一つの大きな仕事をやり遂げた後というのはいいもんだ。
実際にはまだ終わったわけじゃないが、最大の難関を越えたことだけは確かだった。
このままうまくいけば、俺の命は助かるかも知れない。
最初、この任務を与えられたときには絶望した気分に浸ったが、今となってはそれも懐かしい。
残りの任務も後僅か……この困難な仕事を完遂した暁には組織内での俺の評価も上がるだろう。
正直な話、下手に評価が上がって、また難しい任務を与えられるのは面白くない。
俺が死んだら、あいつらにかけた暗示もおじゃんになりかねない、って言えば、それなりに考慮してくれるだろう。
まあ、まだ任務は終わっていないわけだから、そんなことを考えすぎても意味のないことなんだが。
「ほら、せっちゃん、もっと頑張らなあかんよ」
ニコニコと満面の笑みを浮かべてこのかは言った。
このかがさっきまで持っていた鞭は傍らにあるテーブルの上に置いてある。
じゃあ、今は何を持っているのかというと、せつなの首輪に繋がっている鎖だった。
このかは片手でせつなの背中を背後から押しながらも、もう片方の手で鎖をぐいぐいと引っ張っている。
「ぐっ……」
流石のせつなも、無抵抗な状態で首を締め付けられると苦しいらしい。
鞭で打擲された傷痕がいくつも刻まれている手足をばたつかせて、少しでも締まってくる首輪を緩めようとしている。
だが、そんなことは無駄な努力だし、万が一、それが無駄な行為でなくなりそうな気配がしたら、俺とこのかは嬉々として協力し、苦しみからはい上がろうとするせつなの手を思いっきり踏んづけてやるだろう。
理不尽としか言いようのない暴力に、せつなはただ屈することしか出来ないのだ。
俺は非常にご機嫌だった。
かつては実力で勝つことなどもっての他で、立ち向かうどころか、相対した場合矜持も何もかも捨てて逃げることしか出来ないような、そんな相手をこうやって自分の意のままに操るのは、とても楽しい。
それが例え、相手の心を折ってしまった後でも、だ。
「お……お許し……ください、お嬢様」
首輪を引っ張られる力がゆるみ、しゃべれるくらいの余裕が生まれたら、すぐに何十、何百と繰り返された科白を吐いた。
こういった状況では、極めて陳腐な科白だが、別に俺は嫌いじゃない。
ただ、そろそろせつなは学習してもいい頃だと思う。
懇願するならするでいいが、誰にすればいいのかを考えても、罰は当たらないだろう。
むしろ、そのことをいつまで経ってもしないのなら、俺が積極的に罰を当てに行くつもりだ。
手持ちぶさただった左手を持ち上げ、せつなの白くて贅肉のない右脇腹をそっと撫でる。
体脂肪率が一桁だろうと簡単に予測ができるせつなの体は、あまり柔らかくない。
人外の生き物とのハーフであるせいなのか、外観にあまり変化を見せないが、実際に触れると皮膚の下にしっかりとした筋肉が存在していることがわかる。
ただ、肌質はいい。
するり、と指が通るように滑らかだ。
もちろん、ただ滑らかなだけな退屈さとは無縁であり、このかに刻まれた無数の鞭跡……擦り傷やみみず腫れといったものが俺の指先の感覚を楽しませてくれる。
人外の血が混じっているせいか、やたら回復力が高く、すぐに傷が塞がってしまうのが難点だが、まだ再生したばかりの柔らかい肌を強く押すのは、中々乙なもんだ。
そのかわり、膣の方はやはりお粗末と言わざるをえない状態にあった。
まあ、無理があるのは重々承知だった。
元々体を鍛えている上に、きゅっと締まる首輪のおかげで、締め付けは凄いが、締め付けだけ凄ければいいってもんじゃない。
何の技巧もなく、かといって俺から動くことも出来ないので、こちらの方の満足度はかなり低い。
とはいえ、現状でせつなの膣の評価をするのはフェアではないだろう。
今回のことはシチュエーションを楽しむものであって、肉体的快楽を求める行為ではない。
そういった状況下で、あれこれ言ったってしょうがない。
まあ、このかの方は最初からそのポテンシャルがあったのだが……いやいや、ひょっとしたらせつなの方もやりようによってはとんでもない名器になる可能性も否定できないわけで……。
「ほら、春原はんが全然気持ちよさそうじゃないやんか。
せっちゃんも気張らんと、あかんよ?」
このかは相変わらずの満面の笑みを浮かべたまま、せつなの脇に手を通し、軽く持ち上げた。
非力なこのかであっても、せつなの体は簡単に持ち上がる。
鍛えられた肉体にしてはやたら体重が低いのは、ハーフだからだそうだ。
背中に翼が生えて、それで空を飛ぶ肉体を持っているのだが、体重が重かったら飛べなくなるんだそうだ。
このかがせつなの軽い体を持ち上げて、上下に揺さぶるが、うん、あんまり気持ちよくない。
むしろせつなの締め付けが強すぎて、返って痛みを感じるくらいだ。
ただ、せつなが辛そうな表情を浮かべ、苦しそうな声を出しているのはとてもいい。
あの強いせつなが、俺のような男に屈服している様を見るのは、肉体的快楽をただ貪ることよりも楽しいと感じられるときがあるわけだ。
せつなの半泣きの表情を浮かべた顔の真ん中に、全力で右の拳をたたき込んで、わき上がる暴力の心地よい衝動に身に任せてしまいたくなる欲望を抑えつける。
別にそれをやってしまってもいいだろうが、流石にそこまでやってしまったらますますもって狂人の様相を呈してしまうだろう。
まあ、今だって荒淫にふけった乱痴気騒ぎをやっているわけで、狂人臭いことをやっているが、程度と方向性の問題だ。
もどかしさに煩悶としているわけだが、自分で動くことが出来ない。
せつなは今、ベッドの上に寝ころんでいる俺の腰の上に乗っている。
俗に言う、騎乗位という体位で、自分で腰を振って俺を喜ばすことをこのかに命じられている。
『自分で』というのがポイントの趣向であり、俺が勝手に動いて勝手に満足してしまったら意味がない。
かといって、せつなに任せていても、満足するどころかただただもどかしい思いをさせられるだけだ。
もうちょっと時間があったら他にもやりようがあった。
が、しかし、俺の見立てでは、そろそろせつなとこのかの中のスイッチが入る。
俺がやる気を出して、さあやるぞ、といったときにスイッチが入ってしまったら、不完全燃焼で尚更悪くなってしまう。
もう既に二人には最低限の仕込みを終え、次なる段階に至るための土壌は整えた。
細工は流々仕上げをご覧じろ、ってなもんだ。
肉体的には不満があるものの、精神的には細々とした面倒な作業が終わった満足感で満たされている。
半ベソをかいているせつなの顔にそっと手を伸ばす。
涙でべたべたとした頬に触れ、ふにふにとつねる。
「そろそろ解放してほしいか?」
小声でそうつぶやくと、せつなは何か言いたそうに口を動かした。
ただ、首が絞まっているせいか、うまく声が出せなかったらしく、かわりにこくりと一回頷いた。
それと同時に、鎖の金属と金属がふれあう音がして、せつなは大きく後ろにのけぞった。
せつなの顔がまた苦悶に染まり、涙と鼻水がぱらぱらと落ちてきた。
えづくような息苦しさが、じわじわとせつなを追いつめていく。
段々、目の前が白くなってきただろう。
頭の一部が思考を放棄し始めたころだろう。
そろそろ、そろそろだ。
俺の見立てでは、そろそろ、入れ替わる。
……俺の予想通り、せつなの中で何かがキレるのを感じた。
途端に、今まで、だらんと垂れていただけのせつなの腕がぴくりと震えると同時に動き出した。
自分の首にかけられた首輪の隙間に指をねじ込み、頸動脈を通る酸素が脳に行き届くようにする。
「……え?」
このかのとまどう声が聞こえた。
このかの方はまだ入れ替わらない。
入れ替わるときは必ず従者が始めに入れ替わり、少し遅れてから主人が入れ替わる。
せつなはゆっくり膝を立て、立ち上がる。
途中、このかは何度も何度もせつなの首輪に繋がる鎖を引っ張り、せつなの動きを封じようとしていたが、全て無駄に終わった。
当たり前の話だ。
せつなを今まで縛り付けていたのは、首輪や鎖ではなく、言葉の……より正確に言えば、権力という不可視の力だったからだ。
「せ、せっちゃん……」
このかは不安げな表情で豹変したせつなと、にやついている俺との間で視線を動かしていた。
権力で人を動かすのは、飛行機の運転とよく似ている。
複雑で不安定で困難でありながらも、それらに勝る利便性と爽快感がある。
そして、一度コントロールを失ってしまえば、双方とも運転者は言いようのない不安を覚え、そのまま体勢を整えることが出来なくなってしまえば、行き着くところも二つとも大体一緒だ。
せつなはこのかの背後を取ると、そのまま腕をこのかの首に絡めた。
ぎりぎりと腕が締められていき、このかの表情が歪む。
このかの苦悶の表情とは相反して、せつなの顔にはニヤニヤとした嫌な感じの笑みが貼り付いている。
数分前のこのかと同じ笑みだ。
このかとせつなの間に存在した主従関係は喪失してしまった。
それは俺が、今のような状況を作り出したからだ。
主人と従者の関係は、ある一定の条件を満たしたとき、逆転する。
このかは権力……簡単に言えば言葉の力によってせつなを縛ることが出来る。
このかが動くな、と言えばせつなはそれに従わざるを得なくなる。
せつなを鞭で打ち、それに対して興奮していることをそっと耳元で罵倒することが出来る。
せつなは腕力……こちらはよりストレートに、元々持ち合わせていた物理的な力によってこのかを捕らえることができる。
いかにこのかが抵抗しようとも、俺よりも遙かに強い力を持ったせつなに抵抗出来るはずもない。
今やっているように腕力でもってこのかを押さえつけ、このかが行う些細な全力の抵抗をあざ笑うことが出来る。
どちらかが主人になり、もう一方が従者となる。
主人は従者を意のままにする権利があり、従者はそれに従わざるを得ない状況に追い込まれる。
ただし、従者は恥辱や苦痛などの感情を心の中に蓄積していく。
その蓄積がある一定の量にまで達すると、従者は突然、主人に牙を剥く。
従者の反乱には主人は逆らえない。
今まで虐待していた対象の逆襲に、主人は屈服せざるを得ない。
そうして、従者は主人に、主人は従者に入れ替わる。
まるで、互いに互いの尻尾を追い回す二匹の犬みたいに、ぐるぐるその場で回るわけだ。
で、ポイントは俺の立ち位置ということになる。
前述の通り、このシステムだと俺がいらないように見える。
二匹の犬が同じ場所で狂ったようにくるくる回って、じゃれあっているだけなら、それで完結してしまう。
なので、きっちり、俺は俺の立ち位置というものを確立する必要があった。
とはいえ、立ち位置を作ったとしても、それをこいつらに知らしめなければ意味がない。
ベッドから体を起こし、ベッドの横の椅子に掛けておいたズボンを履く。
上半身は……まあ、いいか。
「あれ? 行っちゃうんですか? 春原さん」
「まあな。一応、俺の需要は高いんでね。
お前らばっかに構っていられるわけじゃないんだ」
せつなは一瞬だけ腕の力を緩め、そのタイミングで呼吸をしようとするこのかの首をまた絞めていた。
色々エグいことをやっているが、主人のとき従者にやった仕打ちは、立場が逆転したら今度は自分がやられることになる。
従者のときは、耐え難い苦痛と恥辱をそのまま受けるが、主人になると従者のときの苦痛や恥辱は快楽に変換されて記憶される。
記憶されるといっても、潜在的な部位で記憶されるので、主人が従者に与える虐待が苛烈になっていくのは意識的ではなく、無意識的に成される。
いたぶる方は何故だか知らないけれども、体の奥底からわき上がる欲求によって相手を嬲らざるを得ないようになっている。
ややこしいことになっているのが今回の悩みの種だ。
結構手探りで暗示を掛けたので、どうなっているか正確には把握できていない。
調整に調整を重ねたせいで、最初の予想との誤差が酷いことになっているような気もするし。
まあ、なるようになるはずだ。
セーフティネットは幾重にも貼ってあるし、暗示のバグ取りも入念にやってある。
イレギュラーが発生する可能性がないわけではないが、ちょっとくらい予想外のことが起きた方が楽しいだろう。
「じゃ、また後で来るから、二人で楽しんでろ。
そこに適当な道具が入ってるから」
「はい、わかりました」
せつなはこのかの首の締め付けを少しだけ緩めた状態で、このかを引きずり回していた。
単純にチョークスリーパーをかけられるのとはまた少し違った窒息感があるのだろう。
前回、というか、このかがせつなの責めを、首輪で嬲る行為だったのが、後を引いたんだろう。
大抵、主従逆転後に主人が従者に与える虐待というのは、逆転前にやられていた行為と似通ったものになる。
ズボンだけ履いて部屋のドアを開ける。
おっと、部屋から出るときにはドアに結界札を貼っておくことを忘れないようにしないとな。
別に二人の脱走を心配しているわけじゃなく、これも一つの仕込みだ。
エドのいにっきを使って、この部屋から出られないようにしてもいいんだが、ここ最近はエドのいにっきを使いすぎた。
別に使いすぎたから壊れる、ということはないだろうが、他の魔法のことも忘れてはいけない。
「春原はんっ!」
ドアを閉める寸前に、このかが俺の胸に飛び込んできた。
両手を俺の首の後ろに回し、ぎゅうと抱きしめてくる。
このかはまだせつなよりも『理解』しているようで、助けを求める相手をわかっている。
主人にいくら懇願したところで意味がない。
主人は潜在的に従者になりたがっているために、従者の「やめて」という言葉なんて聞かない。
むしろ主人は従者のためを思って、苛烈に虐待をする。
となれば、自分への危害を止めさせるためには、二人芝居の外にいる俺に頼るしかないわけだ。
ゆえに、このかが俺に助けを求めてきたのは正解と言えよう。
ただ、懇願する相手が正しかったからといって、本当に助かるわけではない。
このゲームはこのかが主人で始まって、何度も何度も繰り返された。
仮に俺がここでこのかを助けてしまったら、一回分だけせつなが多く従者をやったことになる。
それはとっても不公平なことじゃあないか。
せつなに目配せしてみると、せつなは目で俺に合図を出してきた。
このかがせつなの拘束から抜け出せたのは、どうやらせつなの奸計だったらしい。
助けを求めた相手に、裏切られているところを見たかったんだろう。
こういうことには一番頭が働きそうにないせつなが、絡め手を使ってきたことにちょっと生意気に思えてきた。
「春原は……んっ、んんっ」
このかの顔を上げさせ、そのまま唇を貪った。
途端にこのかの肌の温度が上がるのが、肌と肌が触れあっている箇所の感覚でわかった。
かわいいやつだ、と思える。
まあ、それがどうした、とばかりに見捨てるわけだが。
このかの背後からせつなが近づいてきて、ぐいと引っ張り上げた。
俺に抱きついていたとしても、腕力に関してこのかがせつなに勝てるわけもなく、このかはあっという間に俺から引きはがされてしまった。
「じゃあな」
「ええ、春原さんも」
すっかり主人としての人格がはっきりとしてきたせつなは、もう完全に俺に馴染んでいる。
以前は、例え主人の立場に立っても、俺に対しては警戒心バリバリだったもんだが。
せつなの俺に対する好感度が上がったのはこの二人芝居の暗示の思わぬ副産物だったな。
このかが切なげな表情をして俺を見ているのを、華麗に無視してドアを閉める。
そしてそのままズボンのポケットにつっこんだままの札を取り出して、ドアに貼り付けた。
この札は東洋呪術を用いたものだ。
俺の教育係がグローバルな魔法体系を持っている人だったせいか、俺も色々な分野の魔法を扱える。
ただし、東洋呪術はマイナーなのと所持している組織が排他的で秘密主義なのでカバーしていなかった。
なので、せつなから呪術を学べたのは少しだけ有意義だった。
東洋呪術の本領である高度な呪いまではせつなは持っていなかった。
せつなは呪符使いではなく神鳴流剣士……西洋でいうと剣士の身分なのだから、当たり前といえば当たり前だろう。
東洋呪術は若干ニッチ過ぎて使いどころに困る、という欠点があるのだが……まあ、知っていて損するってこたぁないだろう。
今貼った札は結界札だ。
簡易的に結界を張るもので、コストの安さや簡易さなどはトップレベルと言ってもいい。
エドのいにっきを使って、二人をこの部屋に閉じこめた場合、記述を消す際に色々と面倒が生じる。
が、この結界札は貼るだけで効果があり、解除するときはただ剥がすだけ、という実に簡単に扱うことができる。
欠点は、極端に脆いこと。
ちょっとした術者であれば力ずくで破壊できるため、はっきりいって紙レベルだ。
しかし、これを風水などの要素で組み合わせると、たった紙一枚の呪符でも侮りがたい強度となる。
ただ、そこまで考えて行うと手間暇が肥大化する。
簡単に使うと紙で、凝って使うと複雑、という両極端なものだ。
基本的、日本の東洋呪術は極端なものが多い傾向がある。
だから、非常に使いづらい。
聞いた話によると、東洋呪術協会も使っている魔法と同じく両極端と聞いた。
どう両極端なのかは詳しくは知らないが、本部にいる呪符使いが反乱を起こして、本部が壊滅。
そしてその騒動を治めたのが、西洋魔法協会からの使者とか、裏世界の大組織としてどうなんだ、と問いつめたい。
それなのに、未だに組織としての体を成し、むしろ以前より発展の兆しを見せている。
組織として終わっているはずなのに発展していく、というのは変態的で、両極端と言える。
最近ちょくちょく聞こえてくる動向によると、方向転換も過激にやっているとかで……確かにあそこはちょっとおかしい。
あの後、組織が瓦解して、有象無象が麻帆良学園に押し寄せてくるかも知れない、と思って色々準備したのだが……。
結局、警戒していたのが全て無駄になって、なんだか肩すかしを食らってしまった。
ま、そんなことはどうでもいい。
このかとせつなは、蟲毒と一緒で、あとはゆっくり待てばいい。
このかもせつなも力を制限しているから、この紙みたいな結界すら通り抜けることはできないと思うので問題ない。
俺は部屋を後にして、のどかとゆえのいる部屋にやってきた。
書庫から持ち出した本が山積みになったテーブルで、二人は熱心に本を読んでいる。
音を立てて入室したのにもかかわらず、二人が俺に気づいた様子はない。
俺は部屋のソファーに寝ころぶと、一度、パン、と手を叩いた。
それと同時に二人に掛けられていた暗示が解けて、俺に気づく。
二人には魔法の基礎理論を学んでもらっていた。
結構年がいっているド素人の二人だが、今からでも多少の知識を与えておいてやれば、いつの日か役に立つかも知れない。
魔力の流れなんかを感知する感覚は、幼い頃どれほど意識して魔力に触れていたかによって決定する、という学説があるので、結構早い段階で成長は頭打ちになると思うが……まあ、何もしないよりかは遙かにマシだろう。
スパルタ教育を施しても、大体、本国の魔法正規軍の下っ端ぐらいの実力程度に落ち着くと思える。
まあ、それでも一般人を制圧できるくらいになるので、使い用はある。
「あ、春原さん、終わったんですか?」
「いや、まだ途中。
結果が出るまで、ちょっと暇だったし、お前らをずっと放置しておくのもかわいそうに思ったんでな」
かわいそう云々よりか、エドのいにっきを用いての暗示で、勉強に熱中させる行為は脳に負担を掛ける。
多少は休憩を置いてやらないと効率がグンと下がるので、こっちに来たわけだ。
もちろん、暇だ、という理由もあるが。
「春原さん、この箒で空を飛ぶ実技をやってみたいのですが……」
ゆえがそういって手に持っていた本を広げて見せてきた。
箒を用いての基本的な飛行姿勢と、魔力制御の魔法式が書かれている。
いやいや、ゆえにはまだちょっと飛行は早い。
多少魔法をかじった程度の現状では、空を飛ぶことすら出来ないだろう。
それに、空中飛行は自転車を乗るよりも遙かに危ない。
自転車に乗っているときに転んでも擦り傷程度で済むが、箒から落ちたらもっと酷いことになりかねない。
「いいぞ」
「本当ですか? じゃあ、確か地下室に箒があったと思うので取ってくるです」
目を輝かせて出て行こうとするゆえに、手を叩く。
ゆえはぴたっとその場に止まり、ぎこちない動作でこちらを振り向いた。
そのままゆっくりとした足取りで、俺の目の前に歩いてくる。
「ただいきなり箒ってのはいけない。
他のもので空を飛ぶ感覚、というものに少し慣れてからじゃないと危ないからな」
「……どういうことですか?
もしや、今、ソファーに寝ころんでいる春原さんにまたがって空を飛ぶ感覚を身につける、とか、そんな馬鹿なことは言わないですよね?」
「察しのいい子は好きだが、ノリの悪い子は嫌いだな」
何を隠そう、俺は今、欲求不満状態なのだ。
このかとせつなと遊んでいたわけだが、二人にあわせる形だったため、到底満足できなかった。
なので、のどかとゆえで中途半端に盛り上がった性欲を解消すべくやってきた。
のどかはゆえとは違って文句一つ言わず、すすすっと近寄ってきたかと思うと、そっと口づけをねだってきた。
俺はそれを拒むことなく、そっと受け入れる。
のどかの熱い息が顔にふうっと吹きかかり、どことなく甘い匂いが鼻をくすぐる。
控えめな桃色の唇が、俺の唇に触れたかと思うと、ぬるりとした何かが口の中に入ってきた。
それは俺の歯茎をなぞり、歯と歯の間に割り言って、俺の舌にからみついてきた。
「あっ、のどか、ずるいです」
ゆえが何か文句をぶーたれているが、今はのどかだ。
別にエドのいにっきで誘導したわけではないのだが、のどかとゆえは何故かキスが好きだ。
行為の始まる前には大抵キスをねだり、最中に最も高ぶったときは可能であればキスをねだり、事後にも執拗にもねだってくる。
この前、なんとなく分析してみたのだが、口内に殊更強い性感帯があるわけでもなく、ちょっとした不思議に思っている。
ゆえもこの後キスをねだるのか、と思いきや、ズボンのファスナーをおろされた。
さっきまでせつなに収まっていた体の部位が露出し、何か暖かいものに包まれる。
このかやせつなとは比べものにならないくらいの技能によって、今、口の中にあるものと同じ感触のものがはい回っているのを感じた。
のどかが僅かにゆえに嫉妬した。
自分はゆえに先んじてキスをしたというのに、ゆえに先んざられるとそれはそれで嫉妬する、というのは理不尽な気がしないでもないが、よくよく考えてみると、そのことで理不尽さを感じるのはゆえであり、俺じゃないことに気が付いた。
だったら、俺としてはその理不尽さをかわいらしさに変換することも可能なわけだ。
のどかの心情を読むことは、エドのいにっきを出していない現状では不可能だが、大体はわかる。
ゆえに大好物を先に取られたことに対して、リアクションを起こそうとしているのだが、今現在、他の好物を堪能している最中であり、それから口を離すのは惜しい。
イソップ物語で、肉をくわえた犬が橋の上から水面に映る自分がくわえている肉を欲しがる話がある。
それによく似た状態だ。
となると先の展開は少しは見えてくる。
犬は結局、水面に映る肉を欲しがって、ワンと吼え、そのせいで自分のくわえていた肉を落としてしまうのだ。
なので、のどかは口を離し、ゆえがついばんでいるものの方に動く……。
が、そうとわかっていて、そういった展開にはなりえなかった。
イソップ物語とは違って、犬が肉をくわえるだけではなく、肉の方も犬をくわえていたからだ。
「んんッ!」
顔を引こうとしたのどかがうろたえる。
のどかが俺の口の中で好き勝手に暴れさせていた舌を、俺は前歯でちょんとつまんでいたからだ。
無理に引っ張れば痛みが走り、そのままでいると俗に言う甘噛みという、のどかを恍惚な状態に陥れる麻薬のようなものがもたらされる。
そんな状態で、のどかがキスをやめられるだろうか。否。
やがて、とろとろに溶けて、多少なりとも肉体的反射の域を出ない抵抗も無くなった。
下半身の方からは、じゅっじゅと激しい音がゆえの切ない息づかいとともに聞こえてくる。
さっきまでの欲求不満からくる、わずかな情緒不安定も消え、非常にリラックスしてきたのが自分でもわかる。
のどかの格好は、健全な男であれば劣情を催すものだった。
俺がこの水晶球に入ってきたときの学生服である、ワイシャツを素肌に纏い、下半身は下着のみというあられもない格好だ。
ゆえも俺が着ていたワイシャツを着たいなどと言ったが、せつな及びのどか捕獲作戦時に、未だわずかな罪悪感と俺の些細な悪戯心によってつけさせられていたおむつの違和感によって、働きがイマイチだったゆえよりもよく働いた、ということのご褒美としてのどかに与えたのだ。
ただゆえの方は、働きに応じてご褒美が貰えると聞いて、せつなに最初聞かせた『このかが海外の組織に奴隷として売られていく』というシチュエーションのリアリティなどのアドバイスにおいて八面六臂の活躍を見せたため、学生服の上着とズボンを貸してやった。
これまた素肌に直接着るという劣情を催すものだ。
個人的な嗜好になるが、元々男女の差がある上に、体が小さいゆえが着ているもんだから、余ってしまった手足の丈がなんとなく、『イイ』
……。
ということは、今フェラチオさせている状態で迂闊にだしてしまったら、俺の制服に引っかかる可能性があるのか。
やばいやばい、気をつけて出さないと、後々嫌な気分になるところだった。
濃密すぎるディープキッスの最中、悪戯心が起きないわけではない。
さっきまで我慢に我慢を重ねる状態にあったわけだから、気心の知れた……というのは少し変な気もするが、慣れた二人組に対して計算をしない好き勝手な行動をとっても罰が当たるわけではあるまい。
そろそろと手を延ばし、未だキスから逃れられず半ば腰砕け状態にあるのどかの下着に手を突っ込む。
汗で濡れた肌と尾てい骨の感触を味わうようにじわじわと手を滑らせ、最初に到達したすぼまりを指で2、3度つつく。
途端にのどかがふにゃふにゃとくずおれる。
流石に舌が抜け、キスの状態が解除された。
「ひゃふ……」
顎を動かすことすらできなくなるほど、腰砕けになったのどかの頭を撫でてやりながら、上半身を起こす。
ゆえは、必死の表情を浮かべながら、だぼだぼの上着はだけ、同じく丈余りなズボンを膝まで落としながら、片手でくちゅくちゅやっている。
このままけっ飛ばしてやったらどんな声を上げるんだろうか、というイケナイ好奇心がむくむくとわき上がってきたが、下手すると噛まれる可能性があるので自重した。
このかとせつなは、俺がいなくなったことによって、麻薬が切れたジャンキーみたいに活力を失っていく。
俺がいたときに感じられた無限とも感じられる快楽の泉が切れ、数時間後にはぐったりとしているだろう。
なので、あの部屋にもう一度戻る時間を設定しているのだが……。
「春原……さぁん……」
腰砕け状態でもなんとしてでも俺の寵愛を受けようと頑張ってすがりついてきたのどかの頭を抱いてやって考えた。
ま、予定時間より二時間……いや、三時間遅れくらいなら、誤差の範囲内だよな。