第16話

 麻帆良学園魔法関係者と超鈴音との最終決戦の幕は切って落とされた。

 全世界の人間に魔法の存在を認知させる『強制認識魔法』を発動させるため、
 霊的拠点であり、世界樹の発光によって異常な魔力だまりとなっている麻帆良学園を占拠せんと、
 超鈴音は、超科学の産物である大量の戦闘アンドロイド部隊を出現させた。

 それに対して、魔法関係者側は、戦闘魔法使い部隊と、
 魔力を動力源として動く、アンドロイドを機能停止に追い込むことのできるマジックアイテムと、
 簡易的な防御魔法が施されたローブを一般生徒に配り、
 イベントの一環として、ゲーム感覚で戦闘をさせる部隊を戦力とした。



 麻帆良学園各地で、一般生徒と戦闘アンドロイドとの戦闘が開始された。

 「ヤクレートゥルー」という『敵を撃て』という意味の呪文が一般生徒側から大合唱のように唱えられると、
 それぞれ所持したマジックアイテムの先端から閃光が走り、
 大量のそれは強いビームライトのように戦闘アンドロイド部隊に突き刺さる。

 前面に展開していた戦闘アンドロイドは、傷一つ追わないものの、
 膝を突き、その場で倒れて、機能を停止した。

 しかし、戦闘アンドロイドの数は圧倒的であり、
 矢襖を受けた戦士の屍のように倒れた戦闘アンドロイドを踏み越えて、次の部隊が進撃してくる。

 一般生徒側は、先ほどの一斉攻撃の後のラグを抜け出せていないものが多く、
 立ち直りが早かった者が、散発的に光線を放つが、津波のように進む戦闘アンドロイド達の足を止めるには至らない。

 倒されなかった戦闘アンドロイドが口を開き、主武器であるレーザー射出口を構える。
 空気を引き裂くようにレーザーが走り、一般生徒達に降り注ぐ。
 レーザーといっても、実際に人体に影響のあるものではなく、防御魔法が施されているローブを切り裂く程度の力しかない。
 しかし、武器を失ってしまうので、レーザーを受けた生徒は実質戦力を失ってしまう。

 学園側が用意した支給所に戻れば装備を受け取ることは出来るが、
 そこに取りに行くまでに、戦闘アンドロイド部隊は拠点を占領せんと進軍してしまう。

 数で言えば戦闘アンドロイド部隊の方が圧倒的。
 同型で画一的な性能を持ち、互いに連携しあう分だけ戦闘アンドロイドの方が優位だが、
 麻帆良学園の生徒は個々でその性能を戦闘アンドロイドより上回っている。

 戦闘アンドロイド部隊に、更に新型ロボットが大量に混じり始まると、
 形勢は戦闘アンドロイド部隊の方が優位に立つようになった。

 四本足で進むロボットは、戦闘アンドロイドより頑丈で、強いレーザーを発射する。
 マジックアイテムの中でも強力なバズーカタイプのものでさえ、
 八発も当てないとその機能を停止させることはできない。
 レーザーは横薙に一閃し、数人、あるいは数十人を一度に武装解除してしまう。

 一般生徒達の部隊がじりじりと押され気味になったころ、
 今まで敵戦力の偵察をしていた魔法関係者達が参戦した。

 表向きにはイベントの演出の一環として現れる『ヒーローユニット』としての参戦だが、
 実質は一般生徒の視線を気にせず、魔法、気を使用した戦闘を行うためだった。

 魔法の使用を全面解禁にした魔法関係者の戦闘力は、流石に一般生徒達とは比較にならぬほどのものだった。

 神楽坂アスナはその身体能力を生かし、
 自身よりも遙かに大きなグレートソードのアーティファクトを振るい、
 四つ足ロボットを斬る……というよりか、叩きつぶす。

 桜咲刹那は神鳴流の剣技をためらいなく用い、
 戦闘アンドロイドを数体まとめて切り裂き、はじき飛ばす。

 彼女らは縦横無尽に飛び跳ね、敵を撃退していた。
 撃破数もさることながら、相手の攻撃を全て回避している。

 未だ魔法生徒である彼女らですら、一般人の数倍の戦果を見せているのだから、
 魔法先生の方は更にすさまじかった。

 風系統の切断系魔法を無詠唱でマシンガンのように連射する者がいれば、
 刹那よりも大味ではあるものの広範囲、大威力の神鳴流の剣技を披露する者もいる。



「だあああっ! また刺さったまま抜けなくなったッ!」

 四つ足ロボットの下に潜り込み、下から霊波刀を突き刺した男が吼えた。
 戦闘不能に追い込むことには成功したものの、霊波刀が四つ足ロボットに突き刺さったまま抜けなくなったのだ。
 もちろん、霊波刀を一端消して、すぐさま倒れ込んでくるロボットを回避するのだが、
 一瞬の隙を作ってしまう。

 そこへ、戦闘アンドロイドがレーザーを射出した。

「ほ、ほわちゃあ! あ、危なかったぁ……」

 しかし、そんな攻撃をも回避する。
 言うまでもないが、彼は麻帆良学園の雇われ、横島忠夫である。

「全く……俺はこういう類の相手が一番苦手だってのに……」

 ぶつぶつとつぶやきながら、攻撃してきた戦闘用アンドロイドを引き裂いた。

 愚痴気味に漏らされた彼の言葉は、確かに的を射ていた。
 彼の能力は、霊能力。
 言わずもがな、本来ならば悪霊、妖怪その他モノノケに用いられる能力である。
 対して、この世界で一般的なものは、『魔法』や『気』だ。
 『魔法』や『気』もそういった超常的なものに威力を発揮するが、
 物理的な攻撃力は霊能力のそれよりも遙かに上回る。

 もちろん、その点だけとって魔法や気の方が優れた能力とは言えない。
 霊能力は魔法使いや気の使い手に対して、絶大な攻撃力や防御力を持つからだ。

 とにもかくにも、動力にこそ魔力を用いているものの、
 防御を金属の装甲に頼るロボットやアンドロイド相手には、真の威力を発揮できないのだ。



 その上、横島は敵主力戦闘部隊のど真ん中に孤立無援状態で戦っていた。

「畜生……畜生ッ! それにしても流石にこれはやりすぎだろッ!
 あんのハゲジジイめぇぇぇぇッ!」

 戦闘が始まったとき、刹那が横島の襟首を掴み、大幅な跳躍をして、敵部隊の中心に連れて行き、
 そしてそのままそこに放置していったのだ。
 横島は縮地などの急速な移動手段を持たない。
 文珠を使えば逃走することも不可能ではないが、
 一応学園長の指示としてこの持ち場を指定されている。
 雇用主の意向を無視して、敵前逃亡した場合、確実に印象を悪くしてしまう。
 それに、来たる超鈴音との直接対決のときに備えて、文珠は使用を控えるようにも言われていた。

 何故、横島がそんな目にあっているのか。
 それは、横島は知らぬことだが、敵の戦闘アンドロイドが行う攻撃の特性にあった。

 前述の通り、戦闘アンドロイドは人体に影響を及ぼさず、服だけ引き裂くレーザーを発射する。
 仮に横島が一般生徒を見ることができる位置に配置していた場合どうなるのか?

 想像は全く難しくない。

 何度も何度も切られるシャッター。
 突然背後から飛びかかってくる変質者に驚いて、上げられる女性の悲鳴。
 ツッコミを入れる魔法生徒。
 鼻血その他の血をまき散らしながら、屈強なタフネスを持って復活する横島。
 そしてシャッター。
 悲鳴。
 ツッコミ。
 復活。

 どう考えても、邪魔にしかならない。

 貴重な能力者が働かなくなる上に、暴走を抑えるために余計なスタッフを使わなければならない。
 横島を戦力として出すことを決定した学園長も、
 本来ならばあのまま横島を学園の地下幽閉施設に閉じこめておくつもりだった。

 しかし、アスナが……『時空の彼方に蹴り飛ばしてしまった』負い目のため、
 横島を解放してしまった。
 解放した横島を再び捕まえて閉じこめるのは、もちろん、余計な手間がかかってしまう。
 戦力として使わなかったとしても、
 ここまで大々的に行われる超鈴音の攻勢に気づき、勝手に出て行ってしまうだろう。

 学園長は過去の横島の記憶を読み、過去、同じようなことがあったことを思い出した。

 六道女学院における、海難霊一斉除霊のときだ。
 あのときも、水着で走り回る女学生を写真撮影していた横島だが、
 横島の上司は横島を殴って、ボートに乗せ、敵の司令塔の撃退に向かわせた。

 つまるところ、女学生がいない場所に連れて行って、そこで戦わせればいい、と。

 今回の場合、超一味はどこに隠れているのかわからない。
 そのため、敵の大部隊のただ中に放置して、戦わせることに決定したのである。

 実際その作戦は成功し、多くの女生徒がひん剥かれていることを知らず、
 敵部隊の大群でその場に縫いつけられて、善戦を繰り広げられている。

 そして更にだめ押しとして、学園長は横島が逆らうことが出来ないであろうお目付役を派遣した。



 横島は果敢に戦っていた。
 敵は圧倒的大群であり、霊波刀でいくら切り裂こうとも次々と現れる。
 いかにタフネス溢れる横島とて、息が切れてきた。

 それに何より。

「煩悩が足りんッ!」

 彼の霊力の源は煩悩。
 つまり、女っ気。

「そういえば、ここんところまるっきり女っ気無しだったなあ。
 アスナちゃんにさっき抱きつかれたのは嬉し恥ずかしラッキーハプニングではあったものの、
 刹那ちゃんが睨んでたからなあ……そんなに信頼ないのかね、俺って……。
 中学生に手を出すほど飢えてねーって……いや、飢えてるかもしんないな」

 軽口を叩いてはいるものの、横島は全く止まってはいない。
 右手に展開した霊波刀……ハンズオブグローリーをのばし、横に薙ぐことで、
 戦闘アンドロイドを数体まとめて引き倒している。

 もともとGSということもあり、一般人以上に戦闘力はあった横島だが、
 この世界に来て、実際の格闘戦闘能力が少なからず鍛えられていた。
 横島は自他ともに認める修行嫌いで、怠惰な生活をしていたのだが、
 学園長が横島に回した仕事は、ある程度格闘技術を求められるものが多かった。

 横島は嫌がったが、切り札でもあり、元の世界へと帰る手段でもある、
 文珠を使って、事態を無理矢理収束させて解決させる仕事が、そう長続きするわけがない。
 古菲にネギとともに体術をたたき込まれていた。

「もっとこう、優しく俺のことをいたわってくれて、
 俺にだけエッチで、俺の言うことを何でも聞いてくれる清楚な女の子はいんのかーッ!」

 パンと手を叩き、霊波を弾かせ、戦闘アンドロイド達のセンサーを乱しつつ、横島は叫んだ。
 しかし、元の世界にいたときでさえ叶わなかった願いがこの世界で叶うわけもない。

 動きが鈍ったアンドロイドを蹴り飛ばし、数体を巻き込んで吹き飛んだのを確認すると、
 背後に迫った四つ足ロボットの放ったレーザーを、四つんばいになって回避した。

 変態的な回避の仕方だが、すぐさま立ち上がり、そのまま四つ足ロボットの関節を霊波刀で斬りつける。
 関節を傷つけられたせいでロボットが姿勢を崩す。
 そこへ横島はロボットの足を足場にして胴体に乗り上げ、
 そのまま霊波の籠もった拳でレーザーの射出口とセンサーを殴りつけて破壊する。

「っつーッ……むしゃくしゃしてたから素手で殴ったけど、今はちょっと反省してる」

 赤くなった右手を軽く振りながら、地面に立っている戦闘アンドロイドのレーザーを回避するために、
 四つ足ロボットの胴体を滑り落ちる。
 破壊した四つ足ロボットの胴体を盾にしながら、辺りの様子を伺いながらつぶやく。

「はぁ……マジでしんどい。
 斬っても斬っても、きりがないし。
 固くて、悪霊みたいにすぱっと斬れないし」

 敵のただ中で動かず、ただただ応戦しているだけあり、
 ヒーローユニットとして働いている魔法関係者の中でも、横島はトップクラスの撃破数を保持していた。
 ただそれでも、トップに立っているわけではない、というのがこの世界だった。

 数体の戦闘アンドロイドをまとめて吹き飛ばすパンチを、連打できる人間が、麻帆良学園にいる。

「……まあ、あれを相手にするよかマシっちゃあマシだけどさ。
 そろそろ刹那ちゃん辺りが増援に来てくれてもいいと思うんだけどな。
 ここにほっぽりっぱなしにされてから、魔法関係者を誰も見とらんぞ」

 横島は若干視線を上げて、空を仰ぎ見る。
 建物の屋根の隙間から、巨大なロボットの胴体が見える。
 巨大ロボットの周りには、魔法陣が展開され、その上に人影が見える。

 超鈴音が麻帆良学園の重要拠点を落とすために用意した、機械化鬼神だ。
 麻帆良学園の地下に元々封印されていた鬼神を、機械の体に縛り付け、超鈴音が兵器化した。

 周りにとりまく魔法陣は、魔法先生が鬼神兵の動きを止めるために結界を張るためのものだ。
 動きを封じて、その後封印処理をする、ということはこの場所に放置される前に聞いていた。

 見上げていた方向から、ごんっ、と轟音が響く。
 その音と呼応して、鬼神兵はのけぞりそのまま倒れ込んでしまった。
 ちらりと見えたその脇腹には、どでかい穴が開いていた。

「あ、あれをぶったおしたのか……とんでもないな、この学園は」

 横島はかつて対峙したリョウメンスクナのことを思い出していた。
 圧倒的な巨大さを誇り、非常に強力な存在力を持つ鬼神。
 学園内に出現した六体の鬼神兵を全て合わせたとしても、
 リョウメンスクナにはかなわないだろう。

「そういえば……あのリョウメンスクナを一撃で倒した、変態ロリ幼女がいたんだっけな……」

 横島はぶるりと身を震わせた。
 嫌な思い出と思しき何かが、ぞわりぞわりと脳内ににじみ出てくる。

 それを振り払うように頭を左右に振り、レーザーの砲火が途絶えた敵のただ中に飛び込んだ。






 横島が戦闘アンドロイド部隊相手に孤軍奮闘しているとき、
 鬼神兵を封印処理しようとしていた魔法関係者達は壊滅の危機に陥っていた。

 超長距離からの狙撃が行われたのだ。
 針の穴を通すほどの精度を持ち、
 一撃喰らえば物理障壁があろうと問答無用で戦闘不能に陥らせる弾丸で、何度も何度も撃たれたのだ。

 最初の奇襲で数人があっという間に消し去られ、
 物陰に隠れたあとも、跳弾を利用して何人もの魔法関係者を作戦続行不能に追い込んだ。

 それにより鬼神兵の封印処理は失敗に終わり、大多数の魔法先生が犠牲になった。

 わずかに残った魔法関係者のもとへ、更に災難が降りかかる。
 このクーデターを目論んだ首謀者『超鈴音』の登場である。

 刹那とアスナはやられ、学園の実力者高畑・T・タカミチもその言葉に惑わされ、弾丸をたたき込まれた。
 幸い、弾丸の猛攻を生き残っていた魔法生徒『美空』が刹那とアスナの窮地を救い、逃げることができたが、
 学園の魔法関係者のほとんどが戦闘不能に陥っていた。



 そんな中、横島は、幸か不幸か難を逃れていた。
 まず第一に、他の魔法関係者、一般生徒と離れたところで戦闘を行っていたこと。
 そして第二に、狙撃手が横島の存在を認知していなかったことだ。

 狙撃手の名前は龍宮真名。
 各国の内戦をくぐり抜け、神業的な狙撃の腕を持つ、ネギのクラスの女子だ。
 超鈴音の意思に同調し、雇い主になることもしばしばあった麻帆良学園の魔法関係者を撃った。

 狙われた者はまず逃げることが出来ない、という優れたスナイパーだが、
 横島を見逃したのは、ある意味仕方がないことだった。

 それというのも、龍宮は過去に横島を撃ったことがあったのだ。

 学園祭が始まる前、麻帆良学園に雇われて、横島をスナイプした。
 認知する前に麻酔弾を打ち込まれた横島は、魔法先生らに確保され、
 麻帆良学園地下の幽閉施設に閉じこめられた。

 幽閉は学園祭終了まで続けられる、と聞いていた。
 まさかアスナが解放するとは想像していなかったのである。

 全くのノーマークで、他の魔法関係者らのように戦闘不能にされなかった横島。
 そんな彼は、余所で起こっていることを露とも知らず、ただただ一人戦い続けていた。





「だらっしゃああ! そろそろ本気で辛くなってきたぞっと」

 すでに太陽は西の空に沈み、空にはイベント用の花火が無数に打ち上げられている。
 今も尚横島は戦闘アンドロイドと戦いを繰り広げているが、もはやそれに何の戦略的意味はなかった。

 今現在の戦闘は、麻帆良学園の拠点を守る戦いにシフトしている。
 巨大な鬼神兵を撃退することが最終的な目的になっていたのだ。
 しかし、麻帆良学園は強力な電波障害が起こっている。
 たった一人で戦い続け、他の関係者からの連絡が来ない状況で、
 戦闘アンドロイドと戦い続けることが無意味であることは知り得なかったのだ。

 ぜぇはぁと肩を上下させるほど息を切らせ、横島はつぶやいた。
 魔法関係者が軒並み退場した影響か、撃破数は学園トップになったが、
 敵部隊が新たな新兵器と新型ロボットを投入してきたことにより、先ほどまでの派手に戦うことが難しくなってきた。

 新兵器はガトリングガンだった。
 巨大なポリバケツような弾倉に大量の弾丸を込め、一秒に何百発も発射してくる相手には今まで以上に相手をしづらい。

 弾丸は特別製であり、着弾と同時に球体の黒い障壁の中にターゲットを封じ込め、
 その後、障壁内のものを空間ごと転移させるものだった。
 転移先は三時間先……つまり、超鈴音の作戦が既に終了しおわった時間だ。
 狙撃手である龍宮が用いた弾丸もこれと同じものであり、
 一発喰らえば即リタイアという現在の状況では最強の弾丸だった。

「そろそろ文珠を使うタイミングか?
 流石に洒落にならんしなあ、あの攻撃は……」

 実際に特殊な弾丸を受けたわけではないが、戦闘アンドロイドの破片が命中した際、
 破片が跡形もなく消えたのを見て、横島は特殊弾丸が非常に危険なものと察知していた。
 幸いにして、実際の弾丸よりも遙かに貫通力がなく、
 建物を壁にしても建物の壁ごと破壊して突き抜けてくるということはないので、
 徹底的に物陰に隠れてなんとかやり過ごしていた。

 しかしそれを続けていることも中々難しくなってきている。
 ガトリングガンを持った相手を打ち倒すことが出来ず、
 時間稼ぎのような牽制を何度か行っているが、じりじりと防衛戦が下がっていっている。

 このままでは防衛を任された拠点が落ちてしまう。
 文珠は出来るだけ取っておけ、と言われたものの、そろそろ使わないと元も子もなくなってしまう。

「さて、何の文字がいい?
 あいつら機械だから、『障』か?
 それとも、弾丸を避けるために『歪』とか『外』とか……」

 ふっと見上げた場所に、戦闘アンドロイドがいた。
 建物の屋根に上り、狙撃しようと横島を狙っていた。

「や、やべえっ!」

 間一髪、横島は弾丸を回避した。
 黒い障壁の中に入ることはなんとか避けられたが、
 内側から展開する黒い障壁にはじき飛ばされ、足下が危うくなる。

 そこに運悪く、横島が倒していた戦闘アンドロイドの残骸があった。
 足を突っかけ、完全にバランスを崩して、おっとっとと片足で飛び跳ねた後に、こけた。

「あ、ま、まずい……」

 建物の影から飛び出して、尚かつ転倒した状態。
 そこを、先ほどまで追いかけてきたガトリングガン持ちの戦闘アンドロイドが待機していた。

 ガトリングガンの銃身が回転を始め、ぶうう、と駆動音が始めたとき、横島は茶色い何かを見た。

 弾丸が破裂し、着弾物の左右に魔法陣が出現する。
 その魔法陣は球体の障壁を作り出し、表面がねじれるように回転したかと思うと、
 一瞬で収縮、中に入ったものごと、三時間後の世界に吹き飛ばす。
 後には何も残らない。

 横島が閉じた瞳をうっすらと開くと、周りの光景は全く変わっていない。
 まだまだ戦闘アンドロイドやロボットの駆動音がそこかしこから聞こえてくる。

「……」

 ただ一つ違ったのは、ガトリングガンを構えた戦闘アンドロイドとの間に、
 白い何かが立っていたことだ。
 その白い何かに守るかのように、無数の茶色い毛の生き物がまとわりついている。

 横島はそれに見覚えがあった。

「久しぶりやなぁ」

 なるべくなら消し去りたい記憶の一つ。

「な、なんで、お前がここに……」

 長い袖を引き寄せるように振り返る、白い何か。
 そっと眼鏡を正し、倒れている横島をまっすぐ見つめている。

 その背後で戦闘アンドロイドがガトリングガンを連射しているが、
 まとわりついていた茶色い毛の生き物……式神の小猿が身を挺して、弾丸を防いでいる。

「なんでって……そやなあ。
 どっかの誰かさんが、変な呪いかけるから、何や反省してると誤解されて、
 関東魔法協会の手助けする代わりに刑期を短くする、ゆー取引を受けてしもうたからかなあ」

 その女……天ヶ崎千草は横島を見下ろしながら笑顔を浮かべた。
 ただ、目だけは笑っていない。

 嫌な予感をびしびしと感じた横島は、引きつった笑顔を浮かべようとしたが、
 その前に千草に高下駄で思いっきりけっ飛ばされた。

「あぁん? よくもウチにあないな呪いをかけてくれたなあ?
 おかげで偉い恥かいてもーたやないか」

 そのままぐりぐりと横島の頭を踏んづけた。
 額には青筋が浮かび、口元は引きつっている。

「ああっ、なんだかとっても懐かしいけど、けど、嬉しいかどうかと言われたらすっごく微妙ッ!」

 過去のことを思い出してしまう横島だが、
 高下駄で頭を踏みつけられることに喜びを見いだせずに悶えていた。

 そんなことをやっている間に、式神の猿で作られた防壁が一部破られ、
 弾丸が辺りに降り注いだ。

「チィッ、一端、出直した方がよさそうやな」

 千草は倒れた横島の襟首を掴むと、そのまま大きく跳躍した。
 麻帆良学園の建物の上に飛び乗り、目についた戦闘アンドロイドに猿鬼を飛ばして相手をさせる。

 何軒かの建物の屋根を飛び跳ねて移動し、戦闘アンドロイドが周囲にいない場所で横島をおろした。

「す、すみませんでしたー。
 でもあんときはああしないとどうしようもなかったんスーッ!」

 横島はその場で土下座した。
 自分の額を紅葉おろしにする勢いで地面にすりつけている。

 千草はそんな横島の情けない姿を見て、はあ、とため息を吐いた。

「ああ、もうええ。
 あの変な呪いのおかげで、お勤めの期間が短くなったのは事実やからな。
 まあ、その代償が、これ、やけどな」

 千草はそういって、親指で自分の後頭部を指さした。
 過去横島に出会ったあの一件のときには長かった黒髪がばっさりと切られていた。

 とはいえ、横島は髪の毛が短くなった理由など知りはしない。
 はあ? と顔をかしげていたら、千草は顔をそらして、やや顔を赤らめた。

「あんた、死にかけとったやろ。
 そんときに願掛けでばっさり切ってしもうたんや。
 バカバカしいったらありゃせんわ、ほんまに」

 裏の世界では、髪の毛というものは非常に意味のあるものである。
 髪の毛というものはそれだけで強い魔力を持つ。
 陰陽師の女性はほぼ例外なく自身の黒髪を長く、美しいものにする。

 それを根本からばっさり切って、願掛けにする、ということは、
 非常に強い覚悟が必要なのである。

 そのことが、関西呪術協会の面々が『天ヶ崎千草は反省をしている』ととらえたりしていた。

「ま、まあ、そのことはどーでもええんや。
 ウチはウチの仕事するだけやからな。
 関東魔法協会と関西呪術協会は、忌々しいことに長年の確執を乗り越えて和解しはった。
 それで、関西呪術協会は、関東魔法協会の危機を救うべく、人的援助を送ることになった。
 そこで白羽の矢が立ったのが、ウチや。
 関西呪術協会が実力者を出向させるには人手不足やし、
 かといって下手なものを送り込んでも、かえって邪魔になるだけ。
 だから、犯罪者であっても多少有力なウチが派遣された、っちゅーわけ。
 もちろん、監視はばっちりついとるけどな……。
 ただ、ウチは戦闘はしぃひん。ただの助力をするだけや」

 関西呪術協会が今回の人的援助をした理由は天ヶ崎千草のテストも兼ねていた。
 あれだけ関西呪術協会に対して恨みを持っていた千草が、
 リョウメンスクナの一件によって捕まってから、うってかわっておとなしくなってしまった。
 すっかり反省した様子で、取り調べにも協力的になり、その変わり様は気味が悪いほどだった。

 あるいは、フェイトと名乗る少年に洗脳されていただけなのかもしれない、という意見が出たものの、
 西洋魔法による洗脳が行われているかを調べてみても、結果は陰性。
 どうしたものか、と頭を捻っていたところに、関東魔法協会の長……つまり麻帆良学園の学園長から応援要請が来た。
 それも、よりにもよって天ヶ崎千草を名指しで。

 学園長側は、横島の暴走のストッパー役として、
 関西呪術協会は、本当に反省しているのかどうかを見極めるため、
 色々と問題点があったものの、監視をつけて天ヶ崎千草を派遣した。



 千草は横島を立たせ、横島の足にぺたぺたと二枚のお札を貼った。
 そして、オン、と唱えると、横島の足が茶色い毛に覆われた長靴のようなものに包まれた。

「な、なんじゃこりゃあッ!」
「心配せんでええよ。それは猿鬼フットパーツXや。
 式神『猿鬼』の足だけを顕現させたもので、
 瞬動、とはいかんけど、それでも機動力を遙かに上げるもんやから。
 まだまだ改良の余地があって、
 将来的には瞬動はもちろん、虚空瞬動やホバリングなんかも出来るようにしたいけど……
 ま、いまのところはそれで我慢しといてーな」

 学園長は、横島が瞬動などの移動術を持たないことを知っていたため、
 これを補助する方法がないか、ということを事前に尋ねていた。

「でも、なんか格好悪くないか?」

 確かに客観的に見ると、格好悪い。
 が、千草は横島を殴り飛ばして、黙らせた。

「それと、これは小猿の式神を呼ぶ符や。
 ここは異様なほど魔力が濃密になっとるからな、
 そのホルダーから抜き出せば、すぐ小猿に変化してくれるはずや。
 あの変な攻撃から身を守るためには役にたつんやないの」

 実際、戦闘アンドロイドが用いる特殊な弾丸を回避するためには、
 式神の猿を盾にする方法が極めて有効だった。
 予期していたわけではないが、役に立ちそうだ、という理由で千草は横島に符を渡した。

「ど、どーも……」

 横島はいまいちやりづらさを感じていた。
 もうすでに『恋』の文珠の効果は切れているようだが、
 やはり相手の意に沿わぬ相手を、半ば暴力的手段で心を奪ったことに引け目を感じていた。

 千草もそのことを勘づき、二人の間に何も言うことがなくなったとき、沈黙に包まれる。
 二人とも目を合わせられない時間が一分ほど続いたときだった。

 ぐうう、と寂しげな音が響いた。

「……そ、そういやあ、俺、ここ数時間何にも喰ってなかったなあ、あははは」

 悪くなった空気を少しでもよくしようと、おどけた様子で横島は言った。
 が、千草は顔をやや赤らめて、更に目を背けた。
 落ち着かない様子でそわそわと、札などを入れておいた荷物入れの口に手をかけては引っ込めることを繰り返している。

 何をやっているのだろう、といぶかしむ視線を感じ、
 いたたまれなく、千草はやや舌っ足らずの口調でいった。

「べ、別にあんたのために作ったわけやないんやけど……。
 その、ウチが自分のために作って、結局余ったから……」

 途中で、横島のGジャンの胸元のポケットから光が溢れ出た。
 横島はすかさぐ手を突っ込み、中から翡翠色の球体を取り出す。

 これは合図だった。
 敵の首領の居場所が突き止められ、それを撃退するための準備が整ったという合図だ。

「あ、スマン。ネギに呼ばれた。すぐに行かないと」
「え、あ、ちょっ……」

 この合図が出された以上、横島はすぐに行かなければならなかった。
 というのも、合図が出たその数秒後に自動的に引っ張られるからだ。

 文珠に入れられた文字は『引』
 ネギが持つ『牽』の文字の文珠と呼応しており、
 瞬時にネギのいる場所まで、転移が行われるからだ。

 千草の目の前で横島の姿が消えた。
 文珠のエフェクト光が消えると、辺りはすっかり暗くなっていた。
 絶え間なく花火が空にはじけ、世界樹が発光しているが、それでも千草の周りは特別、暗かった。



「何やっとるんかな、ウチも」

 そういって千草は自分の手荷物から、ラップにくるまれたおにぎりを取り出した。
 急いで作ったために、形がいびつな上、先ほどまで飛んだり跳ねたりしていたせいで、
 ほとんど崩れかけていた。

 自分の昼食の余り……と彼女は自分自身に言い聞かせて、荷物の中に入れていた。
 普段は自分の朝食を自分で作ったりしないのに、今日だけは何故か作ったおにぎりを。

「……ま、これで今生の別れってわけでもないやろし。
 何年かお勤めしたら娑婆に出てこれるんやから……」

 千草はおにぎりをそっと荷物の中に入れ、なるべく明るくない道を選んで、
 麻帆良学園の出口に向かって歩き始めた。



 イベントが最高潮になり、麻帆良学園の喧噪に混じり、
 からん、ころん、と、高下駄の鳴る音が人知れず響いていた。