エヴァ編 第2話

「も、もう少し小さくできないのかっ!」

 さっきまでは勃たせろと言っていたのに、いざ事に及ぶという段になったらこれだ。
 瞼の上に出来た青タンを氷袋で冷やしながら、俺はうんざりしていた。

 目の前には全裸のエヴァンジェリン。
 確かに美しいと言えば美しい肢体を持ってはいるものの、起伏があまりなく性的にそそられることはない。
 つまり、俺の好みではない。

 それでも閨を共にすることになってしまったのは苦痛でしかない。

 

 心臓に呪印を刻むことによって、エヴァンジェリンの首に首輪を付けることになった。
 俺は超から茶々丸を介して与えられた指示通りに、呪術の手順を踏んだわけだが……。

 あのアマは、俺をどうやってでも引き込みたいらしい。

 エヴァンジェリンの心臓に、拘束と服従の意味の呪印の他に恋慕のサインまで加えていた。
 だから、エヴァンジェリンに好かれ、俺のことを伴侶にするだのなんだのを言い始める始末。

 非常に腹立たしいことだが、うまいこと考えているもんだ、と思った。
 いくら強力な呪いだと言えど、エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼、つまり圧倒的な力を持っている。
 いざというときに呪いを脱して反旗を翻す可能性がないわけじゃない。
 そこで恋慕の感情を抱かせて、愛しの俺が「お願い」という形で命令を下すことによって、精神的な反発を避けている。

 ここまでは、俺もよくやる戦略だ。
 恋愛感情というものは効率よく用いれば、非常に有用な武器であり、一般人ですらそれを利用している人間がいる。
 超の仕掛けのキモは、その感情を俺に向かせているところだ。

 エヴァンジェリンを篭絡した後、次の問題は俺の存在だろう。
 俺だって完全な無力なわけではなく、諜報技術もあるので、裏をかいて裏切る可能性は無視できないだろう。
 良くも悪くもエヴァンジェリンは非常に目立つ存在だ。
 エヴァンジェリンにまとわりつかれると、裏工作もしにくくなる。

 かといって、邪魔だ、とエヴァンジェリンをはねのけることもできない。
 なんせ、相手は俺よりも遙かに強いヤツだ。
 力で対抗しようと思っても、相手の方が力は上。
 更に言うと、つれない態度を取ったところで凹むような相手でもない。

 拷問された後、魔力を大量に使う呪術を行い、その後また拷問のごとき修行を無理矢理やらされ、俺はもう疲労困憊だ。
 ベッドで眠りたいと思った矢先、エヴァンジェリンに首根っこ掴まれて裸に剥かれた。

 男らしいというよりか、まるで強姦魔のような振る舞いのエヴァンジェリンだったが、さて、いざことに及ぶ、というときになっていきなり二の足を踏み始め た。
 疲れ過ぎて勃たない、と言うと茶々丸が用意した毒々しい緑色の液体を無理矢理飲まされ、活力を全て下半身に集めたかごとく猛っている。

 うだうだ言っていてもしょうがないので、俺も覚悟を決めた。
 が、エヴァンジェリンは直前になって怖じ気づいたようだ。

 一体何に怖じ気づいたって?
 さあ? そんなこと、俺の知ったこっちゃないね。

 

「やるならとっととやってくれ」

 犯す方を専門としてやっている身としては、犯されることに対して屈辱的に思う。
 ただ、相手はエヴァンジェリンであり、到底俺の敵う相手でもない。
 恐らくは、超も俺とエヴァンジェリンが肉体関係を持つことを期待しているだろうし、俺に打てる手だてはない。

「だ、だったら、もう少し小さくしろ。なんなんだ、この大きさは」

 自分的には標準より大きいとは思っているが、異常な大きさなわけではない。
 小柄な綾瀬夕映でも多少キツさを感じるものの、十分入る。

「別に、問題ないだろ」
「問題大ありだ! こんなものを入れたら、裂けてしまうだろうが!」

 いくら体が小さかろうと、裂けることはないだろうに。
 それに、裂けたからどうだという話だ。
 エヴァンジェリンは腹に穴が空いたとしても、うめき声一つ出さないという報告もある。

「初心なねんねじゃあるまいし」
「うるさいっ! いいから、とっとと小さくしろ!」
「小さくしろ、と言われてもな」

 変な薬を飲まされてから一向に萎えることはない。
 そもそも萎えたら、性行為を行うことが出来ないんじゃないか、と思う。

「マスター、恐らく両者に致命的な認識の違いがあるのではないでしょうか?」
「致命的な認識の違い?」
「そうです、エヴァンジェリンさん」

 茶々丸が口を開いた。
 寝室の入り口で待機して、肩にチャチャゼロを乗せている。

「マスターは恐らくエヴァンジェリンさんを経験豊富な女性だと認識しているのではないでしょうか?」
「実際、そうじゃないのか?」

 超の工作によって、今の茶々丸の主人は俺ということになっている。
 マスターという呼ばれ方に別段違和感はない。
 のどかやゆえに対して伊達にご主人様と呼ばせていたわけじゃないからだ。

「そ、そんなわけあるか! は、初めてだ!」
「初めて?」

 それも妙な話だ。
 エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼。
 詳しい年齢は知らないが、1337年に勃発した百年戦争には存在が確認されているから七百才程度だという説が有力だ。
 となると……。

「蜘蛛の巣張ってるってレベルじゃないな」
「仕方ないだろう! 私はこんな体なんだから!」

 エヴァンジェリンは薄い胸に手を当て、俺を睨んできた。
 確かに、俺がエヴァンジェリンを抱きたくない理由の一つの通り、幼すぎる体、というのは彼女にとってネックだったろう。
 十才の体は、特殊性癖持ちでなければ色々と辛かろう。

 それだとしても、だ。
 やっぱり、初めて、というのは……。
 性格に難あり、といえば大いに難ありなわけだが。

「確か、二つ名で『淫婦』だのなんだのとか言われてなかったか?」
「勝手なイメージでつけられたものだ、それは!」
「村落のいたいけな少年の童貞を食い散らかしたという伝説が……」
「根も葉もないでたらめだ、そんなもの!」

 衝撃の新事実といえばその通りだが、そんな衝撃の新事実なんて知りたくなかった。
 今現在俺を取り巻くこのシチュエーションでは特に。

「わかった。仮に処女だったとして……」
「『仮に』はいらん」
「……有史以来、最長記録を保持して、今も尚更新し続けている彼氏いない歴=年齢のエヴァンジェリンにとって……」
「殺すぞ、貴様」

 殺せるものなら殺してみろ、という台詞が喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。
 まがりなりにも呪いがかけられているから殺されることはないだろうが、自分の体に降りかかっている油に火を付けることを趣味にはしていない。

「何をそんなに躊躇しているんだ?
 真祖の吸血鬼として長い年月を生きてきて、痛い目なんて何度もあってきただろ?」
「自分の体にナイフを突き立てられたことがあったとして、貴様は自分の体に自分で針を突き刺すことに戸惑わないのか?」

 女々しいやつだな、と言いかけたが、これも飲み下した。
 無理矢理襲っといて、直前でもたもたされると、こちらの胃も痛むというのに。

「とにかく、ヤるかヤらないのか、早く決めてくれ。ヤらないのなら、帰る!」
「ヤるに決まっているだろうが!」
「だったら、早くやれ」
「ぐぬぬ……貴様、さっきから聞いていれば好き放題言って。
 少しはムードというものを考えたらどうなんだ? 私の初めてなんだぞ!」

 エヴァンジェリンの口からムードと言う言葉が出てくるのも衝撃だし、自分で無理矢理俺を引きずってベッドに放り込んだくせして、ムードを大切にしろ、と いうことも理不尽に感じるし、俺はもうどこからどうツッコミを入れればいいのかよくわからない。
 殺されない限り、滅多なことで凹むことはない精神力を持っていると自負しているが、今日はもうへとへとだ。
 もう好きにしてくれ、とふてくさりたくなる。

「じゃあ、どういうのがお好みなんだ? 言ってみろ」
「う……」

 ムードとか言ってみたものの、それほど具体的なイメージは持っていなかったらしい。
 俺が態度を改めて聞くと、エヴァンジェリンは少したじろぎ、視線を泳がせる。

「そ、そうだな。貴様は男なんだから、もう少し優しくリードするとかだな……」

 意外と乙女らしいことを言うな、と思ったが、よくよく考えたら、正真正銘の処女『オトメ』だった。
 今でもにわかに信じがたいが、エヴァンジェリンが俺にこんな嘘くさい嘘をつく理由が見あたらないので、多分本当なんだろう。

 まあ、とにかく、エヴァンジェリンがそれを望んでいるというのならば、くれてやるのが得策だろう。
 好感を少しでも得られれば、万が一というときに見逃がしてくれる、とまで言わないが、手心は加えてくれるかもしれない。

 だらけていた体勢を正し、ぴっと背筋を伸ばす。
 それでいて体の筋肉から力を少し抜き、自然体を保つ。

 エヴァンジェリンは唐突に動いた俺に、少し驚いた。
 その隙を見逃さないように、顔をエヴァンジェリンに近づける。
 もちろん、このとき、俺の顔はエヴァンジェリンより高い位置にする。
 エヴァンジェリンが俺を見返すときには、常に少し見上げなければいけない状態にする。

 エヴァンジェリンは俺のことを『頼れる存在』であることを求めた。
 『頼れる存在』というものは、見下げるものではなく、常に見上げる位置に存在すべきだ。
 ただ単に姿勢を正しただけで、効果も微々たるものだが、どんな実績も積み上げなければ山にはならない。

「な、なんだ……調子に乗るな」

 どういう意図を持って『調子に乗るな』という発言が出たのか気になる。
 大方の予想だと、急に雰囲気が変わった事に対する牽制だろう。

 いかにエヴァンジェリンと言えど、今は自分の感情を完全にコントロール下における状態ではないことが予想される。
 だから、俺みたいな小物が雰囲気を変えただけで、驚くところがあったんだろう。
 彼女本人は、自分が些細なことで驚いた、ということを俺に知られたくなく、その動揺を隠すために威嚇じみたことを言ったんだと、俺は推測した。

 その推測が当たっているにしろ、外れているにしろ、俺がこれからの行動に変更はない。
 右手の人差し指でそっとエヴァンジェリンの頬に触れ、中指も加えてすっと耳まで移動させる。
 途中でエヴァンジェリンの流れるような金髪が指に引っかかる。
 カーテンを引くように、髪の毛を押しながら、エヴァンジェリンの耳の裏に触れた。

 耳の上から入って裏を通り、下に抜けると、指にひっかかっていた髪の毛は耳の裏に引っかかった。
 髪の毛に隠れていた、左の頬付近の肌が露出し、ついで左耳も俺の目に映っている。

 指はそのまま頭蓋骨の境目をなぞるように下に降りて、途中で首の真ん中を通って首の裏へと到達した。
 人差し指と中指を九十度回転させ、指の腹が首の裏の真ん中に触れるようにする。

 性に意外と臆病なエヴァンジェリンでも、俺の意図がなんなのかわかったようだった。
 が、首の裏に手を置かれたことに一瞬の隙を作ってしまっていた。
 俺にとってはその一瞬だけで事足りる。

 ぐいと引き寄せ、口を合わせる。
 エヴァンジェリンは抵抗をしてきた。

 もはや、エヴァンジェリンが抵抗してくることに対して考えるのはやめにした。
 リードしてほしい、と言っておきながら、リードされると途端に逃げ腰になる。
 論理性が見られない行為だが、俺にとっては見慣れた光景でもある。
 女というのは口と頭が違う生き物だが、真祖の吸血鬼もそれから外れるようなことはなかっただけか。

 エヴァンジェリンは俺の舌に対して、歯を食いしばるという方法で対抗してきた。
 それならそれで、歯茎をなぞるだけだ。
 食いしばるのは、消極的な防御手段だ。

「ん……んんっ……」

 歯茎を舐められるだけでもエヴァンジェリンは何か感じるところがあるようで、首を左右に振ろうとするが、こちらはがっちり頭を固定している。
 俺の体を引きはがそうとしているが、俺の肩を掴もうとしたエヴァンジェリンの右手はこちらの左手で封じてある。
 左手が俺の脇腹をぐいぐいと押しているが、残念ながら俺が脇腹に少々の痛みを感じるのと、エヴァンジェリンの体が少し浮くだけの結果に終わっており、引 きはがすことはできていないでいる。

 驚いたことに、エヴァンジェリンはこういう状況では雰囲気にものすごい勢いで飲まれるタイプらしい。
 以前、エヴァンジェリンが俺に向かってキスをしてきたときに、信じられないテクニックでもって俺を翻弄してきた。
 けれども、今回のキスは、びっくりするほど受け身だった。
 歯ぐきをなぞられただけで、びくびくと震え、今はうっすらと目に涙すら浮かべている。

 かつてのエヴァンジェリンの姿はどこへやら。
 今に至っては、強姦魔に震える少女以上のものは見えない。
 攻撃と防御の値がアンバランスすぎる。
 攻めになると、とても手ごわい敵なんだろうが、精神的な揺さぶりをかけて守りに入らせると、途端に腰砕けになるようだ。

 キスが終わった後、エヴァンジェリンは俺の顔を睨んでいた。
 恐らくは俺の顔を張り倒したいと思っているんだろうが、それはしなかった。
 心の中で理性と感情とプライドが三つ巴戦をして、思うように動けないんだろう。
 エヴァンジェリンがそんなに不甲斐ない状態であるのならば、現在は俺の独壇場だと思っていい。

 鬼だ、悪魔の権化だ、と思っていたエヴァンジェリンは俺の思っている以上に遙かに普通の女に近かった。
 膨大な戦闘能力と、長い年月を生きていた経験と、それに付随するプライドがついているが、それを除くとライチの実のような白く柔らかい肉が隠れている。

 時折、見かけ相応というべきか、若い人間の娘が見せる反応が垣間見えている。
 もちろん、そういうのは飽くまで色事に関してのことだけであり、戦闘やら何やらでも同様に見られるものかと言われると少し違うような気もする。

「き、きひゃま……ちょうしにのるらろ」

 呂律が回っていない声に、思わず軽く吹き出してしまった。
 よくよく見ると、俺がさっき露出させたエヴァンジェリンの右耳が、上から下まで余すところなく真っ赤に染まっている。
 熟したトマトのようになったそれを見られていることに気がついたのか、エヴァンジェリンは咄嗟に自分の手で耳を隠した。

 耳が赤いのを見られて恥ずかしい、と思うとは、少し面白く思えてきた。
 俺がそんなことを考えているのに気付いたのか、エヴァンジェリンは俺を睨みつけてきた。
 今となってはそんな視線も何も怖くない。

 肉体の成長が十歳程度で止まっている相手、というのは流石に初めてだが、性的な経験に初心な少女を誑かすのは大の得意だ。

「大丈夫、俺に任せてくれ」

 エヴァンジェリンも意欲は持っている。
 ただ、未知の体験についつい二の足を踏んでしまうんだろう。
 リードされること自体は、彼女自身の口からも出た通り、望んでいるはずだ。
 軽く肩を抱いて、背中をぽんぽんと叩いてやると、エヴァンジェリンはかすかに気を緩めたようだった。
 なんだかんだいって、肌と肌の接触はエヴァンジェリンの望むところらしい。
 思春期の男女の交際のような、お互いがお互いを傷つけないように、おっかなびっくり距離を測りながら近づく行為を求めている。
 とはいえ、そんなまどろっこしいことをしてはいられない。

 

 今回の性交渉は、最初は俺にとってあまり気が進まない行為だった。
 ただ、今になって少しずつやる気が出てきている。

 エヴァンジェリンの内面を僅かであれども垣間見ることができたからだ。
 戦闘能力は高く、気が遠くなるほどの経験を積み、高い知識と知恵を持ってはいるものの、エヴァンジェリンは決して、精神的な弱点を一切持たない超人では ない。
 むしろ、俺の得意としている分野においては、俺の方が圧倒的なリードを得ていることに気がついた。

 もちろん、普通の状態であれば、俺が何をしようとも、ただ単に殺されて終わりだったろう。
 ただ、今は呪印の力によって、精神の掌握が可能な状態になっている。
 超のお膳立てなのが気に食わないが、それにさえ目をつぶれば、エヴァンジェリンを俺個人の手駒にするまたとない機会だ。

「ひゃんっ!」

 こっそり、エヴァンジェリンの膝裏に手を差し込み、体を離すと同時にエヴァンジェリンの体をひっくり返した。
 かわいい声をあげたことからもわかるように、不意を突かれた形になったので、いともたやすくエヴァンジェリンは後ろに転がった。

 俺がひざ裏をつかんで広げさせたので、エヴァンジェリンの毛の一本もない筋が俺の眼前に露わになった。

「にゃっ、な、にゃ、にゃにをしゅるっ!」

 こいつ本当にエヴァンジェリンか? と思えるような台詞を吐いて、エヴァンジェリンは必死に手で秘部を隠した。
 攻めは強いが、守りに入ると途端に弱くなる、というのはどうやらキス以外でも再現性があることが確認された。

 重力に従って前髪も横に垂れ、エヴァンジェリンの顔が見える。
 無様にひっくり返されて、まじまじと秘裂を見られたことに照れているのか、顔は真っ赤だ。

 さっきまで全裸で仁王立ちしていたくせに、なんで今更恥ずかしがるのか。
 と思ったが、ひょっとしたらさっきも内心恥ずかしさを感じていたのかも知れない。
 主導権を握るべく、それを感じさせない振る舞いをしていただけであって。

 残念ながらパクティオーカードは没収されたままで、心が読めるエドのいにっきは使えない。
 返してくれ、と言ったところで素直に返してくれるとも思えない。
 更に、実際エドのいにっきを使ったとして、エヴァンジェリンに通用するかどうかもわからない。

 

 エヴァンジェリンの指をぺろぺろと舐める。
 出来ることならば、秘裂をダイレクトに舐めたかったが、手で隠してしまっているのだからしょうがない。

「な、舐めるなっ! そんなとこ!」

 首が下になっているせいか、呂律がちゃんと回るようになったようだ。
 やめろとか、変態とか罵られたが、別に俺は気にしない。
 というか、エヴァンジェリンだって、相当ほぐしておかないとただ痛いだけだと思うのだが、そこらへんがわかっていないのか、それとも判断できる状態では ないのか。
 ローションなどの類を用意している気配もないし。

 ぺろぺろと指を舐め続けていると、エヴァンジェリンは少しとろんとしてきた。
 頭に血が上ったのか、はたまた心臓の呪いのせいかは俺は知らないが、恍惚状態に入りかけているようだ。

 ふやけるまで舐めた指の力が少しずつ緩んでいって、指の隙間に舌が入り込めるようになる。
 舌が指の隙間に入り込むと、また新しい場所が舐められて、更に指の力が緩んでいく。
 エヴァンジェリンの口から漏れ出る声も、驚きよりも恍惚の色の割合が大きくなっているのがわかる。

 やがて、舌がガードしていた手を貫通した。
 指の隙間にぬるぬると入り込み、塩気を帯びた粘膜に触れた感触があった。
 エヴァンジェリンは一際大きな嬌声を上げ、ぶらんぶらんと揺れていた足をつま先までピンと伸ばしている。
 舌が入り込んでいる指が閉じられたが、一旦入り込んだ舌を追い出すにまでは至っていない。

「やめ、やめろぉ……」

 かわいそうに思えるくらい意味のない言葉を吐く。
 目からは涙を流し、必死にイヤイヤと顔を左右に振って抵抗している。

 到底信じられないことだが、心を覆う硬い皮を剥いた状態の、むき出しのエヴァンジェリンはこの姿だ。
 その小さな肉体と同じように、精神もまた幼く、脆く、感情の抑制が苦手。
 心の中は恐怖と戸惑いで一杯だろう。

 秘裂を覆い隠していた手を引き剥がし、むき出しになった部位を舌で舐める。
 すると、エヴァンジェリンはびくびくとぐずりだし、特に抵抗らしい抵抗すらせずになされるがままになっている。

 

 五分ほどクンニリングスを継続すると、エヴァンジェリンはもう動きを最低限にしていた。
 息も絶え絶えで、ぐったりと体を重力に任せている。

 体を横たえてやっても特に大きな反応はしない。
 ただ、少し熱く湿った息を吐いていた。
 どこか虚ろな瞳で、虚空を見つめるエヴァンジェリンに、俺はそっと覆い被さった。

 位置を合わせると、寝転ぶエヴァンジェリンの顔が、俺の胸の下あたりにあった。
 身長差があるのは知っていたが、いざ目の前にすると、中々来るものがある。

 

 ずぐり、という音がしたような気がする。
 エヴァンジェリンは途端に飛び起きて、俺の体にしがみついてきた。
 背中に爪を立てて、かなり深い傷を付けてきた。
 皮膚の表面どころか、筋肉すら貫通する爪を感じつつも、ぐっと声を出すのを耐える。

「痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い、痛ぃぃぃ!!!」

 エヴァンジェリンがわめき散らす。
 子供特有のキンキン声がとても癇に障る。

 痛いのはもちろんエヴァンジェリンだけではない。
 背中に、長さ数センチの爪が突き刺さっているのもそうだが、エヴァンジェリンの体が小さいせいで、締め付けが強すぎて痛い。
 とはいえ、俺が痛い痛いと言ってもしょうがない。
 動かずとも、エヴァンジェリンはかなり痛いみたいで、体にしがみついて、俺の動きを封じている。

 結局、二分間、特に何もできないまま、我慢出来なくなったエヴァンジェリンに蹴飛ばされて離れた。

 

「大丈夫ですか?」
「背中の傷は、手が回らなくて治癒魔法がかけられないから、完全に治癒できない。
 深い部位は前から治癒したけど、どうやら出血が止められないみたいだから、止血してくれ」
「わかりました」

 茶々丸が声をかけてきたので、背中の傷を頼んだ。
 胸の方から体を貫通するように治癒魔法を使ったが、傷の深い部位は治癒できても、表面の傷は消せなかった。

 茶々丸がエヴァンジェリンの爪でつけられた傷に、何かをしゅっと吹きかけた。
 すると、痛みが嘘のように消えた。
 恐らく、表面的な怪我も治っているんだろう。

 魔力は感じられなかったので、魔法ではないだろう。
 魔法でないとなると、いわゆる超科学というやつか。

 エヴァンジェリンは、股間に手を当て、尻を上げて、うつむせに倒れている。
 枕に顔を埋め、痛い、痛い、とつぶやいている。

 

 この姿を見て、少し不思議に思う。

 エヴァンジェリンは不死の吸血鬼だ。
 数えきれないほどの修羅場を潜りぬけ、圧倒的な力を持っているものの、存在の消滅に瀕するようなことは何度もあったはず。
 むしろ、吸血鬼の不死性がある分、たかだか薄い膜を破られただけの痛みでこんなに悶えることがあるのだろうか?

 いかに初めてと言えど、ここまで痛みを感じているのにはなんだか不思議に思える。

「……まあ、しばらく動けない、ってことを利用しないとな。
 茶々丸、俺のパクティオーカードを持ってきてくれないか?」
「かしこまりました」

 今、茶々丸のコントロールは俺が掌握している。
 普段、これを使えないのはただ単にエヴァンジェリンの監視があるからに過ぎない。

 エヴァンジェリンが枕を濡らして、痛みに悶えている今なら、問題ないだろう。
 俺の声も聞こえていないらしく、エヴァンジェリンは茶々丸の動きを止めようともしなかった。

 やがて、茶々丸はパクティオーカードを持ってきた。
 受け取り、そのままエドのいにっきを取り出す。

「……ん?」

 エドのいにっきに変な文字が混じっていた。
 今まで見たことがない。

 エドのいにっきは、言語を表示するのではなく、人の感情や思考というものを読み取って、それを言語化する。
 そのため、日本語以外で思考する人間でも、エドのいにっきは日本語で表示する。

 一応、規則性の見られる文字の羅列なので、言語のように見える。
 と、そこまで思って、顔を見上げたら、茶々丸が俺のことを訝しげに見ていた。

 なるほど、こいつがいたか。
 ロボットに感情なんてものがあるとは知らなかったが、確かに魔力を動力源にして動いているのなら、ありうる話だ。

 本人に読ませてみれば、何かわかるかもしれない。
 が、今はエヴァンジェリンを相手にしないといけない。

「何をいれるべきかな?」

 基本的に、エヴァンジェリンは俺よりも遥かに魔力を持っている。
 こういった暗示系統に対しても、とても高い抵抗力をあり、いかに高い洗脳レベルでの暗示を与えても、打ち破られる可能性が高い。
 となると、非常に高度で精度の高い複雑な暗示が効果的ではある。
 が、今は時間があまりなく、下手に細工するよりも、より分かりやすく、より簡単な暗示の方がいいかもしれない。

 股間に手を当て、七転八倒しているエヴァンジェリンを見る。

 今回、少しエヴァンジェリンという存在を理解できたような気がする。
 少なくとも、闇の福音だの悪しき音信だのという二つ名に、ただただ恐れていただけの頃よりかはわかった。

 『恋慕』の呪印があるせいなのかはわからないが、なんだかんだ言ってエヴァンジェリンは肉体の交わりを求めていた。
 性的なものかどうかはともかくとして、触れ合いを求めていることは確かだった。
 となると、暗示もそれに沿ったものの方がいいだろう。

 幸いにして、エヴァンジェリンとの間のコネクトはかなり高感度だった。
 これなら、かなり高いレベルの暗示を付けられるだろう。

 

 適当な暗示を埋めこむと、エヴァンジェリンがぐずるのをやめた。
 痛覚をカットしたのだから、当然といえば当然だ。

 エヴァンジェリンはむくりと起き上がり、さっきまで痛がっていた姿はどこへやら。
 立ち上がって、まだ座っている俺を見下ろした。

「おい、貴様」
「ん、何だ?」

 まだ目が赤いが、それぐらいしか、さっきまで泣いていた跡を見せない。
 負けず嫌いというか、主導権を握りたがるタイプなんだろう。

「誤解するなよ。私にとって破瓜の痛みは通常の痛みとは別だ」
「そうだろうな、あんなに痛がってたみたいだし」
「そうじゃないと言っている! 私は、真祖の吸血鬼だ。
 この肉体は永遠不変で、成長することもなく、変化することもない。
 だが、例外はある」

 それが破瓜ってことか。
 確かに、処女か非処女か、というのは魔術的に非常に意味のある事項だ。
 いくら肉体が変わらない真祖の吸血鬼と言えど、処女から非処女になる経過だけは変化として受け入れたわけか。

「いくらこの体を害したところで、私はさしたる痛みを感じることはない。
 そもそも痛みなどというものは、生物が死というものを忌避するために感じるようになったものだ。
 不死である私にとって、さして必要なものでもないからな。
 が、肉体の変化を伴う行為には、痛みが吸血鬼になる前の肉体と同じように走る」

 なるほど、それで合点がいった。
 確かに、エヴァンジェリンの言葉はもっともだ。

 処女がそれだけ知っていた、というのは、いわゆる耳年増というやつなんだろうか?
 エヴァンジェリンの場合は、肉体的な年齢と精神的な年齢とが乖離しすぎる上、厄介な呪いじみた制約が絡み付いているわけだから、早々に耳年増と断ずるの は早計のような気もしないわけでもない。

「だ、だから、私を一方的に丸め込んだ、などという誤解はするなよ!
 いかに呪印によって縛られているとはいえ、貴様は下、私は上だ!」

 エヴァンジェリンに突き飛ばされた。
 ベッドの上に仰向けに倒され、起きようとしても、胸を足で踏まれて起きれない。

 ちょうどさっきの位置関係とは反対の状況にある。

「もうようやく、私の肉体は破瓜という変化を受け入れた。
 痛みは消え、今や私は完全無欠の状態になった。性的な意味でな」
「え、いや、それは……」

 痛みが消えたのは、変化を受け入れたんじゃなくて、俺のエドのいにっきの暗示のせいだ。
 どうも勘違いしているみたいなので、訂正しようと思ったのだが、それは当のエヴァンジェリン本人に遮られた。

「どうせ貴様は私のことを、性的な面ではただの小娘などと侮っていたんだろう?
 先程は不覚を取り、貴様に犯されてしまったが、これからはそんなことは許さない。
 変化を受け入れた、私は無敵だ」

 なんだかエヴァンジェリンの目が据わっている。
 余程、さっきの醜態を晒したのが悔しかったのか。
 少し引いてしまうほど、必死な様子が伝わってきた。
 あわよくば、さっき見せた痴態の埋め合わせ、名誉挽回をしようとしている意気込みが感じられる。

「今度は、私が、貴様を犯してやる。
 泣き叫んでも無駄だ、精も根も尽きたとしても、吸い尽くしてやる」

 まだ足ががに股で、膝が少し震えているのはご愛嬌だろう。
 わざわざ指摘して辱めてやるのも面白そうだが、そうすると烈火のごとく怒り出しそうだから見なかったことにしよう。

 ただ俺が苦笑している雰囲気は察せられたのか、エヴァンジェリンは機嫌を悪くしていた。
 直そうとしてはいるのだろうが、未だがに股の足を俺の腰の横に置き、恥ずかしがりながらも豪胆を気取って隠さない秘裂を俺のモノの真上に置いた。

「そう笑っていられるのも今のうちだ。後で泣いて謝ったって許してやらないからな!」

 恐らくは俺を犯そうとしているらしい。
 痛みが消えた分、真祖の吸血鬼としての体力と魔力、あと持ち前の学習能力の高さで俺を圧倒できると思っているらしい。

 別にセックスの分野で負けるつもりはない。
 例え、エヴァンジェリンが大天才であったとしても、俺にはエドのいにっきという武器があ……る……。

 あ、しまった。
 忘れていた。

「ちょ、ちょっと待て、エヴァンジェリン!」
「今になってようやく怖気付いたか、だが、もう遅いぞ」

 エドのいにっきでエヴァンジェリンにかけた暗示は、とてもシンプルなものだった。
 性的快感を限界まで引き上げるものだ。

 真祖の吸血鬼の魔力、体力、精神力を鑑みて、人間には決してかけられないような、非常に高い快楽が出るように調整してある。
 最初は軽いタッチから初めて、反応を見つつ快楽レベルを下げていくつもりだったんだが、今は人間であれば一瞬で精神が崩壊しかねないレベルだ。
 これはいくらエヴァンジェリンでもちょっとヤバいかもしれない。
 精神が崩壊することはまずないだろうが、致命的な後遺症を与えてしまうことは十分にある。

 肉体(処女膜は除く)は再生したとしても、精神が傷ついたときに再び再生するかどうかは未知だ。

「違うって、このままじゃお前の方にも害が及ぶかも知れないんだ」
「ふん、私を侮るな。貴様に忠告される必要なんぞない」

 エヴァンジェリンは人の話を聞かないタイプだった。
 今までは、長い経験で人の話を聞かずともなんとかなったんだろうが、今回は状況が違う。

 これが他のやつだったら、人の話を聞かずに勝手に突っ込んで自爆しただけだろ、と言ってすませられるが、相手はよくも悪くもエヴァンジェリンだ。
 絶対、後で恨み節で嫌なことを言われたり、されたりするに違いない。

 それは果てしなく嫌だなあ、というわけで説得するんだが、説得が成功するかどうかではなく、そもそも話を聞いてもらえない。
 なんだか、俺が何かを言えば言うほど、エヴァンジェリンは自分が侮られていると誤解して暴走し始める。

「さあ、私に屈服しろ」

 ぐっとエヴァンジェリンが俺のモノを掴み、自分の部位にくっつけた。
 強がって入るものの、まだ恥ずかしいことは恥ずかしいらしく、顔を真赤にしている。
 感度があげられている、ということに気づいてくれ、と心の中で祈っているが、その祈りも虚しいものになった。

 ぐぐり、と狭い輪の中に一気に入った感触があった。

 俺は盛大に小便をひっかけられ、のけぞること無くぶっ倒れてきたせいで頭突きを顎に食らった。
 エヴァンジェリンは俺の上に乗りながら、びくんびくんと震え、素っ頓狂な悲鳴をあげたまま。

 そんな状態のままで何分経過したのか。
 そう長い時間でもなかったが、五分以上は少なくとも経過している気がする。

 エヴァンジェリンはなるべく腰を動かさないように、肘から先を動かした。
 恐らくは肘を突っ張って体を起こそうとしているのだろう。

 俺の予想通り、エヴァンジェリンは床に手を突っ張って、わずかに上体を起こした。
 長い髪の毛が俺の鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出そうになった。
 が、それはなんとか耐えた。
 微動だにしていなくても、エヴァンジェリンは膣をうねうねと動かし、動いた膣が得た刺激によってまた何度も苦痛にも似た快楽を味わっていた。
 もし、俺がここでくしゃみなんぞしようものなら、また最初に逆戻りだろう。

 ぐぐ、と力がこもり、エヴァンジェリンは俺から脱出しようとしていた。
 体力と精神力を振り絞っている、という様子で、唇をかみしめ、目からは涙をこぼしながら、奮闘している。

 そんな顔を見ていたら、なんだか俺が興奮してきてしまった。
 快楽に耐えながら、そこから脱しようと頑張っている女の姿は興奮する。
 それが例えエヴァンジェリンだったとしても、かわりはないということか。

 よくよく考えてみたら、俺は相手がエヴァンジェリンだということで萎縮しすぎたのかもしれない。
 心の中は十歳の小娘とさして代わりはない、ということを知りつつも、やはり受身すぎたであったことは否めない。

 最初から何の配慮もいらなかったのかもしれない。
 思い切って、アグレッシブなやり方に切り替えてみよう。

 そう思ったらすぐに行動にうつした。
 腰をプルプルさせながら引き上げていたエヴァンジェリンの腰にそっと手を伸ばし、下から突き上げるのと同時に腰を落とさせた。
「!!!!ッッッ!!!!!!! ……ッッ!!!」

 また声にならない悲鳴を上げ、エヴァンジェリンは酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくと動かした。
 ものすごく深くイったことを確認すると、エヴァンジェリンを引き剥がすようにどかす。

 カリがエヴァンジェリンの入り口の狭いところを通過したとき、追い打ちをかけるように再度イったことを確認した。
 エヴァンジェリンをびしょ濡れのベッドの上に置いたまま、脇にあったタオルで軽く体を拭う。

 そののち、カエルみたいに大きく開いた足の足首を掴み、大きく引っ張った。

「ひゃっ! な、何をするっ!」

 抗議の声を無視して、そのままエヴァンジェリンをベッドから引きずり倒した。
 足を掴まれているので立ち上がることもできず、力が入らないので俺にされるがままだ。

 エヴァンジェリンを床に引きずらせる形で、寝室の出口に引っ張っていく。
 体勢がうまく整っていない状態で、エヴァンジェリンは手の爪でなんとかこらえようとしているが、無意味だった。

「ど、どこに連れて行く!」

 乱暴に引っ張ったせいで、長い髪が顔全体を覆うほど乱れているエヴァンジェリンが、言った。

「便所だよ」
「何故、そんなところに……あ、足を離せ」

 そのまま廊下に出る。
 フローリングの床は冷たく、さっきまで火照った体には強すぎる刺激だろうが、そんなことはどうでもいい。

 エヴァンジェリンが下手に抵抗をするもんだから、引っ張るたびに右へ左へ上へ下へと跳ね上がる。
 廊下の壁にぶつかったり、ちょっとした段差を乗り越えたりするとエヴァンジェリンは悲痛な悲鳴を上げるが全部無視。

 途中、ドタバタ騒ぎを聞きつけて、廊下に出てきたチャチャゼロに遭遇した。
 チャチャゼロは無表情なのに、どこかぽかーんとした表情を浮かべて、足を掴んで引っ張る俺と引っ張られるエヴァンジェリンを見ていた。
 この様子じゃ、チャチャゼロはちょっかいかけてくるほど頭が回る状態ではないな、と思ったが、念のため茶々丸にハンドサインを出しておく。
 下手な動きをしたら、茶々丸は姉妹達と結託して、チャチャゼロを妨害してくれるだろう。

 やがてトイレに到着した。
 掴んでいた足を離すと、エヴァンジェリンは即逃げ出そうとした。
 が、足を地面に付かせて、中腰になった状態で腰を掴み、持ち上げる。

「やめろ、やめろぉっ! はなせっ、離せぇぇぇぇっ!」

 じたばたと暴れるが、俺に担がれてしまっているので、床を引きずられていたときよりも更に抵抗の手段は少なくなっている。

 何故、トイレに連れ込まれるのか、トイレで何をされるのか、それは理解していないだろうが、トイレに連れ込まれるとひどいことをされるということはわか るのか、なんとしてでもトイレには入れられないように抵抗している。
 ドア枠に指をかけ、まだ快楽が残る体で出せる全力でもって踏ん張っている。
 大したやつだ、と褒めてやりたい。
 褒めてやりたいが、だからといって俺がこれからやることをやめるつもりはない。

 エヴァンジェリンのクリトリスを、軽く指でパチンと弾くと、二秒もせずにトイレのドアは閉めることができた。

 

 エヴァンジェリンは便器に座らされ、俺はドアを背にして寄りかかる。
 さっきまでは包み隠さず仁王立ちしていたが、今は胸と股間を腕でかばって隠している。

 俺を恐る恐る見ながら睨む、などという器用なことをやってのけている。

「わ、私が上で、貴様は下だっ! こんな振る舞いが許されると思うなっ!」
「便器に手をついて、ケツをこっちに向けろ」
「話を聞いているのかっ!」

 もう一押し、もう一押しで、このエヴァンジェリンの心を覆うプライドを粉々に粉砕することができる。
 一度プライドを粉砕したところで、そのままなし崩しに言う事を聞かせることができるわけではないが、一度砕かれたという実績があるのとないのとでは大き く違う。

「こんなことをして、後でどうなるか……」

 顔を平手でひっぱたいた。
 痛みを伴うと、言われていることが耳に入ることがある。
 その言葉通りに従うか従わないかは別として、耳に入れさせることだけは出来る。

 信じられない、といった様子で呆然としているエヴァンジェリンの髪の毛を掴み、体を浮かせる。
 痛い痛い、と髪の毛を庇おうとするエヴァンジェリンの体の向きを反対にし、両手を便座に置かせ、上体を俯かせる。

 両足を内側から押し開き、まるでコンパスのように大きく足を開かせる。
 手を付き、尻を上げたまま、足を開く、という屈辱的なポーズをとらせて、一旦呼吸止を置く。

 考えさせる時間が必要だ。
 なぜ、俺がエヴァンジェリンをトイレに連れ込んだのか。
 ただ単にこういったポーズを取らせるのならば、寝室でも十分可能だったはずだ。
 俺が、ここに来た意味を考えてもらわなければならない。

 答えにはたどり着いてくれるだろう。
 それもさして時間をかけずにだ。
 エヴァンジェリンは腐っても真祖の吸血鬼。
 例え、色ボケになっていても、時間さえあれば正しい答えにたどり着いてくれる。

 答えは簡単。
 エヴァンジェリンは俺のことを「自分の男にする」と言った。
 俺を情夫にする、という意思表示を言葉にして表したわけだ。

 それと同じように、俺はエヴァンジェリンをトイレに……いや便所に連れ込んだ。
 わざわざ寝室で出来ることなのに、トイレに連れ込んでしようとした。
 つまり、俺はエヴァンジェリンのことを、便所のように扱ってやる、ということを、行動によって示したわけだ。

 他人から与えられる答えには、価値はあまりない。
 自分で考えて得た答えには、それなりの価値がある。

 だから、俺は言葉で示さなかった。
 行動によって示し、エヴァンジェリン自身にその回答を出させた。

 そろそろエヴァンジェリンは答えにたどり着いただろう。
 俺はエヴァンジェリンを信頼している。
 なんでもかんでも知っているかのように振る舞い、他人に偉そうな態度を取っているのは伊達ではない。
 それに恥じない頭の回転を持っていることを、俺は知っている。

 エヴァンジェリンが答えに出したら、どう考えるだろうか。
 もちろん、自分自身が便所として扱われている、などということを知ったら、きっと激怒するだろう。

 では、勝つためにはどうすればいいのかを考えるはずだ。
 こんな屈辱な行為をされないための勝利条件はざっと二つ。


1.トイレに連れ込まれないこと。

 トイレに連れ込まれなければ、トイレで屈辱的な行為をされることはない。
 それに付随するメッセージも不発になり、俺の企みを木っ端微塵に打ち砕くことができる。
 別の手段に持ち込まれた場合、臨機応変に対応する必要があるが、焦点を絞って考えれば、トイレに引きずり込まれることを回避できれば、勝利条件の一つと なりうる。

 ただ、もう既にトイレに引きずり込まれ、不意打ちでビンタを顔に食らい、逃げるにも逃げることができない姿勢を取らされている。


2.性行為で屈服しないこと

 便所として扱われるということを不可避のことと考えたとして、最悪なのが、便所のように扱われて、それに屈服することだ。
 自分から受け入れるなんてもってのほか。
 便所として扱われて感じてしまうなどという変態行為を受け入れたら、自分が便所であることを認めているようなものだ。
 それだけは絶対に感化できない。

 こうしてみるとピンチだが、ピンチは常にチャンスでもある。
 犯されても何も動じず、感じず、逆に相手を食ってしまえば、全く逆の意味になる。
 便所として犯そうと思っていた相手が、逆に便所として犯されたとなれば、どんな顔を浮かべるだろう。

 では、勝率はどの程度だろうか?

 さっきは一撃でイかされ、反撃らしい反撃はできなかったが、相手の射精を促せるような攻撃力はあるか?
 さっきは一撃で潮を吹かされてしまったが、相手のピストン運動に耐えることのできるタフネスはあるか?
 さっきは一撃で絶頂させられて腰砕けになってしまったが、相手が屈服するまでこちらからも戦い続けられるほどのタフネスがあるか?

 どれか一つの要素だけをピックアップしても、勝敗にはこれら全ての要素を複合的に考えなければならない。
 概算で、どの程度の勝率があるか?
 九割、八割? まさか五割を切ることはあるまい。
 しかし、勝負には時の運ともいうし、四割かもしれない。
 そういえば相手は性に関してはやたら精通していることも考えて、三割? その程度だとなると非常に勝つのは難しくなる。
 ひょっとしたら二割? 薄々感づいていたが、一割?
 いやいや、ちょっと頭を使って考えてみたら……

 

 ずぐん、と肉棒をその小さな体にうずめた。
 エヴァンジェリンは膝と腕に力を込められないのか、そのまま倒れこもうとしたので、なんとか支えた。

 さっきまでの思考は俺の推測でもって構築なされたものなので、エヴァンジェリンがこのとおりに考えていたかどうかはわからない。
 エドのいにっきをおいてきたので、心も読めない。

 ただ、エヴァンジェリンの髪の毛を掴み、頭を挙げさせる。
 エヴァンジェリンの小さな声が聞き取れるように顔を近づけ、そっと耳元でささやいてやる。

「勝ったか? 負けたか?」
「ま、まけたぁ……」

 蚊の鳴くような小さな声だったので、こう言ったのかどうかはわからない。
 ひょっとしたら別のことを言っていたのかも知れない。

 仮に、負けた、と言っていたとしても、その認識は大きく違う。
 そもそもこれは勝負ではなく、エヴァンジェリンが勝負だと思っていたのならば、それは重大な認識の誤りだろう。

 勝敗が決まったら、勝者も敗者もにっこり笑って、いい試合だった、などと握手をするようなものなんかじゃない。
 どちらかというと、捕食行為に似ているだろう。
 負けたら、ただ単に貪られるだけ、というところが、勝負などというものと大きく異なるところだ。

 エヴァンジェリンにとって一撃必殺の突きを、もう一度行う。
 相手はとっくのとうに白旗を挙げているが、その白旗を打ち砕くように、もう一度突いた。
 悲痛な泣き声がエヴァンジェリンの口から漏れているが、その悲痛な泣き声を無機物が立てる単なる音にするために、もう一度突いた。

 エヴァンジェリンの体の中に、エヴァンジェリンのたらしめているものを全て追い出すように。
 から雑巾を更に絞るように。
 人を殺し、家を燃やし、土地に塩を撒くように。

 

 

 トイレから出るときに、俺はただの肉の人形を持って出た。