあるものの、手を握るってのは案外相手に好印象を与えやすいものなのだ。
のどかは細い指で俺の手を力一杯握っている。
力一杯っていっても、特別鍛えてなさそうな女の子の力だから、たかがしれているが、
それでも今彼女が出せる全力でもって、手を握ってきていた。
「はる、はら、さぁん……」
鼻にかかったようなかすれた声で、のどかは俺の名前を呼んだ。
もう完全に魔力が体中に回ったのが感じられる。
「のどかちゃん……」
ふう、と息を吐く。
嘘をつくことに抵抗はないが、客観的視点で見たら、
自分がこれから言う台詞は非常に滑稽なものだな、と思うと若干気が滅入る。
「好きだ」
まだ会って一時間と経っていないんだぞ。
展開的に無理があるだろ、常識的に考えて。
「一目見たときから、君に心を奪われたんだ。
こんなタイミングで言うなんて卑怯だと自分でも思う。
でも、君のことがどうしても好きで、どうしても手に入れたいと思ってしまったんだ。
『恐縮だが』僕の恋人になってくれ」
自分の顔が熱を持っているのは、あながち演技だけじゃない。
人の頭の中をいじくり回すことには慣れていても、こういう臭い愛の言葉を紡ぐのはいつまで経っても慣れない。
本気で言うのならまだしも、洗脳をしてのの茶番だから尚更にだ。
特性『恋愛』ってのは、これがあるからいつも相手にするのが嫌なんだ。
まあ、これもお仕事の一つだと思って我慢しないとな。
「……え、あ?」
返事が告げる前に、俺はさっさとことを進めることにした。
のどかの唇に吸い付くようにキスをし、思春期の男らしく貪欲に求めていった。
もちろん、のどかは不意にキスをされて戸惑った。
だけど、のどかが俺を突き飛ばしてでも逃げようとする性格をしているわけじゃないし、
深い暗示をかけられている上に、魔力が全身に回ってろくに動けない状態だから、逃げることなんて出来ない。
最初は、口を頑なに閉じていたのどかだったが、
根気よく歯茎の隙間を舌でなぞっていると、ゆっくりとガードが崩れてきた。
くぐもったうめき声は段々と小さくなってきたし、のどかの手は俺の背中に回って、シャツを痛いほど掴んでいる。
のどかの口が開いた。
ほんのわずかに開いた歯の隙間に舌をこじいれ、中を蹂躙した。
「んんんんっ!」
流石にのどかもこれには驚いたのか、目を見開いて激しい反応を見せた。
が、それは今までの拒絶の反応ではなくて、逆に順応しすぎた故の反応だった。
びくんびくんと震え、のどかは俺のシャツを引きちぎらんばかりに引っ張った。
大体、ふともも辺りがじっとりとした感触を受けた。
ゆっくりのどかの口から舌を抜くと、そのままのどかに覆い被さるようにして倒れ込んだ。
激しく上下するのどかの胸あたりに顔を置き、心臓の鼓動を聞きつつ、そっとのどかを見上げた。
「……で、どうかな? のどかちゃん、『恐縮だが』僕の恋人になってくれない?」
「ふ、ふぁい……わ、わらひも、春原さんのこと……」
……ふう。
これでもう、大丈夫かな。
「アデアット」
顔を起こして、エドのいにっきを呼び出す。
念のための確認として、『信頼値』を見るとマックスになっているし、
特性『恋愛』の項も丸の中に済みと書かれている。
自分の親指をぴっと切り、にじみ出た血をのどかの親指に押しつける。
「ちょっとゴメンね」
そしてそのままのどかの親指をエドのいにっきに押しつけた。
朱にそまった親指の指紋が、すうとエドのいにっきの紙面に吸い込まれていく。
これでやるべき洗脳は全て終わった。
いかなる精神魔法の使い手でも……俺だとしても決して消すことのできない暗示を埋め込んだ。
一種の古代魔法の契約にも似た、強力な洗脳だ。
「ひあっ……、わ、私……一体!?」
のどかが不意に我に返った。
なんでかわからないが、この最後の契約暗示は、今までの簡単な暗示をかき消してしまう。
もちろん、契約暗示の内容は、ほとんど今までかけていた必要な暗示と被るところが大部分だから問題はない。
消されるのは暗示だけで、記憶操作なんかには影響はない。
ただ、一瞬だけ、正気に戻ってしまう。
「ごめんね、のどかちゃん。僕……いや、俺は最初から最後まで嘘のつきっぱなしだったよ」
「ど、どういう、こと、ですか?」
流石ののどかも自分の体に起こっている違和感に気づいたようだった。
まあ、どうせスリーパー……普段は普通にネギ達と一緒に過ごしているけれども、
俺が必要なときに情報を提供してくれたり、ネギ達を攪乱してもらうスパイになってもらうのだから、
どちらにせよ説明をしなきゃならないし。
「まず、俺は麻帆良学園の関係者じゃない。
いや、関係者っていったら関係者なのかもね。
ただ、協力関係ではなく、敵対関係を持っているわけだけど……。
俺は麻帆良学園に害意を持った潜入工作員なんだよ。
君に接近したのは、別に麻帆良学園の関係者に言われたからじゃなくて君を洗脳するため。
魔法もろくに知らない素人だったおかげで、すごく楽だったよ」
「一体何を……」
わざとらしく咳払いをし、のどかにぐぐいと迫った。
「君はネギ・スプリングフィールドのことが好きだった。
でも、今はどうだ? ネギの顔を思い浮かべて、前みたいな感情が浮き上がるか?
むしろ、若干の嫌悪感しか抱かないんじゃないかな」
のどかはひっと短い悲鳴を上げてのけぞった。
めまぐるしく瞳が左右にぶれる。
俺の言葉に心当たることがあったのか、震えながらこっちを見つめてきた。
「次は俺のことを考えてみろ。
かつてはネギに感じていた感情が、俺に対して感じるはずだ」
「や、やめて、くださ……い」
「やめてください? その台詞はもうちょっと早く言うべきだった。
もう俺は、全てを終わらせたんだからな」
のどかはぎゅっとまぶたを閉じる。
まぶたから溢れた涙が、目の端からとめどなくこぼれ始めた。
「段々思い出してきただろ?
会って数十分しか経っていない相手に、何故あれほど警戒心を抱かなかったのか。
何故、体をいいようにもてあそばれて嫌悪感が沸かなかったのか。
おかしいことは山ほどあった。引き返すタイミングは常にあった。
でも、もう遅い。何もかもが遅すぎる。
今ここで俺をはねのけたところで、お前に残るのは、癒えることのない渇望だけだ」
「いや……いやぁ……助けて……先生」
「脅えるふりはよせ。自分の感じるものから目をそらすな。
今のお前は恐怖なんて感じちゃいないし、ネギに助けてもらいたいなんてこれっぽっちも考えちゃいない」
今言った言葉には一部誇張がある。
俺がかけた暗示に対して、まだのどかの体と理論的思考を司る脳の部分が追いついていない。
直に暗示が聞いて安心感に包まれるだろうが、多分、今、脅えているのは本当だろう。
そっと顔を寄せて、のどかの耳元で囁いた。
「今から、お前を犯す」
「や、やだぁ……」
すっと体を引く。
のどかのスカートの裾からは透明な液体が漏れ出ている。
さっきのキスのとき、のどかは計らずとも絶頂を迎えた。
しかし、これはそのときの愛液だけではなく、今、俺が顔を寄せたときに出たものもあるようだ。
のどかも見つめられて、そのことを悟られたのかと、顔を真っ赤に染め上げて目をそらした。
「ゆ、許してください……初めて、なんです……」
のどかはそういうけれども、少し腰が浮いて、俺の体にすり寄っている。
吐く息はしっとりと濡れ、発情した雌の様相を示している。
言葉だけが俺を拒絶し、許しを請うのならば、俺も言葉を弄することにした。
「しょうがないな、わかった、許してやろう。
ただ、その代わり、今後お前がどれほど望んだとしても、抱いてやらない」
「え?」
「今にいたって拒絶する女になんて興味はないからな。
今、俺を受け入れるのならば、俺が責任を持って一生大切に可愛がってやる。
尻の穴につっこまれて、馬鹿面晒すほどよがることもさせてやるし、
俺の子を産むとき、あまりの幸福感に死ぬかと思える目にも遭わせてやる。
逆にうけいれないのならば、二度と抱く機会を持ってやらない。
ただの駒としてだけ使う。
他の女が雌としての喜びを味わっているとき、
部屋の隅で寂しく自分自身を慰めることしか許可しない。
しかも、絶対にイクことはできないような暗示を頭に植え付けて、だ。
俺としてはどちらでも構わない、さあ、選べ」
「え……ええっ!?」
あまりに予想外の言葉だったのか、のどかは狼狽した。
てっきり、このまま処女を無惨に散らされ、乱暴され、
やめて、と言ってもその言葉を無視して膣出しされると思っていたんだろう。
そのあまりに甘美な快楽の妄想が、一片に崩れてしまって、泣きそうになっているのだろう。
「十秒だ、十秒以内に答えを出さないと、お前のことは三日前の新聞より大切なものとは思わなくなる」
「えっ、あっ、うあ……」
「10、9、8」
「あ、あの、その」
「7、6、5」
「ま、まっひぇ、まっひぇください」
「4、3、2」
「や、やらぁ、まって、まってぇえ」
「1、0……」
あまりに咄嗟のことに言葉が出ず、ただ泣きじゃくり、舌を噛みまくって何も言えなかったのどかを、
俺は冷たく突き放した。
「お前には失望したよ」
「や、やだぁああああ、待って、待ってくださいっ!
わ、私を、犯していいですからっ!」
「犯していいですから? ……はぁ、のどか、俺は今ものすごく残念に思っているんだ。
これ以上俺を失望させて何をしたいと思ってるんだ?
お前は俺が与えてやった余裕を全て使い果たした。
それで尚、犯していいですから、って……どういうことだよ。
言うとしても、『犯してください』って頼むのが筋じゃないのか?」
「あうっ、あっ、あっ……お、おかして……ください」
俺は肩をすくめて深く息を吐いた。
「ダメだ。もうお前に与えた猶予は全部無くなった。
まあ、これから一人寂しくしてるんだな」
「お、おねがいします。なんでも、しますから」
「のどかの許可を得るまでもなく、何でもしてもらう。嫌が応でもな」
「だったら……だったら、お願いします、おか、犯してくださいっ」
のどかはせっぱ詰まった表情で言った。
そりゃそうだろう。
さっきまで感じていた性感が一気に引き、切なさで意識がおぼれているはずだからだ。
「……のどかは俺の言うことを何でも聞く。
例えそれが、クラスメイトや恩師を売ることであってもだ。
のどかに選択肢なんてものはないが、お前は喜んで自分の親友を差し出すことができるか」
「で、できますっ! ゆ、ゆえなら私、なんとか、言って、春原さんにっ!」
俺は半歩下がって、のどかを見下ろした。
「最低だな、お前」
「え、えっ!? で、でも、春原さんが」
「自分のために自分の親友を平気で売るやつに、信頼なんて出来ないな。
どうせ、他の人間にもすぐ尻尾振るんだろ、この雌犬」
「ひ、ひどいっ! 春原さんが、そういったのに」
俺も段々言っていることがメチャクチャになってきた。
のどかは適当にいじめてた方が面白いタイプだ。
多少論理がむちゃくちゃになっても、その場その場の悪口を言ってると、面白い反応を返してくれる。
けどまあ、そろそろいじめるのはここまでにしておこう。
泣き出されても困るし。
「……わかったよ。抱いてやるよ」
「えっ?」
「からかっただけだ。最初っからのどかのことは骨の髄まで味わうつもりだった。
今、これから、元の生活には戻れないくらい、メチャクチャに犯してやる」
「あ、ありがとうございます」
のどかはぺこぺこと頭を下げる。
これは俺の洗脳の結果か、それとも生来の性格か……まあ、どっちでもいいか。
のどかをその場で立たせて、抱きしめ、そっと唇を合わせようとしたそのときだった。
脳裏のどこかで、警戒信号が灯り始める。
ばっとのどかを押しのけ、後ろへと動き、本棚の影に隠れながら辺りを見回す。
人がいる。
とはいえ、図書館島入り口付近に設置してあった探知結界には何の反応を示していないし、
物理的な障壁としての役割を持たせた結界も破られていない。
じゃあ、一体どこから人が来たのかというと……。
「地下にいたのか」
図書館島から人を追っ払ったと思いこんでいたが、まだ地下に人が残っていたらしい。
図書館島の地下は、それこそカオスともいえる魔力に満ち満ちており、
エドのいにっきによる生命探知能力が届かなかったのかもしれない。
色々あるが、俺の落ち度だ。
とはいえ、そんなことを気にしていてもしょうがない。
人がいるならいるで対策を練ればいい。
魔法関係者であるのならば、一目散に逃げる。
一般人であるのならば、退散願う。
前者である可能性は低いが、万が一ということもありえる。
ええい、まだ一番のお楽しみをしていないというのに……。
のどかを見ると、のどかは瞳に涙を一杯に浮かべて今にも泣きそうな表情をしていた。
そうだった、のどかにとっちゃまたもやお預けを喰らったような状況だった。
「のどか、図書館島にまだ人がいる。
どうやら地下にいたらしい……誰だか知っているか?」
「……夕映、そういえば、今日はゆえが捜し物がある、って、地下に行ってました」
ゆえ……頭の中でその聞いたことのある名前を検索してみる。
……忘れるまでもなく、ターゲットのうちの一人だった。
しかも、魔法関係者ではない。
なんというか、カモがネギしょってやってきた、というのはこういうことかな。
「のどかー。いるですかー?」
夕映の声が聞こえてきた。
人のいない図書館島に違和感を感じたのだろう。
不安になって、親友の名を呼びかけている。
「おい、のどか。お前はさっき、親友のことを売れるっていったよな?」
そしてその親友は、もはや夕映にとっての親友ではなくなっていた。
かつては自らの半身とも言える存在を、その果てにある愉悦に期待して目を潤まして、
のどかはただ「はい」とだけ答えた。
「のどかー、いたら返事して欲しいですー」
自分の行く先が堕落ということを知らず、夕映は、エドのいにっきによる誘導によって、
真っ直ぐ、真っ直ぐ、親友の形をした罠の方へと足を進めていった。