第17話

 麻帆良学園、上空。
 世界樹上、四千メートル上空に浮かぶ飛行船の上が、超鈴音と麻帆良学園関係者との最終決戦の場であった。

 コンバットスーツを身にまとい、強制認識魔法の詠唱をしている葉加瀬を守るように立ちふさがる超鈴音。
 宙に浮かんだ杖の上に立ち、裾のすり切れたローブをたなびかせ、超鈴音に相対するネギ・スプリングフィールド。
 そして、そのネギの下で着地に失敗し、顔を飛行船にめり込ませながら、手足をひくつかせる横島忠夫。
 最終決戦の役者はそろった。

 ネギと超鈴音は、とりあえず横島を放っておいて、一言二言言葉を交わした。
 ネギは世界規模で計画を止めるように、と説得に走るが、超鈴音はそれを受け付けない。
 よもや両者は完全に道を違え、言葉ではなく力で意思を押し通す段階に至っていた。

 ネギは飛行船の上に降り立ち、痛そうに顔に手で触れている横島の肩を叩いた。

「横島お兄ちゃん、前に言っていた通り、超さんは瞬間移動をしてき……」

 ネギは言い終わる前に、横島を横に蹴り飛ばした。
 激しい勢いで吹き飛ぶ横島……彼の立っていた場所には、いつの間にか数十メートルの距離を詰めた超がいた。
 突きだした拳には、時間跳躍弾が挟まっている。

 戦闘アンドロイドがガトリングで撃ち出していた弾丸で一撃でも受ければ、問答無用で学祭終了後の時間に飛ばされてしまう。
 それに加えて、超鈴音は瞬間移動をしてくる。

「超さんは、時間跳躍を利用して、瞬間移動と疑似時間停止をしてきます。
 ただ避けるんじゃなくて、動きを先読みしないとやられます!」

 ネギは横島に対して叫んだ。
 一方横島はわかってるとばかりに、飛行船の上を走り抜ける。
 その足は天ヶ崎千草の式神が張り付いており、その速度は人間のそれを遙かに超えていた。

「フフ……そこまでわかっているとは、さすがはご先祖様ネ。
 だが、実際、かわすのは難しいアルヨ?」

 超鈴音の姿が再び消え、葉加瀬向かって真直線に走る横島の前方に不意に現れた。
 再び時間跳躍弾が指に挟まった拳を、走ってくる横島めがけ突き出す。

「う、うわわっ!」

 横島は膝を落とし、寸前のところで拳を交わした。
 十分な加速が加わっている状態で回避行動をとったせいで大きくバランスを崩し、
 飛行船の上に体を放り出してしまった。

「なっ!?」

 流石の超鈴音も、回避されることは想像の範疇外だった。
 横島が魔法関係者であることを考慮に入れて、必殺のタイミングを狙っていたのだ。
 しかし、回避された。

 ただ回避されただけならば、超鈴音は今まで体験したことがないわけではない。
 もう既に時間跳躍弾の餌食になったが、
 タカミチ・T・高畑にも自身では必殺のタイミングと思える攻撃を回避されている。
 とはいえ、タカミチはこの学園内でも屈指の実力者。
 他の実力者は、学園長と闇の福音エヴァンジェリンだが、エヴァンジェリンからは介入しないことの確約を得ているし、
 考えがあってのことなのか、何故か学園長は動こうとしない。
 対抗しうる能力がある魔法先生達は、ネギを除いて、あらかた真名が時間跳躍弾を当てたことを確認していた。

 横島、という存在は、超は知ってはいたものの、それほど重要視していなかった。
 正直なところ、刹那や楓……ネギのクラスにおける武道四天王と同程度、あるいはそれ以下だと認識していた。
 それだけに、今回の一撃を回避されたことはそれなりにショックであり、
 今度こそは逃すまいと、再び瞬間移動を行った。

 転げて、起きあがろうとしている横島に、再び必殺の一撃を与えようとする目論みは、またもや失敗した。
 今度は横島本人に回避されたわけではなく、もう一人の役者の手によって阻止された。
 転移した場所に一本の魔法の矢が放たれていたのだ。

 ネギ・スプリングフィールドだ。
 彼は横島が回避したのを見るや、起きあがりのタイミングで超の追撃があることを予測していた。
 その隙にすかさず、攻撃を『置いた』のだ。

 ネギ・スプリングフィールドは超鈴音とは自分が戦うべきだ、と思っていた。
 しかし、超鈴音の切り札である疑似時間停止と時間跳躍による瞬間移動を打開する手段は持ち合わせていなかった。
 本来ならば、時航機カシオペアを用いて、超鈴音と同じアドバンテージを握ることが出来たのだが、
 カシオペアは既に破損しており、使用することは出来ない。

 ネギが超鈴音の奸計に嵌められ、学祭終了後までエヴァンジェリンの別荘に閉じこめられたとき、
 カシオペアを使って、学祭時に戻ろうとした。
 そのとき、ワイバーンの首振りによって吹っ飛んだ横島とネギが正面衝突し、
 その際にカシオペアに強い衝撃が加わって、破損してしまったのだ。
 幸いにして、時間移動自体は成功したものの、カシオペアはほぼ使用不可能状態になってしまっていたのだ。

 そこで、ネギは横島に超鈴音の計画阻止を直接的に行ってもらうことにした。
 学園の中では、横島の戦闘能力はそれほど突出したところは見られない。
 文珠なる彼の特異的な能力を持ってしても、その戦闘能力は平均よりやや上程度であろう。
 だが、一つだけ、学園でもトップクラスの能力がある。

 回避能力だ。

 ネギ・スプリングフィールドは、何故横島が回避能力だけ突出して高いのかは知らない。
 動体視力が高いといえば高いが、それも神経系統の強化が行われる『戦いの歌』を使用した場合とは
 比べものにならないのに、だ。
 本人から聞いたら、
 「なんとなく鞭とか剣とかが飛んでくる気配が、な」と意味深なことを言われただけだった。

 とにかく、勘というものに頼っているのかもしれないが回避能力だけはネギのそれより高い。
 今回の決戦において、魔法関係者側の勝利条件はすなわち『強制認識魔法発動の妨害』

 ネギとしては、超鈴音との意見の食い違いを是正することを必要条件としたかったが、
 手段と目的を逆転させるほどの子どもっぽさは、彼のクラスメイトの言葉と平手打ちによって捨てていた。

 よって、横島には強制認識魔法発動のための妨害を直接行ってもらうことにした。
 ちょうどよく、横島にはある程度自由度の効く特異な文珠がある。
 発動せんとする魔法を停止させることは可能だった。
 そして、その横島を援護する形で、ネギは超鈴音の妨害をすることにしたのだ。

 横島は今、まっすぐ魔法の中心地点である葉加瀬のいる場所へと走っている。
 それを超鈴音は妨害しようとし、ネギは更にそれを妨害しようとしている。

 超鈴音は若干の焦りを感じていた。
 計画も大詰めに入り、長年の悲願がのるかそるかという局面に立っているのだ。
 先に横島を倒すべきか、と考えた。
 しかし、先ほどの回避能力を見る限り、近接戦闘に持ち込んだとしても避けられる可能性が高い。
 その上、ネギの援護射撃があるため、そうそううまくはいかないだろうと考えた。

 超は今度はネギの方に目を向けた。
 後方支援に徹する……。
 魔法使いの究極の形である『砲台』――誇るべきは火力ではなく援護砲撃であるが――の役割をしている方を倒せば、
 横島を倒すこともより簡単になるかもしれない。
 しかし、ネギは魔法拳士であり、動きも素早い。
 自分自身が狙われることを想定しているはずであり、
 倒せなくはないものの、思わぬ時間を取られる可能性がある。
 そうした場合、横島は難なく葉加瀬の元へとたどりついてしまうだろう。

 どちらを狙うかを考えた場合、両方ともそれなりのリスクが高い。

「中々ヤルネ……ごり押しじゃ無理、ということなら」

 超は単純な力を用いる戦法を変更した。
 超鈴音は葉加瀬の上空に転移し、そのまま時間跳躍弾を大量にばらまいた。
 濃密な弾幕密度のただ中にいた横島は、当然回避できようもない。

「う、だりゃああ!」

 横島は腰元のポケットから乱雑に呪符を引き抜き、空中にばらまいた。
 呪符は、本来ならばその符術師によって魔力を注がれて発動するもの。
 しかし、今の異常ともとれる、魔力に満ち満ちた麻帆良学園の空気は、呪符の回路に霧のように入り込んだ。

 呪符はすぐに制作者が意図した形を作り上げる。
 その力はすごく弱く、ただ単純に魔力で膨らんだ風船のようなものだった。

「ウッキィ」

 デフォルメされた猿の形容をし、実際の猿よりかは柔らかな泣き声を上げる式神。
 術師がいないため、本来の性能はとても出すことはできていない。
 ただ、そこに存在することが精一杯のそれらだが、存在できてさえいれば十分用途を満たしていた。

 擬似的に生命を持った張りぼてに、時間跳躍弾が命中する。
 弾丸は破裂し、その場に魔法陣を展開。
 球状の障壁が命中物を閉じこめる。
 が、その球状の障壁に他の時間跳躍弾が当たって弾ける。
 弾丸の破裂と障壁の展開が連鎖的に行われ、中空に浮かんでいた時間跳躍弾のほとんどが誘爆した。

 もちろん、横島は無事だ。
 とはいえ、空間のほとんどが障壁によって占拠され、一時足止めにはなった。
 それに合わせて、ネギは次なる魔法を唱えていた。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 エウォカーティオ・ウァルキュリアールム・コントゥヴェルナーリア・グラディアーリア!」

 箒にまたがったネギの形をした風の精霊が八体同時に出現した。
 それぞれ鎌、小刀、メイス、ランス等々所持している武器は違うものの、
 横島が立ち止まった地点にまで高速で飛んだ。

 横島の隙となる方向に陣取り、超鈴音に対しての瞬間移動攻撃に備える。
 精霊が形取ったネギの分身は、戦闘力はほとんど無きに等しいが、
 簡単な命令さえ当たればある程度自動的に動く。
 それなりに大きさもあるために空間制圧力は高く、時間跳躍弾の盾としても用いることができる。
 足の止まった横島に対して超鈴音の追撃を防ぐための布石だ。

 が、しかし、超鈴音としては追撃をすることはしなかった。
 時間跳躍弾の障壁が消えるか消えないか、といったタイミングで、超は飛行船の上に降り立った。

「横島サン。もしワタシの計画の邪魔だてをやめてくれれば、世界征服後、アナタにハーレムを進呈しよう」
「え!?」

 そこからは一瞬の出来事だった。
 横島がほんのわずかに止まった隙に、超は懐に潜り込んでいた。
 人差し指と薬指の間に挟まれた時間跳躍弾の先端が、横島の胸に触れていた。

 タカミチ・T・高畑を仕留めたときと同じ、言葉で翻弄する作戦だった。
 もっとも、タカミチの場合、魔法を世界にバラせば多くの人が救われる、という言葉に対し、
 横島には「ハーレムを進呈する」という程度のレベルだったのだが、その効果は絶大だった。

「し、しもたーッ! やられたッ!」
「フフ……アナタのことはノーマークだったけど、念のためにプロフィールだけでも調べておいてよかったアル」

 が、横島もただでやられたわけではなかった。
 超鈴音に甘言を弄される前に、文珠を投げていたのだ。
 前方遮るように展開された障壁が消えるタイミングを見計らい、
 『障』の文珠を強制認識魔法発動予定地点の中心部に向かって投げたのだ。

 投げた文珠は超鈴音が打ち込んだ時間跳躍弾の障壁に呑み込まれず、超鈴音の上を通過した。
 しかし、『ハーレム進呈』の言葉によって、ほんの少しだけ力が抜けてしまった。
 幸いにして方向はあっていたものの、飛距離が足りなかった。

 『障』の文字がこめられた文珠は、飛行船の上を二度三度跳ね、魔法陣の方へとゆっくり転がっていった。

「おいこら! ハーレムってのは本当なんだろうな!?
 嘘だったら承知せんからなッ!」

 時間跳躍弾の障壁の内部にいる横島は、拳をどんどんとたたきつけ、血走った眼で言った。
 障壁から脱出しようという努力すらせず、ただただ己の煩悩を高め、罠の約束が本当かどうかを確かめようとする。

「フフ……ちょっとした冗談アルヨ」

 そう言う超鈴音は、先ほどまでのシリアスさは一切無く、輝くような、にこやかな笑みを浮かべていた。

「ドちくしょーッ!」

 横島の咆哮も空しく、時間跳躍弾の障壁が小さく縮まっていく。
 最後にはビー玉ほどの大きさの黒い玉となり、煙のように消えてしまった。

 飛行船の上に残ったのは、超鈴音と葉加瀬とネギのみ。

「これでッ! 勝った!」

 超鈴音は、横島が最後に投げた文珠を排除しようと動いた。
 その瞬間、幾多の閃光が超の体をかすめる。

「くっ! 往生際が悪いアルヨ、ネギ先生!」

 超鈴音は自身の柔らかな体を捻り、牽制と威嚇の意味を込められた魔法の矢を避けた。
 二本足で、再び飛行船の床に立つと、時航機カシオペアを作動させる。

 ネギの背後に瞬間移動をし、拳をたたきつけようとする。
 が、その拳は空を切った。

 超が瞬間移動してから、拳をネギに突き出すまでの時間のうちに、ネギは前方に瞬動を行っていたのだ。

「ま、負けられないんですッ!」

 瞬動は飽くまで短距離だった。
 隙の多い瞬動では、超鈴音の瞬間移動攻撃に対応出来ない可能性が大きく、
 リスクを最小限に考えて、ほんの数メートルの距離しか飛ばなかったのだ。
 着地地点できゅっきゅと体を捻り、ネギは振り返って、構えた。

「横島サンがやられた時点で、ネギ先生は私に勝つ手段を無くしたネ」

 再び超鈴音はネギの目の前から姿を消した。
 しかし、今度はネギの近くに現れず、葉加瀬に近い地点に出現する。
 狙いは、転がる文珠だった。
 超鈴音は飛行船を擦るように文珠を蹴り出した。

 翡翠色の珠は、微かに明滅を繰り返しながら夜の闇にとけ込もうとした。

「させないッ!」

 ネギは自分の杖にスノーボードのように立ち、空中に消えそうになった文珠に向かって飛びかかった。

「させないのは、こちらもだッ!」

 超鈴音も飛んだ。
 再び時間跳躍弾を空中にばらまき、弾幕を張る。
 それに対し、ネギは三次元的な軌道を描いて、雨あられと降り注ぐ弾丸の間隙を縫って進んだ。

 既に文珠は重力に従い、飛行船からの落下を開始している。
 ビー玉ほどの小さな球体を、無数の弾丸が降り注ぐ中、高速で飛行しながら掴むなど、正気の沙汰ではない。
 わずかでもタイミングがずれたら、わずかでも気を抜いてしまったら、
 文珠が空中で発動してしまい、不発に終わるか、それともネギが弾丸に当たって三時間後に飛ばされてしまう。

 真っ直ぐに文珠を取りに行くことはできない。
 そんなことをしたら、確実に回避不可能な弾幕に包まれてしまうだろう。

 蛇のようなゆるやかなカーブを描いていたかと思うと、ほぼ直角に曲がる。
 ネギは自分の持つありとあらゆる飛行技術と集中力を用いて、文珠に近づいていった。

 カメラのフラッシュがたかれたかのような閃光が夜空を照らす。
 ネギが無詠唱で魔法の矢を放ったのだ。
 魔法の矢は弾丸の一つに衝突し、時間跳躍弾の障壁が展開する。
 ネギは咄嗟にそのまま左下方に平行移動し、展開された障壁を盾にして進んだ。

 筋肉が悲鳴を上げるほど腕を延ばし、宵闇の中にともる翡翠色の光源を掴む。

「やった!」
「こちらもダ」

 文珠を掴んだ後のほんのわずかな静止を行ったときだった。
 背後に感情の起伏を思わせない冷静な声がし、ネギが振り向くまもなく一撃が加えられた。

 超鈴音も、高密度の弾幕を張ったことによりネギに接近することができなくなっていた。
 ネギは高速で飛行をしており、例え瞬間移動したとしても、一撃を当てることは難しいからだ。
 下手をうって自分の放った弾丸に当たってしまったらそれこそ目も当てられない。

 超鈴音は考えた。
 ネギはきっと文珠を取る前に、弾幕の一つを撃ち、展開された障壁を盾にする、と。
 飛行船から落ちる文珠付近には、潜り込む隙間もないほど大量の弾丸をばらまいている。
 そのまま突破することは、いくらネギとて不可能……道を切り開くことでしか文珠に近づけない。
 ネギは超鈴音の考え通りに動き、そして超本人は、ネギが通ることによって出来た道の上へと瞬間移動をした。

 瞬時に障壁が生じ、黒く蠢く球体の中にネギが閉じこめる。
 超鈴音は勝利を確信し、口元をゆがませた。
 しかし、黒い障壁がまるで鏡のように……中に閉じこめられているネギが、超と同じように笑っていた。
 時間跳躍が終わる前に、障壁の中のネギが消えた。

 障壁の中で白と黒とが混じり合うような形で煌めく『身』『代』のスーパー文珠を見ることもなく、
 超鈴音は背中に強い衝撃を感じた。
 中国拳法の技と、西洋魔術の力が折り混ざった一撃が、超鈴音の背後で炸裂したのだ。

 超鈴音の着ている強化スーツが一部破損する。
 背中に埋め込まれた航時機カシオペアに亀裂が入り、その機能は停止した。

 結局のところ、カードの種類と切るカードのタイミングはネギの勝利に終わった。
 最後の最後で、隠し玉……以前横島から借りて、そのまま持ち続けていたスーパー文珠を使った。

 いかなスーパー文珠とはいえ、時間跳躍による瞬間移動と疑似時間停止を使いこなす超鈴音に対しては、
 そのまま使っても、やりすごされる可能性が高い、とネギは考えた。
 飽くまで、スーパー文珠は瞬間移動攻撃に対するカウンターのために使ったのだ。

 時間跳躍弾の物理障壁を透過する短距離転移が行われ、
 仕留めた、と油断しきっている超鈴音に、会心の一撃を加えることができた。

 ネギは、時間跳躍のための重要機構が破壊されたかどうかの確認は行わず、
 脇目もふらず、杖の上に立って、その場から上昇した。

「いっっけえええええええええええええええええええええええ!」

 雲を引き裂き、風の中を抜け、ネギは全力を込めて右手を突き出した。
 右手の先端からは、翡翠色の珠を弾頭にした魔法の矢が発射される。

 地上の光を雲が反射するだけの薄暗闇の中、目が痛くなるほどの閃光が迸る。
 雷光の魔法の矢は、飛行船の後部……強制認識魔法の中枢をなす魔法陣に突き刺さった。
 魔力とは違った不可視のエネルギー、霊力が魔法陣の中に浸食し、その機構を狂わせる。
 魔法陣が想定されていない、異様な光量を放ったかと思った次の瞬間には、今度は全く光らなくなってしまった。

 魔法陣の敷設を行っていた葉加瀬は、魔法陣の変化を目の当たりにし、その場にへたりと膝を突いた。





「ふ、フフ……やるじゃないか、先生」

 杖の上から発光しなくなった魔法陣を見下ろしていたネギが振り返った。
 背後には口から少量の血がしたたり落ちた超鈴音が浮かんでいた。

「超さん……もうあなたの野望は潰えました。おとなしく投降してください」
「ああ、確かに。魔法陣が停止してしまった以上、勝利することは不可能になってしまった。
 が、しかし、まだ私は全力を出していないネ」

 超鈴音は、空中でそっと構えを取った。

「途方もなく時間をかけたこの計画。
 失敗するならまだしも、全力を出さぬまま負けるのも口惜しい」

 超は、空中を滑るように飛び、ネギに迫る。
 ネギは超の蹴りを右手でいなし、弾いて、後ろに下がって距離を取った。

「やめてください! もう戦う理由はないじゃないですか!」
「君になくとも、私にはある。いや、君にもあるはずヨ」

 超は距離を詰め、再び蹴りや拳を放つ。
 ネギはそれを全て避けたり、いなしたりして、防ぐが、一発の拳だけが防御をすり抜け、ネギの腹に刺さった。
 反射的に自分から後ろに飛び、ダメージを少なくしたが、飛行船の上に着地し、そのまま転がる。
 それを追うように、超も飛行船の上に降り立った。

 ゆっくりと、カツカツと靴の音を響かせながらネギに近づく。

「ネギ先生。君は私の信念を、悲願を踏みつぶした。
 それに対して文句は言うまい。
 私の悲願が達成していたのならば、君の信念を踏みつぶすことになっていたのだからな。
 だが、踏みつぶした以上、君には強くなってもらうネ。
 そうでなければ、報われないダロウ?」

 腹部を押さえながら、前屈みになりながら立ち上がるネギを、超鈴音は見下ろす。

「私を踏みしめて前に進んだ以上、望もうと望むまいと、君は強くならないといけないネ。
 ならば、この時代で私が出来ることは、君と本気で戦うことだ」
「で、ですがッ!」

 超はふっと、構えを解き、肩の力を抜いた。

「心配するな、ネギ先生。命の取り合いなどしない。
 そう、ウルティマホラでの戦いのように、本気で、且つ、互いを高めるための戦いダ。
 観客は、地上にたくさんいるしな」

 そういうと超は、笑顔を浮かべた。
 うさんくささの混じっていない、純粋な笑顔だった。

 ネギは、それを見ると、腰を落とし、構えを取った。

「わかりました。では、戦いましょう……呪文詠唱は無しで」
「では、私も弾丸の攻撃は止めよう」

 飛行船の上で二人のスプリングフィールドが跳ね、地上で歓声が響いた。