第18話

 それはほんの少しのことの積み重ねだった。

 最新式電子精霊群を操れるアーティファクトを持った女子中学生が、
 麻帆良学園メインコンピュータから放たれた呪的ウィルスに感染することによって石化し、
 ネットの海からはじき出され、超鈴音側のハッカー……絡繰茶々丸を倒せなかったことが一つ。

 超鈴音をネギ・スプリングフィールドが実力で打ち倒し、強制認識魔法を停止させなかったことが一つ。

 強制認識魔法を停止させるために使った文珠が『止』ではなく『障』であったことが一つ。

 そういったことが積み重なって、麻帆良学園に未曾有の危機が襲来していた。





「ドチクショオオオオオオオオオ!!! うおっ、まぶしっ!」

 横島は叫びながら、麻帆良学園内にある草原に出現した。
 時間跳躍弾の転移先が、ここだった。
 黒い障壁が消えて無くなってから、横島は最初、今の時間帯が真昼だと思った。
 辺りは日中のように明るかったからだ。

 だが、今は太陽が沈んだばかりの時刻であった。

 空には、明らかに太陽とは異なる、強烈な光を放つ球体が浮かんでいた。
 球体はゆるやかなスピードで膨張と収縮を繰り返し、時間とともに大きく膨らんでいた。

 横島が煌々と辺りを照らすその球体を見上げているとき、空から一人の杖にまたがった少年が飛来した。

「横島お兄ちゃんッ! 大変なんですッ!」
「お、おう、なんかすんごいことになってるな……何なんだ、あれ?」
「説明は後です、今はとにかく来てください」

 ネギは横島の服の裾を掴むと、そのまま高度を上げた。
 引っ張られて横島の足が地面から離れる。

「あっ、おいこら、まだちゃんと俺が掴まって……」

 横島の抗議も無視し、ネギはそのまま加速した。
 まるで紙切れのようにたなびく横島は、本日何度目かになる絶叫を上げた。





 ネギが目的地点に到着すると、既にいくらかの人数がそろっていた。
 アスナや刹那を始めとするネギのクラスの生徒や、学園長やエヴァンジェリンなどの学園関係者、
 時間跳躍弾に撃たれていたものは、あまり数がいなかったが、それでも数人集まっていた。

 超鈴音関係者もいた。

 ネギは高度を下げ、ぐったりした横島を地上に降ろすと、そのまま自分も降り立った。
 横島は地面に突っ伏した状態から、幽鬼のように立ち上がると、拳をネギの頭を振り下ろした。

「このアホンダラァ! まだ俺がちゃんと掴んでないってゆーたやろうがッ!
 今日日ジャンボジェットだって離陸時にはシートベルト着用が義務づけられているのに、
 高速飛行物体に引きずられるとか……俺じゃなかったら死んでたぞ!」
「す、すいません、急いでいたもので……」

 拳骨を頭に見舞われたネギは、頭をさすりながら横島に謝罪した。
 周りの人達が、まあまあ、と横島をなだめ、横島も一発拳を振り下ろしたことに満足したのか、
 それ以上何も言わなかった。

「で、あの光ってるモンは一体何なんだ?
 とゆーか、強制なんとか魔法の方は成功したの? それとも失敗?」
「二つの質問は後者の方を答えるだけで理解してもらえると思うわ。
 強制認識魔法は『暴走』したの」

 他の人の影に隠れるように立っていたサンジュウロクメが口を挟んだ。
 横島の知らぬところでポカをやらかしていたことに大きく落ち込んでいた彼女だが、
 この場で横島と最も親しく、同じ世界出身であり、横島担当の解説役を他人に任せたくないのか、気分を取り直していた。

「あんまり説明している時間はないのだけれど、
 横島さんに最後の一仕事をしてもらうには、現状の把握をしてもらう必要があるから、心して聞いてね。
 横島さんがネギ君に文珠を託した後、ネギ君は無事に文珠を強制認識魔法の中心に投げ込むことに成功したの。
 一体は魔法が停止したかのように見えたのだけれども……数分後再び魔法が始動し、膨大な量の魔力が集約しはじめたの。
 強制認識魔法の発動は行われなかったわ。
 ただ、その代わり、麻帆良学園上空で蓄えられた魔力が、ああして強烈な光を発するようになったの」

 サンジュウロクメは、そこまで言うと一旦言葉を切って横島の反応を伺った。
 横島の方はというと、あまりサンジュウロクメの話に関心は払っておらず、
 どちらかというと、すぐ脇に立っていた麻帆良学園魔法関係者、
 女剣士の葛葉刀子の黒いタイツに包まれた太ももの方をはあはあ、と鼻息荒く見つめていた。

 サンジュウロクメは、いささかいらつきを感じ、いつものことながら、と頭をドツいてやろうかと思ったが、
 その直前に解説役は取られてはならぬ、と出てきた子がいた。

「ここからは私、葉加瀬葉子が説明させてもらいます。
 まず、強制認識魔法とは、世界樹が二十二年間にわたって蓄えた魔力が放出されることによって、
 空気中の魔力濃度が非常に高まった空間で、地球上に点在する霊的拠点……聖地と呼ばれる場所を通る竜脈と交信し、
 その竜脈に滾る魔力を用いて、世界全体に強制認識魔法を送り込む、という魔法でした」

 葛葉刀子がぷるぷると震えながら、腰元の野太刀に手を伸ばし、
 あまりにあからさまな視線をぶつけてくる男を成敗してやろうか、としているとき、
 今度はサンジュウロクメが乱暴に葉加瀬の前に立った。

「もちろん、世界全体の人間の精神を書き換える魔法だから、
 非常に高度で複雑な術式を用いなければ、時間的物理的制約によって発動が不可能なのよ。
 そこで、彼女らは事前準備として高度に発達した超科学や古代魔法の粋を尽くして、
 強制認識魔法発動のためのシステムを構築していたのよ」

 葉加瀬がサンジュウロクメを押しのけて言った。

「システムはDNAの複製機構で例えることが出来ます。
 呪文詠唱を開始コードにして、システムを走らせ、複雑な魔法陣を描きながら同時に修正や補正を行い、
 最終的には魔法陣内に組み込まれている停止コードによって、その描写が止まるように設計していたのです。
 が、あなたの作った『文珠』が、強制認識魔法発動のための機構と同時にその停止コードをも不活性化させてしまい、
 システムが暴走し、まるでガン細胞のように、魔法陣が増殖している有様なのです」

 つんつん、と葛葉刀子の胸をつつき、その反撃を受けて横島が吹っ飛んだ。
 飛んだ先にはちょうど解説役を取り合っていた葉加瀬とサンジュウロクメがおり、
 足下でひくひくしている横島を見ると、二人は互いに顔を見合わせ、その後、仲良く横島を踏んづけた。

「人の話を……」
「聞いてくださいッ!」

 ずべし、と二人の足跡が横島の後頭部と背中に浮かび上がる。
 石をぶつけられたカエルのような声を上げた横島だったが、ぴくぴくと震えながらも立ち上がる。

 正直なところ横島は何も話を聞いていなかったが、
 サンジュウロクメや葉加瀬というキャラクターが話す言葉が、どのくらいの難易度かは知っていた。

「つ、つまり、どういうことなんだ?」

 どうせ真面目に聞いていても理解なんて出来なかった、という開き直りの下にこう聞いた。
 嘘を言ってはいないが、多少話は聞いていたよ、受取手が誤解する言葉だった。

「横島さんの文珠のせいで、異様な魔力があそこに集まっているってことよ」

 葉加瀬はともかくサンジュウロクメは横島との付き合いはそれなりにある。
 それ故に、こいつ、何も聞いていなかったな、ということを察するのではあるが、
 横島相手に真面目に話をする方が間違っていた、というある種の諦観を抱いて、ごくごく簡潔な言葉で説明した。

「今はまだ魔法陣というくくりにはまっているからいいものの、
 このまま放置していれば、いずれは魔法陣自体が崩壊して、魔力があふれ出すわ。
 そうなったら被害は甚大……具体的な被害がどのくらいになるかというと……葉加瀬ちゃんお願い」
「まだ試算すらしていませんので正確な数値はわかりませんが、
 わかりやすくいうと、後始末する人達が、日本地図を書き換えることに頭を使う程度の被害が出ますね」

 流石に横島も目を丸くして、二人を見た。

「これで現状の把握は出来た? 横島さん」
「や、やばいじゃんか。ど、どーにか出来ないのか?」
「普通の方法じゃ、どうにもならないわ。
 何せ地球の複数の聖地の竜脈が一気に集まって出来た魔力だまりよ?
 普通の天災のものより遙かに多いエネルギーがあそこに溜まっているの。
 地震や火山の噴火に人間が太刀打ちできないように、あの魔力をどうこうすることは不可能だわ。
 下手に手を出したら魔法陣の崩壊が早まるだけだし、だからといってあの魔力が漏出した後はどうにもできないし」

 そういうとサンジュウロクメはおもむろに自分の手にあったトランクを持ち上げて、横島の後頭部を思いっきりドツいた。
 あまりに突然の一撃だったため、横島は避けきれず、地面に突っ伏す。

「な、何するんだ、この野郎ッ!」
「横島さんが『うぎゃー、もうダメだー、こうなったら残された時間でイイことをしましょー』と言って、
 葛葉さんに飛びかかるのを阻止しただけよ」
「うっ……そ、そんなことはしないぞ、無駄だとわかっていても出来ることをやろう、と言おうとしていたんであって……」
「ちなみにタイムリミットは三十分ほどよ。もっと早いかも」
「うぎゃー、もうダメだーッ! こうなったら三十分で僕とイイことをしま……ぶぎゃっ」

 飛びかかろうとする横島の顔面に、サンジュウロクメが突きだしたトランクが立ちふさがった。
 べんっ、と鈍い音を立てながら、正面衝突をし、ずるずると横島は地面にくずおれる。

 サンジュウロクメは額に手を当てながら、はあ、とため息を一つつき、横島を起こした。

「全く手がない、というわけじゃないわ」
「そ、それを早く言えって……」
「ポイントは、あれが純粋な魔力……エネルギーだということよ。
 そしてそのエネルギーの凝縮が得意な人が、一人いるの」

 横島はなんとなく嫌な予感がした。
 あ、僕、お腹痛くなってきたので早退させてもらいます、と小声でつぶやきながら、立ち去ろうとすると、
 サンジュウロクメには襟首を掴まれ、ネギや刹那達には回り込まれて逃走を阻止された。

「要は文珠を作るときの要領と一緒よ。ただ、エネルギーの量が膨大ってだけで」
「なっ……ちょっ、なんか無理難題を押しつけられているような気がすごーくするんだがっ!」
「状況は、麻帆良学園全域を覆うような巨大な火角結界が展開しているようなものよ。
 無理難題でもやってもらわないと困るの。
 もちろん、横島さん一人に全てを押しつけるっていうことはないわ。
 私だって協力するし、麻帆良学園側でも全力でバックアップしてもらえるし、
 必要な資材やら人材やらは超ちゃんが提供してくれるらしいわ」
「い、いや、お前が参加するということで、ものすごーく失敗フラグが立っているような気がするんだが……」
「う、うるさいわね! いつもは運が悪いだけなのよっ! いつもはっ!」

 いささか思い当たりがありすぎる事実を突きつけられ、
 なんとかごまかしつつもサンジュウロクメは言葉を続ける。

「さしあたって、この作戦に必要なものは、文珠よ。
 今ストックしているものをありったけ頂戴。
 ただ、新しい文珠を作るのはダメよ。あなた本体の霊力が減ってしまったら困るから」

 サンジュウロクメは言うことを言い終えると、逃げるように横島から背を向けて、
 魔法先生や魔法生徒達、更には超鈴音や葉加瀬に対しての指揮をとり始めた。

 一部の人間からは、過去の失敗から不審の目で見られていた。
 目から制御不能の無差別に石化光線を照射し、いるだけで辺りに甚大な被害をもたらす茶々丸を見せられ、
 結果はともあれ、サンジュウロクメが学園結界をハッキングしている相手をウイルスに感染させることに成功していたことが学園側にも理解できた。
 とはいえ、納得はしているものの、サンジュウロクメが落とした自分の株は中々上がらないようだった。

 状況が状況であるがゆえ、協力しない、というわけではないが、不安が消えているわけでもない。
 なんにしろ、失敗してしまったら、麻帆良学園にいるものの命はない……下手をしたら遺骨すら残らない可能性もあるのだ。
 よく訓練されている魔法関係者達であるが故、パニックを起こしていない。



「なんとゆーか、俺、ここ最近なんもいいことないなー。
 無理矢理拉致られるわ、一人で大群と戦わせられるわ、弾避けにされ……まあこれはいつも通りだけど……。
 なんかこー、ドッキリラッキーハプニングはないものかッ!
 あっちの世界だって、アシュタロス編に突入したって何度かあったぞッ!」

 あまり動いて余計な霊力を使わないように、というサンジュウロクメの指示のせいで、
 他の準備が終わるまで待機状態にさせられている横島が一人吼えた。
 周りの人たちは、横島に構っても何の得がない、ということを今までの付き合いや話を聞いていたためしっており、
 意図的に無視している。

 つっこみを入れる人が誰もおらず、ぶつぶつ一人つぶやくのにもむなしさを感じた横島は首を垂らしてしょぼくれた。
 と、そのときだった。
 横島の体がぶれた。

「うっ……あ、ん? ……な、なんだったんだ今の……」

 突然の動悸に驚き、辺りを見回す。
 横島の異変に気づくものは誰もおらず、せわしなく動き回っていた。

「魂が引っ張られたような……なんかよーわからん感覚が……」
「横島さん、準備は整ったわ……どうしたの? 体調が悪いの?
 冗談でしょ、やめてよ、横島さんだけが頼りなんだから」
「あ、い、いや、大丈夫だ」

 サンジュウロクメが来たことにより、横島は自分自身の異変を『気のせい』として処理した。
 空で煌々と輝く魔力の波動は、今や破裂寸前までふくれあがっていることが目視出来る。

 アトラクションの一環として見ていた一般生徒達も、段々と異変に気づいて、ざわざわと騒ぎ始めていた。
 麻帆良学園全体に、「これはショーの演出だ」という放送が流れているおかげで、かろうじてパニックが起こっていない。

「いい? いくら横島さんがエネルギー収束の才能があるとはいえ、人間一人があのエネルギーをどうにか出来るわけがないわ。
 だから、アシュタロスを倒したときの、あれを使うわ」

 あれ、といわれて思い浮かぶものは一つしかない。

「同期合体? でも相手がいないんじゃ?」
「だから、私が行くっていうのよ」

 横島はその場から二歩後ずさった。

「な、なによ! そんなに嫌なの!?」
「い、いや、嫌とゆーか……合体が終わったら肌に蕁麻疹が出てきそうで」
「嫌だってめちゃくちゃ言ってるじゃない!!
 あー、もう、横島さんにすらこんな風に言われる私って一体どういう」
「お、落ち着いてください、二人とも! 今はそんなことをしている場合じゃないですよ!」

 ヒートアップしかけた二人の間に、ネギが割り入った。
 自分の立ち位置について、散々悩んでいたサンジュウロクメも、息を荒くして一旦落ち着く。

 こほん、と一つ咳払いして仕切り直しをした。

「手順は今は時間がないから説明しないわ。
 向こうに行ってから、適切な処置を指示するから……はい、同期合体をよろしくね〜」

 サンジュウロクメは横島に二つの文珠を手渡した。
 既に『同』『期』の文字がこめられている。

 この文珠を使うことにより、サンジュウロクメと横島の霊波の波長が完全に同一になり、
 一つの体に二つの魂を融合させることにより、霊力の相乗効果によって、数倍から数十倍の霊力を保持できるようになるのだ。

 横島は過去、美神と同期合体を果たすことにより、アシュタロスの究極の魔体を破壊することに成功している。
 いくら、例え主神クラスの攻撃から身を守ることのできるバリヤーに防御を頼り、中身がそれほど強度が高くない設計で作られていたとしても、
 島ほどの大きさのある巨体を一撃のもとで破壊できるほど霊力が上昇するのだ。

 美神より遙かに戦闘に向かず、霊力が低いサンジュウロクメとの同期合体であっても、
 相当な力の高まりを感じることができた。

 全身タイツを来ているかのような、つるつるの肌に、ところどころぎょろぎょろと目玉が浮かび上がっており、
 見るものに多少の嫌悪感を抱かせる。

「ベースは俺か? ううう、なんか体の中に異物があるような……」
『霊力コントロールは私の方がうまいから、主導権を私が握ることもできるんだけど。
 今回必要なのは、霊力の収束に才能がある横島さんがベースになる必要があるのよね〜。
 私は完全バックアップに回るわ』

 サンジュウロクメは、横島の科白を完全に無視することにした。
 心の中でいらつきを感じつつも、あまり残り時間はないため構っている暇はない。

『ネギ君を始め、学園関係者数人に既に必要な文珠は渡してあるわ。
 彼らは途中まで付いてきてくれるわ』
「ネギ、お前も来るのか?」
「はい、サンジュウロクメさんに、必要だと言われましたから」

 ネギはお世辞にも万全な体調を保っているとは言い難い。
 先ほどまで超鈴音と死闘を繰り広げており、体力や魔力はもちろん、精神力も相当すり減っているように見える。
 しかし、飽くまでやる気で、止めても聞きそうにない様子だった。

「横島お兄ちゃん。お願いします、みんなを救ってください!」

 ネギは横島に向かって思いっきり頭を下げた。
 それに遅れて、背後に控えていた刹那やアスナ達も頭を下げる。

「えっ……ああ、うん……」

 横島はその光景を見て、少し躊躇いを覚えた。
 今まで生きるか死ぬか、という局面に立ったとき、大抵、うわーとかぎゃーとか叫んで、
 近くにいた美神に飛びついてドツかれて……それでなんだかんだをしているうちに助かってしまった。

 なので、正直、命の危機に瀕してはいるものの、こう複数の人間に頼られることはあまり慣れていなかった。
 が、悪い気はしなかった。

『といっても、正直なところ、もっと年上の女性に頼られたかったなあ〜、とか考えているわね?』
「さ、さあ、行くか」

 体の内側から聞こえてくるサンジュウロクメの声を無視して、横島は地面を蹴った。
 ふわりと浮かび上がり、徐々にスピードと高度を上げていく。
 ネギが杖で、刹那が自前の翼で、横島を追いかける。

 麻帆良学園上空で、まるで呼吸をするかのように膨張と収縮を繰り返す光球のすぐそばにまで来て、横島は止まった。

『非常に危ない段階にまで至っているわね。
 魔法陣の細かい隙間から漏れた魔力が空気中でパチパチと音を立てて弾けているわ』
「こ、これをどーにかするとか、改めて考えてみると、相当無茶なんじゃ……?」
『無茶でもなんでもやるの! やらなきゃ、みんな死ぬのよ』
「わ、わかった……」

 ネギ達も到着し、それぞれ散開し、サンジュウロクメにあらかじめ指示されていた配置を取った。
 文珠をそれぞれ一つずつ持った魔法使い達が、光球がそれぞれの面に接するような正四面体の頂点で滞空を開始した。

『タイミングが大切よ。
 未だ増殖しつづけている魔法陣の強度が限界に達して崩壊する寸前、魔力が極限にまで圧縮されるわ。
 魔法陣の崩壊と同時に、地上からアンドロイド部隊の正確無比な結界弾による砲撃が開始されるのね。
 結界弾の結界が持つのは、恐らくほんのコンマ数秒……その間に、ネギ君達が文珠を発動させて、
 霊力の薄い膜が魔力全てを覆うの。そこからが私たちの仕事よ。
 一気に凝縮させ、安定した形に固定するの。一瞬でも遅れたり早かったりしたら完全にアウトよ。
 日本地図が書き換えられて、私たちは遺骨も残らないハメになるわ』
「あ、ああ……」
『備えて……来るわッ!』

 光球が今まで最高の膨張を見せた後、急激な収縮が行われた。
 異様な光量を発光し始め、異常な量の魔力に呼応するかのように異変が起きた。

 地上で騒ぎが置き、世界樹が葉を揺らす音を立て始める。

「なんだ、これ……地震か!?」
『しまった、結界弾の照準が!』

 横島とサンジュウロクメが同時につぶやいたとき、地上から無数の飛来物が届いた。
 光球の下半分を覆い尽くすほどの弾丸が、次々と飛び、光球の手前で弾けていった。

 幸い、地震が起きても尚照準がずれることなく、見事に光球に命中した。

 弾丸が弾けるとともに、紫色の結界が光球を覆っていく。
 結界が一瞬のうちに光球を包むと、絞り込むようにしぼみ、光球に完全に密着する。
 そして、その次の瞬間、大きな亀裂が走る。

「刹那さん、美空さん、小太郎君! 行きます!」
「はい、ネギ先生!」
「も、もうこうなりゃやけだーッ!」
「言われんでもッ!」

 同時に空中で待機していた魔法関係者達が、文珠をそれぞれ発動する。
 『月』『サ』『日』『大』
 それぞれ一つ一つの文字では意味がないものでも、四つ組み合わせられると一つの文字となり効果を発揮する。
 それは一つ単体で発動されるよりか遙かに力があり、飽くまで『一文字』での発動であるが故、横島の手の外であっても同時に発動することが出来た。

『膜』

 翡翠色の皮膜が、紫色の結界を更に覆うような形で結界にぴったりとくっついた。

『今よッ! 横島さん』
「おうッ!」

 横島は光球に飛びついた。
 霊力で構成された膜に両手を触れ、全身全霊の霊力を放出して、光球の圧縮を開始する。

「ぐおおおおッ! きっつ……」
『もっとペースを考えて! 圧縮のための霊力配分の計算はこちらが計測して、おおよその感覚を送るからッ!』

 翡翠色の皮膜が、横島から注ぎ込まれる霊力によって強化され、中の光球を圧縮せんとしている。
 中の光球は、たまりに溜まったエネルギーを発散させようと、内側から皮膜を押している。

 いわば、神と同期合体を果たした横島と、地球の聖域から引き寄せた魔力との押し合いが行われていた。

「ペース、と、言われても……思いっきり霊力が吸われるんだがッ……」
『引きずられないで! どうにか、頑張って、頑張って!』

 手のひらから内臓を引きずり込まれそうな感覚に襲われながら、横島は懸命に霊力を注ぎ続けた。
 明らかな劣勢を感じ、力の制御に全力をかけるが、濁流に巻き込まれているかのように、全く自由がきかない。

「お、おい、サンジュウロクメ! ヤバイ、やばいって、どうにかしてくれ!」
『やれることは今全部やってるわ! これ以上どうにかしろといわれてもどうしようもないの。
 今の私には頑張って、としか言えないわ。とにかく頑張って! 負けないで!』
「んな無責任な……」
『気を抜かないで! 膜が破れたら終わりよ!』
「んぐぐぐぐぐぐぐぐぐッ!!!!」

 まだまだ果ての長い戦いは始まったばかりだった。





 麻帆良学園の地上では、誰もが天を仰いでいた。
 先ほど放送された『空に輝く光球はショーの一環である』という内容の放送を聞き、
 パニックを起こしてはいないものの、全員があの光球が危険な物であるということを認識していた。
 光球の輝きが最高潮になった瞬間の純粋ながらも禍々しいエネルギーのうねりを感じていたし、
 ここ麻帆良ではあまり感じない地震が発生したことも、彼らの本能が警鐘をならす要因であった。
 モニターでは、体中に目玉が浮き出た青年が、あの光球を押さえつけようと孤軍奮闘しているところが移されていたが、
 ほとんどの人はモニターを見ず、直接天に輝く光を見ていた。

 そんな人の中を駆け回る幾人かがいた。

「あった? パル」
「ないよー……今、ゴーレム達にも探させているけど、みつかってなーい」
「本屋ちゃん達は?」
「な、ないです〜」
「私も……もう少し正確な形状がわかればいいのですが」

 麻帆良学園の草原の中を、ネギのクラスの生徒達が駆け回っていた。
 空ではなく地面を見て、必死に何かを探している。

「でもアスナ、そのスーパー文珠……だっけ? それがあると何か変わるの?」
「わからない。わからないけど、とにかく私たちは私たちに出来ることをしなきゃ……」

 ネギの話によると、スーパー文珠は超鈴音に時間跳躍弾でこの草原に飛ばされたらしい。
 それを思い出したアスナが、事情をしっているクラスメイト達に声をかけ、
 広い草原の中に転がる一つの球を探し始めたのだ。

 とはいえ、藁の中から針を探すような作業。
 探索のために使える時間は短く、草原は広く、更に人が何人も立って見通しを悪くしている。
 クラスメイトが、アーティファクトを用いて複数のゴーレムを作り、それに探させているのだが、
 今のところ見つかる気配はない。

 アスナの焦燥が額に浮かぶ冷や汗になったときだった。
 辺りから、おおお、と嘆息が溢れる。

「まさかッ、横島さん!」

 上空を見上げると、光の球が大きくなっていた。
 かろうじてまだ破裂にはいたってはいないものの、今も尚じりじりと大きくなっている。
 空に浮かぶモニターに目を向けると、光球に向かって奮闘している横島の姿が明らかに疲弊しきっていた。

 やはり、いかな同期合体を果たした後とはいえ、地球そのものといえる魔力に対抗できるわけがなかったのだ。

 アスナは、ぐっと下唇を噛んだ。
 このまま横島の戦いを見て、応援をしたいという気持ちを飲み下した。
 自分に与えられた役目を、今は果たすべきだ、と、モニターから顔をそらし、目をつぶって一歩歩いたときだった。

「きゃっ!」

 すてん、とその場に転げる。
 その際にスカートが盛大にまくれたものの、辺りの人は全て空を見上げていて、誰も注目されていなかった。
 もそもそと、スカートを戻し、思いっきり打ってしまったおしりをさすりながら、アスナはゆっくり立ち上がる。

「いたたた……何か踏んづけた……」

 何を踏んづけたのだろう、と地面を見下ろしてみると、そこには白と黒とが混じり合う球体があった。
 その姿が確認できたら、すばやくとっつかみ、空の光球の明かりに照らして、よく見る。

 間違いなく、それはスーパー文珠であった。
 あれほど探していたものが、ふと立ち止まったところの足下にあった、という奇跡。
 アスナは思わず固唾を呑み込んだ。

「横島さん……」

 アスナは思わずこの球の主のことを思い浮かべた。
 初めて会ったときは橋の上。
 色々と衝撃的な出会いであった。
 みっともなく泣き叫び、自分の命を惜しむような人であったかと思えば、
 エヴァンジェリンを助けるために、自分の命をなげうつような真似をした。

 事実とは違うものの、アスナにとってはそう見えた。

 それから修学旅行。
 その性格が明らかになり、とんでもないスケベエ……
 ネギがうっかり人の服を脱がしてしまう無自覚スケベだとすると、横島は自覚して行動をとるスケベ。
 決して尊敬できるような人種ではなかったものの、文珠を使って首魁の一人を籠絡させたときにはこちらが引くほどうろたえていた。

 そして、一番近しい記憶だと……。

「……っ!!」

 アスナは顔に熱を感じた。
 あのときのあまりの恥ずかしさは、未だに脳裏に焼き付いて離れない。
 が、同時に横島を蹴飛ばして、時空の彼方に吹き飛ばしてしまったことも忘れてはいない。

 あの横島を助けるためには、今の横島を助ける必要がある。
 横島が時間転移に巻き込まれる、という未来を変えてしまえば、あの悲劇はなかったことになる。

 兄……自分に兄弟はいないはずだが、頭の中のどこかに残る誰かの残滓が、横島の背中と被る。
 性格は大いに違った。
 横島はそんなに熱血漢ではないし、それほど強くない。
 しかし、本人にできることを、自分のことがどうなろうと、する決意というものは一致していた。

「お願い……横島さん……頑張ってッ!!」

 空に掲げたスーパー文珠に字が籠もる。
 それは、アスナがこの広い草原からピンポン球大の球を探し出した幸運が載せられており、
 意思をもったようにふわりと浮かぶと、希望とともに宵闇の空を滑るように飛んだ。