第5話 回るされど進まず


「いっ、いてーな、何すんだよ!」
「何すんだよ! じゃないわよ! 勝手に人の使い魔に乗って、何様のつもりよ!」
「勝手に乗ってねーよ! あの風竜が乗っていいっていったから、乗ったんだ!」
「シルフィードが!?」

 桃色の髪の子がシルフィードを見る。
 シルフィードはばつ悪げに目を逸らし、るーるると鳴いた。

「にしても、主人である私に一言断るのが礼儀ってものでしょう!」
「お前が主人だってことを知ってたら、最初から乗らねーよ!」
「何よ、その態度! 平民のくせにっ!」
「へ、平民とか関係ないだろ! 貴族がそんなに偉いのかよっ!」

 才人の左の頬には真っ赤な手形が浮かび上がっている。
 双方性格が勝ち気であるが故に、一歩も譲らずに口論を続けていた。
 ルイズは頭に血がめぐりすぎて、顔を熟れたトマトのように真っ赤にしている。

「貴族を馬鹿にする気!? 決闘よ! 決闘で清算しましょ!
 ヴァリエール家の名誉にかけて、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが
 あんたに決闘を申し込むわ! 嫌とは言わせないわよ!」

 怒りに身を任せ、手袋を投げつけんばかりの剣幕でルイズは才人に詰め寄った。
 才人はその勢いに押され、一歩後ずさる。

「け、決闘だって? 馬鹿なこというな、女の子と喧嘩なんてできるか!」
「喧嘩なんかじゃないわよ! 決闘よ、け・っ・と・う。
 女だからって馬鹿にしないでよ! 私はメイジよ、平民相手に負けるわけがないわ!」
「貴族とか平民とか、それこそ関係ないじゃねーか!」
「あんたなんて魔法でボロ切れみたいにしてやるんだから!」
「……? 魔法って、お前、杖落としたんじゃねーの?」

 桃色の髪の子=ルイズははっとした。
 シルフィードの上から自分の杖を落としていたことを忘れていた。
 どこに落ちたのかわからないし、第一落ちた場所がわかったとしても、あの高さから落ちて、杖が無事である可能性は極めて低い。
 ルイズは下唇を強く噛んで、悔しがった。

 杖さえあれば、同級生で渡り合えるのはルイズと同じトライアングルのキュルケだけ。
 最近の魔法の冴えから言えば、キュルケさえ倒すことができるかもしれないのに。
 杖が無ければ、トライアングルであろうと魔法を使うことはできない。
 どんなに優れたメイジであれど、杖なしではただの女の子と一緒だった。

 しかし、ルイズは負けず嫌いだった。
 ある意味真の貴族とも言える心を持っていた。
 それに加え、過度のストレスに晒された直後で、頭に血が上り、冷静に物事を考えられない。
 何がなんでも、魔法を使えなくとも、才人に憤怒をぶつけなければ気が済まなかった。

 一度叩きつけた決闘の言葉を撤回することはできない。
 怒りで震える拳を握りしめ、才人の顔面目掛けて突き出した。

「問題ないわよ! このぉッ!」

 ルイズは、久しく強い力を込めていなかった拳を振るう。
 才人は軽々とルイズの拳を左手で受け止めた。

 何故か感覚が異様にとぎすまされており、ルイズの拳は才人には止まって見えた。

「や、やめろよ!」
「うるさいっ!」

 後ずさる才人を追いかけて、問答無用で殴りかかるルイズ。
 才人は手を出さずに、次々に繰り出されるパンチを軽々といなす。
 驚くほど滑らかで無駄のない動作で避ける才人を見て、ルイズはますます激昂してゆく。
 向こうから攻撃してこないことすらも、ルイズを怒らせる。

「あんたもかかってきなさいよ!」
「だーかーらぁ、女の子は殴れないんだって!」

 ルイズは才人目掛けて何度も何度も殴りかかるが、才人はひょいひょいと避ける。
 まるで馬鹿にされているような気分を味わう。
 それと同時に、圧倒的な身体能力の差をも嫌でも思い知らされた。
 杖があれば、その差を逆転することができるのに、とルイズは思う。

「ふざけないで! 私は貴族なのよ!」
「貴族だろうと、女の子は女の子だろーが! もうやめろ! 人が集まってくんぞ!」
「それがなんだっていうのよ!」
「お前が困るだろ」

 ルイズは殴りかかるのをやめた。
 一旦拳を収め、辺りを見回す。
 建物の窓から何事かと中庭を見下ろす生徒がそこらに見え、何人かが遠巻きに様子をうかがっている。
 確かにこのまま決闘という名の殴り合いを続けていれば、人が集まってくるのは明らかだった。
 そして、人に集まられると困るのはルイズというのも明らか。

「第一、そのままじゃ絶対風邪引くって、部屋に戻って着替えてこいよ」

 ルイズの下着はぐしょぐしょに濡れていた。
 シルフィードから投げ出された恐怖で、失禁していたのだ。
 才人のパーカーも、ルイズの尿で少し濡れている。

 遠目ではわからないだろうが、近くで見たら絶対に漏らしていることを見破られてしまう。
 ルイズは、才人から受けた恥辱と、このままお漏らしがばれてしまうことの恥辱、どちらが大きいかを瞬時に考えた。

「……こ、この借りは絶対に返すわよ! あんた、名前はなんていうの」
「え? ひ、平賀、才人だけど」
「ふん、変な名前ね! いいわ、ヒラガサイト、絶対に絶対に後悔させてやるんだからっ!」

 人が集まってきたところを避けて、ルイズは自分の寮を目指して走っていった。
 ルイズの背中が見えなくなると、才人は深く溜息をついた。

「きゅいきゅい……」

 シルフィードはうなだれて、申し訳なさそうに鳴いた。

「お前のせいじゃねぇよ」

 才人は寄ってきたシルフィードの頭を優しく撫でる。
 よくよく考えてみると、確かに人の使い魔に勝手に乗ってしまったのはマナー違反と言われてもしょうがないことだった。
 突き落とされそうになったことは驚いたが、ここは魔法の世界、殺されることはなかっただろう。
 誤解だとはいえ、抵抗して、杖を落とさせてしまったことも事実だった。

「……」

 この世界に来て、メンタル的に過酷な目に遭ってきたせいか、才人はやや自虐的な思考を抱くようになっていた。
 あるいは、主人が自虐と憎悪の塊であるタバサであるせいかもしれないが、落ち着くと自分の落ち度ばかり思い浮かんでくる。

「きゅいきゅい」

 気分がどこまでも沈みそうになったとき、シルフィードは才人の顔を舐めた。
 今度はシルフィードが「落ち込むなよ」と言っているように才人は感じた。
 才人は気分を持ち直し、口元に笑みを浮かべ、シルフィードの顔を再び撫でた。

「うだうだ考えてもしょーがねーな。
 タバサも待っているだろうし……あ、いや待ってるわけねーか」

 何事かと集まってきた貴族達は、ルイズが立ち去ったことでまた戻ろうとしていた。
 才人は、その中に混じって、濡れてしまったパーカーをどうしようかと思いつつ、建物の中に入っていった。

「ま、今度会ったときには謝っておくか」











 それから三日間、ルイズは部屋に閉じこもった。
 シルフィードから落とした杖は、中庭で発見された。
 もちろん、無事ではない。
 落ちた地点からかなり離れた場所まで、破片が飛び散っていた。
 ただ折れただけならば、魔法などの力を借りて元に戻すことができるが、粉々になってしまってはそれもできない。

 メイジにとって、杖は大事なパートナーである。
 数日間、念を込め続け、契約を交わした杖を触媒とし、メイジは魔法を使うことができる。
 杖がなければメイジも普通の人とは変わりない。

 幸い、ここは魔法学院。
 杖の予備が売るほどある。
 ルイズは部屋に閉じこもり、杖に念を込めた。
 三日三晩不眠不休で作業を続け、四日目に杖との契約を遂げ、精も根も尽き果てたルイズは丸一日眠り続けた。
 そしてその次の日、新しく契約した杖を持ち、才人を探し始めた。
 理由は、先日の雪辱を晴らすため。
 その日は虚無の曜日であり、授業はなく、お休みであり、気兼ねなくさがすことができた。

 まず最初にルイズはタバサの部屋に向かった。
 部屋の主がタバサでなければ、妥当な判断。

 ルイズはタバサの部屋のドアをノックした。
 返事はない。
 流石のルイズも部屋のドアを蹴破って入るほど非常識ではない。
 とはいえ、タバサの無口ぶり、他人の寄せ付けなさぶりは知っており、居留守を使っている可能性も捨てきれない。

「ちょっと、タバサ、いるんでしょ! このドア開けなさい!」

 ノブを捻ると、さほど力は必要とせずにドアは開いた。
 最初から鍵がかかっていなかったのだ。
 籠城するかと思いきや、すぐにドアが開いたことにやや拍子抜けしつつも、ルイズは部屋に押し入る。

 部屋にはタバサしかいなかった。
 窓から入る日光で、黙々と本を読んでいる。

「タバサ、あんたの使い魔は一体どこにいるの?」

 ルイズは聞いたが、当然タバサは無視した。
 ぴくりとも自然体を崩さず、本のページをめくっている。

「隠すと身のためにならないわよ」

 脅しの言葉もタバサにはきかない。
 杖の先端をタバサに向ける。
 これから魔法を放つという威嚇行為。
 平民にとっての剣を抜いて突きつけることか、銃口を向けて引き金に指をかけることに相当する。
 無意味にそれをやられることは貴族にとって最大の屈辱だが、ルイズはそれを行うことに抵抗を感じていない。
 それほどまでに頭に血が上っていた。

 トリスティン貴族は名誉を何よりも重んじる。
 戦争時にいかほど活躍したかによって、王から貰う領土の質と量が決まる。
 当然領土の量は限られており、国土を切り分けて配分することになる。
 それぞれ身の丈にあった広さを貰っていれば問題はないのだが、代替わりし、愚劣と評価される人物が領土を受け継ぐことがままある。
 そうなると周辺の貴族の不平不満が募り、様々な弊害がうまれてしまう。

 そこで名誉がある。

 周辺の貴族に舐められぬように、自戒として名誉という規範を作る。
 取り巻く立場により相応しい人物になるための、教本のようなもの。
 それと同時に評価基準でもある。

 名誉を軽んじる貴族は、貴族らしからぬとして他の貴族に見下される。
 逆に名誉を重んじる貴族は、貴族の名を冠するに相応しい存在と見なされる。
 自身の持つ名誉を傷つけられたならば、そのまま破滅の道へと進む可能性があり、決して許してはならない。
 恥をかかされた、ということは、より高い地位にいる貴族であればあるほど絶対に認められない行為なのだ。

 ルイズは、トリステインの名門の貴族。
 王宮にも強い発言力を持つほどだ。
 =絶対に、恥をかくことは許されない。

 まだ、魔法を扱うのが苦手、というものならばなんとかなる。
 魔法は天性の才能が多く関わってくるモノで、いかな名門とはいえそういうものだ、と見なすことができるからだ。
 しかし、昨日のことは違う。

 貴族の使い魔に勝手に乗る平民。
 この平民はその使い魔を貴族の承認無しで乗っている。
 つまり、その使い魔たる主人を軽んじていることになる。
 これを許していれば、すぐさま権威は引きずり落とされ、名誉に深く傷が残る。
 故に、相手の肉体に深く「私を舐めてはいけない」と刻み込まなければならなかった。

「なんとか言いなさいよ」

 緊迫した空気が流れる。
 杖を構えることの意味を遅れながらも認識し、ルイズの額には汗が流れていた。
 対照的にタバサは、杖を向けられているにもかかわらず平然としていたために更にルイズを惑わした。

「……知らない」

 ぽつりとタバサが言葉を漏らす。
 耳をとぎすまさなければ聞こえないほど小さな声だったが、全身全霊をもってタバサに注意を払っていたルイズの耳には届いた。
 ルイズは心中で安堵を感じつつも、杖を下ろした。
 タバサが何も言わなければ、杖はそのまま掲げていなければならない。
 一旦構えた杖を相手に屈して下ろすことは、それこそ名誉に関わることになる。

 ルイズは引くことにした。
 もし相手がタバサでないとしたら、「嘘つきなさい」と言って詰問をしただろう。
 しかしルイズでさえもタバサを相手にしようとは思えなかった。
 本来ならば怒った貴族に杖を向けられるだけでも、常人であれば避けるか慌てるか、とにかく反応をする。

 タバサはそれをしない。
 まるで何もされていないかのように、本を読んでいる。
 杖を向けられて反応しないのならば、恐ろしいほどの手練れか、死を恐れていないのか。
 何にせよ、そういった相手と関わりを持ちたいとは思えなかった。

 ルイズは無言でその部屋を立ち去った。
 この部屋で受けた精神的な疲労を、才人と決闘する際に上乗せして与えてやる、と思いつつ。

 ルイズはその後、トリステイン魔法学院をくまなく歩いて才人を探し始めた。
 しかし、日が暮れるまで才人を見つけることはできなかった。

 ルイズの犯した失態は、才人のことを貴族にしか聞かなかったこと。
 才人は今日朝早くからシエスタとともに出かけており、学院にいなかった。
 なので、ルイズは使用人に才人の居場所を聞くべきだった。
 しかし、この学院にいる貴族の典型的な思考でもって、平民と侮り、誰にも聞かなかった。
 同じような理由で貴族が平民である才人の行動を知るわけもない。

 ルイズは完全に聞く相手を間違えていた。
 結局、一日中ルイズは学院の中を歩き回り、夕方になって才人が帰ってきたころには、疲れて自分の部屋で眠っていたのだった。







「そんじゃ、シエスタ。またな」

 ルイズが部屋で疲れ果てて眠っているときに、才人は魔法学院に帰ってきた。
 一週間後に行われるというフリッグの舞踏会の準備のためにこれから忙しくなる。
 そのために、学院側は使用人達の英気を養うために順番に休暇を与え、たまたまシエスタは今日が休みだった。
 休みを利用して街へ出ようとしたシエスタだったが、たまたまそのことを才人に話し、ついでに案内することにした。

 トリステインの城下町は、比較的治安がいいとはいえ、女性の一人歩きはあまり安全とは言えない。
 役に立つかどうかは、正直シエスタも信頼は出来なかったが、見せかけだけでもボディガードとして役に立った。

 辺りをきょろきょろ見回しながら道を歩く才人に、シエスタはトリスティン魔法学院に奉公しにきたばかりの自分を重ね合わせておかしく思いながら、才人の問いに答えた。
 才人は一定の教養があり、算術その他に高い能力を持っていた。
 この世界での平民は、よっぽど金持ちでなければ教育は受けられない。
 シエスタは平民としては比較的算術に長けていた。
 彼女の祖父が、彼女にそれを教えていたのだ。
 彼女の祖父は、平民にしては考えられないような……それこそ才人に匹敵するかそれ以上の教養を持っていた。
 されどシエスタにとって不幸なことは彼女が女であり、祖父の教養を環境がほんの少ししか分けてくれなかった。

 足し算、引き算はまず問題がなかったが、かけ算、割り算となると少し怪しくなってくる。
 そこにつけ込む商人に何度も騙され、多くの出費を抱えることになるのだが……。
 しかし今回は才人がいたために、余分にお金を取られることはなかった。

 才人がお金の単位を知らなかったのはシエスタも驚いたが、一度教えれば二度聞くこともなくすぐに覚え、それを計算できることも驚きだった。

 高い教養の片鱗を見せているわりに、しかし才人は文字が読めなかった。
 算術の高さから教養の高さを考えれば才人は識字出来てもおかしくない。
 しかし実際には、数字すらも読めず、ほんの些細な単語をもシエスタに聞く。
 シエスタはいぶかしんだが、「使ってた言葉が違うんだ」と才人は答え、一応は納得した。

 もちろん、使っていた言葉が違うのに話し言葉は訛りがなくすらすらと話せることに後で気が付いたのだが。
 平民の使い魔、というシエスタの印象に、今回のことで、不思議な人、というものが追加されるだけだった。

「サイトさん、今日は付き合って頂いてありがとうございました」
「え? あ、ああ、ど、どういたしまして……っていうか、俺の方こそ、お世話になっちゃって……」

 才人にとって初めて年頃の女性と二人っきりで街を歩く行為だった。
 デートではないものの、やはり意識するところもあって、緊張したことはしたがそれ以上に意味もなく嬉しく感じていた。

 異世界に来て、未だ安全な状態で保護されているとはいえ、この状況がいつまでも続くとは限らない。
 積極的にこの世界の常識を学ねばならないことを、才人は学習していた。
 それもこれも彼の主人が寡黙で、命令などしない性質からだった。
 居丈高に命令をしているだけの主人であれば、才人は命令だけを従っていればよかっただろう。
 もしその結果、才人に損害が被ることがあったら、その主人のせいにできる。
 しかし、何も命令せず、何も干渉してこない主人であれば、自分が行動をしなければ結局自分の身に戻ってくる。

 才人は、あはは、と頭を掻きながら照れくさそうに笑った。
 シエスタの目には尊敬の念がこもっていることに気付いたのだ。
 地球での才人の評価は、決して高くなく、両親からも、教師からも『抜けている』と言われていた。
 ここハルケギニアに来て、ほとんど初めてと言っていいほどの他人からの尊敬の気持ちを、どう受け止めていいのか少しもてあましていた。

「そんじゃ、俺はもう部屋に帰るな。多分、あいつは待ってないだろうけど」

 才人はそう言って、学園の中庭から生徒寮を見上げた。
 タバサの部屋あたりを見るが、もちろん窓からタバサが顔を出して、才人の帰りを迎えてはいない。

「……大変ですね、サイトさんも」

 顔を下げると同時に溜息を吐いた才人に、シエスタが慰めの言葉をかける。
 給仕をする、ほんの少しの時間だけで、タバサはどちらかというと陽気な気質のシエスタをも暗い気持ちにさせる。
 何もしていないのだが……タバサはいるだけで周りの雰囲気を重くする空気を纏っていた。

「まあな、でも、あいつも何か重たい過去を背負ってるんだろうしな。
 袖振り合うも多生の縁、って言うし、使い魔になった以上、なんとかあの暗い性格をどうにかしてやりたいんだが。
 中々、上手くいかないな」
「……サイトさんって、お優しいんですね」
「いや、そんなんじゃねーよ。なんというか、一応、俺の命もかかってるし。
 それなりにかわいい女の子なんだから、その……あいつは、妹みたいな、感じなんだろうなー」

 やや支離滅裂になりかけた言葉の最後に、変なことを言ってしまった、と才人は顔を赤らめる。
 それをシエスタに悟られぬよう、そっぽを向く。
 シエスタは、その姿に少しかわいげを見つけ、ふふ、と笑った。

「ミス・タバサはサイトさんのような方と知り合えて、よかったと思っていると思いますよ。
 私も、ミス・タバサと親しいわけでも、彼女のことを良く知っているわけでもないですけど、きっと心の中では、サイトさんに感謝していると思います」

 シエスタは良くも悪くも善人だった。
 実際のところ、タバサは感謝を一欠片もしておらず、無差別に向けられた憎悪をとりわけ大きくサイトに向けていることなど、善人には理解出来ることではなかった。

「そう……かな?」
「そうですよ、きっと」

 シエスタは、恐る恐る振り返るサイトに向かって、はっきりとした声で、優しい笑みを浮かべながら言った。

「そっか、そうだよな……うん、俺のやってることは間違ってないよな……」

 改めて自分に自信を持つことになった才人。
 シエスタの素朴な優しさに触れて、全身に気力が満ちていくように感じられた。

「じゃ、俺はもう部屋に帰る。あ、シエスタ、今日はどうもありがとう!」
「いえ、こちらこそ、サイトさん」

 才人はぱたぱたと寮へと向かって走っていった。
 ふと思い出したかのように振り返り、手を大きく振りながら、シエスタに別れの挨拶を告げた。
 シエスタは笑顔でそれに応え、軽く手を振って返した。