第13話


 麻帆良学園会議室にて、秘密裏に魔法先生と魔法生徒達が集められていた。
 暗幕が掛けられ、明かりも点いていない暗い部屋で、老人の声が低く響き渡った。

「諸君、この男を知っているかね?」

 がだん、という音とともにプロジェクターが一枚の写真を投影した。
 写真には、Gジャン、Gパンのバンダナ男が麻帆良大学部に通っている生徒に飛びかかっている光景が映っている。
 魔法先生及び魔法生徒達はその映像に視線を向けた。
 ところどころで溜息と苦笑が漏れている。

「そう、横島忠夫君じゃ。
 異世界から来訪したという裏の世界でも前例のない珍しい人物である。
 彼は魔法でも気でもない『霊能力』と呼ばれる力を持ち、裏の世界でもそこそこやっていけるほどの実力を持っておる。
 みんなも知っておるように、この麻帆良学園では強力な認識阻害の魔法がかかっておる。
 その上、魔法先生や魔法生徒もまた常駐しておる。
 彼がもし問題行動を起こしたとしても、直ぐに止めることができ、尚かつ裏の世界のことがバレる可能性が低くなる。
 そういうことがあって、彼をこの麻帆良学園で雇っておったのじゃが……。
 ここで一つ問題が起きてしまったんじゃ」

 老人の声が一旦止まり、深い溜息が漏れた。
 プロジェクターが音もなく別の映像を映し出す。
 今度は天に向かってそびえ立つ巨大な樹……世界樹が映っていた。

「世界樹の大発光じゃ。
 今年度の麻帆良学園祭中に、世界樹がこの学園にいくつかの強力な魔力溜まりを形成する。
 その魔力溜まりの中で、所謂告白行為が行われた場合、120%の確率で恋愛成就になる現象が起きてしまう。
 これだけならば……前例があることであり、ただ魔法先生や魔法生徒で告白阻止をするだけでよかった。
 しかし……今年はよりにもよって横島君がおる」

 再びプロジェクターは横島を映した。
 今度は先ほどの映像の続きなのか、飛びかかっていった女性に顔面を肘でどつかれて地面に倒れている映像だった。

「ご存知の通り横島君は女性に対して並々ならぬ情熱を持っておる。
 美女と見れば見境無しに飛びかかり、声を掛ける。
 結果は全く芳しくないようじゃが……しかし、彼の女性に対しての情熱は半端なものではない。
 麻帆良学園寮の万全なセキュリティを破り、女湯に覗きをしたのも、一度や二度ではないのじゃ。
 もし万が一……横島君に世界樹の大発光に伴い発生する現象のことを知られてしまったら……」

 誰かが喉を鳴らした音が暗い会議室で響いた。

「……儂らには生徒達を守る義務がある。
 生徒達の青春に関わる問題を決して無視することは出来ん。
 横島君の潜在能力は未だ測りかねておる。
 甘い見通しをしておったら、いつの間にか麻帆良学園が横島君のハーレムになっていた、などということになりかねん。
 一般生徒を相手するように魔法先生や魔法生徒で告白阻止をしただけでは、完全に防げないかもしれぬ。
 防げたとしても何人もの人員を割かねばならんじゃろう。
 ただでさえ忙しい学園祭で、尚かつ不穏当な行動をしておる生徒グループもある。
 横島君に構っていられる余裕は、はっきりいって無いのじゃ。
 学園祭中に出張させることも考えたんじゃが、それでも万が一ということがあり得る。
 ……絶対安全且つ、確実な方法が一つある……」

 老人――学園長は、重い口を開いてそのプランを話し始めた。
 それを妥当とするものもいれば、多少やりすぎではあるもののそれでも妥当と見るものもいた。
 もっと念入りにするべきと主張するものもいたが、反対にそれはやめるべき、というものは誰もいなかった。
 学園長は魔法先生や生徒達から自分のプランに同意を得られたことを確認すると、計画の更に細かい内容を話し始めた。



 横島は息苦しさを感じてゆっくり目を覚ました。
 何故か体が動かない。
 まだ起き抜けで体の感覚が覚醒していないため、自分が今どういう状況になっているのか理解できなかった。
 そこで、まだぼんやりする頭で、眠る前に何があったかを思い出そうとした。

 数日後に控える麻帆良学園の学園祭『麻帆良祭』で、いつになく開放的な気分になった女子高生や女子大生達をナンパするつもりだった。
 男は第一に顔、次に金、相手によっては順序が変わったりするものの、顔と金がツートップであることに変わりない。
 それが過去数多のナンパをしてきて理解できた宇宙の真理だった。
 顔は……生まれ持ってきたものだからこれ以上どうしようもないが、金は違った。
 良心的な職場で良心的な賃金を貰って働いている。
 衣食住をもってあまりある給料があるのだ。

 財力をナンパする相手に知らしめるためには、顔とは違い色々と前準備が必要だった。
 まずいつものGジャン、Gパンとは違う服を購入しようと、街に出かけ、適当に店を回っていた。
 そこで……。

「……ふが」

 意識が覚醒してくると同時に、両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされていることに気が付いた。
 驚いて体を動かそうとするものの、かなりがっちり拘束されているため、体が微かに跳ねただけだった。

「すまないね、横島君」
「ふぁんふぁふふぃーふぃへんへー!」

 ようやく物事を理解できるくらい意識がはっきりしてくると、自分の居る場所がわかってきた。
 四角い部屋の隅にある、壁から伸びた二本の鎖によってつり下げられているベッドの上に横にされていた。
 立方体の部屋で、照明は壁の高い位置につけられた窓から差し込む明かりだけ。
 そしてその窓も見たところ鉄格子がかけられていた。
 薄暗いためによく見えないが、壁には何か文字のようなものが規則正しく刻まれている。
 かなや漢字はもちろんアルファベッドでもキリル文字でもギリシャ文字でもなく、横島の全く知らない文字で、何かしら力を持っているようだった。
 まるで禁固房のような印象を受けるその部屋に、横島以外の人物が一人立っていた。

 薄暗い部屋で、更に見にくい黒い肌をした中年男性だ。
 スーツを着た彼は、横島にも見覚えがある。
 麻帆良学園で魔法先生をしている……。

「ふぁっふぁ……ガリバーボーイ先生ッ!」
「ガンドルフィーニだ」

 横島にとって拘束されることは初めてというわけでもない。
 過去何度も……上司である美神令子にちょっかいかけて、反撃を受け、縛られたことがある。
 流石に手足の拘束までは外せなかったものの、猿ぐつわだけは自力で外した。

 暗闇に立つ男、ガンドルフィーニはずれた眼鏡をそっとかけ直した。

「横島君、君には非常に申し訳ないことなんだが……ちょっとした事情があってね。
 君には学園祭中、ここで過ごして貰う」
「は、はあ? どーゆーことですか、それはッ! 麻帆良祭っつったら、お祭りでしょう?
 普段とは違うシチュエーションに、美人の女子高生や女子大生が開放的且つ大胆になって、
 『ちょっとランクは低いけど、麻帆良祭だし、まあいっか』と俺に付き合ってくれて、ラブロマンスになるんですよッ!」

 横島は脳汁が溢れ出ているような妄想をわけもわからず口にしていた。
 ただの寝起きとは思えない倦怠感にさいなまれつつも、いつの間にか両手の拘束を自分でも知らないうちに外していた。
 拘束されているときに煩悩にまみれた妄想をすると、気付かないうちにその拘束を解いているという妙な癖を横島は持っていた。

「おおぅっ、俺ってときどきすげーな……あ、ぅ」

 が、今の横島に出来たことはそこまでであり、強烈な眠気が襲いかかってくるのと同時に体から力が抜けた。
 横島が両手の拘束を目にも止まらぬ早業で解いたのを見て、ガンドルフィーニは懐から魔法拳銃を引き抜こうとしていたが、
 麻酔弾の効果はまだ持続していることがわかり、その手を止めた。

「な、なんなんすか、これ……しびれるとゆーか、眠いとゆーか……」
「……君に察知されない長距離から、一流のスナイパーが麻酔弾を撃ったんだよ」

 告白生徒に使われる予定だった麻酔弾を、更に強力にしたものを横島は撃たれていた。
 本来ならば、横島が起きるときは麻帆良祭が終わったときだったのだが、やはり横島はただものではなく、ものの数時間で起き、その上猿ぐつわと両手の拘束を自力で外してしまった。
 ガンドルフィーニは内心、学園長の判断が実に的確だったな、と思っていた。
 だがしかし、横島にほんの少し同情の念を覚えないわけでもなかった。
 顔を合わせるたびに、意図的としか思えない間違った名前で呼んでくるが、横島はそう悪い人間ではないと認識していた。
 扱える能力を悪用するわけでもないし、ガンドルフィーニも密かに応援しているサウザンドマスターの息子にもその成長を助ける行動をしている。

 そこで、本来ならば言う必要のなかったことを、ガンドルフィーニはほんの同情心から言っていた。

「この部屋は特別な魔法処置がされてあってね。
 扉を閉めれば、この部屋の中の時間はゆっくり流れるようになる。
 この部屋で二時間経つと、外の部屋では二十四時間が経過している。
 麻帆良祭は前夜祭を含めて、あと四日間だから、およそ八時間、ここで待機してもらえれば迎えが来る」

 『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルはこの部屋と反対の効力を持ったマジックアイテムを持っている。
 中での一時間が、外での一日に匹敵し、エヴァンジェリンに師事しているネギがこの中で修行をしていたりする。

「お、おおぅ……麻帆良祭……なんぱぁ〜……」

 まるでゾンビのように震える手を天に仰ぐ横島を尻目に、ガンドルフィーニはゆっくり外へ出た。
 シャッターのような扉が完全に閉まったとき、中の横島の恨ましげな声は聞こえなくなった。

 学園長の提示した計画は、長距離での狙撃だった。
 腕利きの魔法先生達で押さえ込もうとしても、横島は回避と逃走のスキルが異常に高い。
 下手を打って逃げられ、山の中に隠れられると、これまたやたら高いサバイバル能力が活用され、捕獲はおろか発見が著しく困難になる。
 また、横島が自宅にいるときの狙撃もできなかった。
 彼の家にはサンジュウロクメと呼ばれる妖怪変化が使い魔として存在する。
 今でこそその本来の力はないものの、元は超長距離を見通すスペックを持っていた。
 もしサンジュウロクメに、横島を狙撃しようとしていることがばれてしまったら、これまた厄介なことになる。
 故に、横島が外出中、魔法先生や生徒達で万全の配置をとっての狙撃作戦が学園長によって立案、実行されたのである。

 ガンドルフィーニは横島を最も近く尾行し、様子を観察していた。
 普段は成人しか買えない本を買うときにしか利用しない本屋に赴き、ファッション雑誌を買い込み、それを熱心に読み込む様などを、直ぐ近くで見ていた。
 その姿はごく普通の男子高校生だった。
 ガンドルフィーニは魔法使いでもあるが、また同時に教師でもある。
 横島の姿が、麻帆良祭が間近になってはしゃいでいる自分の教え子と重なり、そんな彼を罠に嵌めることに後悔が沸き上がった。

 学園長の作戦は無事に成功し、今、このように魔法使い用の特別な牢獄に閉じこめることが出来た。
 必要なことだったとはいえ、それが免罪符になって、ガンドルフィーニの心を晴らすわけではない。
 もしまた来年、横島がここに逗留し続け、麻帆良祭に参加できるのならば、見回りのシフトを彼の分までうけおってあげよう、そんなことを考えて、ガンドルフィーニはその場を後にしたのだった。



 外の世界で三日が過ぎても、横島は開放されなかった。
 要注意問題生徒に指定されていた超鈴音の、世界全体に魔法使いの存在を知らしめる計画が成功したのだ。
 ネギや彼のクラスの生徒のほとんどは姿を眩まし、残った魔法使い達総出で計画の阻止をしようとしたが、失敗してしまった。
 かくして超鈴音の計画の肝である『強制認識魔法』は発動し、その拡散は誰にも防げない事態となった。
 ガンドルフィーニを始め他の全ての魔法先生は、超鈴音の計画によって発生した混乱を収めることにてんてこ舞いになり、魔法使いの牢獄に閉じこめられていた横島のことをコロッと忘れていたのである。

 更に学園祭最終日……超鈴音の計画の大詰めの日、麻帆良学園のシステムがハッキングされ、学園内の全ての結界が停止した。
 強制認識魔法発動後、システムは復旧され、学園結界は再び復活を遂げたものの、横島のいた魔法使いの牢獄の結界は停止した状態のまま……中での一時間が外での一時間という時差の全くない状態のまま、横島は閉じこめられていた。

 やがて、横島の存在を思い出したガンドルフィーニが魔法使いの牢獄に来たとき、もう既に麻帆良祭最終日より五日が経過した後のことだった。
 牢獄の扉を開くと、そこには五日間と八時間の間、わずかな水しか与えられず過ごした横島が、ひからびて扉に寄り添うに気絶していたのだった。



 麻帆良学園の『元』裏の世界の人間達は、お盆をひっくり返したような騒ぎになっていた。
 まほらスポーツを始め、各報道機関や日本政府の関係者が連日押しかけ、魔法先生のほとんどが何日も徹夜して対応に追われていた。
 そんな中、横島は、実に悠々と過ごしていた。
 麻帆良学園の魔法先生でなかったことと、参加者達が気や魔法を使いたい放題だった上、その動画が流出した麻帆良大会に参加していなかったこともあり、報道機関のターゲットには入っていなかったのだ。
 学園が横島にやらせていた仕事は主に魔法関連のトラブルを収束させるための実働だったために、何も手伝うこともない。

 麻帆良祭中ずっと監禁されていたことに対する慰謝料を、きっちり貰い、昼間っから悠々と喫茶店でコーヒーを飲んで過ごしていた。
 魔法先生達は責任をとって、オコジョになるらしいが、あまり同情の念は沸かなかった。
 楽しみにしていた麻帆良祭を台無しにされた上、数日ほっぽりっぱなしにされたので、同情しろという方が難しかった。
 ただまだ子供のネギもオコジョにされ、その上、うけ持った生徒と会えなくなる、ということにはほんの少し憐れに思っていた。

「……ん?」

 ふと、街中に奇妙な格好をした一団を見かけた。
 今や麻帆良学園は学園祭から一週間が経ち、裏の世界はともかく表の世界では日常に戻っている。
 そんな普段の日常では見られない格好をした、女子生徒達が歩いていたのだ。
 ネコミミ、ネズミミミ、キツネミミ、と、まるで仮装大会かソッチ系のお店に行かないとみれないようなオプションを付けている。
 年齢層からいって後者はありえず、前者は麻帆良祭ならともかく今では非常に合わない格好だった。

「おう、アスナちゃん達じゃないか。大変だな、ネギのこと」
「よ、横島さん!? ま、麻帆良祭中は監禁されてたんじゃないんですか!?
 ま、まさか脱出してきたとかッ!?」

 声をかけると同時に、アスナは後退った。
 まるで危険生物に遭遇したかのように間合いを取って、警戒をしている。

「脱出なんか出来んかったわッ!
 霊力練ろうとしても全然できんかったし、扉はむっちゃ重いし。
 しかも、俺が閉じこめられてること忘れられてて、一昨日になってようやく外に出して貰ったんだぜ」
「……え?」

 アスナは横島の言葉が理解できず、呆けた顔をした。
 この違和感はどこから来たのだろうか、と横島の言葉を頭の中で繰り返し、かみ砕いて理解しようとする。

 『脱出できなかった』『一昨日になってようやく外に出してもらった』

 アスナは横島が麻帆良祭中に監禁されていることをネギから聞いていた。
 そのネギもガンドルフィーニから聞いていたのだが、そのときには既に横島は地下に監禁されていると言っていた。
 アスナの意識上、今は麻帆良祭最終日であり、横島が出ているということはそこから脱出したとしか考えられない。
 しかしそれは否定され、あまつさえ外に出たのは一昨日だという。
 しかも、『出してもらった』
 自分で出たというわけではなく、誰かが開放したということになる。

 ではそれは誰か、ということになる。
 もしや、超鈴音? と思ったとき、横島は再び口を開いた。

「ネギのことで大変らしいが、ま、あいつはまだ子供だし、そんなに刑は重くないらしいから。
 あんまり気落ちするなよ……ところでよく考えたら、裏の世界って十四歳以下でも罰せられるんだろうか?
 つうか、魔法使いのルールって一体どこの国の法律を遵守するってことになるんだろーな」
「……はい? 何言ってるんですか、横島さん」

 アスナは目を丸くして横島を見た。
 超鈴音の側についているとしても、言っていることに違和感を感じた。

 ネギ?
 ネギは確か超鈴音が行動を起こす時間になるまで、見回りに行ったはず……。
 アスナはバカレンジャーと呼ばれるレベルの頭脳を働かせて、考えた。
 自分のツインテールの下から煙を吹きそうになるほど考えた、が、結論が出る前に横島はその答えを出した。

「ん? ネギがオコジョになるって話、聞いてなかったのか?」
「お、オコジョ? あいつがオコジョってどーゆーこと!?」
「いや、ちゃおとかいう問題生徒を止められなかったから、責任をとってオコジョの刑にされるって……」
「だからっ、それがどういう……え? え?」

 横島の胸ぐらを掴み上げようとしたアスナを、背後にいた女子中学生がチョップをかまして止めた。
 辺りを見回していた彼女は、冷静に……ネコミミをつけていることで外見が少しアレであったものの、呆れるように言った。

「流石バカレンジャーだな。よく周りを見てみろ。これは……学祭最終日の風景じゃねぇ」

 その場にいたアスナ、刹那、木乃香は目を丸くした。

「麻帆良祭なら一週間前に終わったらしいぞ。今でもそんな格好してるのはアスナちゃん達だけだ。
 ……くぅぅ……俺もナンパしたかったなあ……いきなりあんなところ押し込むなんて、人とは思えん所業だよな」

 なにやらこそこそ話しているアスナ達を尻目に、思わず愚痴を漏らす横島。
 目覚ましのコーヒーを啜りつつ、今日はどこでナンパしようか、と呑気なことを考えていた。
 ちょうどそのとき、アスナのクラスメイトの数人がまた別の場所からやってきた。
 彼女らも未だ麻帆良祭の真っ最中であるかのようなコスプレをし、手には新聞を持って、なにやら喚いている。

 横島はその中に敢えて入ろうとはしなかった。
 ネギがオコジョになるということになって、彼の担任の生徒達がネギを助けようとしているんだろうな、と勝手に予想していた。
 確かにネギは子供のくせにモテモテで、自分の年齢的にストライクゾーンから外れた子とはいえ告白されて、
 完全に好きにはなれなかったものの、それでもまあ悪い人間でもない、というのが横島の評価だった。
 率先的に助けてやろうとは思わなかったが、アスナ達が何かするのならばそれを邪魔しようという気にはならなかった。

 このまま見なかったことにしてやろう、と思いつつ、コーヒーカップに口をつけたときだった。
 ぐいと襟を引っ張られ、その反動でコーヒーが溢れ、ズボンに引っかかった。

「あっちちちちッ! な、何すんだ、いきなりッ!」
「横島さん、ちょっと来てッ!」

 アスナ側が横島を巻き込んできたのだった。
 乱暴にぐいぐいと襟を引っ張られ、転げるように椅子から離れる。
 腕力に定評があるアスナといえど、横島は年上の男だ。
 その気になれば振りほどくことが出来なくもなかったが、ここで予想外の伏兵がいた。

「すいません、横島さん、抑えさせてもらいます」
「申し訳ないでござるな、横島殿」

 両脇を二人の武人が押さえ込んできた。
 二人にとっては、裏の世界に属する人間の両手を自由にするわけにはいかない、という考えあっての行動だったが、
 横島にとっては完全なる有効打となっていた。
 左腕はさておき、右腕の肘に当たる感触が、横島の理性を一瞬にして融解させていたのだ。

 若い女性特有の非常に好ましい弾力と、若い女性では滅多に持ち合わせないボリューム。
 その両方を兼ね備えた至高の双丘がそこに存在していたのである。
 押せば返せど、決して強すぎない。

 いかに修羅場を乗り越えてきた横島とて、いや、むしろ横島だからこそその罠からは逃れられなかった。
 かくして明日菜達はたやすく横島をエヴァンジェリンの別荘まで連行されたのである。