サンジュウロクメは焦燥を隠せないでいた。
想定していたよりも遙かに霊力の消耗が激しく、現在の同期合体を保つことすらも危うい状態に陥っていたのだ。
勝算がないわけではない、とサンジュウロクメは計算していたのだが、魔力の量は想像を超えていた。
このまま、何の策も思い浮かばなければ、確実に魔力の暴走を抑えられなくなる……。
かといって、策が思いつくか、といわれれば、全く思い浮かばない。
自分の体をすりつぶして霊力としても、到底足りないのだ。
そのことを横島に告げてはいないが、うすうす横島も気づいているようだった。
ただただ自分の魂が吸い上げられる感覚を感じながら、光の球に向かって精製を続けている。
「ぐ……ぐぐぐぐ……相当不味い……う、うわああああ、美神さんのあのチチを俺のものにするまで死ねるかぁ〜ッ!」
動機が不純であるものの、横島の霊力は一旦あがった。
が、それはかえって、余計な霊力の消耗を促しただけだった。
サンジュウロクメは、もう横島に言葉をかける余力も残っていなかった。
本来ならば同格同士がするべき同期合体を、サンジュウロクメは霊力コントロールによって無理矢理やったあげく、
多大な霊力の消耗をしてしまった。
サンジュウロクメの意識が、通常よりも早いスピードで横島の魂と融合を果たしそうになっていた。
サンジュウロクメは自身の感覚器官で、光の球を見つめた。
表面を覆う霊力の膜が、青筋立てて霊力を注ぎ込んでいる横島の顔を映す。
段々と意識が薄れてきて、思考がはっきりしない。
まあ、横島さんとなら、いいか、とサンジュウロクメが思ったそのときだった。
「えっ? な、なに……」
突然、体を縛るロープの端を思いっきり引っ張られたかのように、背後に強く引きつけられる力を感じた。
気が付けば、横島の体から脱し、遙か彼方向こうに存在する地面に向かって真っ逆さまに落下しようとしていた。
「大丈夫か、目玉の姉ちゃん」
すんでのところで、犬上小太郎がサンジュウロクメの手を掴んだ。
融合しかけていたところから、急に魂を引っ張り出されてしまったことで、頭の中に靄がかかったような状態にあった。
それでも、サンジュウロクメは小太郎の服を反対の手で強く握り、頭を振って辺りを見回した。
「よ……横島さんは?」
ぼやけていた視界がゆっくりと焦点を結んでいくと、そこには光球に対して一人で立ち向かう横島がいた。
しかし、横島の背後には、まるで横島の体を支えるようにして浮くスーパー文珠があった。
『奇』『跡』
サンジュウロクメがその文字を認識すると、ほぼ同時のタイミングで砕け散った。
文珠の欠片が散って、霊力のもやが緩やかに横島を包み込むと、横島が押さえつけていた光球が明らかに収縮されていった。
「あれは?」
横島の体から、すうっと何かが抜け出した。
その『何か』は、霊力のもやに包まれながら、横島の背後にぴったりとくっついた。
そしてそのまま、口を横島の耳元に持って行き、つぶやき始めた。
「久しぶりね、横島」
「え? あ……ルシオラ?」
「元気にしてた? っていっても、あなたの一部になってたんだから、元気にしてたかどうかなんて知ってるんだけどね」
「ま、マジ? あ、あ……ルシオラーって叫んで抱きつきたいけど、今はそんな状況じゃないッ!」
「わかってるわよ。私が出てきたのは、あなたを助けるためになんだもの。
どこかの誰かさんの願い……ううん、誰かさん『達』の願いが集まった、ちょっとした奇跡ってやつね。
ほんの少しだけ、助けてあげる」
ルシオラの体がすうっと横島の体と重なっていく。
「ああっ! 感触を感じないッ! もうちょっと胸が増量してから復活して欲しかった!」
「悪かったわねッ!」
ルシオラの体が完全に横島の体に重なり合った瞬間、光球を包む霊力の膜が強い輝きを放った。
辺りが翡翠色の光によって包まれる。
誰もが目映さに目をそらした。
再び麻帆良学園に局所的な地震が襲いかかり、強力な魔力のうねりが発生しはじめた。
対魔力処理が弱いアンドロイド達は、機能不全を起こして、次々と倒れ、
麻帆良学園の一部でも異常な魔力のせいで停電が発生した。
混沌とした状況は、数分間にも及んだ。
翡翠色の光が少しずつ消えていくと同時に、地震が止まる。
停電はごくわずかに復旧したところもあるが、配線がショートを起こしてしまっており、ほとんどが停電のままだった。
やがて、横島の姿が見えるようになると発光体の輪郭も明らかになってきた。
サンジュウロクメは、それを見たとき、思わず唾を飲み込んだ。
最初、想定されていた『文珠』は、普通のものよりも大きいスイカほどのサイズのものだった。
しかし、今目の前にあるものは違う。
拳大というコンパクトな球体に、普通の文珠大の球が四つ埋め込まれている形状であった。
サンジュウロクメは知っている。
今目の前にあるものが、かつて自分が見たことのあるものであると。
文珠よりも遙かにエネルギーの圧縮率が高く、創造者のみしかその力を扱えないもの。
恐らく、圧縮したエネルギーの結晶の中で、最高峰に達するほどのもの。
「アシュタロスの……エネルギー結晶……」
あれは危険なものだ。
そうそう悪用されないものだが、万が一悪用された場合、世界がひっくりかえるほどの事件になってもおかしくない。
誰の手にも渡らぬうちに処理をしよう、と手を伸ばしたそのときだった。
「え……?」
エネルギー結晶の輪郭が透明になり、すう、と消えた。
まるで最初からそこに何も無かったかのように、跡形もなく消失してしまったのだ。
サンジュウロクメの感覚器官を働かせても、どこにも見あたらない。
本当に消滅してしまったかのようだった。
サンジュウロクメは、更に詳しい調査をしよう、と思ったが、それも叶わなかった。
しばらくの間滞空していた横島が、不意に重力に従って地上に向かって落ちていってしまったからだ。
幸いなことにネギが落ちる横島をキャッチすることに成功したものの、気を失っていた。
心臓は動いているし、呼吸も確認できたため、ただ気を失っているだけだと思われたのだが、
あれほどの大事をした後なので、心配してしすぎることはない……というわけで、サンジュウロクメも地上に戻ったのだ。
地上につくと、横島は簡易ベッドに寝かされて、改めて脈拍や呼吸の有無の確認を行われた。
「大丈夫です。脈拍に乱れはないし、呼吸も穏やかです。もうしばらくしたら、気がつくでしょう」
事情を知っている保険医がそう告げると、一同はほっと一息をついた。
既に魔法先生達が、地上での混乱の後始末に駆け回ったり、葉加瀬や超が魔力計などで異常がないかの確認作業を行っている。
長い学園祭は、これでようやく終わり……かと思われたときだった。
「いえ、このままでは彼は二度と目を覚ますことはないでしょう」
突如、フードコートを身にまとった男が現れた。
足音を立てずに、まるで幽霊であるかのようにすうっと姿を現し、出し抜けにそう告げた。
「アルビレオさん!」
「違います。ネギ君、私のことはクウネルと呼んでください」
今年度ウルティマホラ優勝者、ネギを決勝戦で破った謎多き人物『クウネル・サンダース』
本名は『アルビレオ・イマ』といい、過去、ネギの父親であるナギの仲間である人物だった。
その場にいる全員に、クウネルは微笑を浮かべると、そっとサンジュウロクメの肩を叩いた。
「あなたが見てあげなさい。あなたの目は、私たちが持たぬ目ですから」
サンジュウロクメはその言葉に従い、横島のすぐわきに座って、横島を見た。
保険医のだした結果と同じく、心拍数は正常、呼吸も安定しており、瞳孔も収縮しているのが確認できた。
どう見ても『生きている』状態であった。
しかし……。
「……死んでる……」
「ど、どういうことですかっ! なんで、なんで……」
「生命反応はあるんやろっ!? それでなんで死んどるんやっ!」
「……確かに心臓は動いている、呼吸もしてる……けど……横島さんの、魂が……ないのよ。
全部、燃え尽きちゃってるのよ……いくら肉体が生きていても、魂がなかったら……」
サンジュウロクメが顔を伏せた。
「肉体なんてただの化学反応をするだけの肉よ。
そういうのは、『生きている』なんて言わないの」
誰もが口を閉ざしていた。
目の前で横たわる横島は、誰の目で見ても死んでいる人間には見えない。
むしろ、今にも起き出してきそうなほどだった。
鎮痛な雰囲気が辺りを包み、誰もが同じ感情を抱いていた。
「いえ、まだ死んでいるわけではありません。
恐らく、今日、必要になるだろう、と思い、用意しておいたものがあります」
そこへクウネルがどこからか大きなものを取り出した。
ちょうど人の大きさほどの、石だった。
というよりか、人が石化したものであった。
四つんばいになり、手足をはしたなくばたつかせ、情けない表情を浮かべている、よく見知った人物の石像だった。
「横島さんッ!?」
「そう、彼です。
どういうわけか、ネギ君の故郷に、この石像がありましてね。
少し物珍しさに手元に置いておいたのですが……まさかこのような形で使うことになるとは、思いもしませんでした」
サンジュウロクメは素早く、横島の石像に近寄った。
くまなく目をこらし、手を触れ、自分の感覚器官の全てを用いて、その存在を感知しようとした。
「いる……いるわ。横島さんの魂が、この中から感じられる!」
石化した肉体の奥底で、微かに鼓動する魂を感じ取ることが出来た。
横島の魂の方もサンジュウロクメの存在を感じたのか、胸の中から、すうっと抜け出してきた。
横島ほどの霊能力者になると、魂は人の形をとるものだが、弱っているのか、不定の人魂状になって空中に浮かび上がる。
「ダメっ! 成仏しちゃダメ! ここにはあなたが行く場所はないわ。こっちの柔らかい肉の器に入るのよ」
サンジュウロクメがすかさず魂の尾を掴み、ぐぐと引き寄せる。
魂は抵抗することなく動き、されるがままに石化していない横島の体の中に入り込んだ。
サンジュウロクメが横島の体から離れる。
みなが見守る中で、数秒後に横島の体が跳ねた。
「へ、っくしゅん……あたたた……なんか体がモーレツに痛い……」
「横島さんっ!」
目覚めた横島に、サンジュウロクメが抱きついた。
もんどりうって倒れそうになるのを、ぐっと耐えたが、その代わり壮絶な悲鳴が口から漏れた。
「いででででででで!! や、やめろッ!! 体中の骨がぼきっと、その上から小錦がぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を聞いても尚、横島から離れようとしないサンジュウロクメを周りの人たちがなんとか引きはがす。
同時に、木乃香が横島のすぐそばに立ち、治癒の魔法を唱える。
「あら? おかしいな〜、確かに治癒魔法を唱えたんやけど、手応えがあらへん」
「チャクラの方のダメージだと思うわ。
通常では考えられないほどの霊力を使ったのと、魂を移植する、という荒技をしたせいで、
きっとチャクラが傷ついちゃったのよ。外的な傷でもないし、横島さんも私もこの世界の住人じゃないから、
ただの治癒魔法では治せないと思うわ」
渡して貰ったハンカチで、目の回りの涙を拭きつつ、やや平静を取り戻したサンジュウロクメが言った。
鼻をすすりながら、サンジュウロクメは横島に向き直り、ベッドに腰掛けて、横島を見た。
「横島さん、何があったか覚えてる?」
「あ? 覚えてるって……えーと、俺は確か、アスナちゃんに蹴り飛ばされて……。
それで……」
横島は言葉に詰まり、その場で顔を伏せた。
口元に手を当て、霞がかかったかのような頭を働かせ、記憶を蘇らせる。
「あら? おかしいな……文珠であのわけのわからない空間から抜け出して……麻帆良学園で戦って……あれ?」
「記憶の混乱があるのかしら?」
ぽつぽつとしゃべる横島の記憶には、整合性が欠けていた。
燃えている村に到着したかと思えば麻帆良学園で戦い、
石化光線を放つ悪魔に襲われたかと思うと、麻帆良学園の上空で光の球の精製をしていた。
「なんで『燃えている村』なんてところにいたの?
そもそも、何故、横島さんは石像になっていたの?」
「あ、あのっ、す、すいませんっ!」
途中で何か思い立ったのか、アスナが思いっきり頭を下げた。
その場にいた全員がアスナに注目し、唖然としてる。
すると、横島も何かを思い出したかのように、口を開いた。
「お、思い出した……ッ!
確か俺は、過去に行くっていってたネギ達に巻き込まれて、あの変な空間に行ったんだ。
そこで、アスナちゃんに蹴り飛ばされて、ネギ達とはぐれて……変な空間に閉じこめられたから、文珠で脱出を試みたら、
あの、燃えている村に着いた……そこで石化されたんだ」
「ちょ、ちょっと、どういうことなの? 私にはさっぱりわからないんだけど」
横島の発言により、その場にいたほとんどの人間が理解をした。
理解できなかったのはサンジュウロクメのみ。
ネギのクラスのメンバーは、自分たちが経験したことを彼女に説明した。
超鈴音の罠にはまり、ネギ達がエヴァンジェリンの別荘から出てきたときには学園祭は既に終わっていた。
このままではいけない、とネギ達は時間移動を試み、学園祭終了前に到着して、超の陰謀を食い止めようとした。
その際に、横島を巻き込んでしまい、更に時間移動中の事故により、横島が時空の彼方へとけり出されてしまったことを説明した。
横島の言った言葉から、横島はその後、文珠を用いて自力で通常空間に戻ってきたという。
クウネル・サンダースの言うとおり、横島が戻ってきた先はネギの故郷の村であり、
そこで運悪く、ネギのトラウマの根源である悪魔達の襲撃が行われているところだった。
横島はそれにも巻き込まれて、ヘルマンの石化光線を受け、今の今まで石化してしまった、ということだった。
ネギの過去の記憶に存在していた、石化していた横島の情報とも一致している。
思わず、サンジュウロクメは「今更だけど、どれだけ運が悪いの……」とつぶやき、
対照的にアスナさんは、刹那の背中に隠れるように横島を見ていた。
アスナの罪悪感というものは根が深いものであるようで、いくら横島が気にしていない、と言っても申し訳なさそうにしている。
「……大体の事情はわかったわ。けど、横島さんに麻帆良学園での記憶があるのは何故かしら?
肉体と魂の記憶がぶつかりあって、混乱を来しているってことかしら?」
サンジュウロクメが次なる疑問を考え始めたとき、超鈴音がひょっこりと顔を出した。
「それはきっと、魂の融合が行われた結果だと思うネ。
あ、そうそう、辺りの魔力は正常値に戻っていたヨ、まあ正常といっても麻帆良学園での正常値だけどネ。
今夜はこれ以上の異変は起きないと思うヨ」
「魂の融合?」
「そう。時間移動によって引き起こされる結果ヨ。
この世界の歴史、というものは唯一無二のもの。
時間移動によって大幅な変更があった場合、そこに因果が逆転するような矛盾があったとしても上書きされるネ。
俗に言う、『タイムパラドックス』は起こらないヨ。
だからこそ、魔法の存在がばれなかった私が、魔法の存在がばれた世界にしようとしたことができたわけアル。
上書きされるのは、ただ単純な事実だけではなく、『魂』もそうなるヨ」
超は一旦、言葉を切り、ネギを見た。
「ネギ先生。あなたは未来から過去に来た。
では、本来ここに存在しているはずの『ネギ先生』はどこにいる?」
「え? ど、どこって……あっ、マスターの別荘にいるってことですか?」
「問いに対しての答えは正解ヨ。だが事実は違う」
超はネギの胸をちょんちょんと人差し指で差した。
「ここヨ。ここにいるヨ」
「はい?」
「ネギ先生は未来から、それこそ歴史が変わるほどの大きな事実を消しにやってきた。
私が魔法の存在を世界からバラす、という大きな事実をだ。
すると、世界は考える『超鈴音を止められなかったネギ・スプリングフィールドなど無用だ』とネ。
君たちは知らぬだろうし、こう言われるまで考えることもなかっただろうが、
君らは『未来からきた君ら』でもあり、『この時間に本来存在していた君ら』でもあるネ。
時間移動を行い、歴史を変更させた時点……つまり私に打ち勝ったとき、
時間移動をした君らはエヴァンジェリンの別荘にいた君らと融合をしたのだ」
その場にいたほとんどが理解できていないようだった。
が、さっきとは反対に、サンジュウロクメだけが理解できていた。
「なるほど、時間移動によって変更を行った世界の方に、変更を行われた世界が吸収されるというわけなのね。
同じ世界に同一人物が存在するという矛盾を、両者を同一化させることによって解消する。興味深いことね。
私たちの世界では、そのような現象は起きず、変更が行われた世界は変更が行われる前の世界へと戻ろうとする修正力が働いていたわ。
私たちの世界とこの世界との隔絶は、そういった世界そのものの成り立ちの違いからなのかもしれないわ」
うんうん、と頷くサンジュウロクメ。
「つまり、横島さんの記憶が混同しているのは、この時間軸に存在していた横島さんと未来から過去へと飛んだ横島さんとが融合した結果なのね。
さっき、横島さんの魂が燃え尽きたかのように見えたのは、あの石像の中にある魂と融合しただけだった」
「さ、さっぱりわからん、ネギ、お前はわかるか?」
「い、いえ、僕も全く……」
思わず顔を見合わせるネギと横島。
その場にいたほとんどの人間が、同じような反応を示している。
「ま、とにかく今日は色々とあったけど一件落着ね。
危機も去ったし、横島さんも無事だったし、やっと一息つけるわ」
「ところが、そうでもないんですがね」
「……また、何かあるの?」
サンジュウロクメはうんざりした表情を、背後に立っていた人物……クウネル・サンダースに向けた。
「あなた方にはそろそろこの世界から出て行ってもらう必要があります」
クウネルはそういったあと、口元に手を持って行って考えるような仕草を取った。
「あ、いえいえ、そういってしまっては語弊がありますね。
別段、あなた方に悪意があって言ったわけではありません。
ただ単純に、今があなた方が元の世界へと戻る絶好のチャンスだということをお伝えしたかったのですよ」
「……確かに、今のこの時間と空間は非常にねじれた状態にあるわね。
時間移動を何度も何度も繰り返し、空間は強力な魔力溜まりが発生したかと思えば一瞬でそれが消えてしまった。
非常に不安定……そういったところでは異世界への扉が開きやすいわ。
だけど、頼みの綱の横島さんは疲弊しきってるし、私も同じようなもの。
出来れば帰りたいのはやまやまだけど、手段がないのよ」
「私に任せてください。
私は重力魔法を得意としていまして……重力、というものは空間や時間といったものと深い関わりがあるのですよ。
このねじれた空間で、世界の穴を作ることくらいなら、なんとか行えます」
「でも、その穴に入ったところで、私たちが帰れるという保証はないわけでしょ?
不測の事態に対応できなくて、リスクが大きすぎるわ」
クウネルは再び口元に手を持って考える仕草をした。
罰悪そうにその場全員に目を向け、はあ、と一つため息をした。
「あなた方にはなんとしてでも帰って頂かなければなりません。
あなた方は、この世界に不要な危機をもたらしてしまうのです」
「不要な、危機?」
「私のアーティファクトは他人に変化をすることが出来ます。
その際、ちょっとだけ、その人の辿ってきた過去、というのが見ることができるのです。
その『過去』というのが中々癖物でして、単純に過去に体験してきた事実ではなく、その人が辿ってきた……
辿ってくるべき『運命』なのです。
私のアーティファクトで、ネギ君達の運命を覗くと、そこに横島忠夫とサンジュウロクメという存在は無いのです」
「どういうこと?」
「つまるところ、あなた方は『運命』上に決して存在しない存在なのです。
異世界からきた人間とは、この世界にとっての異物以上のなにものでもありません。
あなたがたを排除しようとする力が、世界全体から働いているのです」
「……なるほど、私らの世界でいう『宇宙の反作用』ってやつね」
「その呼称は中々相応しいですね。
そうです、『宇宙の反作用』というものが働き、世界が世界からあなた方を排除する方向に進んでいます。
だから、本来発生しない危機を招いてしまうのです。
今回の騒ぎもそうでしょう。
あなた方が存在しなかった『運命』では、今回のことは、今のよりも遙かに平穏理に片が付き、
魔法陣の安全装置が発動して、別種の魔法が発動するにすぎなかった。
それが、あの大騒動です。
『宇宙の反作用』の目論みとしては、魔力の爆発であなた方を確実に消滅させたかったんでしょう。
何、宇宙全体から見れば人類など取るに足らないものの一つであり、その中の一つの都市など、非常に些末なものです。
今回、『宇宙の反作用』はあなた方の排除に失敗しましたが、次がどうなるかわかりません。
今度はきっと、都市全てを破壊する、などという小規模な破壊ではない事態が引き起こされるかもしれません。
そうなる前に、あなた方が自主的にこの世界から退場してくれることを、私は求めます」
会話の隙間に、横島が口を挟んだ。
「つまり、どーゆーことなんだ? 何を言ってるのかさっぱりわからん。
簡潔に、これからどうすればいいのかを教えてくれ」
「話を要約すると、私たちが元の世界に帰らなきゃ、こっちの世界が危ない、ってこと」
サンジュウロクメは、ふう、と一つため息をついた。
目の前にいる謎の人物と、もう少し話しがしたかったが、
好奇心に突き動かされるままに動いて、しなければいけないことを見過ごすわけにはいかなかった。
「と、いうことで、こちらの……」
「クウネル・サンダースです。クウネルとお呼びください」
「クウネルさんのお手伝いの下、私たちは帰らせてもらうことになりました。
みなさん、どうもお世話になりました」
サンジュウロクメは、ぺこりと深くお辞儀をした。
釣られるように、横島も頭を下げる。
サンジュウロクメは頭を上げると、横島の肩を支え、ベッドから立ち上がらせる。
「大丈夫? 横島さん、歩ける?」
「ああ、なんとか……全身が筋肉痛みたいになってるけど」
横島はひょこひょことぎこちない歩き方をしているものの、サンジュウロクメに支えられて、ゆっくり歩き始めた。
「横島お兄ちゃん! ……その」
ネギが横島に声をかけようとしたものの、どうかければいいものかわからなかった。
きっと横島達は元の世界へ帰った方がいいのだろう、ということは理由を付けるまでもなく正しいことだとわかっていた。
が、しかし。
「僕は……その、あっ、ありがとうございました!」
心情的には、帰って欲しいとは思っていなかったが、ぐっとこらえて頭を下げた。
ネギは横島にたくさんの借りを作っている。
なんだかんだいって、修行を手伝ってくれたり、土壇場で助けてもらえたりしていた。
本人は自分よりも遙かに過酷な目に遭っているのに、だ。
横島は、ネギは不出来であるものの頼れる兄のような存在だった。
「おう、ネギも頑張れよ。何を頑張るのか知らないけどな」
全身を走る痛みのせいか、やや引きつってはいるものの、優しい笑顔をネギに向けた。
なんだかんだ言って、横島はネギのことがそれなりに気に入っていた。
今まであったことのない、礼儀正しい子供であり、自分のことを馬鹿にせず、尊敬のまなざしを向けてくれる。
「横島さん、色々とお世話になりました」
刹那が横島に向けて、頭を下げた。
刹那は比較的に横島と関わり合いのあった人物だった。
修学旅行の際には、場違いなほど朗らか……というかお馬鹿な人柄を見せたことによって、救われていた。
「おう、刹那ちゃん! 胸が薄くても、強く生きるんだぞ」
横島ののど元に、刹那のアーティファクトである小太刀が向けられた。
「余計なお世話です」
「ご、ごめん、刹那ちゃん……じゅ、十分強く生きてけそーだな……」
刹那が引くと、次は木乃香が横島に何かを手渡した。
「ん? 携帯?」
「ほら、前にうちの携帯を使って、横島さんの世界につなげたやろ?
そういったものを持ってれば、向こうの世界へと行きやすい〜てクウネルさんにきいたから」
「ああ、そっか……っていいのか? 携帯電話なんて……」
「ええよ。携帯電話なんて、また買えばええんや。それよか、横島さんが迷う方が大変やんか」
そういって木乃香がにこと笑うと、横島はその笑顔が何故かまぶしく感じられて、見られなくなった。
最後に残ったのはアスナだった。
「よ、横島さん……」
結局のところ、横島と最もこの世界で関わりがあったのはアスナだった。
ボケとツッコミ役として、または横島が何かをやったときのとばっちりを受ける役として。
ネギにとっても苦労人であるが、横島にとっても苦労人でもあった。
「おう、アスナちゃんか。
そういえば、さっき思い出したんだが、ありがとうな、アスナちゃん」
「え?」
非難をされるのならばまだしも、お礼を告げられる覚えのないアスナは首をかしげた。
そんなアスナを尻目に、横島は口を開く。
「スーパー文珠を使ったの、アスナちゃんだろ。
なんかスーパー文珠が発動したとき、アスナちゃんの声が聞こえたんだ。
あれのおかげでなんとか助かった。ルシオラにも……あ、昔の恋人にも会えたしな」
「え? あ、そうですけど……って、横島さん、恋人いたことあったんですかっ!」
意外そうな目で見てくるアスナに対して、横島は苦笑で答えた。
「いちゃ悪いかっての」
「い、いえ、別にそーゆーわけじゃないんですけど……なんというか、意外、っていうか……」
「うるさいわっ! 俺にも一人や二人くらい恋人いたっていーだろッ!」
横島はひとしきり吼えると、サンジュウロクメから離れて、自分の足で立ち上がった。
「うしっ、じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうね、横島さん、美神さん達も待ってるだろうし」
「……うっ! 美神さん、相当怒ってるだろうな……生きて帰れても、殺されるような気がしてきた」
「ほらほら、往生際の悪いこと言わないの」
サンジュウロクメがふわりと浮かび、横島はそれの手を掴む。
二人はそのまま宙に浮かび、すっかり暗くなった夜空に向かって飛び始めた。
クウネルがそれに合わせて空に大きな重力球を複数生みだし、ちょうど中央……魔力球が浮かんでいた空間に、真っ黒な穴が開いた。
それを見つめていたネギがぽつりとつぶやいた。
「……横島お兄ちゃん」
結局、自分は彼になんの借りも返せなかったことを気づき、ぐっと拳を握りしめた。
そして、短い間ではあるものの、一緒に過ごした時間を思い出していった。
「絶対、忘れないよ」
「それは無理です。
この世界は、異物が消えたことにより、正常な時間を進みはじめることになります。
現在、過去、未来において、彼が存在した、という痕跡は消えてしまうのですよ。
ネギ君の記憶までも」
「……そんな……」
「彼の存在は夢のようなものだったんですよ。
ただ、夢と違うのは、彼はこの世界で過ごした記憶を忘れない、ということでしょう。
……それで、いいじゃないですか」
「……」
二人の姿が、夜空に消えた。