第7話

 横島は突然襲いかかってきた学ランを着た少年を捕獲した。
 こんなこともあろうかと持ってきたロープで、身動きが取れないようにしっかりと手足を縛り付けた。

「こんな子どもまで襲いかかってくるとはな〜」

 手足のロープにゆるみがないかを点検し終え、休憩所の椅子に座って、気絶している少年を見る横島。
 ネギとさほど変わらない年齢に見えて……頭からは犬のような耳が生えていることが特徴だった。

 傍らでは、少年に殴られてケガを負ったネギがアスナに介抱していた。
 額を切ってしまって顔に伝っている血を、アスナはハンカチで丁寧に拭き取っている。
 アスナとネギにはカモが、そして横島と少年にはちびせつなが近くにいる。

 ちびせつなは少年の耳を見て、その正体を理解した。

「この子は狗族でしょう」
「狗族?」
「狼や狐の変化、つまり妖怪の類です」
「……うっわー……」

 横島にはそういった存在は身近だった。
 というよりか、務めている事務所には、人狼と妖孤が住んでいる。
 通りでどこか似た雰囲気を感じたのか、と一人納得していた。

 ちびせつなは、溜息をつくような横島の態度を見て、三頭身の大きな頭をぺこりとさげた。

「す……すみません……」
「あ、いや、別にちびせつなちゃんを責めたってわけじゃないよ。
 確かに妖怪変化の類……それも半分人間が混じってたっつーことはわかってたけど、人狼だったのか」
「え? 横島さん、わかってたんですか?」

 ちびせつなに繋がる本体が、遠くの地でびくりと反応した。
 まさか、まさか、と思うが、横島の能力が、自分の正体を見極めていたら、と緊張している。

 そんなことは露知らず、横島はさらりと言ってのけた。

「俺はゴーストスイーパーだぜ。人相手にするよか妖怪変化の類の方が得意なんだ。
 魔力やら気なんかの気配を読むのは苦手だけど、霊感はこれでも結構ある。
 まあ、ゴーストスイーパーにしては鈍い方だって美神さんに言われてるけどな。
 なんつーか、こう、近づいたときにちりちりと指先がしびれるような感覚があったり。
 髪の毛の先が何もしないのに震えたりして、あやかしかどうかは見極める能力があるんだよ」

 ちびせつなは、唖然として横島を見た。
 横島が、見られていることに気付いて、見返すと、ちびせつなは慌てふためいた。

「ん? どした?」
「え、いや、わたし、その……もう危険は去ったようですし、このかお嬢様を、お守りしなければなりませんので!
 じゃ、じゃあ、無理をせずに頑張ってください!」
「あ、おい……」

 ちびせつなはぽんと音を立てて、紙型に戻ってしまった。
 横島はひらひらと落ちる紙型を手のひらの上でキャッチした。

「あらら? なんか慌ててたみたいだけど、大丈夫かね?」

 横島は紙型をそこに置いて、一旦ネギの様子を見た。
 冷やしたタオルで腫れた頬を抑えているが、それほど大きい傷はない。
 あまりに酷かった場合は、横島も文珠を使う気でいたが、それもしなくてよさそうだった。

「とにかく、なんとか一人敵を生け捕りにすることができたな。
 まあ、子どもっつーことがなんか良心に訴えかけるものがあったりするけど」
「あとは時間が経って、文珠で結界を解除するだけですね」
「いや、文珠で結界を解除せんでもいーだろ。捕虜に直接脱出方法を聞き出せばそれで済む」

 情報を引き出すだけならば、文珠は三つも四つも必要はない。
 たった一つ。
 実際にアスナが無理矢理横島の口を割らせた、あの文字を篭めるだけで少年は口を割るだろう。
 もし、少年が情報を漏らすことを危惧して、自害する危険性が気になるならば、気取られずに『覗』を使うだけでもいい。
 一番最良なのは、脅したりして文珠を使わずに情報を吐かせることだが、それは望みの薄い方法だった。

「あんまり酷いことをしちゃうのは……かわいそうですよ」

 ネギは横島の言い方に不穏なものがあると誤解していた。
 捕虜から情報を引き出す行為と言って最もポピュラーなものは拷問。
 ネギの魔法でも相手の心理を読むものはあるが、警戒されている相手には聞きづらいために、どうしても乱暴な手段をとらざるを得ないと思ったのだ。

 もちろん、文珠で無理矢理情報を引き出すことはある意味乱暴な行為であるが、横島は少年を痛めつける気など無かった。

「そんなことはしねーよ。ただちょっと文珠でしゃべってもらうだけだ。
 さて、そろそろ起きてもらおうかな」

 横島は気絶している少年の頬をぺちぺちと叩いた。
 少年は二度三度静かに唸り、ゆっくりと目を開いた。

 横島の顔が見えると、間をおかず、大声で喚き始める。

「おいこら! 卑怯やぞ! 俺はそこのチビ助に勝ったんや!
 後ろから襲いかかるなんて情けないことして恥ずかしくないんか?
 えぇい、こないなロープで俺を縛っておけると思うなーッ!」

 少年は力を込めてロープを引きちぎろうと試みた。
 しかし、ぎしぎしと音を立てるだけで、切れる気配は一向にない。

「あー、無理無理。それ、ただのロープじゃないからな」

 元々はただのロープだった。
 が、相手が純粋ではない人間であれば、ただのロープでは引きちぎられる可能性があったために、横島が細工したのだ。
 アスナの髪の毛を数本もらい、自分の髪の毛も何本かロープの中に入れて、霊力を篭めた。
 処女の髪の毛は単体だけでも魔除けの特性が備わっている。
 そこへ、霊能力者である横島の髪の毛を加えて、霊力を流しこんだので、ちょっとした呪縛ロープになっていた。

 もちろん、横島の世界にある呪縛ロープには及ばないが、弱まっている少年を捕縛するくらいは可能だった。

「くっ……気が散って、力が出んわ。クソッ!」
「いい子だから大人しくこの結界から出る方法を教えろ」
「はん、アホか兄ちゃん、俺がそんなこと言うわけないやろ」
「じゃあ、しょうがないな、俺もこんなことはしたくないんだが、しゃーない……」

 横島はもったいぶった口調で、ゆったりと文珠を取り出した。
 出来れば消耗品である文珠は使わずに情報を引き出したい。
 目の前の少年が、脅しに屈するようなタイプには見えなかったが、一応それらしく振る舞ってみた。

 当然、少年はほんの少し身を捩ったが、それだけでさして動じているわけではない。

「ネギせんせー!」

 横島が文珠に字を篭めようとしたそのときだった、背後から声がした。
 敵かと思い、ハンズオブグローリーを出して振り返ると、そこには大きな本を抱えている女の子が立っていた。
 横島の記憶にも微かに残っている。

 ネギの生徒だ。

「のどかさん!?」
「ほ、ほほほほ、本屋ちゃん!? 何でここに!?」

 息を切らせて走り寄ってくる。

「……あッ! あまりに急だったから逃げるの忘れてたッ!」

 横島は一拍遅れて、竹林の中に走り出した。
 もうここまで来てしまったならば、逃げ出す必要性もないのだが、ネギの生徒を見ると反射的に逃げる癖がついていた。

 あっという間に横島の姿は消え、見えなくなってしまった。
 ネギやアスナも呼び止めようとしたが、既に遅かった。
 しばらくすれば戻ってくるだろう、と二人は考えた。

 のどかはものすごい勢いで走っていった横島に、少し驚いたが、すぐに落ち着いて口を開いた。

「あの、この……本にネギ先生のことが書いてあって……」

 のどかはネギに手に持っていた本を差し出した。
 本を開いて、ページをめくると、絵本のような絵柄で描かれた絵日記のようなページが現れる。
 そこには、現在のネギの心に思っていることが書かれていた。

「な、なんですか、これ!」
「えっと、ネギ先生とその……キキキキ、キスしたときに貰ったカードが、アデアットって言ったら、これになったんですー」
「なるほど、人間の心の表層を読むアーティファクトみたいだな。
 姐さんみたいな攻撃のためのアーティファクトじゃねぇが、こりゃ使いようによってはかなり強力なモンだぜ」
「カッ、カモ君!」

 ネギは一般人であるのどかの前で話すカモに声を掛けた。
 が、のどかは既に事情を知っている。
 オコジョが人間の言葉を話すことも、ネギが魔法使いであることも、アーティファクト『いどのえにっき』によって知っていた。

「あ、あの、ネギせんせー、私、大体何が起きてるか理解してますー」
「え? そ、そうなんですか……」
「兄貴! このアーティファクトがあれば、文珠を使わなくてもあいつから情報が引き出せるんじゃないっスか?」
「え、あ、はいー、多分、出来ると思いますけどー……」
「ちょっとちょっと、勝手に話を進めるんじゃないわよ、エロガモ」

 そこへアスナが割り入った。
 カモがどんどん話を進めているが、このまま放っておいたらでは一般人を裏の世界へと引っ張り込むことになる。
 アスナ自身もネギを放っておけないという理由でかなり深入りしてしまっていたが、それにのどかを入れることに抵抗を覚えたのだ。

「本屋ちゃん、ここまではまだ無事みたいだけど、これから先は危険なの。
 あまり知りすぎると引き返せなくなるわよ」
「でも、私……ネギ先生の力になれるのなら、協力したいですー」
「……本当にいいの?
 本屋ちゃん、あんまり運動とか得意そうじゃないから、心配なんだけど……。
 後悔しない? とは聞かないけど、いいの?」
「はいー」

 のどかはまっすぐアスナを見て頷いた。
 アスナはのどかの意思がわかり、自分では止められないものとわかった。

 ふぅ、と溜息を吐いて、口を開いた。

「じゃ、早速、あの子から情報を聞き出さないとね」

 横島は突然襲いかかってきた学ランを着た少年を捕獲した。
 こんなこともあろうかと持ってきたロープで、身動きが取れないようにしっかりと手足を縛り付けた。

「こんな子どもまで襲いかかってくるとはな〜」

 手足のロープにゆるみがないかを点検し終え、休憩所の椅子に座って、気絶している少年を見る横島。
 ネギとさほど変わらない年齢に見えて……頭からは犬のような耳が生えていることが特徴だった。

 傍らでは、少年に殴られてケガを負ったネギがアスナに介抱していた。
 額を切ってしまって顔に伝っている血を、アスナはハンカチで丁寧に拭き取っている。
 アスナとネギにはカモが、そして横島と少年にはちびせつなが近くにいる。

 ちびせつなは少年の耳を見て、その正体を理解した。

「この子は狗族でしょう」
「狗族?」
「狼や狐の変化、つまり妖怪の類です」
「……うっわー……」

 横島にはそういった存在は身近だった。
 というよりか、務めている事務所には、人狼と妖孤が住んでいる。
 通りでどこか似た雰囲気を感じたのか、と一人納得していた。

 ちびせつなは、溜息をつくような横島の態度を見て、三頭身の大きな頭をぺこりとさげた。

「す……すみません……」
「あ、いや、別にちびせつなちゃんを責めたってわけじゃないよ。
 確かに妖怪変化の類……それも半分人間が混じってたっつーことはわかってたけど、人狼だったのか」
「え? 横島さん、わかってたんですか?」

 ちびせつなに繋がる本体が、遠くの地でびくりと反応した。
 まさか、まさか、と思うが、横島の能力が、自分の正体を見極めていたら、と緊張している。

 そんなことは露知らず、横島はさらりと言ってのけた。

「俺はゴーストスイーパーだぜ。人相手にするよか妖怪変化の類の方が得意なんだ。
 魔力やら気なんかの気配を読むのは苦手だけど、霊感はこれでも結構ある。
 まあ、ゴーストスイーパーにしては鈍い方だって美神さんに言われてるけどな。
 なんつーか、こう、近づいたときにちりちりと指先がしびれるような感覚があったり。
 髪の毛の先が何もしないのに震えたりして、あやかしかどうかは見極める能力があるんだよ」

 ちびせつなは、唖然として横島を見た。
 横島が、見られていることに気付いて、見返すと、ちびせつなは慌てふためいた。

「ん? どした?」
「え、いや、わたし、その……もう危険は去ったようですし、このかお嬢様を、お守りしなければなりませんので!
 じゃ、じゃあ、無理をせずに頑張ってください!」
「あ、おい……」

 ちびせつなはぽんと音を立てて、紙型に戻ってしまった。
 横島はひらひらと落ちる紙型を手のひらの上でキャッチした。

「あらら? なんか慌ててたみたいだけど、大丈夫かね?」

 横島は紙型をそこに置いて、一旦ネギの様子を見た。
 冷やしたタオルで腫れた頬を抑えているが、それほど大きい傷はない。
 あまりに酷かった場合は、横島も文珠を使う気でいたが、それもしなくてよさそうだった。

「とにかく、なんとか一人敵を生け捕りにすることができたな。
 まあ、子どもっつーことがなんか良心に訴えかけるものがあったりするけど」
「あとは時間が経って、文珠で結界を解除するだけですね」
「いや、文珠で結界を解除せんでもいーだろ。捕虜に直接脱出方法を聞き出せばそれで済む」

 情報を引き出すだけならば、文珠は三つも四つも必要はない。
 たった一つ。
 実際にアスナが無理矢理横島の口を割らせた、あの文字を篭めるだけで少年は口を割るだろう。
 もし、少年が情報を漏らすことを危惧して、自害する危険性が気になるならば、気取られずに『覗』を使うだけでもいい。
 一番最良なのは、脅したりして文珠を使わずに情報を吐かせることだが、それは望みの薄い方法だった。

「あんまり酷いことをしちゃうのは……かわいそうですよ」

 ネギは横島の言い方に不穏なものがあると誤解していた。
 捕虜から情報を引き出す行為と言って最もポピュラーなものは拷問。
 ネギの魔法でも相手の心理を読むものはあるが、警戒されている相手には聞きづらいために、どうしても乱暴な手段をとらざるを得ないと思ったのだ。

 もちろん、文珠で無理矢理情報を引き出すことはある意味乱暴な行為であるが、横島は少年を痛めつける気など無かった。

「そんなことはしねーよ。ただちょっと文珠でしゃべってもらうだけだ。
 さて、そろそろ起きてもらおうかな」

 横島は気絶している少年の頬をぺちぺちと叩いた。
 少年は二度三度静かに唸り、ゆっくりと目を開いた。

 横島の顔が見えると、間をおかず、大声で喚き始める。

「おいこら! 卑怯やぞ! 俺はそこのチビ助に勝ったんや!
 後ろから襲いかかるなんて情けないことして恥ずかしくないんか?
 えぇい、こないなロープで俺を縛っておけると思うなーッ!」

 少年は力を込めてロープを引きちぎろうと試みた。
 しかし、ぎしぎしと音を立てるだけで、切れる気配は一向にない。

「あー、無理無理。それ、ただのロープじゃないからな」

 元々はただのロープだった。
 が、相手が純粋ではない人間であれば、ただのロープでは引きちぎられる可能性があったために、横島が細工したのだ。
 アスナの髪の毛を数本もらい、自分の髪の毛も何本かロープの中に入れて、霊力を篭めた。
 処女の髪の毛は単体だけでも魔除けの特性が備わっている。
 そこへ、霊能力者である横島の髪の毛を加えて、霊力を流しこんだので、ちょっとした呪縛ロープになっていた。

 もちろん、横島の世界にある呪縛ロープには及ばないが、弱まっている少年を捕縛するくらいは可能だった。

「くっ……気が散って、力が出んわ。クソッ!」
「いい子だから大人しくこの結界から出る方法を教えろ」
「はん、アホか兄ちゃん、俺がそんなこと言うわけないやろ」
「じゃあ、しょうがないな、俺もこんなことはしたくないんだが、しゃーない……」

 横島はもったいぶった口調で、ゆったりと文珠を取り出した。
 出来れば消耗品である文珠は使わずに情報を引き出したい。
 目の前の少年が、脅しに屈するようなタイプには見えなかったが、一応それらしく振る舞ってみた。

 当然、少年はほんの少し身を捩ったが、それだけでさして動じているわけではない。

「ネギせんせー!」

 横島が文珠に字を篭めようとしたそのときだった、背後から声がした。
 敵かと思い、ハンズオブグローリーを出して振り返ると、そこには大きな本を抱えている女の子が立っていた。
 横島の記憶にも微かに残っている。

 ネギの生徒だ。

「のどかさん!?」
「ほ、ほほほほ、本屋ちゃん!? 何でここに!?」

 息を切らせて走り寄ってくる。

「……あッ! あまりに急だったから逃げるの忘れてたッ!」

 横島は一拍遅れて、竹林の中に走り出した。
 もうここまで来てしまったならば、逃げ出す必要性もないのだが、ネギの生徒を見ると反射的に逃げる癖がついていた。

 あっという間に横島の姿は消え、見えなくなってしまった。
 ネギやアスナも呼び止めようとしたが、既に遅かった。
 しばらくすれば戻ってくるだろう、と二人は考えた。

 のどかはものすごい勢いで走っていった横島に、少し驚いたが、すぐに落ち着いて口を開いた。

「あの、この……本にネギ先生のことが書いてあって……」

 のどかはネギに手に持っていた本を差し出した。
 本を開いて、ページをめくると、絵本のような絵柄で描かれた絵日記のようなページが現れる。
 そこには、現在のネギの心に思っていることが書かれていた。

「な、なんですか、これ!」
「えっと、ネギ先生とその……キキキキ、キスしたときに貰ったカードが、アデアットって言ったら、これになったんですー」
「なるほど、人間の心の表層を読むアーティファクトみたいだな。
 姐さんみたいな攻撃のためのアーティファクトじゃねぇが、こりゃ使いようによってはかなり強力なモンだぜ」
「カッ、カモ君!」

 ネギは一般人であるのどかの前で話すカモに声を掛けた。
 が、のどかは既に事情を知っている。
 オコジョが人間の言葉を話すことも、ネギが魔法使いであることも、アーティファクト『いどのえにっき』によって知っていた。

「あ、あの、ネギせんせー、私、大体何が起きてるか理解してますー」
「え? そ、そうなんですか……」
「兄貴! このアーティファクトがあれば、文珠を使わなくてもあいつから情報が引き出せるんじゃないっスか?」
「え、あ、はいー、多分、出来ると思いますけどー……」
「ちょっとちょっと、勝手に話を進めるんじゃないわよ、エロガモ」

 そこへアスナが割り入った。
 カモがどんどん話を進めているが、このまま放っておいたらでは一般人を裏の世界へと引っ張り込むことになる。
 アスナ自身もネギを放っておけないという理由でかなり深入りしてしまっていたが、それにのどかを入れることに抵抗を覚えたのだ。

「本屋ちゃん、ここまではまだ無事みたいだけど、これから先は危険なの。
 あまり知りすぎると引き返せなくなるわよ」
「でも、私……ネギ先生の力になれるのなら、協力したいですー」
「……本当にいいの?
 本屋ちゃん、あんまり運動とか得意そうじゃないから、心配なんだけど……。
 後悔しない? とは聞かないけど、いいの?」
「はいー」

 のどかはまっすぐアスナを見て頷いた。
 アスナはのどかの意思がわかり、自分では止められないものとわかった。

 ふぅ、と溜息を吐いて、口を開いた。

「じゃ、早速、あの子から情報を聞き出さないとね」

 アスナは縛られている少年を見た。
 少年は、見られたことに気付いて、アスナを睨み返した。

「俺は言わへんで!」
「言わなくてもいーのよ、こっちで勝手に見るから。
 さ、本屋ちゃん、あいつの心を読んじゃって」

 アスナはそういうと、のどかの背後に回った。
 が、のどかは困ったような声を出した。

「えっと、これはー、相手の名前がわからないと、使えないんですー」
「……え?」

 アスナは止まった。
 使用方法がわからぬまま、のどかを当てにしてしまったのだ。
 名前がわからないと使えない、という情報を、みすみす少年に与えてしまった。
 その上で少年が名前を教えてくれるとは思えない。

「あ、あんた、名前教えなさいよ」
「アホか、姉ちゃん」

 ダメもとで聞いてみたら、アホと一蹴された。
 アスナは頭を抱える。
 結局、横島に頼らなければならないようになってしまった。
 バカレンジャーなどと呼ばれて何度も屈辱を受けてきたが、それでも今回ほど自分の浅はかさが嫌になったことはなかった。

「……そこの西洋魔術師! 俺の縄をほどいて決闘しぃ。
 チビ助が勝ったら俺の名前だけやなく、ここからの脱出方法も教えたる」
「は、ハァ? 何言ってんのよ、あんた。
 どうせ、横島さんが戻ってきたら、名前なんて聞かなくてもあんたから情報を得ることができるのよ。
 立場がわかってるの?」
「わかっとる。わかっとるよ。
 あの変なあんちゃんは、一番弱いかと思っとったけど、実はかなりの使い手やった。
 姉ちゃんも、バカみたいな力持っとる。俺は負けた、もう、弁解せん、俺は負けた。
 が、そこのチビ助にだけは負けてへん。俺はチビ助だけには勝ったんや。
 なのにチビ助は、負けたのに勝ったつもりになっとる。それが許せんのや!」

 少年はネギを睨み付けた。
 ネギの肩に乗ったカモは、何負け惜しみ言ってやがる、と少年に向かっているが、ネギも少年と同じことを考えていた。

 ネギは力を求めている。
 それは生死が不明の父親を探すために、どうしても戦う力が必要になると思っているからだ。
 魔法学校では基本的な攻撃魔法を二種類しか教えてもらえなかったために、生徒立ち入り禁止の書物庫に忍び込んで使えそうなものを習得するほどだ。
 とはいえ、魔法以外の戦闘方法はほとんど独学。
 高畑・T・タカミチに一ヶ月だけ教わったことがあったが、まだまだ未熟であることは本人も自覚していた。
 父親を捜し続けるためにはもっと強くならねばならない。

「……わかった」
「ちょ、ちょっとネギ! あんな挑発になんか乗っちゃダメよ」

 加えてネギはまだまだ若かった。
 頑固で、子どもっぽいところが抜け切れていない。

 ネギは少年の挑発に乗ってしまった。

「はん、まあ、少なくとも男やったっちゅうことか、ネギ・スプリングフィールド。
 はよ、このけったいなロープ解けや」
「あんたは黙ってなさい! ダメよ、ネギ! 大人しく横島さんを待ってて!」
「そうっスよ、兄貴! あんなやつの負け惜しみなんて本気にしちゃいけないッス」
「ごめん、アスナさん、カモ君。でも、僕は強くならなくちゃいけないんです」
「だからって、下手したらあんた死んじゃうのかもしれないのよ!?
 それにもし負けたらどうするつもりなの?」
「姉ちゃん、俺はもう一回負けたんや。別に逃げたりはせん。
 ただ、そこのネギ・スプリングフィールドと戦いたいだけや。
 そっちが勝ったら、俺がここから抜け出す方法を教えてやる。
 別にそっちが負けても、解放しろ、なんて言わん。
 ネギは負け犬、そしてその父親のサウザンドなんとかも大したこと無い、それがはっきりするだけや」

 アスナの引き留めに、ネギは深く頭を下げた。

「……すいません、アスナさん」

 挑発に乗ったとはいえ、ネギは全く勝算がなく戦うつもりではない。
 少年は素早く攻撃してくる。
 それこそネギに詠唱をさせる間すら与えずに接近しての攻撃をだ。
 それを打破するための作戦を、ネギはアスナにケガの応急処置をしてもらっている間に立てていた。
 しかし、方法が思いついても、それが実戦で使えなければ意味はない。
 そして、ここ一番の実戦で初めて使うのは危なっかしい。

 それで、ちょうどいいタイミングに少年の挑発があった。

 頭を上げたネギの目を、アスナは見た。
 自信と闘争心に溢れた目だった。

「……わかったわよ。でも、私も戦うわ」
「あ、姐さんまで! もう勝負は終わったんスよ!? 相手の言うとおりになってやる理由はないじゃないッスか」
「あんたはネギの使い魔なんでしょ? ちょっとはネギを信じなさい、エロガモ。
 そりゃまあ、無茶というか浅はかっていうか、確かにこんなことを受けるのはバカげてるわ。
 だけど、ネギはちゃんとこれからする戦いに意味があるっていうのをわかってるのよ」
「はあ? 何言ってるんスか? 姐さん」
「私にもわからないけど、もうネギは止められないってことよ!
 ああっ、横島さんたらどこまで遠くまで逃げたのかしら!?
 なんですぐに戻ってこないのよ!
 本心ではネギを戦わせちゃいけない、ってわかってるのに!」

 のどかを見るなり、身を隠すために逃げてしまってこの場にいない横島に対してアスナが文句を言っている間に、ネギは少年の手足を縛っていたロープをほど いていた。
 少年は手首足首を捻って調子を取り戻しながら、ネギから距離を取った。

「流石に間近から始めたら俺が有利過ぎるからな。
 とはいっても、俺も護符は全部おしゃかにしてもうたし、せいぜい魔法の矢が撃てるくらいの距離しか取らんぞ」
「わかったよ」
「……ええな、まさか本当に挑発に乗るとは思わんかった。中々太い肝しとるんやな。
 最後のサービスや……俺の名前を教えたる。
 俺は犬上小太郎や、ネギ・スプリングフィールド」

 ネギと少年――小太郎は二十メートルほどの距離を持って対峙している。
 ネギの傍らにはカモがおり、そしてのどかとアスナがいる。
 アスナものどかも自分のアーティファクトを手に持って、構えていた。

「初めの合図は俺が心の中でそう思う。そっちの本持っとる姉ちゃんに教えてもらえ」

 小太郎が言った。
 しばらくの間、辺りには風の吹く音とそれに煽られて揺れる竹の葉の音のみが聞こえてくる。

 硬直したまま十秒が経過すると、のどかが口を開いた。

「来ます! せんせー!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 ネギが早口で始動キーを唱える。
 小太郎が地面を蹴って、距離を詰める。
 アスナはハマノツルギでもって、ネギを護る体勢を取った。

「セプテンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス・コエウンテース!」

 ネギの唱えたのは雷属性の魔法の射手、十七矢。
 小太郎は身をかがめて回避の体勢を取った。

「右に避けます!」

 のどかが叫ぶ。

「サギタ・マギカ・セリエス・フルグラーリス!」

 十七矢の雷の矢が放たれた。
 小太郎はのどかの言ったとおり、右に避ける。
 それに対応してネギが右に魔法の矢を放つ。
 全てを避けきれないことは小太郎の承知の上だった。

「こなくそッ!」

 攻撃魔法を弾く護符はもう持っていない。
 耐えきれるかどうかは、自分の気力次第だった。
 限界まで腕を気で強化して、魔法の矢を防いだ。

 誘導性能がある魔法の矢とはいえ、小太郎のスピードの回避行動で十七矢のうち何本かは回避できる。

 着弾地点に煙が上がる。
 全ての矢が、当たるか外れるかし終えた。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 ネギは小太郎の様子を確認する前に次の始動キーを唱えた。
 煙の中から、小太郎が飛び出してくる。
 とはいえ無傷ではない。
 学ランの上着はぼろぼろになり、袖のところがほとんど無くなっている。

「ウーヌス・フルゴル・コンキデンス・ノクテム……」

 『白き雷』の詠唱は間に合わなかった。
 小太郎は既に間近に迫っている。
 アスナがハマノツルギを振るうが、かわされた。

「ぐっ!」
「ネギせんせー!」

 ネギは鳩尾に拳を入れられた。
 そのまま下から上に殴り上げられ、今度は上から下に追い落とされる。

「ネギ!」

 犬上小太郎は口をつぐんだまま、アスナ対策の技を出した。
 影から黒い犬が何匹も出現させ、それをアスナに向かわせた。
 フェミニストの小太郎は女性であるアスナをそれに襲わせることはしない。
 黒い犬はアスナを押し倒し、集団で群がって体を舐め始める。

 アスナは行動不能に陥り、ネギは間合いに入られた。
 のどかは小太郎の動きを逐一報告していたが、それに反応できる者はいなかった。

 こうなればネギは何もできず小太郎にタコ殴りにされた。
 吹き飛んだ先にネギよりも大きな岩があり、その岩の側面と小太郎に挟まれて殴られ続ける。

「ネギーッ!」
「ネギせんせーッ!」

 魔法障壁がまだ残っていたために、ネギはまだ生き伸びることができていた。
 今、障壁が突破されたら、前回のように横島が介入して助けてくれることはない。

「へっ、中々ええ根性しとったが……しかしまだまだやなぁッ!
 これで終わりやーッ!」

 小太郎が必殺の一撃を放った。
 今まで以上に気で強化された拳が、ネギに向かう。

 あと二秒もしないうちに、ネギがやられる、そんなタイミングに介入するものがいた。

「ヨコシマーキーック!」

 笹の葉が体のいたるところにくっついたバンダナの男が、小太郎を横から蹴り飛ばした。
 最後の一撃が届く前に、小太郎ははじき飛ばされる。

「シム・イプセ・パルス・ペル・セクンダム・ディーミディアム、『ネギウス・スプリングフィエルデース』」
「え?」

 ネギ自身への契約執行。
 0.5秒間、魔力による身体能力の補正が行われる。
 ネギは魔力のこもった拳で、目の前の人物を殴り飛ばした。

「ごぁぅべっ!」

 目の前の人間が小太郎ではないことに気が付いたのは、殴った後だった。
 しかし、殴ってしまったことは仕方がないと、立ち上がり、次の攻撃の詠唱を始める。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 ウーヌス・フルゴル・コンキデンス・ノクテム!
 イン・メア・マヌー・エンス・イニミークム・エダット!」

 ネギは地面に転げる小太郎に向かって手を構えた。

 『白き雷』

 物体に対する破壊力はそれほどでもないが、人間や動物に対しては極めて高い攻撃力を持つ本格的な攻撃魔法である。
 それを小太郎に放とうとしたのだ。



 ……が、小太郎とネギとの直線上に、先ほどネギが殴り飛ばしたものがおちてきた。

「フルグラティオー・アルビカンス!」

 最終段階まで唱え終わってしまった状態で詠唱をやめることはできない。
 何しろ一瞬の出来事で、気が付いたら既に詠唱は終わっていたのだ。

「ぎゃあああああああああああああ!!!」

 白き雷が命中したものが、断末魔の声を上げる。
 彼は何も悪くなかった。

 ネギの生徒から身を隠さなければいけないという立場にあって、のどかがやってきたために竹林の中に逃げた。
 一応姿の見えないところまで行って引き返そうと思ったのだが、途中で方向を見失ってしまった。
 この地帯には無間方処の呪法が施されているために、竹林に入ると方向感覚を狂ってしまうのだ。
 まっすぐ進んでいただけのときは問題なかったが、戻る段になってどちらへ行けばわからない。
 竹林の中をうろつき続け、ようやく石段を見つけ、急いであの休憩所に戻ろうとした。
 するといつの間にか捕獲していた少年――小太郎が解放されており、ネギと戦っている。
 ネギはタコ殴りにされて、今にも撲殺されそうだったために、助けに入った。
 ヨコシマキックという、ちょっと嫌な思い出がある技を披露して、小太郎を蹴飛ばした。
 すると、小太郎と間違われて、ネギに魔力パンチをぶちかまされて。
 地面に着地したかと思うと、今度はネギの魔法を直撃させられた。

 彼は何も悪くなかった。
 強いて言えば、少しだけ不運だったことか。

「なあああッ! よ、横島お兄ちゃん!」

 ネギはぷすぷすと煙を出して、地面に転がる焼けこげた物体に近寄った。
 それはネギが声を掛けると、ああ、うう、と短くうめいて、手を微かに動かす。
 懐に手をいれようとしたが、うまく引っかからない。
 その代わり、体を横に振ったため、懐から珠が転げ落ちた。

「……そうだ、これを使えば!」

 ネギは咄嗟に文珠を拾って、横島を回復させようとした。
 が、思いつきはそこで止まった。

 文珠の使い方がわからない。
 ネギはその場でくずおれそうになった。

「念じるのよッ、ネギ! 文珠に向かって『治れッ』って念じれば文字が入るわッ!」
「わ、わかりました!」

 アスナが黒い犬に取り囲まれながら、必死にネギに文珠の使い方を教えた。
 ネギは必死に文珠に「なおれ、なおれ」と念を篭めた。

「やった! 文字が入った! 横島さん! これで!」

 そういってネギは文珠を横島に押しつけた。
 文珠が優しい淡い光を放ち、横島を包むと、瞬く間に横島の火傷が治ってしまった。

「おいこら何すんじゃボケーッ! しっ、死んだらどーすんだーッ!」

 横島は治癒し終わると同時にネギの胸ぐらを掴み、ぶんぶん振り回した。
 助けに行って、助けた人間に強烈な拳で殴られたあげく、電撃を喰らわされたのだ、無理もない。

 絶叫して十歳の子どものネギに責任を追及しようとしている横島の襟を、復活した小太郎が思いっきり引っ張った。
 横島はネギを放して、その場で尻餅をつく。

「変なあんちゃん! 俺とネギは生きるか死ぬかの真剣勝負をしてたんや!
 俺はネギを殺そうとした! だから、ネギが俺を殺そうとしたのは間違ってない!」
「は!?」
「ネギを助けるならまだしも、なんで俺を助けたんやッ!」
「……え?」

 横島は小太郎を助けた覚えはない。
 むしろ、ネギを助けるために小太郎を蹴り飛ばしていた。
 結果、小太郎が受けるべき魔力パンチを受け、追撃として『白き雷』に当たってしまった。

 しかし、小太郎視点では少し違った。
 ネギの魔力パンチを小太郎が食らわないように蹴っ飛ばし、更に『白き雷』を体を盾にして防いだように見えたのだ。
 小太郎は直前まで自分が攻めていたとはいえ、その体に残るダメージは甚大なものだった。
 サイキックソーサーの爆発に巻かれて頭を打ち、刃を潰したハンズオブグローリーに打たれて大部分の気をそぎ落とされ、処女の髪の毛が織り込んだロープで 縛られ、最後には十本近くの魔法の矢を気の防御力だけでしのいだ。

 ネギをタコ殴りにしていたときでも、体の各部はかなり無理をしている状態だったのだ。
 あの状態で魔力パンチを受け、『白き雷』で追撃されていたら、いくら狗族の小太郎でも、命はなかっただろう。

 しかし、今は二本足で地面に立ち、ちゃんと息を吸えている。
 それは横島が飛び込んで、自分の代わりに魔力パンチを受けたから、自分の代わりに『白き雷』を受けたから。
 よくよく考えてみると、横島が自分を助けたなんてありえないことなのだが、テンションが最高潮になっている小太郎には、何故かそう見えた。

 一方横島は、何がなんだかわからないことを次々とまくし立てられて、混乱していた。

「し、知らん! 俺はお前を助けたなんてことはしとらんぞ! 何を勘違いしてるんだ」
「嘘やッ! じゃあ、何か?
 ネギを助けようとして、俺を蹴っ飛ばして、ネギに間違えられて殴られて、ネギの魔法に間違えられて打たれたとでもゆーんか?」
「そうだ!」
「んなアホなことがあるかいッ!」
「アホなことっつわれても、その通りなんだからしょーがねーだろ!」
「……ッ! もうええわッ!」

 先に小太郎が引いた。
 横島が頑なに拒否するのは、小太郎のプライドを思っての言葉なのだろう、と勝手に解釈していた。
 普段ならばプライドを気遣われる事すらも嫌う小太郎だが、今回だけは何故か許容できた。
 負けた、という意識が根底に存在していたからかもしれない。

 事実は小説よりも奇なり、ということわざ通り、今までの一連の流れは小太郎の想像の斜め上にあったのだが。

「……俺の完敗や。こっから出る方法を教えたる。
 この先に広場がある。そっから六番目の鳥居を破壊せい。
 その鳥居がこの結界の弱点や」

 袖の無くなった上着をはぎ取り、小太郎はズボンのポケットに手を突っ込んで、足下の石を蹴った。
 かと思うと、頭をがしがしと乱暴にかきむしる。

「えぇい、もう、負けや負けや。こないにこてんぱんにされたのは初めてや。クソッ。
 捕まって、挑発して、そして負けるなんて信じられへんほどアホや、俺は!
 もう素直に捕まるわ……本山に突き出すなり、煮るなり焼くなり好きにせぇ。
 そっちの馬鹿力の姉ちゃんも、悪かったな」

 小太郎が指を弾くと、アスナを取り囲んでいた黒い犬たちは消え去った。
 アスナは、黒い犬達に散々体中をなめ回された体をゆっくり起こす。

「こっちや」

 小太郎が先頭に立って、横島達を招き寄せた。
 あれほど敵愾心を剥き出しにしていた小太郎が、急に大人しくなった変化に、ネギ達は付いて行けずにいる。

 とりあえず敵意は感じられなかったため、四人はついていった。



 ネギは石段を歩きながら、横島に謝った。

「あ、あの、すいません……僕、横島さんのことを間違えて攻撃しちゃって」
「ああ……まさか助けようとして殴られるとは思わんかった……」
「えぅ……本当にごめんなさい」

 殴られたことは痛く、電撃を食らわされたことはもっと痛かった。
 平常時の横島であれば、
 「なんで俺がこんな目に遭わんといかんのやーッ! 理不尽だーっ!」
 等々叫んでいたのだが、今回は事情が事情だったために強く責められないでいた。

「それにしても、なんであいつがロープから抜け出してるんだ?
 いくらなんでもあれを引きちぎることはできないと思うんだが」
「えーっと……それは……」

 ネギは一連の流れを横島に説明した。











 アスナは縛られている少年を見た。
 少年は、見られたことに気付いて、アスナを睨み返した。

「俺は言わへんで!」
「言わなくてもいーのよ、こっちで勝手に見るから。
 さ、本屋ちゃん、あいつの心を読んじゃって」

 アスナはそういうと、のどかの背後に回った。
 が、のどかは困ったような声を出した。

「えっと、これはー、相手の名前がわからないと、使えないんですー」
「……え?」

 アスナは止まった。
 使用方法がわからぬまま、のどかを当てにしてしまったのだ。
 名前がわからないと使えない、という情報を、みすみす少年に与えてしまった。
 その上で少年が名前を教えてくれるとは思えない。

「あ、あんた、名前教えなさいよ」
「アホか、姉ちゃん」

 ダメもとで聞いてみたら、アホと一蹴された。
 アスナは頭を抱える。
 結局、横島に頼らなければならないようになってしまった。
 バカレンジャーなどと呼ばれて何度も屈辱を受けてきたが、それでも今回ほど自分の浅はかさが嫌になったことはなかった。

「……そこの西洋魔術師! 俺の縄をほどいて決闘しぃ。
 チビ助が勝ったら俺の名前だけやなく、ここからの脱出方法も教えたる」
「は、ハァ? 何言ってんのよ、あんた。
 どうせ、横島さんが戻ってきたら、名前なんて聞かなくてもあんたから情報を得ることができるのよ。
 立場がわかってるの?」
「わかっとる。わかっとるよ。
 あの変なあんちゃんは、一番弱いかと思っとったけど、実はかなりの使い手やった。
 姉ちゃんも、バカみたいな力持っとる。俺は負けた、もう、弁解せん、俺は負けた。
 が、そこのチビ助にだけは負けてへん。俺はチビ助だけには勝ったんや。
 なのにチビ助は、負けたのに勝ったつもりになっとる。それが許せんのや!」

 少年はネギを睨み付けた。
 ネギの肩に乗ったカモは、何負け惜しみ言ってやがる、と少年に向かっているが、ネギも少年と同じことを考えていた。

 ネギは力を求めている。
 それは生死が不明の父親を探すために、どうしても戦う力が必要になると思っているからだ。
 魔法学校では基本的な攻撃魔法を二種類しか教えてもらえなかったために、生徒立ち入り禁止の書物庫に忍び込んで使えそうなものを習得するほどだ。
 とはいえ、魔法以外の戦闘方法はほとんど独学。
 高畑・T・タカミチに一ヶ月だけ教わったことがあったが、まだまだ未熟であることは本人も自覚していた。
 父親を捜し続けるためにはもっと強くならねばならない。

「……わかった」
「ちょ、ちょっとネギ! あんな挑発になんか乗っちゃダメよ」

 加えてネギはまだまだ若かった。
 頑固で、子どもっぽいところが抜け切れていない。

 ネギは少年の挑発に乗ってしまった。

「はん、まあ、少なくとも男やったっちゅうことか、ネギ・スプリングフィールド。
 はよ、このけったいなロープ解けや」
「あんたは黙ってなさい! ダメよ、ネギ! 大人しく横島さんを待ってて!」
「そうっスよ、兄貴! あんなやつの負け惜しみなんて本気にしちゃいけないッス」
「ごめん、アスナさん、カモ君。でも、僕は強くならなくちゃいけないんです」
「だからって、下手したらあんた死んじゃうのかもしれないのよ!?
 それにもし負けたらどうするつもりなの?」
「姉ちゃん、俺はもう一回負けたんや。別に逃げたりはせん。
 ただ、そこのネギ・スプリングフィールドと戦いたいだけや。
 そっちが勝ったら、俺がここから抜け出す方法を教えてやる。
 別にそっちが負けても、解放しろ、なんて言わん。
 ネギは負け犬、そしてその父親のサウザンドなんとかも大したこと無い、それがはっきりするだけや」

 アスナの引き留めに、ネギは深く頭を下げた。

「……すいません、アスナさん」

 挑発に乗ったとはいえ、ネギは全く勝算がなく戦うつもりではない。
 少年は素早く攻撃してくる。
 それこそネギに詠唱をさせる間すら与えずに接近しての攻撃をだ。
 それを打破するための作戦を、ネギはアスナにケガの応急処置をしてもらっている間に立てていた。
 しかし、方法が思いついても、それが実戦で使えなければ意味はない。
 そして、ここ一番の実戦で初めて使うのは危なっかしい。

 それで、ちょうどいいタイミングに少年の挑発があった。

 頭を上げたネギの目を、アスナは見た。
 自信と闘争心に溢れた目だった。

「……わかったわよ。でも、私も戦うわ」
「あ、姐さんまで! もう勝負は終わったんスよ!? 相手の言うとおりになってやる理由はないじゃないッスか」
「あんたはネギの使い魔なんでしょ? ちょっとはネギを信じなさい、エロガモ。
 そりゃまあ、無茶というか浅はかっていうか、確かにこんなことを受けるのはバカげてるわ。
 だけど、ネギはちゃんとこれからする戦いに意味があるっていうのをわかってるのよ」
「はあ? 何言ってるんスか? 姐さん」
「私にもわからないけど、もうネギは止められないってことよ!
 ああっ、横島さんたらどこまで遠くまで逃げたのかしら!?
 なんですぐに戻ってこないのよ!
 本心ではネギを戦わせちゃいけない、ってわかってるのに!」

 のどかを見るなり、身を隠すために逃げてしまってこの場にいない横島に対してアスナが文句を言っている間に、ネギは少年の手足を縛っていたロープをほど いていた。
 少年は手首足首を捻って調子を取り戻しながら、ネギから距離を取った。

「流石に間近から始めたら俺が有利過ぎるからな。
 とはいっても、俺も護符は全部おしゃかにしてもうたし、せいぜい魔法の矢が撃てるくらいの距離しか取らんぞ」
「わかったよ」
「……ええな、まさか本当に挑発に乗るとは思わんかった。中々太い肝しとるんやな。
 最後のサービスや……俺の名前を教えたる。
 俺は犬上小太郎や、ネギ・スプリングフィールド」

 ネギと少年――小太郎は二十メートルほどの距離を持って対峙している。
 ネギの傍らにはカモがおり、そしてのどかとアスナがいる。
 アスナものどかも自分のアーティファクトを手に持って、構えていた。

「初めの合図は俺が心の中でそう思う。そっちの本持っとる姉ちゃんに教えてもらえ」

 小太郎が言った。
 しばらくの間、辺りには風の吹く音とそれに煽られて揺れる竹の葉の音のみが聞こえてくる。

 硬直したまま十秒が経過すると、のどかが口を開いた。

「来ます! せんせー!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 ネギが早口で始動キーを唱える。
 小太郎が地面を蹴って、距離を詰める。
 アスナはハマノツルギでもって、ネギを護る体勢を取った。

「セプテンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス・コエウンテース!」

 ネギの唱えたのは雷属性の魔法の射手、十七矢。
 小太郎は身をかがめて回避の体勢を取った。

「右に避けます!」

 のどかが叫ぶ。

「サギタ・マギカ・セリエス・フルグラーリス!」

 十七矢の雷の矢が放たれた。
 小太郎はのどかの言ったとおり、右に避ける。
 それに対応してネギが右に魔法の矢を放つ。
 全てを避けきれないことは小太郎の承知の上だった。

「こなくそッ!」

 攻撃魔法を弾く護符はもう持っていない。
 耐えきれるかどうかは、自分の気力次第だった。
 限界まで腕を気で強化して、魔法の矢を防いだ。

 誘導性能がある魔法の矢とはいえ、小太郎のスピードの回避行動で十七矢のうち何本かは回避できる。

 着弾地点に煙が上がる。
 全ての矢が、当たるか外れるかし終えた。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 ネギは小太郎の様子を確認する前に次の始動キーを唱えた。
 煙の中から、小太郎が飛び出してくる。
 とはいえ無傷ではない。
 学ランの上着はぼろぼろになり、袖のところがほとんど無くなっている。

「ウーヌス・フルゴル・コンキデンス・ノクテム……」

 『白き雷』の詠唱は間に合わなかった。
 小太郎は既に間近に迫っている。
 アスナがハマノツルギを振るうが、かわされた。

「ぐっ!」
「ネギせんせー!」

 ネギは鳩尾に拳を入れられた。
 そのまま下から上に殴り上げられ、今度は上から下に追い落とされる。

「ネギ!」

 犬上小太郎は口をつぐんだまま、アスナ対策の技を出した。
 影から黒い犬が何匹も出現させ、それをアスナに向かわせた。
 フェミニストの小太郎は女性であるアスナをそれに襲わせることはしない。
 黒い犬はアスナを押し倒し、集団で群がって体を舐め始める。

 アスナは行動不能に陥り、ネギは間合いに入られた。
 のどかは小太郎の動きを逐一報告していたが、それに反応できる者はいなかった。

 こうなればネギは何もできず小太郎にタコ殴りにされた。
 吹き飛んだ先にネギよりも大きな岩があり、その岩の側面と小太郎に挟まれて殴られ続ける。

「ネギーッ!」
「ネギせんせーッ!」

 魔法障壁がまだ残っていたために、ネギはまだ生き伸びることができていた。
 今、障壁が突破されたら、前回のように横島が介入して助けてくれることはない。

「へっ、中々ええ根性しとったが……しかしまだまだやなぁッ!
 これで終わりやーッ!」

 小太郎が必殺の一撃を放った。
 今まで以上に気で強化された拳が、ネギに向かう。

 あと二秒もしないうちに、ネギがやられる、そんなタイミングに介入するものがいた。

「ヨコシマーキーック!」

 笹の葉が体のいたるところにくっついたバンダナの男が、小太郎を横から蹴り飛ばした。
 最後の一撃が届く前に、小太郎ははじき飛ばされる。

「シム・イプセ・パルス・ペル・セクンダム・ディーミディアム、『ネギウス・スプリングフィエルデース』」
「え?」

 ネギ自身への契約執行。
 0.5秒間、魔力による身体能力の補正が行われる。
 ネギは魔力のこもった拳で、目の前の人物を殴り飛ばした。

「ごぁぅべっ!」

 目の前の人間が小太郎ではないことに気が付いたのは、殴った後だった。
 しかし、殴ってしまったことは仕方がないと、立ち上がり、次の攻撃の詠唱を始める。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 ウーヌス・フルゴル・コンキデンス・ノクテム!
 イン・メア・マヌー・エンス・イニミークム・エダット!」

 ネギは地面に転げる小太郎に向かって手を構えた。

 『白き雷』

 物体に対する破壊力はそれほどでもないが、人間や動物に対しては極めて高い攻撃力を持つ本格的な攻撃魔法である。
 それを小太郎に放とうとしたのだ。



 ……が、小太郎とネギとの直線上に、先ほどネギが殴り飛ばしたものがおちてきた。

「フルグラティオー・アルビカンス!」

 最終段階まで唱え終わってしまった状態で詠唱をやめることはできない。
 何しろ一瞬の出来事で、気が付いたら既に詠唱は終わっていたのだ。

「ぎゃあああああああああああああ!!!」

 白き雷が命中したものが、断末魔の声を上げる。
 彼は何も悪くなかった。

 ネギの生徒から身を隠さなければいけないという立場にあって、のどかがやってきたために竹林の中に逃げた。
 一応姿の見えないところまで行って引き返そうと思ったのだが、途中で方向を見失ってしまった。
 この地帯には無間方処の呪法が施されているために、竹林に入ると方向感覚を狂ってしまうのだ。
 まっすぐ進んでいただけのときは問題なかったが、戻る段になってどちらへ行けばわからない。
 竹林の中をうろつき続け、ようやく石段を見つけ、急いであの休憩所に戻ろうとした。
 するといつの間にか捕獲していた少年――小太郎が解放されており、ネギと戦っている。
 ネギはタコ殴りにされて、今にも撲殺されそうだったために、助けに入った。
 ヨコシマキックという、ちょっと嫌な思い出がある技を披露して、小太郎を蹴飛ばした。
 すると、小太郎と間違われて、ネギに魔力パンチをぶちかまされて。
 地面に着地したかと思うと、今度はネギの魔法を直撃させられた。

 彼は何も悪くなかった。
 強いて言えば、少しだけ不運だったことか。

「なあああッ! よ、横島お兄ちゃん!」

 ネギはぷすぷすと煙を出して、地面に転がる焼けこげた物体に近寄った。
 それはネギが声を掛けると、ああ、うう、と短くうめいて、手を微かに動かす。
 懐に手をいれようとしたが、うまく引っかからない。
 その代わり、体を横に振ったため、懐から珠が転げ落ちた。

「……そうだ、これを使えば!」

 ネギは咄嗟に文珠を拾って、横島を回復させようとした。
 が、思いつきはそこで止まった。

 文珠の使い方がわからない。
 ネギはその場でくずおれそうになった。

「念じるのよッ、ネギ! 文珠に向かって『治れッ』って念じれば文字が入るわッ!」
「わ、わかりました!」

 アスナが黒い犬に取り囲まれながら、必死にネギに文珠の使い方を教えた。
 ネギは必死に文珠に「なおれ、なおれ」と念を篭めた。

「やった! 文字が入った! 横島さん! これで!」

 そういってネギは文珠を横島に押しつけた。
 文珠が優しい淡い光を放ち、横島を包むと、瞬く間に横島の火傷が治ってしまった。

「おいこら何すんじゃボケーッ! しっ、死んだらどーすんだーッ!」

 横島は治癒し終わると同時にネギの胸ぐらを掴み、ぶんぶん振り回した。
 助けに行って、助けた人間に強烈な拳で殴られたあげく、電撃を喰らわされたのだ、無理もない。

 絶叫して十歳の子どものネギに責任を追及しようとしている横島の襟を、復活した小太郎が思いっきり引っ張った。
 横島はネギを放して、その場で尻餅をつく。

「変なあんちゃん! 俺とネギは生きるか死ぬかの真剣勝負をしてたんや!
 俺はネギを殺そうとした! だから、ネギが俺を殺そうとしたのは間違ってない!」
「は!?」
「ネギを助けるならまだしも、なんで俺を助けたんやッ!」
「……え?」

 横島は小太郎を助けた覚えはない。
 むしろ、ネギを助けるために小太郎を蹴り飛ばしていた。
 結果、小太郎が受けるべき魔力パンチを受け、追撃として『白き雷』に当たってしまった。

 しかし、小太郎視点では少し違った。
 ネギの魔力パンチを小太郎が食らわないように蹴っ飛ばし、更に『白き雷』を体を盾にして防いだように見えたのだ。
 小太郎は直前まで自分が攻めていたとはいえ、その体に残るダメージは甚大なものだった。
 サイキックソーサーの爆発に巻かれて頭を打ち、刃を潰したハンズオブグローリーに打たれて大部分の気をそぎ落とされ、処女の髪の毛が織り込んだロープで 縛られ、最後には十本近くの魔法の矢を気の防御力だけでしのいだ。

 ネギをタコ殴りにしていたときでも、体の各部はかなり無理をしている状態だったのだ。
 あの状態で魔力パンチを受け、『白き雷』で追撃されていたら、いくら狗族の小太郎でも、命はなかっただろう。

 しかし、今は二本足で地面に立ち、ちゃんと息を吸えている。
 それは横島が飛び込んで、自分の代わりに魔力パンチを受けたから、自分の代わりに『白き雷』を受けたから。
 よくよく考えてみると、横島が自分を助けたなんてありえないことなのだが、テンションが最高潮になっている小太郎には、何故かそう見えた。

 一方横島は、何がなんだかわからないことを次々とまくし立てられて、混乱していた。

「し、知らん! 俺はお前を助けたなんてことはしとらんぞ! 何を勘違いしてるんだ」
「嘘やッ! じゃあ、何か?
 ネギを助けようとして、俺を蹴っ飛ばして、ネギに間違えられて殴られて、ネギの魔法に間違えられて打たれたとでもゆーんか?」
「そうだ!」
「んなアホなことがあるかいッ!」
「アホなことっつわれても、その通りなんだからしょーがねーだろ!」
「……ッ! もうええわッ!」

 先に小太郎が引いた。
 横島が頑なに拒否するのは、小太郎のプライドを思っての言葉なのだろう、と勝手に解釈していた。
 普段ならばプライドを気遣われる事すらも嫌う小太郎だが、今回だけは何故か許容できた。
 負けた、という意識が根底に存在していたからかもしれない。

 事実は小説よりも奇なり、ということわざ通り、今までの一連の流れは小太郎の想像の斜め上にあったのだが。

「……俺の完敗や。こっから出る方法を教えたる。
 この先に広場がある。そっから六番目の鳥居を破壊せい。
 その鳥居がこの結界の弱点や」

 袖の無くなった上着をはぎ取り、小太郎はズボンのポケットに手を突っ込んで、足下の石を蹴った。
 かと思うと、頭をがしがしと乱暴にかきむしる。

「えぇい、もう、負けや負けや。こないにこてんぱんにされたのは初めてや。クソッ。
 捕まって、挑発して、そして負けるなんて信じられへんほどアホや、俺は!
 もう素直に捕まるわ……本山に突き出すなり、煮るなり焼くなり好きにせぇ。
 そっちの馬鹿力の姉ちゃんも、悪かったな」

 小太郎が指を弾くと、アスナを取り囲んでいた黒い犬たちは消え去った。
 アスナは、黒い犬達に散々体中をなめ回された体をゆっくり起こす。

「こっちや」

 小太郎が先頭に立って、横島達を招き寄せた。
 あれほど敵愾心を剥き出しにしていた小太郎が、急に大人しくなった変化に、ネギ達は付いて行けずにいる。

 とりあえず敵意は感じられなかったため、四人はついていった。



 ネギは石段を歩きながら、横島に謝った。

「あ、あの、すいません……僕、横島さんのことを間違えて攻撃しちゃって」
「ああ……まさか助けようとして殴られるとは思わんかった……」
「えぅ……本当にごめんなさい」

 殴られたことは痛く、電撃を食らわされたことはもっと痛かった。
 平常時の横島であれば、
 「なんで俺がこんな目に遭わんといかんのやーッ! 理不尽だーっ!」
 等々叫んでいたのだが、今回は事情が事情だったために強く責められないでいた。

「それにしても、なんであいつがロープから抜け出してるんだ?
 いくらなんでもあれを引きちぎることはできないと思うんだが」
「えーっと……それは……」

 ネギは一連の流れを横島に説明した。