ゆえ編 第1話

 いくら魔法で体を強化していても、流石に疲れてしまい、ソファーに力なく座り込んでいた。
 魔法薬の補助無しで、数十発はなったのだから、しょうがない。
 最近、洗脳の鍛錬は別として、体や魔法の鍛錬を怠っていて、鈍っていた体じゃ、このくらいが限度らしい。

 一方のどかは、何度も何度も気絶を経験しているのに相反して、元気溌剌だ。
 今も、俺の腰のところで頭を動かして、精液を俺から搾り取ろうとしている。
 のどかは、もうすっかり快楽の虜になったようで、恥ずかしげもなく口淫にふけっている。

 一刻も早く『幸せの素』を絞りだそうと、つたないながらも舌を動かし、俺を喜ばせようとしている。
 先走り液さえもちゅうちゅうと強い力で吸い出し、舌の先端で舐め取って、口全体で楽しんでいる始末だ。

 ……一応念のため、男の矜持として言っておくが、俺よりのどかの方が体力があるというわけではない。
 のどかは現実、数回へばって、十数回腰が立たなくなっている。
 そのたびに俺が魔法をかけてやったり、あるいは備蓄として蓄えられていた魔法薬を与えた結果だ。
 それにしても妙に体力に溢れているような気がしないでもないが、飽くまで一時的なものだろう……と思いたい。

 ぼんやりと頭の片隅で、何回目の射精だろうか、と思いながら、俺の下半身が弾けた。
 流石に二桁の回数を口で搾り取ってきたのどかは慣れて、最初のようにえづくこともなく、
 彼女の言う『幸せの素』を受け止めた。
 しなびた息子が暖かい粘液の中から抜け出て、寂しげな感じがするものの、
 またどうせのどかに刺激されて大きくさせられた後、のどかの体内に入れるのだからそれほどでもない。

 のどかはすぐさま俺の精液を呑み込むことはせず、
 まず口の中に右へ左へ往復させて、その香りと味を十分に味わってから、口の中に指をつっこんだ。
 口の中に溜まる精液を二本の指で掻きだす。

 この行動を取る理由は、別に精液を呑み込むことに抵抗があるということではない。
 掻きだした精液がこぼれないように、反対の手を受け皿にして、そろそろとのどかは下の方へと持って行く。
 俺の物を舐めながら反対の手でいじっていた、自身の性器の中へと、そっと精液にまみれた指を差し込んだ。

「ッッ……くふぅぅっっっんっっっ!」

 のどかは口を開いて、今日だけで何回見たのかも覚えていない、よだれだらだらの愉悦の表情を浮かべ、
 全身を激しく痙攣させた後、ぱたっと力を抜いてその場にへたり込んだ。

 のどかは、結果として、精液に異様な反応を見せるようになった。
 異常なほど精液を好み、今やってみせたように、精液が性器に触れるだけで簡単に達するようになった。
 何人も籠絡してきた俺でも、ここまでの反応を示すのは初めて見る。
 面白いといえば面白いんだが、
 「精液をタッパーに詰めて持って帰ってもいいですか?」と言うほどになってしまったので、
 変態と呼ぶのもおこがましい、ド変態になっちゃったので微妙な気持ちがする。

 それ以外のところは至って普通であり、エッチする前にぎゅっと抱きしめられるのが特に好きだったり、
 雰囲気重視だったりする、ちょっと純な子なんだが。

 精液オナニーで達したのどかが、ゆるゆると起きあがり、まるで幽鬼のようにゆらゆらと俺の体を登ってきた。
 栗の花の匂いを発する口が面前に迫り、腕が俺の首の後ろに回される。

「ぎゅっ、と、してください〜」

 切なさを全開にした甘い声で囁かれたら、多少の口臭なんてのも気にならないだろ?
 そろそろちょっと休憩させて、という言葉をぐっとのど元でおさえ、
 のどかのリクエスト通り、手をのどかの腰元に巻き付かせ、そのまま強く引き寄せた。

 先端の固くなっている部位が、微かに俺の肌に触れるくらいだったのが、
 俺に抱きつかれて、その下にある柔らかい肉の双丘がふにゅっと潰れる。

 同時に、のどかが言語表記するのが難しい声を上げた。
 強いて文字化するのならば、「ふゆ〜」とかそんな感じだろう。
 ふゆーといっても別に空を飛ぶわけじゃない。

 一瞬だけ、俺の首に掛かるのどかの腕がゆるんだが、
 俺が苦しいと感じるくらいの力ですぐに抱き返してきた。
 俺との距離を限りなくゼロに近づけようとしている姿は、心に響くものがある。



 が、悲しいかな、気分が乗ってきたからもう一戦、とはいけない。
 残念ながら、ハネムーンはもうそろそろ終わりだ。
 時間が、タイムリミットの一時間前を切った。

 この水晶球から出るタイミングは、こっちの世界で一日に一度のみだ。
 よくよく考えてみると、二十時間以上、ただいちゃいちゃすることに時間を使っていた。
 あちらこちらに残る性交の残滓の後始末をしなきゃいけないし、
 物資の残量もチェックしておかないと次の仕事に差し支えが出てしまう。

 万が一、ということも考えて……というか、今からのどかと一戦をした場合、
 そのままずるずると引きずってしまう確信があるので、やめなければならない。

 のどかを抱きしめながら、右手を伸ばし、机の上の杖を掴む。
 耳元で愛を囁くように、『眠りの霧』の魔法を唱えた。

 のどかが一瞬で眠りにつくと、はりついていたのどかを剥がした。
 心惜しい気もするが、流石に二時間もの間夕映を待たせることはできない。

「ふーっ……のどかの制服も持ってこないとな」

 ソファーに横たわらせたのどかを見て、思い出す。
 そういえば、スカートと下着をエクサルマティオーしてしまった。
 麻帆良学園女子中等部の制服は、全てのサイズのストックがあったはずだが……下着はどうだったかな。








 少しばたばたしたものの、ログハウスの掃除を一通り済ませ、
 のどかを起こして、彼女に制服と下着を履かせた後、俺らは水晶球から出た。
 やれやれどっこいしょ、と少し痛む腰をさすりながら、隠し部屋の椅子に座りこむ。
 のどかは俺より遙かに元気そうに部屋を出て、夕映を呼びに行った。

 偉く疲労したものの、二十時間弱のハネムーンは確かに楽しかった。
 のどかとの絆を深め、且つ、俺も洗脳術師としての役得を存分に味わうことが出来た。

 個人的に、女性との交わりは嫌いではない……どころか、とても好きだ。
 潜入工作員なんて、色々と精神をすり減らし、死と耐え難い苦痛の危険スレスレの仕事をやっているのも、
 洗脳時に副産物として得られる、この甘い時間があるためだ。
 そうでなかったら、首をくくっていてもおかしくない。

 夕映が来るまでの間、俺は名簿を開いた。
 改めてターゲットの顔写真を見直すと、幸いなことに不細工な相手は一人としていない。
 俺にも好みというものがあるが、そこから外れていても、デッドボールクラスの相手がいないのはいいことだ。

 ただし、エヴァンジェリン、テメーはダメだ。
 あんなおっかないものを目の前にしても、俺のモノを立たせる自信は……正直あんまりない。
 『闇の福音』『悪しき音信』とか色々と二つ名はあるけれど、
 何世紀も生きている血吸いコウモリを相手にして奮い立つのはよほどの猛者だけだろう。
 あとロリコンの毛も必要となるかもしれない。

 失敗したら死、あるのみ、という任務に対して、
 成功した場合に得られる報酬となるみずみずしい果実をむさぼることだけを想像して、
 ささいな幸せを味わっているときに、部屋のドアがわずかに開かれた。

 わずかに開かれたドアの隙間から、おどおどとした女の子の顔がちらりと見える。
 俺は名簿を隣の椅子に置いておいた鞄の中に放りこみ、夕映に入室を促した。

「やあ、君が夕映さんだね。
 僕は、春原 タマ。偽名っぽいけど、本名だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いするです」

 ターゲットナンバー01の夕映は、おずおずと図書館島一階隠し部屋に入ってきた。
 これから魔法が学ぶことが出来るということに緊張し、
 やたら腰周りの動きが色っぽくなったのどかには気づいていないらしい。

 のどかは夕映の後に入ってきて、夕映の隣に立つ。
 俺に向かって満面な笑みを浮かべているが、夕映には見えない位置なので、
 気づかれることは、まあ、ないだろう。

「じゃあ、早速魔法を教える……と、行きたいんだけどね。
 まあ、ちょっとだけ僕の話を聞いてくれないかい?
 質問はまとめて後で受けるから、とりあえずは黙って聞いて欲しい」
「わかったです。
 私の方が頼む立場なので、異論はありませんです」
「ん、ありがとう」

 夕映は報告書によると、論理的に考えるタイプらしい。
 女子中等部にいる女の子の大半がそうであるように、
 彼女もまた同年代の異性との会話がそれほどうまくないはず。
 初対面のときは、知的且つ、紳士的に接するのがプラスに働くと思われる。

 そして、こちら側に迷惑をかけている、という気持ちを植え付けるのが肝心だ。

「初っぱなから言いにくいことなんだけど、夕映さんにそれほど飛び抜けた魔法の才能はない」
「……ッ!」
「魔法というのは、残酷なまでに生まれつきの才能で左右されるものなんだ。
 努力、というのは、もちろん必要だけど、同じ努力で進める距離というのが違ったりする。
 僕もまあ、昔も今も、このことを苦しんでいる人間の一人なんだけどね」

 さりげなく苦笑なんてのを見せてやる。
 ため息を一つ漏らしてから、間を十分に持って言葉を続ける。

「別に君のことが平均以下、と言っている訳じゃないんだ。
 正確な計測していないから、それ以下というわけでもないんだけど、
 多分、人並みか、ひょっとしたらそれより優れているかもしれない。
 君が劣っていないとして……問題は、一緒に学ぶ人の才能だ」

 俺はそういうとのどかに目を向けた。

「のどかちゃんの魔法の才能は非常に高い。僕も嫉妬するくらいにね。
 だから、同時期に、あまりにレベルの異なる才能の持ち主と魔法を学ぶことは……。
 その……精神的に、ひょっとしたら辛い、かもしれない」
「関係ないです。のどかは私の友人です。
 嫉妬したり、ひがんだりなんてするわけがないです」

 夕映はすぐさま言い切った。
 清々しいほど、その目は澄んでいた。
 精神的動揺は、それほど見られない。

 うーん、怖じ気づかれるのもそれはそれで困ったんだが、
 ここまで反応されないと、今の話がそれほど意味がなさないことになる。
 つまり今のは無駄な行為だったのかもしれない。
 事実、この揺さぶりに対して、俺に対する信頼値の上昇度はそれほどではないと思う。

 まあ……全てが全て成功するわけではなし、
 洗脳の道は一歩ずつ進むもので、たまにその一歩が成功しないこともあり得ることだ。

 いやいや、何も収穫がなかったわけじゃないな。
 夕映は少なくとものどかに対しての絶対の信頼を置いている。
 これは確かだ。
 ここに差し込んでやれば、夕映からの信頼を勝ち取れる可能性が高い。

「……いや、うらやましいね。
 夕映ちゃん……いや、夕映さんはのどかちゃんのことを本当に信頼してるみたいで。
 僕は物心ついたときから魔法の世界にどっぷり浸かっててさ。
 同年代で何も隠し事をせずにつきあう友達なんていなかったから……」

 夕映とのどかの友情を賛辞しつつ、さりげなく同情も売りつけた。
 同情を売ることによって、好意的な感情を得られるかどうかは半々だ。
 夕映の性格と友情と絡めている発言を考慮すると、有利だとは思うが、
 人によっては、同情を全く感知せずに、女々しいやつ、とか考える人間もまた多い。

「ごめんごめん、なんか変なこと話しちゃったね。
 とりあえず、この話はここまでにしておいて……次の話に移ろう。
 その前にちょっと待ってて、色々とメモをとっとかなきゃいけないことがあるんだ」

 来たれ、と呟き、エドのいにっきを取り出す。
 突然カードが本に変化するのを見て、夕映は目を輝かせるが、決して中身を見せないようにカバーした。

 夕映の信頼値は初対面の人間としては高い数値を示していた。
 さきほどの同情を買う作戦が功を制したのもそうだが、初期ボーナス値も含まれる。

 初期ボーナス値というのは、既に契約暗示を行った人間とターゲットとが信頼を構築していた場合、
 最初から一定の信頼値を得ることが出来るというおまけみたいなものである。
 また、初期ボーナス値は重複しないので、堕とすのが難しい相手は周りから籠絡していった方が、後々楽になる。

 のどかと夕映とが結んでいた信頼というのは、中々高かったものらしく、
 あともう少し自力で信頼値を高めれば、夕映の特性が見えるほどだ。

 さらさらとエドのいにっきに暗示をいくつか書き込む。
 主に『俺の言葉を信じること』ということを主眼とし、
 補助的に『都合の悪いことは、都合のいいように解釈する』などもだ。
 更に『俺の話を聞き、その内容に納得する度に俺を信頼する』も追加しておく。
 これらの暗示により、俺が何かをしても疑われる、怪しまれるというリスクを軽減し、
 微々たるものだが、信頼値の上昇も望める。

 他にも数点の暗示を埋め込んだ後、エドのいにっきを閉じ、夕映に話しかける。

「君がもし僕から魔法を学ぼうってことになると、僕の弟子になるってことになる。
 僕の弟子になるということは、学園所属の魔法生徒としても認識されることになる。
 そうなると、ある位階にまで達した場合、学園に奉仕しなければいけなくなる。
 もちろん、正規の報酬はちゃんと支払われるけど、
 魔法を学んだ以上、ある程度の義務を背負わなければならない。
 ああ、心配はしなくていいよ。
 奉仕といっても、位階に合った仕事を割り当てられるし、
 無理だと思った場合、師である僕が拒否するから。
 理不尽なことなんてのも、まず要求されない。
 ……ここまではいいかな?」
「ええ、いいです」
「よろしい。じゃあ、話を続けよう。
 魔法使いにするための講習費やその他実費は全て学園側が出すことになっている。
 さっきいった奉仕の義務さえちゃんとやってくれれば、君に金銭類を要求することは一切ない。
 ……麻帆良学園は慢性的に人手不足でね、次代を担う有望な人材の育成に力を入れているんだ。
 必要な教科書や、実験器具なんかはちゃんとした申請を行った後に、学園側が用意することになっている」

 本当にこんな待遇だったら夢のようだよね。
 実際は、器具はともかく教科書なんかは貸し出ししてくれると思うけどさ。
 まあ、そもそも俺が麻帆良学園の魔法生徒だということ自体が嘘だ。
 俺の懐が全く痛まない餌なら、せいぜいでっかくぶら下げてやった方が景気がいい。

 とはいえ、ノーリスクでは流石に怪しまれる可能性が高いので、
 労働による対価を取ることを説明しておく。
 それならば、いくらかは説得力が増すだろう。

「ま、他にも色々あったりするけど、細かいことばかりだし、
 実際に魔法使いになってからじゃないと使わない規則も多いから、今日の説明はこのくらいでいいかな。
 ……で、夕映ちゃんは、今の話を聞いて、魔法使いになる気はある?」
「はい、是非よろしくお願いするです」
「そうか、ま、そんな急いで答えをだす必要もないと思うけどね。
 でも、君がそこまでの意欲を見せているのなら、止めないでおこう。
 じゃあ、今日は魔法というものがいかなるものか、体験してもらおうかと思う。
 きっと、数時間後には君は簡単な魔法の一つや二つ、楽に出来るようになる」

 ちらと、エドのいにっきを開いて、夕映の項を見る。
 信頼値の上昇はほんのわずかであったが、夕映の最終洗脳条件が文字で表示されていた。

 『恥辱』

 ……のどかのは『恋愛』というすごくありきたりなものだったが、夕映は飛び抜けて珍しいものだった。
 それにしても恥辱て……飛び抜けてマゾの素質のある人間にしか存在しない本質だ。

 これは恋愛なんてものよりも遙かに達成しやすいものでもある。
 恋愛なんてのは、凄く自分を偽り、尚かつ向こう側の頭をいじりにいじらないと達成出来ない。
 一方、『恥辱』は徹底的に辱めてやればそれで終わる。
 エドのいにっきを併用してやれば、下手したら十分もかからずに条件達成できるかもしれない。
 しかも俺にとって、趣味と実益を兼ねるものでもある。

 思わず表情を崩してしまいそうなのを我慢して、俺は水晶球を夕映の目の前に動かした。

「これは人の精神を閉じこめるマジックアイテムなんだ。
 この水晶の上に手を当てると……この水晶の中にあるログハウスに精神のみが入り込む。
 魔法使いになるためには、一旦精神のみになって、魔力の流れを感じなければならないんだ」

 もちろん、嘘っぱちである。
 精神を引っぺがす行為はあまり肉体によろしくない。
 熟練の魔法使いならまだしも、魔法のまの字も知らないような人間にはやらない方が懸命だ。
 肉体的接触を保ったままの共感なんかは安全だけども。
 後々の仕事がやりやすくなると考えた結果、こんな嘘をついた。

「のどかちゃん、今はとりあえず、夕映ちゃんを魔法使いにしてくる。
 のどかちゃんは、一時間経ったら、君もこっちに来てくれるかな?」
「え、あ、えと……」
「お願いするよ」
「う、わ、わかりました〜」

 のどかにとって俺という存在はきっと大きいものだろう。
 『恋愛』で契約暗示を取り、その後も嫌われるようなことをやっていないため、
 ギャルゲーだと、トゥルーエンディング画面に切り替わる一歩手前の会話でセーブしてるような状態だ。

 で、そんな俺が、夕映と一緒に一日過ごす、といわれて愉快なはずがない。
 だけどまあ、のどかがいると色々とやりにくそうなので、連れて行くことは出来ない。
 変な暴走をされると……しないとは思うんだが、下手を打たれると失敗する可能性がある。

 とはいえ、失敗というのは『任務』の失敗ではなく、
 ごく個人的に楽しもうとしていた遊びの失敗であるのだが。

「のどかと一緒じゃ、ダメなのですか?」
「まあね、魔力を感じる感覚を目覚めさせるためには、出来るだけ不純なものがない方がいいんだ」
「そうなのですか」

 少し夕映は不安そうにしていたが、問題なかろう。

「じゃあ、ちょっと俺に掴まっててくれるかな?
 ああ、座ったままでいいから、こっちの手を握っていて」

 夕映に左手を差し出して、それを握らせる。
 ちゃんと触れていることを確認したら、そっと右手を水晶球の上に置いた。

 辺りに魔法のエフェクト光が包み込み、視界を奪う。

「きゃっ……」

 夕映のかわいらしい悲鳴が消える前に、別荘の屋根裏部屋に到着した。

「さて……ようこそ、精神の部屋に。
 ここを出るときには、君は世界の真理に一歩近づいていることになる」

 そして、同時に決して逃れられない底なし沼にどっぷり浸かっているだろう。








 ひとまず、ログハウスのリビングに置いてあるテーブルの椅子に腰掛け、初歩の初歩である座学を行った。
 もうこのログハウスに来てしまえば、圧倒的な暴力でもって、夕映を辱めてしまえばいいのだが、
 それはあまりにも興がそがれる行為だと言えよう。
 折角、エドのいにっきという便利な便利なアーティファクトがあるのだから、
 もっとおもしろおかしく堕とすのが、堕とされる夕映のためってもんだろう。

 幸いなこと、夕映は興味のある物事に対しては並々ならぬ意欲を見せるタイプだった。
 報告書によると成績はあまりよくないが、頭が悪いわけではない。
 学校の勉強にさほど興味を持たず、テスト前でもろくに勉強をしないため、結果を出せないだけらしい。

 夕映は、魔法に関して言えば非常に良い生徒であり、意欲もあり、物覚えも悪くない。
 頭の回転も速く、ちょっとした疑問でも物怖じせずに質問をしてくれるため、非常にやりやすい。

 ま、エドのいにっきを使えば、もっと遙かに効率的なんだが、
 学ぶことそのものに楽しさを感じる相手であれば、適当にやらせればいい。



 適当なところで座学を終え、次は簡単な実践を行わせることにした。
 用意してあった子供用の杖に、魔法を用いて『Yue Ayase』と刻んで、
 そのまま手渡すと、面白いくらいぐんと信頼値が上がっていた。
 単純なやつは御しやすくて助かる。

「ぷ、プラクテ・ビギ・ナル アールデスカット!」

 夕映の呪文詠唱は失敗に終わった。
 先端に飾りの小さな星がついた杖の先からは、火はおろか煙もでない。

 見ただけでわかるくらいの落ち込んで、肩を落とした夕映に、適当に慰めの言葉をかけてやる。

「ま、最初はこんなもんだよ。
 根気よく続ければ、数時間で出来るようになるから、続けてみて」
「……わかりました」

 それから三十分間、夕映はひたすら呪文を唱え続けた。
 そろそろ休憩にしようか、と声をかけると、夕映はまだ名残惜しそうにしながらも杖を置いた。
 ただ、体力の消耗具合が感じられるほど疲労しているらしく、ぐったりと椅子に座りこんだ。

 俺はそっと夕映にコップを差し出した。
 中には魔法薬……火は出せていないものの夕映は確かに少量の魔力を消費し続けていたため、
 魔力を回復させるものと、意識をほんの少し朦朧とさせるもの、あと媚薬を混ぜて味を調製したモノを渡した。

「体力回復を重視したものだから、そんな味はよくないかもしれないけどね」
「……いえ、おいしいです」
「あはは、無理しないでいいよ。味見したけど、ちょっとえぐいし」
「確かにえぐいです。けど、このえぐみがいいです。
 理由もわからず、体が妙に火照るような感覚も、素敵です。
 ……癖になりそうです」
「そ、そうなの」

 なんだかマジで言っているらしくて、反応に少し困る。
 個人的には一度口に含んだときから、もう二度と味わいたくないと思えるテイストだったのだが……。
 そんなことをモノともせず、おかわりありますか? と聞いてくる夕映はちょっとアレだと思う。

 せがまれたため、水筒に入れてやり、少しずつ飲むように指示を出した。



「で、だ。
 これからまた練習を再開するわけだけど、次からはちょっと僕が手助けをする」
「手助け……ですか?」

 あの飲料をおかわりをし、味という名の障害をものともせずに飲み干した夕映は、
 今の時点で少し正気を失っているような感じがした。
 それを狙ってはいたものの、今この段階で完全に正気を失われると、それはそれで面倒なので、
 内心冷や冷やしながら、夕映に言った。

「夕映ちゃんは、もうほとんどコツをつかみかけているからね。
 さっきから見てたけど、体内に流れる魔力が正常な方向に少しずつ変わっていっている。
 あとは、杖の先端から世界へと放出するだけなんだけど……ここからは僕が補助できる領域なんだ」

 夕映を立たせ、杖を持たせると俺は夕映の背中に張り付くようにくっついた。
 杖を握る夕映の手を、更に握るような形で俺の手をかける。

「呪文のタイミングを合わせてみて……。
 プラクテ・ビギ・ナル……」
「アールデスカット」

 呪文詠唱と同時に、俺の体から魔力が流れ出し、薄い煙となって杖の先端から放出された。

「あ……何か、でたです」
「うんうん、いいぞ、この調子でいけばすぐに使えるようになりそうだ」

 それからしばらく続ける。
 アールデスカット、アールデスカット、耳にタコが出来るほど聞き続けるが、
 進歩はそれほど見られず、煙の量が若干増したような気がする程度にしかならなかった。

 夕映の方はというと、さっきのクスリが回ってきたように、
 目は虚ろになり、思考が極端に鈍って、らりぱっぱ寸前状態になっていた。

「うーん……ちょっと上着のブレザーを脱いでもらえるかな?
 僕と夕映さんとの距離が短くなればなるほど、うまくいくから」
「え……あ、はい……わかったです……」

 そういって、夕映は上着を脱いだ。
 ブレザーだけのつもりで言ったのだが、夕映は更にその下のブラウスまでをも脱ぎ捨てた。

 若干、俺ですら唖然としつつも、夕映は気にする様子もなく……
 というかちゃんと物事を考えているのかどうかすらわからない感じに俺に密着してきた。

「プラクテ・ビギ・ナル アールデスカット」

 杖の先端からぱちっと火花が散った。
 それを見て、夕映は喜びの声を上げた。
 ……もはや完全に前後不覚状態にあるかと思いきや、
 実のところまだわずかに正気を残していることがわかり、色々と面食らった。

 なんかどう対処していいのか、よくわからなく……

 い、いやいや、俺としたことが。
 こんなところでくじけるようじゃ、これからどうなることか……。

 夕映の方がペースを乱すのならば、俺はそのペースに飽くまでのっかっていってやろうじゃないか!

「プラクテ・ビギ・ナル アールデスカット」
「プラクテ・ビギ・ナル アールデスカット」
「プラクテ・ビギ・ナル アールデスカット!」
「プラクテ・ビギ・ナル アールデスカットッ!」

 お約束通り、またもや火花がパッパと散るだけで、進歩が停滞する。
 さあ、さて、また声をかけて、全裸に剥いてやろうか、と思ったときだった。

 夕映が不意に前に進み、俺の手から抜けていった。
 今にもすっころびそうな危なげな足取りで、ふらふらと歩いたかと思うと、
 テーブルの上に置いてあった水筒を持ち上げた。

「喉が……渇いた……です」

 水筒の蓋を外すと、夕映はそのまま口を付け、一気に水筒の中身をあおった。
 あの、クソ不味い魔法薬を500ミリリットルもの量を一気に飲み干している。
 口の端から、だらだらと魔法薬が漏れているのを、夕映は手でぐいいと拭き取った後、
 水筒をその場に地面に落とした。

 なんかもう、色々とアレだ。

「熱い……からだが、熱い、です」

 夕映はいきなりシャツを脱ぎ捨てた。
 小さな胸が露わになり、その先端はツンと尖っている。
 これでまた、魔法詠唱をするのかな、と思いきや、今度は夕映はスカートをも脱ぎ捨てた。
 見かけに反して、夕映は紐パンツだった。

 すわ、パンツも脱ぐのか、と思ったが、それは流石になかった。
 ただパンツを脱がなかった理由は、恥ずかしさがあったのか、
 それともただ回らない頭がパンツを脱ぐということに思い至らなかったのか、どっちだかわからない。

 パンツと靴下という、随分とマニアックな格好になった夕映はまた転びそうな足取りで俺に密着してきた。

「プラクテ・ビギ・ナル アールデスカット」

 今度は杖の先端から火が出た。

「あふ……できた、です……今度は……」

 それだけ言うと、夕映は手から杖を落とした。
 そのまま体重を俺に掛け、ずるずると滑るように地面に倒れていく。

「あ……お……寝たのか」

 呑気に寝息なんてのを立てて、夕映は眠り込んでいった。
 薄めていたとはいえ、あの量の魔法薬を飲んだのだ、無理はない。
 むしろ、そのままぶっ倒れずに魔法を使ったこと自体、凄いことなのだ。
 まあ、凄いといっても、人に褒められるような凄いことではないけれども。

 それにしても、今回の作戦は失敗だったと言えよう。
 もう少し意識をはっきりさせた状態で、全裸に剥いて、恥ずかしがらせてやろうと思っていたのに、
 夕映が一人暴走し、今やパンツと靴下という格好なのに、恥ずかしさなんて微塵も感じさせない大股開きで、
 すーすー寝息を立てている。

 まさか、あの不味い魔法薬を気に入るとは考えていなかった。

「ま、うだうだ考えていてもしゃーないか。
 時間は一杯あるんだし、もっと色々なことが出来るって喜ぶか」

 夕映の脇に手をいれ、上半身を持ち上げて運ぼうとしたとき、
 夕映はむにゃむにゃ、という声と共に、小さな寝言を漏らした。

「んー……もる……です」
「もる?」

 アボガドロ定数がどうかしたのか、と思ったときにはもう遅かった。
 パンツがじょわあとしめったかと思うと、布地を突き抜け、黄色い液体が飛沫を上げた。

「え? ああっ、えええッ!?」

 パニックに陥ってみたモノの、夕映をこのまま放り投げるわけにもいかず、
 ただただ、パンツと床の間に出来たアーチが産まれ、栄え、老いて小さくなり、
 最後に消えるところをただ見ているだけしかなかった。

 なんだかどっと疲れを感じた俺とは裏腹に、夕映は出すモノを出して満足したのか、
 ふぃ〜、と寝息を立て、笑顔で寝顔を晒していた。



 いや、まあ、失禁するっていうのは、嫌いじゃないけど、
 飽くまでベッドの上でだけやって欲しいなあ、と思ったり、思わなかったり。

「……うううううう、この借りは、絶対、絶対に返して貰うからなっ! 利子付けてだッ!」

 なんだか無性に悔しかったので、一つ捨てぜりふを吐いてから、
 すごすごと夕映の粗相の後始末に着手しはじめた。